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城郭都市スクートゥム

 壁……そう、目の前にあるのは壁である。

 俺たちの前には、壁があった。


「どうして今、私と壁とで視線を往復させたのですか? ……ユーミルさん」

「た、偶々(たまたま)だ! 他意はない! 本当だ!」


 リィズとユーミルの会話に、隣に立つトビが必死に笑いを堪えているのが分かる。

 頑張れ……声に出したら殺されるぞ、多分。


「た、高い壁だね、ハインド君……」


 セレーネさんが間を取り繕うように、俺に話しかけてくれる。

 助かった……言われるままに城郭都市の壁をもう一度見ると、確かに高い。

 大体、高さ20メートル以上はあるだろうか?

 都市入口の前で、俺は壁の天辺まで目線を上げた。


「高さもそうですけど所々のひび割れとか、そこら中にある修繕跡とか……非常に生々しい感じがしますね」

「冬になると、冬眠する動物が増えて生態系に変化が起きるんだって。魔物の餌がなくなっちゃうから、山から大量に下りてくる……そうだよ?」

「拙者も掲示板で見たでござる。ここの都市のNPCに訊くと、その話を詳しく教えてくれるのだそうな」

「ああ、そういうこと」


 掲示板経由の情報だったか。

 ここまでNPCと話す機会なんてなかったのに、急に詳しいことを教えてくれるから何事かと思った。

 そこで背後に足音と気配を感じ、壁から視線を外して振り返る。


「――ハインド先輩、お待たせしました!」

「おっ、来たか」


 リコリスちゃんを先頭に、ヒナ鳥パーティが後ろから追いついてきた。

 結局あの後、弱点を積極的に攻撃した俺たちのパーティが先にフィールドボスを撃破。

 他のパーティの邪魔にならないよう先にフィールドを抜けたので、こうして入口で待っていた訳だ。


「じゃあ、中に入ろうか」

「はい!」


 十人で門を潜ると、その壁の厚さが分かったのだが……。


「これ、一体何メートルあるんだ?」

「厚さ5メートルはあるかなぁ……凄いね」

「おー! どんなモンスターが来たら、この壁を破れるというのだ? 本当に私たちが必要なのか?」


 ユーミルがぺしぺしと壁を叩きながら呟く。

 しかしこの城郭都市ってやつは、壁際に住んでいたら光が当たらなくて最悪だな。

 お世辞にも、壁の傍は居住性が良いとは思えない。

 その分厚い壁を持つ門を潜り終えると、なんと奥にもう一つの門が見えた。


「二重防壁!?」

「あの、拙者逆に怖くなってきたのでござるが……そんなに強烈なのでござるか? スタンピードってやつは。期待と不安が半々な心境に――」

「情けないことを言うな、トビ」

「兄貴……」


 アルベルトがコートを靡かせながらトビの横に移動した。

 その低い声を聞いていると、俺まで不思議と気持ちが落ち着くような感じがする。


「戦う前から敵の姿を大きくしてどうする。仮に、想像を超えて敵が強大だったとしても……」

「しても?」

「怯えを覆すに足る戦意を燃やせ。それが戦士というものだ」

「兄貴ぃぃぃぃぃぃ!」


 相変わらずのアルベルトである。

 確かに、若干クサい台詞ながらも格好いいのだが……なんか理論が力技なんだよな。

 ユーミルが鼻息を荒くして、同意するように何度も頷く。

 お前に必要なのは、十分以上に足りている戦意よりも思慮とか冷静さだよ。


「ユーミルさんに必要なのは、戦意ではなく知性と落ち着きですよ?」

「貴様!?」


 あ、リィズの言葉と思考がほぼ被った。

 セレーネさんやヒナ鳥たちと共に、喧嘩体勢に入る二人を抑えながら都市内部へ。




 二つ目の門を通って中に入ると、都市の中央に向かって緩やかな丘になっているのが分かった。

 町の中央に行くほど、日当たりが良くなって居住性がマシになりそうだな。


「うわー……プレイヤーの皆さんが沢山ですねぇ……」


 リコリスちゃんの言葉を示すように、どちらを向いてもNPCより先にプレイヤーの姿に行き当たる。

 既に戦闘を行った後なのか、敵の数がどうだとか配置がどうの、という話が漏れ聞こえてきた。


「さすがイベント初日……スタートは昼間だから、プレイヤーによってはもうスコアを稼いでいるのだろうけど」

「何!? ハインド、私たちも早速行くぞ!」

「慌てなさんなって。初日はいつものアレだから、程々でいいぞ」

「アレ? ……あー、アレか! アレだな、うむ!」

「ちゃんと分かって言ってる?」


 俺が問いかけつつユーミルの目を見つめると、やがて気まずそうに視線をゆっくりと逸らした。

 どうして知ったかぶりをするかな……。

 代わりにリィズが一歩前に出て答える。


「検証ですね? ハインドさん」

「ああ、初日はいつもの検証タイムだ。ヒナ鳥たちはどうする? もう俺たちとは別に、好きに動いてくれて構わないんだが……一緒に検証、するかい?」

