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氷竜の古傷

「待ちな」


 酒場から出ようと先頭のアルベルトが扉に手をかけたその時――店の奥から静止の声が届く。

 顔に傷のある店主……彼が立ち上がり、こちらをじっと見据える。

 どうも、呼び止められたのは俺のようだった。


「ハインド、俺たちは先に行っている。今日も東門だ」

「分かりました」


 アルベルトに続いて、他のメンバーも店を出ていく。

 残された俺は店主に連れられて、客の声が届かない厨房の奥へ。

 店主は腕組みをして壁に寄りかかると、探るようにゆっくりと話を始めた。


「……アンタたち、あの氷竜に挑むんだって?」

「あ、聞こえていましたか? あのドラゴンがどういうものか、ご店主はご存知で?」

「当たり前だ。あの氷竜はケルサ山の主にして、俺たちの長年の敵だからな」


 あそこの山、『ケルサ山』っていうのか。初めて知ったぞ。

 何やら興味深い話が聞けそうだったので、俺は黙って続きを促した。

 店主によると城郭都市はスタンピードの対処は慣れっこだが、あの氷竜が出た時だけ被害が大きくなる傾向があるのだという。

 出現するのは数年に一度で、しかも氷竜には知恵があり、討伐寸前で逃げられたこともあったのだとか。


「……確か、あの氷竜の弱点を探していたな?」

「ええ、あの氷の鱗は厄介ですよ。何か心当たりがあるのでしたら――」

「呼び止めておいて何だが、正直アテにせずに聞いて欲しい話ではある。しかし、三年前に目撃した若い連中の話を聞いた限りでは、まだ……」


 言い訳じみた話を繰り返す店主を俺が不思議に思って見ていると、咳払いを一つ。

 何か話し辛い事情でもあるのだろうか?

 店主は閉じていた目を開くと、居住まいを正して俺に向き直る。


「人間で言うとここの位置だ。角が張り出していて確認が難しいだろうが、頭と首の境目に――」


 店主がトントンと自分の太い首筋を叩く。

 正面から見て右側、竜からすると左側の首筋だと彼は説明した。


「そこに、短剣が突き立ったままになっているはずだ。ヤツが大嫌いな、土魔法の加護をたっぷりと受けた剣が。その古傷の周辺は、氷の鱗が再生せずに地の鱗が露出してるって話だ」

