王都ウィリディス・ウルブス
その後、フィールドを移動した俺たちはルストの王都『ウィリディス・ウルブス』へと到着した。
都市の中央には世界樹と呼ばれる、天辺が霞んで見えるほどの巨大な樹が目を惹く。
なんとその世界樹そのものが、王族のNPCが住む城なのだそうだ。
内部の空洞を利用して住んでいるらしい。
城下町も大小様々な木々と一体化するような統一感のある木造建築が立ち並び、世界樹から流れる滝を源泉にいくつかの川が流れている。
荒涼とした砂漠の景色とは真逆……目にも優しく、緑の洪水が押し寄せてくるような都市だ。
プレイヤーのエルフ率が更に上がっている……確かにこの町、エルフに良く似合うな。
慣れた足取りで町を歩く三人に対し、俺とリィズはお上りさん丸出しな動きで後に続いた。
弦月さんがそんな俺たちの視線を誘導するべく、パンパンと両手を軽く叩いて音を出す。
「さてと、君たち。折角だから、アルテミスのギルドホームを使って料理に関する相談をしたらどうだい?」
「いいんですか!?」
「まさかガーデンのホームを使うわけにも行くまいし、町の共同調理場は人目がある。ウチのギルドメンバーは口が堅いから、安心して施設を使うといいよ。歓迎する」
「あ、あり、ありがとう、げ、弦月……感謝してるわ……」
「――フフッ。随分と素直になってきたじゃないか、ローゼ。今の君なら、自然な気持ちでフレンドになってもらいたいと心から思えるよ」
「う、あっ……だ、だってアンタたちには全部話しちゃったし……だから、その……」
そんな弦月さんの殺し文句に、礼を言った時点で赤かったローゼの顔は更に赤みを増した。
格好いいな、おい……少々気障過ぎるようにも感じるが。
それでも決して嫌味に映らないのは、もはや特異な才能と言ってしまって良いと思う。
「さ、こっちだ。付いてくるといい」
「はい。ほら、ローゼ。ブツブツ呟いてないで行くぞー……駄目だこりゃ。エルデさん、頼む」
「はーい。ローゼちゃーん? おーい? みんな行っちゃうよぉー?」
先導する弦月さんに続き、俺たちは町の中心に向かって歩いた。
身を隠すためのローブは弦月さん以外の全員が装着済みで、他のプレイヤーに姿を見咎められることはない。
そして辿り着いたアルテミスのホームだが……予想通りと言うべきか、期待を裏切らずと言うべきか、世界樹近くの一等地にその建物は存在していた。
世界樹ほどではないものの、巨木の中をくり抜いた構造をしていて、その中に入っていくエルフな弦月さんは非常に絵になる存在だ。
許可を得てスクリーンショットを一枚撮らせて貰ったので、後でギルドの三人とヒナ鳥たちにも見せてやろう。
入口を通るとこれから外に出るところだったのか、装備の確認をするアルテミスのメンバー数人が弦月さんの存在に気付いた。
そして一斉に立ち上がると、出迎えるように集まってくる。
弦月さんは軽く手を上げてそれに応えた。
「ただいま帰ったよ」
「おかえりー、弦さん……弦さん!?」
「ぎ、ギルマス!? どうしたんすか、その耳!? 超似合う! 似合い過ぎ! 違和感ゼロ!」
「みんなぁー!! 弦ちゃんがリアルエルフにぃぃぃ!!」
「あ、こら! お客人に挨拶を――行ってしまった」
今の何気ない会話だけで、弦月さんがとてもギルドメンバーから慕われているのが伝わってきた。
ギルマスの変化にあそこまで嬉しそうに反応するなんて……。
見ているだけで笑顔になるような、微笑ましいやり取りだ。
だがそれ以上に、彼等が口にした弦月さんに対する特徴的な呼び方が気になって気になって仕方ない。
「……弦さん? 弦ちゃん?」
「……親しい者たちは私をそう呼ぶね」
「でも“ゲンさん”だと、どことなくオジサンっぽい響きがあるような」
「……正直、PC名を決める時に短縮して呼ばれることは考慮していなかった」
「あー……」
弦月さんは複雑な表情だ。
親しみを込めてそう呼ぶ者たちを咎めるわけにもいかないし、どうしたものかと。
せめて部外者の俺たちだけでもちゃんと「弦月」さんと呼ぶことにしようと、四人で頷き合うのだった。
特徴的な樹の内部のホームを結構な距離歩き、ようやく調理場へと到着する。
かなり広いようだが、ローゼとエルデさんによるとガーデンのホームも同規模の大きさだそうだ。
渡り鳥の貴族屋敷跡も使用している人数からすると広大だが、やはり200人を超すギルドとなると桁が違う。