「折角なので、先輩たちの検証に乗っかります」

「ちょ、シー!? アルベルトさんたちに相談もなしに勝手に――」

「俺たちは構わない。君たちの指示に従うだけだ。そうだろう? フィリア」

「うん、構わない……私たちは傭兵だから……」


 楽をしたいというのが見え見えなシエスタちゃんだったが、アルベルト親子の承諾が即座に降りる。

 サイネリアちゃんは小さくなって、俺に「い、いいんでしょうか……?」と恥ずかしそうに口にした。

 別パーティということで、競合相手になった場合を考えて遠慮しているのだろうが……真面目だなぁ、サイネリアちゃんは。


「ユーミル、一緒でいいよな?」

「うむ! 攻略情報を共有した程度で負けるのならば、それは仕方のないことだからな! むしろ我々二組でしっかりと分析を行い、ワンツーフィニッシュと洒落込もうではないか!」

「ということで、サイネリアちゃんは気にしなくていい。代わりに、検証にはしっかりと協力してもらうからさ」

「は、はい!」


 そんな流れで、俺たちは早速イベント初戦に向かうのだった。



 イベントが行われるのは、城郭都市の東壁、西壁の二方向。

 首都からの接続がある南門と、迂回ルートからの接続がある北門の方角はイベントで使用されないようだ。


「てな訳で、来たぜ東門」


 町中の様子も気になったが、まずはイベントだ。

 首都の観光も含めて、そういうことはイベントが終わってからやれば良い。

 門の前はプレイヤーの群れで芋の子を洗うような混雑だ。

 俺の神官服の背中を掴んで密着したユーミルが、顔を寄せて確認を取ってくる。


「西と東との差は?」

「イベント説明によると、特にないそうだ。人が少ない方に行くだけでいいだろう……今夜はどっちに行っても同じだろうが」

「最初の一戦は、何も考えずに戦っていいのだな?」

「ああ。まずはイベントの仕様に慣れることから始めよう。色々考えるのはその後でいい」

「よし!」


 前に進んでいくプレイヤーたちは良いのだが、門の周りでたむろしている連中が邪魔過ぎる。

 どうにか掻き分けて外へ。


 一歩門から踏み出すと、何かが切り替わる感触があった。

 気が付くと後ろに続いていたヒナ鳥パーティの姿はなく、渡り鳥の面々だけがそこに立っている。

 そして予想外だったのが、左右に広がる景色で……。


「うおお!? これ、他のパーティの戦闘風景でござるか!?」

「もう戦い始めている……ってことは、左右にいる人たちは順番通りじゃなくてランダムかな? 前の人たちから、門を通るまで間を空けていないものね」

「でも、あちらから見えている景色とは一致しているみたいですね。ユーミルに手を振ってる」


 視界の中には既にREADY……GO! と表示が出た後だが、敵はまだ出てこない。

 隣のエリアにいるプレイヤーが、勇者ちゃーん! と叫びながらこちらを見ている。

 試しにそちらに移動して見ると、ある程度近付いたところで透明な壁が赤く発光した。

 壁には進行不可、と表示されている。

 なるほど、こういう仕様ね……インスタンス形式だけど、他のプレイヤーの戦っている様子が見えると。

 中々に臨場感があって、良い感じじゃないか。


「トビ、悪いけど反対側の透明な壁まで走ってみてくれるか?」

「お、今の内に横幅を測るでござるか? お任せを!」


 敵が来ない内にということで、トビが駆けて行く。

 反対側の壁にトビが手を着いたところで、パーティメンバの位置を示すマーカーを確認すると70メートルと表示されていた。


「サッカーコートのゴールラインと同じくらいか……広いなー」

「そうなのですか? ハインドさん、時々プロの試合を見ていますよね」

「まあな。確か、国際試合に使われる幅が68メートルだったはず」

「――では、5バックでござるな!」


 トビが雪を足元の撒き散らしながら、俺たちの前で急停止する。

 よく転ばずに全速力で走れるな。


「戻ってくるの速いな、ご苦労さん。フォーメーション的には前に二人だから……3バックじゃねえ? お前ら前衛がDMFで」

「ハインド、ゴールキーパーがいないぞ!」

「あ? あー……言い出したのは俺だけど、全部サッカーに当てはめるのは無理がないか?」


 俺がサッカーを引き合いに出したせいか、会話の方向性がズレ気味だ。


「守備範囲が広大な分、視野を広く持つ必要がありそうだね」

「ええ。声をかけ合ってフォローしていきましょう」


 セレーネさんとリィズが軌道修正してくれたので、最初の方針はそんな感じで。

 そんな中、地響きのような轟音と共に雪煙が山肌から上がる。

 木々の間からモンスターたちが現れたのを見て、俺たちは会話を切り上げて武器を構えた。

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