武闘家メイ
店内にはユーミルの希望通り暖炉が設置され、食堂の中を温かく照らしていた。
早速リコリスちゃんと二人、手をかざして温まっている。
コートを外して一息吐くと、一瞬だけ入口の扉が開いて冷えた空気を室内に送り込んできた。
――? 何だろう、今のは。
何かが脇を通り抜けて暖炉に向かい……。
「ふいーっ、あったかい……」
「ホントだねー。生き返るー」
「もうここから動きたくないです……」
「そろそろコートを脱ぐか、リコリス」
「はーい。そうしましょー」
「あ、ウチも脱ぐー」
「「……」」
「うん?」
暖炉の前には三人の影、聞き覚えのない声が一つ、そして俺の周囲には騎士コンビを除いた六人がしっかりと揃っている。
……一人多いな?
「誰だお前は!?」
「どちら様ですか!?」
ユーミルとリコリスちゃんが、一歩下がって謎の人物に誰何の声を上げる。
鮮やかなオレンジ色の髪をした少女が、二人の言葉にキョトンとした。
ネームはブルーで『メイ』、ギルド名は『コロナ』、レベル50の武闘家と表示されている。
こんな僻地の村に他のプレイヤー?
先行していた『カクタケア』の姿は既にないし、他国のプレイヤーはこのルートを通る必要はないはずなのだが……。
話によると彼女はここ『ベリ連邦』のギルドに所属するプレイヤーで、クエストを行うためにここから北西にある『パゴノ洞窟』というダンジョンに行っていたのだとか。
仲間のプレイヤーたちとはぐれたらしく、メールを送って最寄りの施設である『マルゴの村』で待つことにしたそうだ。
満腹度が減っていたこともあり、この食堂に駆け込んだところ先客である俺たちがいたとのこと。
「トラップ多めのダンジョンで、仲間の現在地アイコンも無効で、パーティがバラバラになっちゃった――じゃない、なっちゃいまして。それでも目的は果たせたんで、それぞれ脱出してここで落ち合うことにしたってわけなの……です! はい!」
「ほう、そういう性質のダンジョンもあるのでござるか……悪夢の森といい、探索が行き届いていない場所の話を聞くと血が騒ぐ! イベントが終わったら拙者もやりたいでござるなぁ!」
そういえば俺たちの場合も、ピラミッド探索が途中だったな。
最近は新しく始めた軍事教練ばかりやっていて、そちらに関してはすっかり忘れていた。
今の状態で挑戦すれば、もう少し先まで進めるのだろうか?
……話を戻そう。
「その様子だと、あなたがダンジョン帰りの一番手だったわけですか? メイさん」
「みたいだね――あ、ですね。そういうあなたたちは……」
活力に満ちた瞳で俺たちを順番に見回す。
今は注文した食事を摂りながらの会話で、二つのテーブルに適当に分かれて座っている。
木製の物で統一された店内の調度品に、温かみを感じる。
体の温まるスープや煮込み料理が多く、成人向けに度数の高いお酒も注文可能となっていた。
メイさんは手の平を上に向けて、ユーミルの方に差し出す。
「勇者ちゃん! ――ですよね?」
「うむ。確かに私はそう呼ばれている」
仰々しく頷くユーミルを見て、嬉しそうにニンマリと笑みを浮かべる。
続けて同じように、手で俺を示して口を開く。
「本体! ……さん! くん?」
「あ、はい。別にどっちでも。というよりも、口調も普段通りで構いませんよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。それでみなさんは、ギルドでイベントのために移動中? 有名プレイヤーに会えて嬉しいなぁ。あ、ウチらもこのクエストが終わったら拠点に戻ってイベント場所に移動を――」
メイさんは快活な性格のようで、自分から積極的に話しかけてくる。
セレーネさんはもう一つのテーブルにリィズと一緒に座らせたので大丈夫だ。
時折こちらの様子を気にしつつも、静かな話し声と共に四人で食事を摂っている。
こちらにはメイさんと俺、ユーミル、リコリスちゃんとトビの五人。
ユーミルと話し込んでいる彼女を見ながら、トビが小声で感想を漏らす。
「元気な御方でござるなぁ……」
「外が寒いので、丁度いい気がします! 釣られて元気になりそうです!」
「リコリスちゃんは釣られなくても最初から元気じゃないか……」
「そうでした!」
そのまま彼女と一緒に食事を摂り、人心地ついたところで話の流れが変わる。
急にかしこまった様子で、メイさんはユーミルの方を向いて頭を下げた。
「折角だから、ウチと記念にPvPしてくれませんか? 勇者ちゃん、お願いします!」
彼女が自分で話したところによると、彼女は戦闘系プレイヤーでPvPも大好きなのだそうな。
未だにPvPランクが実装されていないのでどのくらいの実力かは分からないが、レベルもカンストしているので弱いということはないだろう。
今夜のユーミルの気分を考えると、どう答えるかは分かり切っており……。
「決闘か……よし、やろう! ハインド、今の時間は?」
「えーっと……午後十一時半だな。今日はこの村でログアウトになりそうだし、やりたいなら別に止めやしないぞ」
次の町か村に行くのに、残り30分では厳しいからな。
ヒナ鳥たちも連れているし、あまり遅くまでプレイするという選択は採れない。
「ハインド殿、兄貴たちとの合流は?」
「首都グラキエースで明日の予定だから、特に問題ないぞ。明日ここから再出発で、十分に間に合う」
兄貴、という呼び名にメイさんが首を傾げたがあえて答えずに話を進める。
トラブル回避のためにも、彼らを俺たちが雇ったことは秘密にしておいた方が良い。
アルベルト親子の居場所はメールした時点でマール南東部……つまり俺たちが今いる場所の対角線上だそうだ。
移動には俺たち以上に時間がかかるだろうし、今日中の合流はとても不可能と判断した。
イベント開始も明日な上、イベント地点は首都から更に北に進んだ場所にあるので何度かメールのやり取りをしてそういうことに決まった。
ユーミルが笑顔で立ち上がり、武器を手に取る。
「――と、いう訳だ! いけるぞ!」
「ありがとう! あ、一方的に知ってるのは不平等だから言っておくね。私は武闘家の蹴撃型だから、そこのところよろしく! 勇者ちゃんの闘技大会の動画は何回も見たよ!」
「おお……自分から情報を明かすとは。堂々としていて結構じゃないか、益々気に入った! では、外に出て戦おう! メイ!」
「おっしゃー、気合入ってきたぁ! やるよやるよー!」
暑苦しい空気を共有した二人が、外に向かって歩いて行く。
しかし、俺は立ち上がるとユーミルの肩を後ろから掴んで引き止めた。
水を差すようで悪いんだがな……。
「待て。ユーミルお前、折角教えてもらった蹴撃型の特徴を知ってんのか? 闘技大会でも数えるほどしか当たってないし、例えばあれから習得可能になった新スキルの性質だとか……そういうの、ちゃんと把握してる?」
「……ハインド、蹴撃型の解説よろしく」
こちらのメンバーは、いつものユーミルの姿に笑うしかない。
PvPで相手の職特徴を把握していないなんて、まるでお話にならない状態である。
これだけ熱い空気を作り出してからの「期待外れ」では、メイさんもどんな顔をしていいか分からないだろうに。
「全く……メイさん、少し待っててくれ。今、蹴撃型の特徴をこいつの頭に叩き込むから」
「――アッハハハ! 本当に動画で見た戦い方そのものの性格なのね、二人とも。ウチはお願いした側の立場だもの、待ってまーす。フフフ……」
ユーミルとメイさんが外に出て対峙したのは、それから約十分後のことだった。