氷竜との決戦
まずはデバフアイテムよりも効果が高いリィズの『レジストダウン』が成功するかどうかを見てから、デバフを上書きしないようにアイテムを投げていく。
……よし、成功したから魔法耐性は大丈夫。
ならば防御ダウンのデバフアイテム『溶解液』を――っと、トビが投げた奴が効いたか。
残りは攻撃ダウンと魔力ダウンだな。
「セレーネさん、見えましたか!?」
「待って、何とか……あ、あった! 頭部の付け根に、ボロボロの剣が刺さっているのが見えたよ!」
デバフアイテムを投げながら、氷竜の姿を観察して走る。
サイズがそもそも大きいのもあるが、馬のような立ち姿で頭の位置は非常に高く遠い。
セレーネさんの言葉を受けたのと同時、全ステータスのデバフに成功。
もうこれで、残っていたデバフアイテムもほとんど投げてしまったな……。
『アイスドラゴン』はまだ動かない。
「通常攻撃でもスキルでも、狙えそうな時はそこを狙ってください! リィズも狙えそうなら、シャドウブレイドをあそこに!」
「はい、やってみます!」
「分かった!」
そう言ってはみたものの、近接はおろか遠距離でもあそこを狙うのは難しいか。
更に雪で視界が霞んでいることもあって、いくらセレーネさんでもそう簡単には行くまい。
頭部付近なので、短剣が刺さっている箇所は氷の鱗が存在しないだけでなく弱点部位になっている可能性も高いのだが……仕方ない。
それなら、まずはこいつだ!
インベントリから目的の物を引っ掴み、間を置かずに一気に点火する。
「全員、準備はいいな!?」
「いつでもいいぞ!」
「焙烙玉、一斉投擲!」
ドラゴンの周囲で五つの爆風が巻き起こる。
ガラスが割れるような音が次々と響き、爆風による煙が寒風で流されると……竜の前面には、生身の鱗が露出していた。
その直後、氷竜が動き出す。
前回の『アイスドラゴン』の初手行動は、いきなりのブレス攻撃からだった。
果たして今回は――
「ハインド、膨らんだぞ!? ブレスだ!」
「トビっ!」
俺が叫ぶ前から既に、トビは分身を出して動き始めていた。
このイベントのボスモンスター共通の特徴、壁に向かわないことを利用して山の方へと移動。
パーティから竜の視線を引き剝がし、そのまま駆けて行く。
そして、ワイバーンのものとは比較にならない威力・範囲のアイスブレスが吐き出される。
「うひょおおお! 怖い怖い怖い! ――っ、ここしかないでござるっ! 跳べえええ!」
分身が一瞬で掻き消され、今度はトビ本体に向けて氷竜が首を振る。
移動スキル『縮地』で掻き消えながら距離を稼ぎ、再度現れたトビの足を掠めた直後――ブレスは周囲に多数の氷柱を作り出して止まった。
最後の一撃で割れたのは、どうやら『ホーリーウォール』の方らしかった。
ともかく、上手く逃げ切った!
「ナイス回避だ、トビ!」
「皆、攻撃準備を! 今からドラゴンの頭をそちらに向けるでござる!」
「あいよ! ユーミル、GO!」
「うむっ!」
トビはパーティが攻撃しやすいようにユーミルの傍に駆け戻り、攻撃補助として『影縫い』を使用。
氷竜が足踏みしながらこちら向きに回転し終わったところで、スキルによって動きを止めた。
続けてユーミルが『捨て身』を発動し、更に『アサルトステップ』でドラゴンの懐に飛び込む。
俺はタイミングを計り、剣を振りかぶったユーミルに――
「弾けろぉぉぉ!」
『クイック』を発動。
『バーストエッジ』が氷竜の肉を抉るなり、すぐさま再使用が可能になる。
そして後衛三人で頷き合うと、ユーミルに向かって同時に『中級MPポーション』を投げる。
振り向きもせずにそれを察したらしいユーミルは、返す刃で追撃をかけた。
「もう一発ぅぅぅっ!」
『影縫い』が解けた氷竜が大きく体勢を崩し、地鳴りのような呻き声を上げる。
HPバーが激しく揺れて減少するが……。
さすがにレベル差もあってか、普段の『バーストエッジ』の減りからは程遠い。
二発で全HPの15%分のダメージといったところか。
「セッちゃん!」
「怯んだ分だけ、頭の位置が下がった……!? そこっ!」
セレーネさんがドラゴンの怯みに合わせて、溜めの少ない『ストロングショット』を放つ。
短剣が刺さったすぐ傍、真横に見事命中。
ダメージはちゃんと弱点判定されたらしく、ランクの低いスキルながら胴体に放った『バーストエッジ』一発と同じ、HPの6~7%分ほどを減らした。
よし、このまましっかりダメージを積み重ねればどうにか次のウェーブには間に合うはず!
