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雪原の大乱闘

「何じゃこりゃあ……」


『ルジェ雪原』というフィールドに到着した俺たちは、その光景の異様さに目を剥いた。

 レイドイベント同様、Pkが出現するだろうというのは事前に予想していた。

 しかし、これは……。


「ら、乱闘?」

「大乱闘ですね……」


 放たれるスキルのエフェクトがあちこちで光り、目が痛いくらいだ。

 雪はぐしゃぐしゃに踏み荒らされ、血飛沫が舞って白地を赤く染めていく。

 それから、聞こえてくるのは主に怒号と悲鳴。


「正確には、PKとそれ以外のプレイヤーなのでござろうが。至るところで戦闘が起きていて、近場のモンスターが巻き添えで散っているでござるな……」

「これは一ギルド、二ギルドって規模じゃないね……複数のギルドが入り乱れて戦闘しているみたい」

「楽しそうだな!」

「――は?」


 ユーミルがまたおかしなことを言い出した。

 楽しそう? どこをどう見ても、ただの地獄絵図なのだが。

 見通しの良いフィールドなので、全体を見渡せる分だけ余計にそう感じる。


「では、我々も行くか!」

「待て待て待て!」

「ユーミル殿、それはない! それはないでござるよ!」


 慌ててトビと共にユーミルの前に馬を滑り込ませる。

 ユーミルの乗るグラドタークが小さく嘶いて止まった。


「何故止める!?」

「何故こんなところに無策で突っ込もうとする!? 祭りじゃねえんだぞ!」

「ハインド君、こっちにもPKが!」


 セレーネさんの声に視線を走らせると、歩兵状態のPK集団がこちらに向かってくるのが見えた。

 その集団の後方からは、騎乗状態のオレンジネームが……。


「ちっ……とりあえず一つ前のフィールドまで下がりましょう! シエスタちゃん――っていねえ!?」

「あ! シーったらまだあんなところに!?」


 最後尾のシエスタちゃんに声をかけようとするも、彼女の姿は遥か後方にあった。

 サイネリアちゃんと一緒に必死にジェスチャーを送り、馬首を返すように指示を出す。

 こうして俺たちは、一つ前のフィールドである『リア山脈』まで引き返すのだった。




 フィールドが連続するエリアには、安全地帯が設置されている場合が多い。

『リア山脈』出口にもそれは存在し、俺たちはそこで馬を降りて顔を寄せ合った。


「どうしてあんなことになっているんです? ハインドさん」

「地形……いや、あのフィールドの位置か? あそこの雪原、確か首都に通じる大型フィールドだったような。イベント目当てにプレイヤーが急激に集まった結果だと思うんだが……それ以上は下調べが足りていなくて、詳しいことは分からん。悪い」


