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VRMMOの支援職人 ~トッププレイヤーの仕掛人~  作者: 二階堂風都
大型アップデートと新コンテスト
189/1112

魔物食材と汎用食材

「考えたんだけど、ローゼのプレイヤーネームにちなんだお菓子はどうだろう?」

「え、どんなの? 全然イメージできないんだけど……」


 ローゼはドイツ語で薔薇ばらということで、俺の頭には以前見たとあるお菓子が浮かんでいた。

 確か作り方は……大丈夫、それほど難しくないし思い出せる。

 リィズだけはピンと来たような顔をしたが、俺は敢えて言わないようにと手振りで伝えた。

 最近一緒に見たテレビ番組で紹介されていたものなので、リィズには俺が言っているお菓子が何か分かったのだろう。

 二人の初見の反応を知りたいので、ここは実物を……。


「ローゼ、チョコが好きって言ったよな?」

「好きよ。お菓子の中では一番かな……まあ、ビーフジャーキーほどじゃないけど」

「比較対象がおかしくないか? んじゃ、座って少し待っててくれ。今、試しに見本を作ってみるから」

「う、うん。一体何を作る気なの……?」


 見ていれば分かる。

 この場にある材料は全て取引掲示板経由で得たものだが、今から作る物に関して買い足す必要はなさそうだ。

 ホワイトチョコ、水飴、食紅の三つがあればそれで完成する。

 

