投擲武器の改良
インベントリに触れ、ショートカットボタンを押して登録したアイテムを取り出す。
取り出したアイテムを自身に使うなり味方に使うなり、敵に投げるなりして使うのが普通の手順な訳だ。
慣れれば手癖のようにできるこの動きだが、どんなに早く行っても限界はある。
「そこで、防具に仕込んでおいて一斉に使えばラッシュとして! それ以外の状況でも、素早く使用できて損はなし! ――と思った次第でござる! まあ、弓術士の矢には遠く及ばないでござるが……拙者の攻撃は、そもそも小ダメージの積み重ねでござるし」
「なるほどー。でも、忍者君って軽戦士だよね?」
「左様でござるが?」
「それをやっちゃうと、体が重くならないかな?」
キツネさんの指摘は正しい。
装備しておくアイテムの種類にもよるが、積載し過ぎれば当然重くなる。
アイテムには重さを軽減する防御力補正も乗らないし……まあ、適用されたとしても軽戦士の素防御では大して変わらないのだが。
いずれにしても過積載の場合、軽戦士としてトビは役に立たない存在と化すだろう。
しかし、マサムネさんはこうキツネさんに切り返す。
「それを何とかしたいって相談な訳だな、これが。やるこたあ投擲アイテムの選別、軽量化、そしてそれらを仕込む防具の構造の練り込みの三つ」
「あ、アイテムを軽くするのね。でも、そうすると威力が下がらない?」
「そのバランス取りが大事なのでござるよ。威力を保てるギリギリの範囲で軽量化! というのが理想でござるな」
「じゃあ一個一個の投擲アイテムを見直して、防具に装着していくんだ。これって結構大変なんじゃ?」
「大変も大変よ。全く忍者坊主も神官坊主も、面倒な仕事持ち込んでくれたもんだぜ」
そう言いながらも、マサムネさんはニヤリと笑う。
セレーネさんと同じだなぁ……職人ってのはみんなこうなのだろうか?
「……料理のリクエストを受けた時のハインドさんも、同じ表情をなさっていますよ」
「裁縫している時の先輩も一緒ですぜー」
「そうなの!? って、君たちしれっと人の心を読まないでくれるかな。そんなに分かりやすい顔をしていた憶えはないんだけど……」
「……」
フィリアちゃんが俺の背中をポンポン叩いてくれたので、気を取り直して……。
装備する投擲アイテムを決めてから防具の構造を決定、という手順が妥当だろう。
「まずは投げ苦無から改良するか。シンプルな棒手裏剣にすれば少し軽くなるか?」
「細かったり持ち手が滑りやすかったりで投げにくさは出ると思うでござるが、そこは慣れでござるし」
「あの投げ苦無も悪くねえが、迷うこたあねえな。とりあえず採用だ」
「そういえば、アイテム出しっぱなしの場合ってWTはどうなるの? 普通なら、WTに入るとインベントリから取り出せなくなるけど」
これはキツネさんからの質問だ。
茶を啜ってすっかり寛ぎモードなので、どうやらこのまま成り行きを見守る構えらしい。
「二個目以降も触れますし投げられますけど、命中してもノーダメージになりますね。同時に投げても、同時に当てたとしても一個分のダメージしか入りません」
「わーお、シビアー」
ただ、その手の小型投擲武器はWTも相応に短いので複数装着しておくメリットは十分にある。
行動の合間に投げる、という行動の取り易さが段違いだ。
一々インベントリから取り出す場合よりもずっと隙が減るだろう。
するとそこまで話を黙って聞いていたリィズが、小さく手を挙げる。
「念のため基礎知識の補足を。投げナイフ、手裏剣の型違い、前にハインドさんとトビさんが作った投げ苦無などなど、ちょっと違うけど似ている武器は全て同じカテゴリに入ります。WTが共有されてしまうので、二種類以上持つ意味はありません」
「お、おー! ありがとう、魔女っ娘ちゃん! 普通に知らなかったよ……」
キツネさんの尻尾が話すのに合わせてフサフサと揺れる。
ユーミルが装備しているエルフ耳もそうだけど、やっぱ凄いなこの耳と尻尾の機能……。
「そういや、神官坊主も今までは投げ苦無を使っていたんだよな?」
「そうですけど?」