「本当ですか!?」


 思わず体が一歩前に出た。

 俺が見た時には、彼の言う通りそんな傷は確認できなかったが……。

 そんなものが本当にあるのなら、これは狙い所だ。


「あの剣はこの国の名匠・マレウスが作ったもんだ。そういうことが起こったとしても、不思議はねえ」


 俺はその言葉に一瞬だけ固まり、その後ついつい店主の顔にある大きな傷をまじまじと見てしまう。

 やけに細かく丁寧に、短剣が刺さっている場所を説明してくれたが……それに、その短剣についても詳しいじゃないか。


「あん? 何だ、人の顔をまじまじと……ああ、そうか。言っておくが、短剣を突き刺したのは俺じゃない。確かに俺はその場にいたし、顔の傷もその時のものだが」

「では……?」

「ああ、知り合いの傭兵だよ……元、だがな。そいつも引退して、今では靴屋のオヤジだ」


 なるほど……ということは、その靴屋の知り合い全員からこの話を聞ける可能性があるのか。

 イベント的な公平性を考慮しても、その話を知っているNPCが少数では問題があるもんな。

 あ、他には氷竜の傷を目撃したという若い兵士からも聞けるのか。

 何にせよ、俺たちにとって非常にありがたい情報である。


「土属性の短剣が首元に、ですね。貴重な情報、ありがとうございました。憶えておきます」

「あんたには料理の先生として、世話になったからな。健闘を祈る」




 酒場の店主からもたらされた情報は、ユーミルたちだけでなくサイネリアちゃんたちにもメールで送っておいた。

 話を聞いた俺たち側の『アイスドラゴン』だけに古傷が現れる可能性も考えたが、TBのイベント傾向からしてないと判断。

 一応、登場直後に確認するようにヒナ鳥パーティに注意は促しておいたが……恐らく大丈夫だろう。

 俺はメールを終えて東門でユーミルたちと合流すると、早速イベントに挑むことにした。

 メールの返信で一言あった通り、ヒナ鳥パーティは先に戦闘に向かったとのこと。


「やっぱり、このゲームのNPCって大事でござるなぁ。レイドの時も回遊ルートはともかく、マグロの餌については教えてくれたのでござろ?」


 俺が聞いてきた情報に関して、トビがレイドイベントを思い返しながら一言。

 決定的にはならないけれど、知っていると薄っすらお得……NPCが提供してくれるイベント関連の情報については、そういう傾向がある。


「らしいな。特に撒き餌の配合比率が現実のと違ってて、役に立ったって餌担当の人が言ってた」

「ハインド君、お手柄だね。色々と揚げ物のレシピ、伝授していたもんね」


 確かに、それが切っ掛けで教えてくれる気になったんだろうことは想像に難くない。

 あの店主とは味の好みが似ていて、俺自身も色々と楽しかった。


「しかし毎度毎度、この人混みに混ざって進むのが面倒だ! 真っ直ぐ門に突撃したい!」

「それはみんな一緒じゃ――あでっ!?」

「あ、ごめんハインド殿。踵を踏んじゃった」

「ああ、気にすんな。これだけ狭いんだからしゃーない」


 プレイヤーの間からも結構な改善要望があるらしいのだが、一度入ってさえしまえば連戦できる。

 俺たちの場合はもう戦術も出来上がっているので、それまでの我慢だ。

 門までどのくらいか測りながら歩いていると、リィズが急に俺の袖を引いてくる。


「ハインドさん、手を繋ぎましょう」

「手を? 何で?」

「はぐれるといけませんから」

「マーカー表示があるし、はぐれようがないと思うが……じゃあ、はい」


 リィズの手袋ごしの小さな手を握って歩いていると、無言でユーミルが体当たりをかましてくる。

 そのまま腕を取られたので、俺は慌てて杖を持ち直した。

 ユーミルとリィズの歩幅が全く合わないので、間に立たされた俺は大いにふらついた。

 更には背中にも突っ張るような感触があったので振り返ると、俺のコートを掴んだセレーネさんがすぐ後ろに……。


「歩き辛っ!?」

「何でござるか、このサンドイッチは……中身の残念さを知っているとはいえ、これはいくらなんでも妬ましい。ハインド殿、ぜる? ねぇ、爆ぜる?」

「爆ぜねえよ! その物騒なもんをしまえ!」


 焙烙玉をチラつかせるのはやめろ!

 目が笑ってねえんだよ、この野郎!

 俺たちがそんなことをしながらのろのろと門に向かっていたところ、周囲に異変が起きる。

 他のプレイヤーたちが急に背中で押してくるのだ。

 何事かと視線を巡らせると、とある一団が人波を割るように悠々と歩いているのが見えた。


「む、あいつは……」


 ユーミルも気が付いたようだ。

 中央に最近見知った顔……先だって『ルジェ雪原』でPK殲滅の盟主をやったギルド・ラプソディのレーヴの姿がある。

 その前後では、見るからに手のかかっていそうなアレンジ装備を身に着けた男女が彼を守るようにして移動という形だ。

 特に周囲を威圧したり、退くように言っていたりはしないのだが、自然と他のプレイヤーが門までの道を開けている。

 うーむ、謎の威圧感……。

 端的に周囲のプレイヤーの心情を表現するなら「ガチ勢怖い」という感じだろうか。


「おや、あれはレーヴ殿。異様な光景でござるなー……どんどん道ができていく」

「そういえば、彼らはこのベリ連邦が本拠地だったね。元から耐寒防具だろうし……コートなしでネームを出したランカーが堂々と歩いていると、ああなっちゃう……のかな?」

「どうでしょうか? 私は普通なら、ああはならないと思いますが」


 ピリピリとした不思議な緊張感があるんだよな、あの集団。

 試合前のスポーツ選手みたいだ。

 ちなみに彼らの現在の順位は、ヒナ鳥たちと討伐数が並んで2位。

 今夜にも俺たちの記録を抜こうかという位置まで上がってきている。

 そのまま彼らは、誰にも遮られることなく門を通ってイベントステージへと消えていった。


「むうう、あんなにあっさりと門に……! 私たちだってランカーなのだし、同じ手でスムーズに進めないのか!?」

「いや、やめておけよ……お前の場合、絶対にああはならないからな?」

「何故だ!?」


 ユーミルの言葉に、他のメンバー全員が苦笑を浮かべる。

 ラプソディのパーティが去った後、門の周辺はまた元通りの状態に戻った。

 門に向かって、少しずつ列が進んでいく。


「そりゃあ、親しみやすさでござろうなぁ……ユーミル殿では囲まれて、却って進めなくなるのがオチでござるよ」

「そういうこと。諦めてこのまま進むぞ」

「しかし、私のこのきりっとした表情にかかれば――」

「食い下がるなよ。無理だって」


 そのきりっとした顔、お前が俺に晩飯のメニューを訊く時と全く同じ顔だもん。

 さっき酒場で見たばっかりのやつ。

 最終的に俺たちが門を通過できたのは、レーヴたちが去った数分後のことだった。

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