迫りくるエルフの群れ
その変化はログインした瞬間からのものだった。
『ウェストウッズ』の町に降り立った俺達は、周囲の様子を見て咄嗟にローブを身に纏った。
昨夜は疎らだった町中のプレイヤーの数が、明らかに多い。
思った以上の集まりだな……一体どれだけ宣伝したんだ? 秀平のやつ。
細かい事情はリィズにも既に話してあるのだが、これは大変そうだ。
「ハイン――兄さん、まずは?」
「材料を調達だ。ゴムを採れるだけ採って、足りない分はちょい割高でも取引掲示板で。ショップで入手不能な顔料も、そこで一緒に」
「分かりました。行きましょう」
色が不揃いなエルフ耳を付けたプレイヤーが。
それ以外にも、これから付けるであろうプレイヤー達が町にぞろぞろと集まっている。
そんな中を、俺達はそろそろと静かに移動して材料を揃えていく。
「一ついくらで売り出すのですか?」
「秀平が一個5万Gで宣伝したそうだから、その通りに」
「高……くはないのですか?」
「うーん……個人的には、見た目を変えるだけの装備品に出すには高過ぎると思うが。今の獣耳の平均相場が3万、エルフ耳が2万だからなぁ」
最初に俺がエルフ耳を売り出した時の値段である5,000Gと比べると、実に四倍まで跳ね上がっていることに。
初期に比べてプレイヤー全体の所持金が増加しているとはいえ、結構な高騰ぶりだ。
「どっちも型を作るところからやらないといけないから、意外と供給が少ないらしい。昨日もキツネさんがウキウキで成果をメールしてきたし」
「なるほど。そういうことでしたら、五万Gでもオーダーメイドとしては充分安い価格になってしまいますね」
「そうなる。その証拠に、これだけの人数が町に集まっているんだから」
秀平が半日かけて何をしていたかというと、俺達の臨時ショップの宣伝である。
売り出す物は言わずもがな、本人を見てしっかりと色を調整したオーダーメイドのエルフ耳だ。
「昨夜、俺がキノコを買い過ぎたせいで所持金が残り少ないからな。悪いけど、小銭稼ぎにちょっと付き合ってくれ」
「はい。しっかり稼いで今後に備えましょう」
儲けが想定よりも大きかった場合は、この町の銀行に預けて帰りに回収予定だ。
俺とリィズはゴムの原料であるラテックスを採取すると、取引掲示板と町のショップを順番に回った。
そして秀平が宣伝した場所である町の広場へ。
「営業時間は一時間に設定したそうだ。準備は良いか? リィズ」
「いつでも」
ベンチに陣取り、俺はそこに獣耳の宣伝でも使った木製のプラカードを括り付けた。
そこに書いてあるのは『エルフ耳のご注文、承ります』という文字と一個当たりの値段だ。
ローブも外し、プレイヤーネームを頭の上に表示させる。
次の瞬間――俺達は殺到するプレイヤー達の波に飲み込まれた。
「……はい、OKです。固まるまで五分ほど掛かりますので、代金をお手元にご用意の上、左の列に並んでお待ちください。次の方、どうぞ!」
「こちらが商品になります……はい、ありがとうございました」
俺がお客さんであるプレイヤーの肌色を確認し、顔料とゴムを熱した金型に流し込む。
そして上下で閉じた金型を、ハンマーで上から叩いて圧縮。
リィズが冷えて固まった物を金型から取り出し、バリを除去して手渡しとなる。
最初は結構時間が掛かったが、数をこなす内に作業ペースが上がってきた。
「うわー、前のと全然違う! どう? ねえ、どう?」
「本物の耳みたい!」
「外側に薄っすら赤みが差してたり、細かくてすげーなぁ」
……こういう声が聞こえてくると、俄然やる気が出てくる。
今のところ概ね評判が良く、客の列は広場の外まで続いている状況だ。
「あのー、この子の分もお願いしたいんですけど……」
「え!? ええと……」
しかし中には変な客も居て、一筋縄ではいかない。
このお客はスクリーンショットを見せながら、俺にもう一つの耳を作るよう要求してきたわけだが……。
「返金不可ということにご了承くださるのでしたら、そちらも作らせて頂きますが……」
「良いんですか!? じゃあ、お願いします!」
「正面だけじゃなくて、他の角度からのスクショってあります? なるべく近い距離の」
