旅の終わり
「弦月……アタシ、アンタがあんなアホな作戦を考えつくとは思わなかったわ。しかも実行して成功させるなんてね……」
「見給えよ、ローゼ。斬りつけ過ぎて短剣が耐久値ギリギリだ。もう少しHPが多かったら、ヤツの背中で砥石を使う必要に迫られるところだった。危なかったね」
「頭痛くなってきた……途中から移動して目とか狙い出すし。怖いわよ、アンタ」
「戦闘において“怖い”と評されるのは名誉なことだと思うよ。違うかい?」
この二人の噛み合っているようで噛み合っていない会話、聞いてて癖になるな。
昨日の段階でみんな正式にフレンド同士になったし、ギルド再建中に何かあれば弦月さんがローゼを助けてくれることだろう。
さて、俺はドロップ品の確認だ。
インベントリのメニューを操作していると、武器をしまったエルデさんとリィズが話しながら近寄ってくる。
「どうでしたー、ハインドさん? いいものが出ました?」
「疲れました……これで成果が微妙だと泣けてきますが」
「今確認を――おお!」
まず最初に見えた段階で、何よりもその種類と量が凄まじい。
各部位ごとに肉がしっかりと分けられた状態で、肩ロース、ロース、ヒレ、バラ、もも、すねと各30ずつみっしりインベントリに詰まっている。
並のモンスターがドロップする二~三種類の食材とは桁が違う。
試しにその中の一つを取り出してみると……。
「サシが! すげえ、このロース! 牛肉みたいに霜降り肉になってる! あああ、いかん、脂が融ける融ける! 脂肪融点低めか……サラッと良い口溶けだぞ、これは」
「あ、あの……」
弦月さんとの会話を終えたローゼが心配そうにこちらを見てくる。
ああ、そうか……ちゃんと料理指導に見合った報酬になっているか気にしてくれているんだな。
俺は親指を立てて笑顔でこう返した。
「ローゼ、バッチリだ! バッチリ良い肉!」
「……! そ、そう……よ、よかったわね!」
「ありがとうな。ちっとあのモンスターは面倒過ぎたが」
「確かにね……随分と時間もかかっちゃったし。あのジジイに今度会ったら、文句言っといてやるわよ」
ローゼが若干攻撃的な発言をしているが、苦笑はしつつも誰もそれを諌めるようなことはしない。
情報の出し方が不親切過ぎるものな……ヘイト無視に気付くのがあと少し遅かったら、危なかった。
「あ、ハインドさんー。私の分のドロップ品も差し上げますー。ローゼちゃんがとってもお世話になったので、その気持ちですー」
「え、いいんですか? 特に遠慮とかせずに受け取っちゃいますけど」
「どうぞどうぞー。手で触りたくないので、一括で送っちゃいますねー」
「ありがとうございます、エルデさん」
エルデさんからインベントリにどっさりと肉が送られてくる。
同じ種類のアイテムに関しては、各99個までは所持することが可能だ。
特に重量制限がないのは以前に触れた通り。
それを見ていたローゼは、焦ったように俺の前に出てくる。
「わ、私のもあげるわよ! あげるけど……あのさ、ハインド。私のインベントリにレアドロップっぽいものが入ってるんだけど。確認してくれる?」
「レアドロ? どういうのだ?」
「えっと……レクス・フェルスの頭部って書いてあるんだけど。折角だから、今ここで出してみるわね」
「頭部……? あ、ローゼ、ストッ――」
「え?」
今までのドロップ品は部位ごとにきちんと細かく分けられて入っていた。
しかし、ローゼが言ったアイテム名は頭部……丸ごと頭部である。
あの巨大な猪のそれをこの場で取り出したら、一体どうなるか?