 まずはホワイトチョコレートを刻んで湯煎にかけ、滑らかになるまで混ぜる。

 滑らかになったら火を止め、水飴を加えて再び混ぜる。

 混ぜ合わせた物を二つに分け、食紅の量を調整して赤とピンクの二種類のチョコを作製。

 チョコを魔法の冷蔵庫で急速に冷まし、二種類の生地をそれぞれ棒で薄く伸ばす。

 それらが終わると、今度は二種類のチョコを交互に重ね、そこからは成形作業だ。

 ローゼとエルデさんは俺の作業を見て目を白黒させている。


「速ーい……ローゼちゃんとは比べ物にならないねぇ」

「そ、そうね。こ、これくらいやってもらわないとね? お、教えてもらうかか、甲斐が、ないわねっ!」

「ローゼちゃん、声が震えてるよぉ? 本体さん、パティシエさんみたいで素敵ですー」

「すー、ふー……はぁ。アンタにお願いして良かったわ、ホント。おかげで、最後まで希望を捨てずに戦えそうだし」


 手元が狂いそうになるので、褒めちぎるのはやめていただきたい。

 二人の会話にリィズは胸を張ってご満悦、俺は照れる気持ちを表に出さないように必死だ。

 指で千切ったチョコレートを伸ばし、くるくると丸めて花びらの芯を作る。

 その上から内側は小さく、外側は徐々に開くように重ねていき……形を整えて、完成。

 三人が「おおー!」と感嘆の声を上げて、出来上がったそれに注目する。


「はい、薔薇のチョコレートだ。ローゼ、食べてみてくれ」

「い、いいの? こんなに綺麗な……なんか、勿体ないような気がするんだけど」

「中身は普通にチョコレートだからな。そのまま飾っておくわけにもいかないんだし、食べて良いって」

「……じゃあ、遠慮なく」


 出来立てで少し柔らかい薔薇のチョコレートを、ローゼが壊れ物を扱うような慎重な手つきで持ち上げる。

 歯を立てて齧りつくと……しばらくして、緊張状態からうっとりするような表情へと変わった。


「あまーい! 美味しい!」

「まぁ味に関しては何の変哲もないチョコと水飴だし、間違いはないわな。取り敢えずこれを基本にして更に工夫を凝らしていこうと思うんだけど、どうだ?」

「イイ! 凄くイイ! 早速、アタシもチョコを薔薇の形にする練習を……」

「最後まで話を聞けって。基本って言っただろう?」

「――へ?」


 このままで勝てるほどコンテストは甘くないだろう。

 間の抜けた表情で動きを止めるローゼを横目に、俺は話しながら完成させた二つ目・三つ目の薔薇チョコをリィズとエルデさんに渡した。

 効果は『HP回復10%』……材料のレアリティから考えると、やっぱりこんなもんだよな。

 回復薬の代用品でしかないので、余り高い効果とは言えない。


「わあ。お洒落ですねぇ、これー。ローゼちゃん、なんか固まってないー? 大丈夫?」

「ハインドさん。早く続きを説明して差し上げないと、ローゼさんが固まったままになりますよ」

「固まってないわよ!? ハインドの言葉の意味を考えてただけだっての!」

「「あまーい」」

「無視すんな! 何でこの短時間で意気投合してんのよ、アンタたち!? 腹立つぅぅぅ!」


 何か通じ合うところがあったのだろう、きっと。

 ともあれ、ローゼにこのままでは駄目な理由を説明してやらねばなるまい。

 俺は一個余分に作った薔薇チョコを食べずに、端切れとなったチョコを成形せずに口に入れた。

 どこから説明するかな……面倒だから直球でいいか。


「……一言で表すと、このチョコってパンチが弱いんだよな」

「そーお? アタシはこの見た目、充分インパクトがあると思ったんだけど」

「見た目はな。問題は味だよ、味。食べてみてどう感じた?」

「あ、ちゃんとチョコだーって……あ、そっか! 言われてみれば、確かに味にもう一工夫欲しいかも……」

「な? だから、ここは材料に少し捻りを――む!」


 炊事室のドアが開く気配を見て、俺たちは慌ててローブのフードを被った。

 連絡漏れがあったか?

 しかし、そこから現れたのは既知の人物で……。


「びっくりした、弦月さんか……脅かさないでくださいよ」

「ああ、ごめんごめん。ノックすべきだったね」


 弦月さんがドアから顔を覗かせ、そのままするりと炊事場に入ってくる。

 俺たちは胸をなでおろすと、被っていたフードを降ろした。


「早かったじゃないの、弦月……心臓が口から飛び出すかと思ったわ」

「アルテミスの連絡系統はしっかりしているからね。周知にそう時間が掛かるものでは――おや? 何だい、この薔薇は?」

「あ、これチョコですよ、チョコ。よろしかったらいかがです?」

「ほう、器用なものだ。ではありがたく……うん、甘い。それに、美しいチョコだね」


 弦月さんの食べ方はとても上品で、俺が知っている中ではお嬢様のヘルシャ並だ。

 思わず紅茶でも用意してあげたくなる――っと、見てないでそろそろ次の行動に移らないとな。

 やることは決まっている。

 弦月さんがここまでどんな話をしていたのか訊いてきたので、まずは掻い摘んで説明を。


「なるほど……食材に一捻りか。それで、何かアテはあるのかい? ハインド」

「あります。エルフ耳の時のお客さんから聞いた情報で、丁度いいのが」


 さすが、と言いつつ弦月さんが背を軽く叩いてくる。

 それに対し淡い笑みを浮かべた俺は、みんなにフィールドへ出る準備をして欲しいと発言した。




 そして場所は変わり、俺たちは王都の東にある『リッテラートゥス高原』というフィールドへ足を踏み入れた。

 空気が澄んでいて、起伏に富んだ緑の絨毯と抜けるような青空を存分に堪能できるダイナミックな地形である。


「そもそも、現段階では魔物産の食材の方が優勢だと思うんですよ」

「どういうことだい?」


 今は全員が騎乗した状態で、目当ての魔物を探して高原を移動している最中である。

 しかし、コンテストに無関係なはずの弦月さんが最も俺の話に興味津々なのはどうしてなのか。


「前回の生産系イベント、アイテムコンテストの結果は覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、アレか……アレは酷かったね。人気ゲームだからと、リアルで本職のプレイヤーたちが宣伝のために出場して――」

