ローゼの悩みごと
「最初に、受けてくれた場合の報酬について概要だけでも話しておくわ」
「うん? 話を聞いてからで構わないけど?」
「こちらがお願いする立場だから、弦月的に言うと礼を尽くす――って感じで、先にカードを提示しようと思ったんだけど。いらない?」
「いいや、そういうことなら先に聞こう。内容によっては俺の聞く気が増すかもしれないし」
弦月さんがローゼの言葉に目を閉じて頷いている。
こう、自分の態度を改めようとする姿勢を見ているとローゼが悪い人間ではないことが分かるな。
気の強い発言で勘違いしそうになるが、性根は真っ直ぐな感じがする。
「肉長老ってNPCから聞いた、美味しい魔物肉の情報なんだけど――」
「マジで!?」
「う、うん。なんか、まだアタシたちにしか教えてない情報だってその爺さんが言っててさ……」
「マジで!?」
「ただ、対象の魔物のレベルが高いから、もし受けてくれたら情報を渡した上で私たちも討伐を手伝う……報酬はそんな感じなんだけど」
「マジで!?」
「ハインドさん、語彙が……」
ほんとだ、さっきからマジで!? しか言ってないぞ俺! 知能が著しく下がっている!
正直、喉から手が出るほど知りたい情報だ。ドンピシャにも程がある。
二人は俺たちと同じくらいのレベルだし、討伐補助を条件に含めてくれているのもありがたい。
肉長老という名前について突っ込みたい気もするが、そういえばキノコ長老も同じだった。
そしてキノコ長老といえば、考えるまでもなく道中で手に入れた「あのキノコ」と「その肉」の相性は最高じゃないか。
しかもキノコと違って情報一人目……コンテストで誰かと食材が被るという心配も低くなる……!
――ん? あれ? でも、何か引っ掛かるな。
「ローゼ、一つ質問いいか?」
「なに?」
「その情報、NPCからどうやって聞いた? 他の地域に存在する同系統のNPCは、関連する料理を出すことが情報開示の条件だったんだが」
ここまでの話の流れでは、ローゼは俺に料理に関する何かをして欲しいということだと思っていたのだが。
肉料理だけは得意とか?
「肉長老の情報開示条件は、料理を出すことじゃないわよ? ゲーム内でそのプレイヤーが肉を食べた回数だから」
「なんですと? 食べた回数?」
そう言うとローゼは、インベントリから細長い肉を取り出してそのまま齧りついた。
俺に向かってもそれを渡し――って、ビーフジャーキーかこれ?
噛むと程よい塩気が舌に、更に香辛料の香りが鼻から抜けていく。
「んぐんぐ……昔からこれが好きでさ。暇があれば、ゲーム内ではいっつもこれを齧ってんの」
「現実では太るからーって、ローゼちゃんは毎日沢山食べてるんですよぉ」
「へー……あむ」
最初から条件が違ったのか……それなら色々と得心が行く。
念のために弦月さんに視線をやると、確かに肉長老なるNPCを王都で見たことがあると答えてくれた。
情報の真偽に関しては問題ないようだ。
「……なるほどね、納得。こちらの事情を鑑みた、中々に良い条件じゃないか。で、肝心のローゼの頼みってのは?」
「まず前提として、アンタたちのガーデンに対する印象は最悪だと思う。アリスたちがアンタたちに何をしたのかも聞いたし、それはアタシも理解してる」
「本当にすみませーん。みんながみんな酷い人たちではないんですけどぉ……今は、アリスちゃんには逆らえないみたいでー」
「――エルデ! 言い訳無用よ!」
「いや、それは分かってるよ。こっちもギルドの現状に至るまでの経緯を聞いたばかりだし、君たちの様子を見ているとね」
恐らく、ギルドメンバーの大多数は扇動されているだけなのだろう。
ギルド内の偏った空気に流されているわけだ……まるで腸内細菌のごとく。
そのまま例えるなら、今は悪玉菌が猛威を奮っている状況と言っていい。
そしてその悪玉菌は、そのままアリスだということになる。
「で、ローゼは自分が善玉菌……じゃない、ギルドの空気を変えるために何かしたいってことで良いのか? ガーデンそのものを見捨てたり、ギルドを離れたりする気はないと」