結果、俺とローゼはインベントリから出現した頭部の下敷きになった。
もうヤダ、このモンスター……。
その後、獣臭くなった体で一度王都に帰った俺たちはアルテミスのギルドホームでささやかな打ち上げを行った。
『レクス・フェルス』の肉を使った豚丼ならぬ猪丼を作って振る舞ったところ、とても好評だった。
ここでも和風ギルドから提供してもらった米が活躍した……なので、後でお礼のメールを送っておくことにしよう。
あの丸々姿のままの頭部に関してだが、最終的に本人の希望もあってお世話になった弦月さんにあげることにした。
剥製にしてギルドホームに飾るそうだ。
狩人っぽさが出て悪くないと本人は嬉しそうだったので、それでいいと思うことしておく。
話は尽きなかったが、いよいよ俺たちがサーラに戻る時間となり……。
今はスタミナを全回復させたグラドタークと共に、ルストのみんなに見送られているところだ。
相変わらず弦月さん以外は王都でローブを外せないので、フィールドの人気のない位置まで移動しての会話だ。
「リィズちゃん、ハインドさん、また一緒に遊んでくださいねー。ローゼちゃんと待ってますからー」
「二人とも、また何か機会があれば。アルテミスのギルドホームの入場制限は、ずっと解除したままにしておくよ。いつでもおいで」
エルデさんが、続いて弦月さんが別れの言葉をかけてくる。
礼を言いつつ、二人と握手を交わす。
「ハインド……妹ちゃん……その……」
しんみりとした空気を出すローゼに対し、俺とリィズは頬を両側から掴んだ。
そしてそのまま緩めの力で持ち上げると、ローゼがそのまま困惑した表情を向けてくる。
「ふぁ、ふぁにふんのひょ?」
「顔が暗い、ローゼ。ゲームだぞ? それに会おうと思えば一日とかからず会えるんだぞ? 今生の別れでもあるまいし、何て顔をしてるんだ」
「笑顔ですよ、ローゼさん」
ひとしきりローゼの顔を面白フェイスに変形させたところで、二人で同時に手を放した。
大分硬さが解れ、先程よりもマシな表情へと変わる。
彼女の場合はこれから色々あるだろうが、なるべく楽しくゲームをプレイして欲しいと心から願っている。
ローゼは引っ張られた頬をさすりながら、抗議の視線を返す。
「ハインドはともかく、妹ちゃんには笑顔とか言われたくないなぁ……」
「失礼な。私はハインドさんが傍にいるだけで常に上機嫌ですよ?」
「嘘だぁ! そんな無表情な顔で言われても説得力ないわよ!」
ローゼの言葉に憮然とした表情のリィズを見て、他のメンバーにもさざ波のように薄い笑みが広がった。
そのタイミングを逃さずに、俺たち兄妹は素早くグラドタークに乗り込む。
「ではまた、どこかで!」
「またお会いしましょう」
ポル君フォルさんにしたような別れの挨拶と同種のものを口にする。
ただし、今度はこちらが見送られる側だが。
手を振り声を上げる彼女たちの姿を背に、グラドタークは高原の上を力強く疾走して行った。
帰り道に関しては、グラドタークを休ませながらひたすらフィールドを通過するだけである。
高原、森、草原、山、湖、荒野、砂漠……。
この時を待っていたとばかりにじゃれついてくるリィズに悪戦苦闘しながらも、一路ワーハへ。
そして二時間ほどかけてようやくギルドホームに到着した俺たちを待っていたのは……。
「うあー……」
「ゴッホ、ゴホ! ウェ!」
「………………」
調理場でバッドステータスを受けて餓死寸前となっている、ギルド(と同盟)の仲間の姿だった。
……何で?
「ふぃー、生き返りますぅー! しかも美味しいぃぃぃ! 幸せー!」
「モグモグモグモグ……美味っ、美味ぁぁぁ! 何だこの肉!? ほっぺたが蕩けそうだ!」
とりあえず事情を訊く前に状態異常を治し、満腹度を回復させることに。
「先輩、遅くありません? メールで言ってた時間より一時間も遅いですよね?」
「あー、悪かった。思ったよりも最後に戦った敵が強くてさ……今食べてる肉がそいつだよ。それよりも、何なのシエスタちゃん? この惨状は」
「調理場がぐちゃぐちゃなんですけど……」
調理場にいたメンバーはユーミル、リコリスちゃん、シエスタちゃんの三人。
考えるのが面倒だったので、少し前に作ったばかりの猪丼を三人前作って食べさせている。
無駄に料理による攻撃バフが効果を発揮しているが、特にこの後に戦闘を行う予定はない。
シエスタちゃんが肉を咀嚼しながら会話に応じる。
「超簡単に短文連発で説明しますと……まず先輩からメール。みんな集まる。待つ。満腹度減る。先輩たちが帰ってきたら何か作ってもらおう。先輩たち帰ってこない。満腹度更に減る。仕方ない、自分たちで何か作ろう。リコ、失敗。ユーミルさん、失敗。私、作る気なし。で、諦めてそのまま待っていたところ満腹度が限界に達しまして……」
「食べたのか……失敗作の料理を……」
「イエース。ゲル状の何かと生焼け肉を食べたら、彼岸が見えました。おかげで満腹度は何とか持ちましたけど」
「アホですか……いえ、アホですね」
うむ。町に出てNPCがやっている食堂にでも行けばいいのに。
待っていてくれたのは大変嬉しいのだが、俺の仕事が増えてるじゃねえか。
「……ははっ」
「ハインドさん? どうしました?」
「いや、笑うしかねえなって。ひっでえ状況だなあ、本当」
「全くです」
しかし、こういう馬鹿なやり取りをしているとサーラに帰ってきたんだなという実感が湧く。
旅も楽しかったけれど、やはりこちらも同じくらいに楽しい。
そうは思ったものの、言葉にせずに俺は調理場の片付けを始めた。