「あ、ちょっと待ってください! 今――」
かっちりした店ではないので、無理のない範囲の要望ならば程々に受け付けている。
ただし、あからさまに無茶な大口注文なんかは最初から断っているが。
「スクショ撮っていいっすか?」
「PT組んでください、本体さん!」
「……」
そして時折混じるこれ。
どう見ても営業中にそれは無理だろう……大体は付け耳を注文するついでに言ってくるので、客には違いないんだが。
取り敢えず丁重にお断りして、商品の付け耳だけ渡してお帰り願っている。
それからしばらくして、長かった行列もやがて最後尾が見え始める。
秀平によると、宣伝した営業時間は22時から23時までの一時間。
体感では既にその時間を越えているが……切れ目が見えたので最後までやることにしよう。
材料も何とか最後まで持ちそうだ。
しかし、集中しているせいか目が疲れてきたな。
微妙な色の変化を感じ取るのは、結構骨が折れる作業だ。
もう一頑張り、商品の質を落とさない為にも気合を入れ直す。
「は!? 何この色ぉ! 私の肌はもっと白いんですけど!」
「……失礼ですが、私の目から見て何も違和感はありませんが」
――と、思っていたらクレーマーが湧いた。
メニュー画面を開きっぱなしで、耳を付けた自分の姿を表示しながらリィズに向かってまくし立てている。
派手な服装で、顔の造り自体は悪くないのに若干ケバイ印象だ。
その後ろには、取り巻きっぽい似た服装をした女子二人が立っている。
「アンタ目ぇ腐ってんじゃないの!?」
唾を吐き散らして、派手な服装の女がリィズに人差し指を突き付けた。
あ、不味い。これはキレる。
「――でしたら返金致しますので、付け耳を置いてお帰りください」
「何勝手なことを言ってんのよ!? あたしは客よ!?」
「客なら何を言っても良いと本気で思っているのでしたら、尚の事さっさとお帰りください。時間の無駄です」
「は!? はぁぁぁぁ!?」
「「お姉さまに対して何て失礼な!!」」
あの客、俺が肌の色をチェックしていた時も視線がイヤラシイだの何だの言っていたな……。
取り敢えず仲裁するため、待たせている客に頭を下げてからそちらに向かう。
「どうかなさいましたか?」
一部始終を見ていたものの、敢えてここは女に向かって聞き直す。
自分の主張を話している内に怒りが収まってくる場合もあるので、念のためだ。
「アンタが作った耳があたしに合わないって言ってるのよ!」
「……それは大変失礼致しました。全額返金致しますので、どうかここは穏便に――」
「じゃあ、あたしのエルフ耳はどうしてくれんのよ!?」
「では、もう一度作り直しを――」
「アンタがもう一回作ったとしても、到底まともな物になるとは思えないわね!」
「「そうだそうだー!」」
「……」
何だこいつら。じゃあどうしろってんだ?
もしかして、ただごねたいだけではあるまいな……?
――あ! よく見たら所属ギルド『ガーデン』じゃねえか、こいつら!
周囲のプレイヤーはあちらに呆れたような視線を、こちらには同情するような視線を向けてくるが何も言ってはくれない。
関わったら面倒なのは分かるのだが……。
中には明らかに面白がってニヤついている、野次馬根性全開の者も居たりで酷い空気だ。
「――気に入らないな」
そんな中、その毅然とした涼やかな声は広場に高らかに響き渡った。
目の覚めるような鮮やかな緑……長い深碧の髪を靡かせ、背筋をしっかりと伸ばし堂々と列を抜けて声の主が前に出てくる。
その頭上には所属ギルド『アルテミス』、レベルはカンストの50、プレイヤーネームは『弦月』と表示されていた。
このプレイヤーネームとギルド名は、レイドイベントの時の……!
「全く嘆かわしい。同じルスト王国所属のプレイヤーとして、私は君達を軽蔑する」
「何よアンタは!? 関係無いでしょ!」
「大アリだ。サーラから来た彼らに、ルストのプレイヤーは悪質だ――などと思って欲しくはないのでね」
そう言って彼女はクレーマーと対峙した後、俺達に向かって片目を閉じてみせる。
突然の有名プレイヤーの乱入に、広場は更に騒然となった。