弦月さんの指示で念のため、ここへの移動に際してローブは装着したままだ。
「ここは第三調理室だ。ギルドメンバーには近付かないように言っておいたから、存分にやるといい」
「第三……調理場がそんなにあるのか、凄いな。ありがとうございます、弦月さん」
「ありがとうございますー」
「私は少しギルドメンバーと話をしてくる。君たちの事情を説明して、口外しないように徹底しなければならないからね。では、また後で」
弦月さんは調理室に俺たちを残し、軽やかな足取りで去っていった。
さてと……まずはローゼの現在の実力を確認しないとな。
念のため直ぐに身を隠せるようにローブのフードだけを降ろし、俺はローゼへと視線を向けた。
「じゃあ、取り敢えずローゼ」
「な、なに?」
「何でもいいから、自力で作れるお菓子を一品やってみよう。で、作りながらライバルであるアリスの菓子作りの実力を、分かる範囲で教えてくれ。それが終わったら、どんな料理でコンテストを勝負するか相談して決めよう」
「――え? え?」
「ここに来る前に、一通りの材料は揃えただろう? ほら、動いた動いた! 料理は時間との勝負でもあるんだから、手と頭を同時に働かせる! まずは手を洗って!」
「わ、分かったわよ!」
コンテストの出品締め切りまで残り六日。
俺たちは直前でサーラに帰るので、実質的には四日か五日の期間内に仕上げなければならない。
敢えてここは助言なしで、ローゼの現状把握に努めるつもりだ。
ローゼが手を動かしながら、アリスに関して思い返すように眉間にしわを寄せる。
「アリスの菓子作りの腕は、素人としては一級品のはずよ。母親が料理評論家だとかなんとか、本人が自慢気に話をしていたから。リヒトもアリスの焼いたクッキーは美味しいって……美味しいって……!」
「あ、アリスちゃん折れちゃう! ホイッパーが折れちゃう!」
「料理が下手な私への当て付けかっての!? あんの馬鹿リヒトォ! くたばれ!」
「おいおい、施設も道具も借り物なんだから壊すなよ。しかし、料理評論家の娘かぁ……プロの料理人よりはずっとマシだろうけど、かなりの難敵だな」
怒りに任せてローゼがボウルの中身を混ぜる、混ぜる、生地を混ぜる。
どうやら作っているのは記憶の中のアリスと同じ、クッキーのようだった。
ここまでの手順は合っている。
混ぜたバターと砂糖をクリーム状にし、ミルクを少々、更にチョコレート、薄力粉を振って生地を固めていく。
しかし、チョコレートクッキーか……普通のクッキーよりも難しいが、大丈夫だろうか?
口出ししたいのをグッと堪えて、ローゼのクッキーの行方を見届ける。
一瞬で生地を寝かせることが出来る魔法の冷蔵庫に入れ、直ぐに中身を取り出して型を取っていく。
星形の型抜きを使ってどんどんトレイに載せていき、そのままオーブンへ。
慣れていないと言う割には、手際は悪くない。この辺は性格だろう、恐らく。
そして完成したのが……
「できた! チョコクッキー! ……ん?」
「いえ、これはクッキーではありませんね……炭です」
真っ黒な星形の物体が、取り出した耐熱トレイに並んでいる。
リィズの言う通りこれは食べ物ではない……炭だ。
ローゼはそれを見るや、ミトンを着けたままの手で頭を抱えて叫ぶ。
「あああああ、焦げてるぅぅぅ!? なんでぇ!?」
「どうしてプレーンクッキーを選ばなかったよ……チョコに含まれる油分のせいで、チョコレートクッキーは表面が焦げやすくなるんだ。生地に使うバターの量も多かった。こういう場合、表面が焼けたのを確認したら途中で温度を下げないと駄目だ。それから、一つ一つの生地に厚みがあり過ぎる」
「ボロクソに言ってくれるわね……だってアタシ、チョコクッキーの方が好きだし。厚い方が食べ応えがあるかと思って……本当はマシュマロとかも入れてみたかったんだけど」
「――分かった。ローゼはよく見かけるアレだ。基本を抑えない癖に、自分流にアレンジして失敗を重ねるタイプ」
「一品だけで見抜かれた!? 凄いわね、アンタ!」
「全然凄くねえよ……」
「そのまんま、見たまんまですもんねぇー……」
仲間であるエルデさんすら呆れる惨状である。
試しに一つ摘まんでみると、ボロボロと落ちる焦げの中からネチョッとした生焼けの生地が出現した。
持っていると視界に『効果:使用から120分間、魔法耐性10%減少』と表示される。
これはちょっと、前途多難かもしれない……。