 イベント掲示板くらい覗いておくべきだったか。

 今夜からイベントが始まるということと、前回よりも移動に費やせる期間が短いことがあってレイドイベントとは状況が違うようだ。

 リィズは俺の言葉に、首を横に振って小さく手の平をこちらに向けた。


「いえいえ。ハインドさんに任せきりな私たちに責める権利はありません。しかし、このままここで手をこまねいていても仕方ありませんね」

「そうでござるなあ……足りないのは情報でござるよな? しからば、拙者がログアウトして判断材料を集めてくるでござるよ」


 トビが手を挙げてログアウトの姿勢を示す。

 俺よりも掲示板等を使った情報収集が得意だからな……ここは任せよう。


「助かる。大体何分くらいかかる?」

「必要な情報に絞れば、十分間もあれば」

「了解。じゃあ、俺たちはここで待つことにするよ」

「あ、私もちょっと行ってくるよ」


 セレーネさんも手を挙げる。

 トビは一人で十分だと言ったが、水を飲んだりと現実で休憩したい可能性もある。

 俺はセレーネさんにも情報収集をお願いし、二人のログアウトを見守った。

 この二人なら何か掴んできてくれるだろう。


「……さて、俺たちは満腹度の回復でも図るかー。リィズは調理補助を頼む」

「はい。お手伝いします」

「他のメンバーは、風除けを作ってくれるか? あ、今の内に現実で休憩したい人がいたら遠慮なくどうぞ」


『リア山脈』も例に漏れず雪の積もる山であり、しかも地吹雪が強くお世辞にも過ごしやすい場所とは言えない。

 しかし、それでも先程の『ルジェ雪原』にいるよりは遥かにマシだ。

 追加でログアウトしていくメンバーはおらず、そのままそこで簡易キャンプを開始する。


「柱の固定、終わりました」

「いつでもどーぞー」

「よし、行くぞ? せー……のっ!」

「ぬぐぐぐぐ……風が……あっ、広がりましたよ! ――きゃっ!」

「ふおっ!?」


 風除けのロープを引き切った二人が倒れ込んでくるのを見て、ユーミル側のリィズがサッと身を翻す。

 俺は持っていた鍋から手を放して、リコリスちゃんを受け止めた。

 危ないと予想できたからこそだが……こうも期待を裏切らない動きをされると、複雑な心境である。

 転んだ拍子に緩んだロープをリコリスちゃんがそのまま張り直し、打った杭に固定する。


「あ、ありがとうございます!」

「うん。気を付けて」

「リィズ貴様! 少しも私を助ける気がないのはどういう訳だ!?」

「冗談じゃないですよ。受け止めたら私の方が潰れてしまいます。大体、助けるまでもなく体勢を立て直したじゃないですか」


 聞こえた会話に視線をやると、ユーミルが斜めに傾いたまま後ろ足を踏み出して止まっていた。

 それと握ったロープを支えに、不自然な体勢でプルプルと震えている。

 雪に膝まで埋まっている……もしあちらを受け止めていたら、こちらの足を踏み抜かれていたかもしれない。

 ついついリコリスちゃんの肩に手を置いたまま、二人でそちらの様子をぼんやりと見る。

 風除けの向こう側にいたサイネリアちゃんがユーミルの補佐に回り、こちらにはシエスタちゃんが顔を出した。


「何か悲鳴が聞こえたけど……あれ、リコ? どったの先輩に抱っこされて」

「へ……? ――あ、ち、違うよ!? これは違うからね!?」

「怒りのボディプレス!」

「なっ!?」

「ユーミル先輩!?」


 ロープの固定が終わったらしいユーミルが、リコリスちゃんごと俺を押し倒した。

 それに続いて、リィズも無言でその上から覆いかぶさってくる。

 く、苦しい……! そして意味が分からない……顔に当たる雪が冷たい……。


「んー……では私も」

「!?」

「な、何で!? シーちゃんやめ――ぐえっ!」


 シエスタちゃんの重みが追加され、俺とリコリスちゃんは体を雪の上に押し付けられた。

 慣れるとそれほどでもないが、息苦しいことに変わりはない。

 三人分の体重が襲いかかってくる。


「何ですか、これ……?」


 サイネリアちゃんが所在なげにポツリと呟くが、俺も全く同じ心境である。




 どうにかのしかかりから逃れた俺は、スープを完成させてみんなに配っていた。

 中身はコーンスープで、調理セットを使わずに焚き火の上で完成させた。

 ギルドで収穫した『ミルク』を使った濃厚なスープで、冷えた体を芯から温めてくれる。


「ほえー……まろやかあったか。美味しいです!」

「飼っている牛たちも、段々と美味しいミルクを出すようになってきたからな!」

「最初の水っぽい牛乳から考えると、随分と進歩したもんだよ」


 牛の世話は前にも触れたようにリコリスちゃんがメイン、補助が俺とユーミル、時々トビといった比率だ。

 もちろん、それぞれの分野で人手が必要な時は総出で作業するが。

 家畜は健康状態に気を使うことで、付随する生産物の質が向上していく。


「うん、美味しいよリコ。牛のお世話、頑張ってたもんね」

「えっへん!」

「先輩先輩。サイが馬、リコが牛乳と私だけ役に立っていない感が満載なんですけど。どうしてキノコシチューにしてくれなかったんですか?」

「ごめんごめん。ちゃんとキノコも食卓に上がるから、もう少し待っててよ」


 イベントの戦闘開始前にバフ狙いで、キノコを使った料理を行う予定だ。

 その辺りの事情を考えて、俺の今回のインベントリは食料関係で一杯である。

 今回からは料理の出来次第で、イベント成績が左右される可能性すらあるからな……重要だ。


「ただいまでござるー。おっ、美味しそうなスープ」


 その時、体が再構成されたトビがエフェクトを残したまま近付いて来る。

 予定よりも少し早いじゃないか。


「お帰り。ちゃんとお前の分も取ってあるぞ……ほれ」

「かたじけない! ……で、情報収集の結果なのでござるが」

「ああ。どうだった?」


 スープを受け取り、風除けの中でトビがそれを口にする。

 セレーネさんはまだだが、時間にルーズな人ではないので直に戻ってくるだろう。

 そんな中、少し落ち着いたところでトビは得てきた情報を話し始めたのだが……。

 細かい情報を後回しにしたであろう開口一番のそれは、とんだ変わり種だった。


「ハインド殿、朗報でござる。なんとルジェ雪原にPK討伐隊が出るでござるよ! 今から二十分後に出立だそうで、既に複数のギルドが参加を表明していたでござる」

「PK討伐隊?」


 何やら、急激に風向きが変わりそうな内容である。

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