「善玉……? ……ええ、そうよ。ガーデンは私とリヒトで作ったギルドだもん。リヒトは確かに鈍くて、その癖八方美人で、空気は読めないし、天然気味で頭も悪いし、お人よしだし、鈍いけど……」
「ひっでえ」
「でも、あんなでもアタシの幼馴染なのよ。薄っぺらかろうと、あいつの優しい言葉にアタシは何度も励まされてきた。弦月の言う通り、あいつの優しさは本当の優しさと少し違うのかもしれない。でも、それでもアタシは………………はっ!?」
俺たちはローゼの話を……否、ローゼのリヒトに対する熱い愛の言葉を各自とても微妙な笑顔で聞いた。
そんなにリヒトが好きなのか……そして二人は幼馴染だったのか。
応援したい気持ちが湧かないこともないが、それとこれとは別問題だ。
現実的な話に流れを戻そう。
「ローゼの気持ちはよーく分かった。で、結局俺は何をすればいいんだ? 何を俺に求めてる?」
「あ、そ、そうね。ええと……アタシの料理指導……かな? そもそもギルドの空気が変わっちゃったのって、アタシとリヒトが闘技大会で負けた後からなんだけど――あ、別にアンタたちのせいじゃないんだからねっ!? 恨んでないし、負けたのは単にアタシたちが弱かったからで――」
「分かってる、分かってるよ。しかし、なるほどね。その後ギルド内がどうなったのかは簡単に想像がつくから、最後まで言わなくていいぞ」
「……さんきゅ」
「はぁー、リヒトさんには絶対にできない類の気遣いですねぇー……これが本物……?」
物凄い勢いで弦月さんがエルデさんの言葉に頷いている。
苦い思い出を無理に聞き出さないようにするのって、普通じゃないのか?
余りにも無神経過ぎやしないか? リヒトォ……。
話を戻すと、大方ローゼはガーデンの悪玉菌ことアリスに闘技大会敗戦の責任を全ておっ被されたのだろう。
そしてギルド内の派閥争いは大きくアリス有利となり、今の荒れ果てた庭が出来上がったと。
この前のレイドイベントでもアリスが上位だったし、今のギルドは完全にあいつの支配下にあると見て間違いない。
「で、そこから料理イベントがどう絡んでくるのさ?」
「簡単よ。アイツ、リヒトのために料理を甘味部門に出すって言ってた。そこでアタシが同じ部門で参加して、アイツより高順位を取れれば……」
「だからこんな場所で蜂蜜探しをしていたのか。で、それを切っ掛けにギルドの主導権を取り返せる可能性があると? ふむ……それだと根本的な解決にはならない気がするが……」
「で、ど、どうなのよ? 闘技場で美味しいお菓子を配ってたって聞いたし、もしアンタに教えてもらえればって思ったんだけど……」
「んー。三人で相談してみるから、少し待っててくれ」
そして俺は、弦月さんとリィズを引っ張ってローゼたちから声の聞こえない位置まで離れた。
報酬は個人的に上等だが、まずはゲストである弦月さんにお伺いを立てないと。
「弦月さん、妙な話の流れになってますけど……嫌じゃありませんか? なんなら、俺たちを置いて先に行ってくださっても構いませんが」
「今夜は特に予定もないんだ、大丈夫。それに、ガーデンの状態は私にとっても無関係ではないからね……君がどういう選択をするにせよ、最後まで付き合うよ。場合によっては明日明後日以降も、ね」
暗にローゼを支援して欲しいことを示唆しつつも、強制はしない。
ガーデン内部の浄化はアルテミスとしても歓迎ってことか……。
変に自分の利を誤魔化したりしない分、とても好感の持てる答えだ。
「ありがとうございます、弦月さん。リィズはどう思う?」
「ハインドさんは、ローゼさんが提示した報酬――」
「欲しい。正直、かなり」
「でしょうね。では、こちらから少し条件を付け足してリスクマネジメントを行うのが賢いかと」
「確かにそれは言えてるな。俺たちはガーデンの改革そのものにまで関わる気はないし、こちらに累が及ばないようにしておかないと。じゃあ、具体的には――」
三人で顔を寄せ合い、どうするのが一番いいのかを議論し合う。
そして基本的には受ける方向で固まり、付随させる条件を練り終わると再びローゼへと向き直った。