「上位独占だったわね。アタシは不器用だから参加しなかったけど」

「そう、上位独占だった。そんな中でも、プロに勝てた少数のプレイヤーには特徴があってな」


 結論から言うと、技術ではない。無論、あるに越したことはないのだが。

 技術に関しては、さすがにプロに敵うような素人がそうそういるわけもなく……。

 その特徴というのは「ゲームならではの素材」を使っていたか否かだと考えられる。

 俺もその条件に合致する『エイシカクロス』を用いたため、上位である2位になれたわけだ。

 1位にこそ届かなかったが、それでもプロデザイナーの何人かにはちゃんと勝っている。

 セレーネさんに至っては、オリジナルの合金でしっかりと1位を勝ち取ったわけだし。


「……ということで、現実にも存在するような汎用的な素材に比べて、ゲーム由来・固有の物は優遇されている節がある。その証拠に、魔物産の食材は総じて美味い。な、リィズ」

「はい。ここに来るまでに、色々な食材を試しながら来ましたから。特にお肉に関しては、ショップで売っている家畜の物よりも大抵は美味しかったように思います」

「なるほど……そうやってゲームをやり込んでいないプレイヤーが淘汰とうたされるように仕向けているわけか。ハインドの推論が正しければ、後のイベントになるほどその傾向は顕著になるだろうね」

「ほとんどゲームをやっていないプロが、宣伝のためだけに出しゃばってくるのは面白くありませんからね。前回のアイテムコンテストなんて、レベル1で上位になっているプレイヤーが何人かいましたし」

「……はー。アンタ、普段からそんなことばっかり考えてるの? 疲れない?」

「ほっとけ」


 考え過ぎて失敗することもあるので、その言葉は割と刺さる。

 ローゼが分かったような分かっていないような顔で、俺の説明に頬を掻いた。


「でも、魔物の肉なんてお菓子には関係なくない? お菓子に使えるほど甘い肉でもあったりするの?」

「そんなもんがあるのかどうかは知らないが……今探している魔物から欲しいのは、肉じゃないぞ?」

「へ? 何を言って――」


 疑問の声を上げるローゼの前を横切るように、興奮した様子の大きな山羊が駆けて行く。

 あれが目当ての『シクゴート』をいう山羊のモンスターだ。

 角が立派で、とても攻撃力が高そうである。

 俺はそのモンスターがメスであることを確認して、手綱をリィズに預けるとインベントリから二つのアイテムを取り出す。

 そして、その内の一つをローゼに手渡した。


「いたぞ、アレが目的の魔物だ。ローゼ、取り敢えずこれを持って」

「何よ? 嫌な予感が――バケツ……? で、あんたは何で草なんか手に持ってんの?」

「この草はシクゴートの好物で、匂いを嗅がせるとリラックスさせることができるらしい。これを嗅がせて、落ち着いたところでそのバケツを体の下に置く。そして――」

「え、あの……まさか……」


 ローゼの表情に緊張が走る。

 都会っ子っぽいもんなぁ……動物に触れるのは見るからに苦手そうだ。

 だが、こればかりはローゼがやり切らないといけないことだと思う。

 俺は言葉を続けた。


「――そして、ミルクを搾らせてもらうんだ。話によると、シクゴートのミルクは最高級らしいぞ? 甘くて舌触りが滑らかで、その上香りに癖が無くて美味しいそうだ。ゲットして、チョコに混ぜよう」

「やっぱり!? 無理よ! アタシ、搾乳なんてやったことないもの!」

「大丈夫だ、匂いを嗅がせて落ち着かせるところまでは俺がやる。ゲームなんだし、素人でもやってやれないことはないはずだ。お前がやらないと意味がないんだよ」

「ハインドの言う通りさ。レシピから材料調達まで、全て彼にやってもらって負んぶに抱っこでは自分の作品になどなりっこない。これは最低限やるべき君の役目だよ、ローゼ。覚悟を決め給え」

「う、うぅー……分かった、分かったってば! 全く、本当にアンタらってば憎たらしいほど清々しい連中よねっ! やる、やってやるわよ!」

「ローゼちゃん、頑張れぇー」


 弦月さんの後押しもあり、ローゼはやる気になってバケツを抱え直した。

 エルデさんが励ますように声援を送る。

 そんなこんなで、急造PTは高い士気を持って高原を走る大山羊を追いかけ始めたのだった。

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