「なーんか、俺としちゃ取り合わせが変で気になるんだよな……神官の装備関係はしっかり刃物が制限されてんのに、投擲武器にはそれがねえ。ってな訳で神官坊主も、何か専用の投擲武器を作らねえか?」
「統一感っていうか神官らしい戦い方っていうか、そういうのだね? 親方」
「まあ、間違っちゃいねえ。折角のゲームなんだから、そういう雰囲気作りも大事だと思う訳よ。ジジイ的には」
マサムネさんの提案、確かに俺も頷けるところが大きい。
ナイフは装備不可なのに投げるのは大丈夫、というのは確かに俺も気になっていた。
後で一緒に何か考えようという結論にして、一旦本題のトビの防具に話を戻す。
「メインの投擲アイテムは棒手裏剣で良いとして……玉系はどうする? やっぱり外すか?」
「玉系って?」
「焙烙玉、手榴弾、閃光玉、煙玉なんかが該当しますね。ただ、こいつら結構大きいんですよね……」
「どうにか小型化できないでござるかな?」
「小型化するってなるとどうしても性能が問題にならあな。現実でそれに近いもんでも、サイズに限界はあるしよ。小さくっても半端な効果じゃ仕方ねえだろう?」
「そうでござるな。諦めて、玉系は今まで通りインベントリから――」
「あのー、ちょっとお忘れではありませんか?」
「いやいや、他にも手段はありますよ?」
饅頭をちびちび食べていたシエスタちゃんが顔も上げずに呼びかける。
いかん、被った……シエスタちゃんに発言を譲り、俺は口を噤んだ。
「先輩がお気づきのようなので、私は黙ってお任せを――」
「待って、シエスタ殿! そこは面倒がらずに是非! ご意見を!」
「……もしかしてですけど、ゲームならではの素材が考慮に入ってなくないですか? 小さくするならフラッシュオウムの額の発光体とか、スモークアーマディローの唾液とかが使えそうかなって」
「「……」」
二人は同時に「しまった」という顔をした。
丸っ切り意識の外だったのだろう。
下手に現実の兵器に詳しい分、ゲームの素材が頭から抜け落ちていたようだ。
俺が気が付けたのは、属性装備の作製に魔物素材が最適――ということを教わったばかりだったから。
「なるほどな……モンスター素材を用いた工夫の余地は大アリってことか。それならある程度大きさが上下しても、対応できるような構造に設計……悪い、ちょっと思い付いたアイディアをメモっとくぜ。話はそのまま続けてくれや」
「おお、マサムネ殿が本腰を……! では、こちらはこちらで話を続けるでござるよ。他に投擲武器って、何かあったでござるか?」
「……投げ斧は、ナイフのカテゴリとは別……」
フィリアちゃんがインベントリから小さ目のトマホークに似た斧を取り出す。
実証済みの情報らしく、これは俺たちにとって非常にありがたい話である。
「ふむ。重たい斧は無理でも、小さな鎌のような武器を投げるのはありでござるかな? ありがとう、フィリア殿。他には?」
「後は無難に石系じゃないか? 基本だよな、投石は。他には、作ったことないけど打根……いや、打矢か。打矢とか」
打根は矢の形をした武器で、手に持って槍のように使ったり投げたりして使う武器だ。
中でも打矢と呼ばれる投擲に特化した小型のものは、トビが装備するには最適だろう。
俺の意見に続いて元気よく、キツネさんが手を挙げた。
「はい! ブーメランなんてどう?」
「ふむふむ、なるほどなるほど。ありがとう、御二方。その辺りはカテゴリ分けが怪しいので、まずは作って試してみる必要があるでござるな。ハインド殿、頼んだ!」
「って、俺かよ」
マサムネさんを見ると、防具の図面を引き始めちゃったし……。
他のメンバーは、補佐は可能そうだがメインで作るには心許ない。
マサムネさん以外の“匠”のメンバーは来た時に見た限りでは忙しそうだったし、頼るのも悪い。
「……俺しかいないか。じゃあみんな、手伝いを頼むよ」
「お、いいじゃない! 盛り上がってきたわね! キツネお姉さんも手伝う!」
「ありがとうございます。では、最初に足りない素材の買い出しを――」
その後も防具の相談と投擲武器の試作は続いた。
全員で色々とアイディアを出し合っているので、いいものが出来上がりそうだ。