「セレーネさん、リィズ! 二人は攻撃を続けて下さい! ユーミルは一旦離脱を!」
「まだ行けるぞ! ヘビースラッシュまで入れてから――」
「――!! ユーミル殿、下がって! 攻撃間隔が予想よりも短い!」
攻撃を控え、回避に備えていたトビが声を上げた。
その言葉を証明するように、『アイスドラゴン』が巨体からは想像もできない高速回転を行った。
尾を使った薙ぎ払い……纏う氷の鱗によって刃のような鋭さとなったそれは、即死級の威力で前衛二人に襲いかかる。
それはトビを狙って放たれたものだったのだろうが、近場にいたユーミルにも直撃。
トビはノックバックしつつも空蝉が消えたのみだったが……。
ユーミルは都市の防壁付近まで派手に吹き飛び、当然のように立ち上がることはなかった。
後衛の目の前を、身の毛もよだつ勢いで突風が過ぎ去っていく。
「な、何てこったい……トビ、空蝉は!?」
「再使用可能でござる! 何とか持たせる!」
「頼んだ!」
俺は『聖水』を手に、パーティを残してユーミルの元まで走った。
あの攻撃間隔だと、セレーネさんとリィズにダメージを多く取ってもらった方が安定しそうだ。
ユーミルを起こしたらヒットアンドアウェイを徹底させないと。
傍まで近付いたらまずは『聖水』、時間が惜しいので『中級HPポーション』、そして詠唱の短い『ヒーリング』で一気に回復させていく。
「……む、どこだここは!?」
「壁の傍だ、早く立て! みんなはまだ戦っているんだ、ぼんやりしている時間はないぞ!」
「ハインド、ハインド!」
「何だ!?」
「バーストエッジを叩き込もうにも、あのドラゴンの頭の位置は高過ぎる! 今回のメインアタッカーはセッちゃんに任せようと思うのだが……私も何か助けになれないか!? やつの動きを止めたりとか!」
「お前……」
ユーミルが自分からサポートに回ろうとするだなんて……珍しいこともあるもんだ。
確かに、あの位置に短剣が刺さっているのが不思議なくらいに『アイスドラゴン』は頭の位置を下げようとしない。
あるいは、過去に深手を負った経験から氷竜がそうしているのか……。
店主も知恵があると発言していたし、その可能性はあるな。
そう考えると、ユーミルの意見は正しいということになる。
「しかしサポートったって、お前にはトビの影縫いのようなスキルはないし……」
「駄目なのか? 無理なのか?」
「強いて挙げるなら“怯み”ってもんがある」
「怯み?」
「さっきお前がバーストエッジを二連射した時に、氷竜が大きく体勢を崩しただろう? アレだ」
「アレか!」
「モンスターによって怯むまでの数値は違うんだが、短時間に大ダメージを与えると引き起こすことができる。だからお前が怯ませて、頭が下がったところに影縫いを重ねれば――」
話をしながらユーミルと共に氷竜の前まで戻ると、遠距離攻撃によって『アイスドラゴン』のHPが70%前後まで減らされていた。
セレーネさんに近付き、慌てて状況確認に努める。
「どうですか!? 何か進展は――」
「ハインド君、弱点は頭部全体や首じゃなくて、あの剣が刺さった周りだけみたい! ブラストアローで氷の鱗を貫通させながら頭部に当てたけど、最初のストロングショットよりもダメージが……」
あんな小さい範囲だけが弱点部位なのか?
これは大変だな……『ブラストアロー』の威力は『ストロングショット』の三倍近くあるので、セレーネさんの言うことに間違いはない。
氷竜正面の氷の鱗は既に再生済み、そして逃げ回るトビのHPがミリになっている。
「ひぃぃぃ! ハインド殿、爪がかすった! 爪がかすっただけでこのHP!!」
ダバダバと自分の頭の上から『中級HPポーション』をかけつつ、トビが悲痛な叫びを上げる。
そのポーション一個でフル回復する程度のHPしかないのだから、仕方ないとも言えるが……。
「いや、でもよく生き残った! 今、ホーリーウォールをかけ直すからな!」
直ちに『ホーリーウォール』をトビに再使用したところで、俺は異変に気付く。
トビに爪攻撃を行う氷竜の動きが、先程よりも僅かに遅くなっている……?
「リィズ、もしかしてスロウが効いたか!?」
「効きました。効いた状態でも、巨体からは考えられないこの速度ですが……」
マジかよ……これはもう、ゲームシステム側からもあの作戦を後押しされているようなものじゃないか。
「みんな、聞いてくれ!」
俺は氷竜の弱点を攻撃するための作戦を、ユーミルのバフをかけ直しながら呼びかけた。