「受けるにあたって条件が三つあるんだが、いいか?」
「な、なによ? 言ってみなさいよ」
緊張の面持ちで言葉を返すローゼ。
しかし、これから提示する条件はそれほど難しいものではない。
「一つ、アリスに俺たちがローゼを手伝っていることを極力隠すこと。偶然耳に入った場合は仕方ないけど、できれば俺たちがルストから出るまでの期間――その間、バレないようにしてくれると満点だ」
「そ、そうね。確かにその方が良いでしょうね……知れば絶対に何かちょっかいをかけてくるだろうし」
「二つ、どっちかって言うとこっちが本題。手伝ったこと自体はどの道、一緒にいるのを目撃した誰かから後々バレる可能性が高いからな。発覚後にアリスが俺たちに何かしようとするのを察知した場合、お前が全力で止めてくれ」
「そっか、そうだよね……後のこともちゃんと考えないと……」
上手く事が運べば、他のギルドメンバーの手を借りてアリスの暴走を止めることは容易だろう。
料理コンテストが駄目だった場合でも、リヒトを巻き込んで上手く事に当たって欲しい。
「アイツら、聞いた限りでは俺たちの悪い噂を流したりっていう対処が難しい手段は採らないんだろ? 精神ダメージを狙った陰湿なやつ」
「採らないっていうか、考えつく脳味噌がないっていうか……言ってて悲しくなってきた。アタシ、あんなのに負けてギルドの主導権を奪われてるんだ……泣けるわ」
「変なとこで落ち込むなよ……でだ、話を戻すぞ。奴らが来るとしたら馬鹿正直に直接なんだろ? だったら、鬱陶しいから万が一にもサーラに乗り込んできたりしないようローゼの方で対処してくれ」
撃退するのは難しくないだろうが、セレーネさんが怯えるからな。
無論これ以上付き纏われたくない、関わりたくないという俺たちの思いもかなり入ってはいるが。
「で、最後に一つ。これは弦月さんの願いでもあるんだが……上手くローゼがギルドの主導権を取り返したとしても、また何かの切っ掛けでアリスに牛耳られたら元の木阿弥だろう?」
「そうだけど……」
「だから、今回のコンテストが終わってからでいい。ギルマスであるリヒトの意識改革……というより、ギルドの今の現実を目の前に叩きつけてやることだな。結局はあいつの管理が悪いからこうなってるわけだし、あいつ自身が変われば根本的な原因の解決になるだろう?」
「う、うん。リヒトの前では猫を被っている子が多いからね。だから前に言った時は聞く耳を持たなかったけど、最近のギルドの状態ならさすがにリヒトでも……分かってくれると思う」
「そうか。コンテストの結果に関わらず、これは必ずやってくれ。後で俺たちがアリスたちとやった決闘のリプレイ動画を送る。終盤で結構汚い手を使ってるし、罵倒が混じってたりもしたからな。後は……ローゼたちの味方になってくれそうなギルドメンバーに、リヒトの前で証言してもらうとか。出来るか?」
「……」
最後の条件さえ実行すれば料理コンテスト参加自体いらない気もするが、これはローゼのプライドの問題だ。
しっかりゲームの成績で叩いた上で、ギルドの改革に乗り出す。
そちらの方が本人に勢いがつくし、周囲を納得させやすくなるのは当然だ。
ローゼが俺の言葉を反芻するように目を閉じ、しっかりと時間を掛けてから目を開ける。
そして決意を込めた眼差しと共に、静かにこう口にした。
「……分かった、約束する。その三つの条件は必ず守る。だから……」
「おう。絶対に勝たせる、なんて無責任なことは言えないけど……俺なりに全力を尽くすよ」
俺とローゼはがっちりと握手を交わす。
頭の中では、既にローゼに作らせる料理のレシピに関して思考を巡らせているところだ。
まずは腕前を見て、それから期間内に完成度を高められそうなものを選ぶ必要があるだろう。
そして何よりも交換条件の魔物の肉……ああ、実に楽しみだなぁ!
残り期間的に、ローゼの料理練習とその肉を持つ魔物討伐は並行してやる必要がありそうだ。
そうして五人のフルPTへと人数を増やした俺たちは、王都に向かって歩みを再開するのだった。