戦闘スタイルの確立
基本事項として、ボルフォル兄妹は二人一緒にプレイするそうだ。
なので互いにソロだった場合にどうこう、というのは考えなくてもよい。
それを踏まえ、まずはフォルさんの改善から始める。
彼女の場合は、最初に憧れのユーミルの戦闘スタイルを実現可能かどうかを考えなければならない。
「そこで、肝心のユーミルの戦闘スタイルなんだけど。種を明かせば、ありゃあただの突撃だな」
「え? 本当にそれだけ……なのですか?」
「それだけ。一撃の攻撃速度や反応速度なんかは最高レベルだけどね。何せ、一瞬とはいえあのアルベルトに競り勝った位だし」
「ああ、闘技大会の時の話だろ!? あの試合は見ていてオレも胸が熱くなったぜ……!」
ポル君も称賛してくれているが、あの攻撃は普段から撃てる類のものではない。
ユーミルの集中力が最大限発揮された時のみで、基本的にムラがあるのは事実だ。
俺の言葉を引き取るように、今度はリィズが口を開く。
「厳密に言いますと、ハインドさんの蘇生を前提とした突撃ですね。高い確率でリターンを奪ってくるのが、あの女の恐ろしいところですが」
「うん。そんなわけで、あの戦闘スタイルは蘇生込みで成り立っているわけだ。相方のポル君が前衛型神官という点、それからフォルさんの身体能力を考えると、どうしてもユーミルの戦闘スタイルの模倣では厳しい部分が出てくる」
「そうですか……残念ですけれど、仕方ありませんね。憧れは憧れとして、胸の中にしまっておきます」
フォルさんが胸の前で手を組み、嘆息する。
心底残念そうだが、こればっかりはな。
フォルさんは自分の体が弱いので、ユーミルのエネルギッシュなところが憧れなのだそうだ。
まぁ、あいつが過剰に元気な奴なのは確かであるが。
「そうなると、私に合っている戦い方って何でしょうか?」
「うーん……フォルさんは、自分の戦い方でこれだけは譲れないっていうポリシーみたいなものは何かある?」
「あの、そういうのは特に無いです。ただ、魔物に余り近付くのは怖いなぁって……前衛を務める騎士としては、失格でしょうか?」
基本的にTBの職業は、一度決定すると変えることができない。
どうしてもという場合はまたレベル1からやり直す必要があるので、フォルさんはそれを気にしているのだろう。
しかし、俺は敵が怖いなら怖いでやりようはあると考えている。
「いいや、その気持ちはよーく分かるよ。そうだなぁ……そしたら、次の町に着くまでフォルさんは突きを多用して立ち回ってみてよ。一度攻撃を放ったら距離を取る、ヒットアンドアウェイで」
近付かなければいけないことには変わりないが、これなら恐らくユーミルのような全力インファイトよりもずっと彼女に適性があるはず。
「あ、そうですね。近付くのが一瞬なら我慢できるかも……やってみます! でも、攻撃が突き限定なのはどうしてですか?」
「それは次の町に着いてから話すよ」
やはり、彼女に関しては武器の変更を勧めてみたいと思う。
攻撃方法を突きに限定したのは、その為の様子見だ。
そして、俺はもう一人の問題児へと視線を移す。
「お次はポル君だが――」
「おう! 何でも言ってくれ、兄貴!」
「……あの、そういうのはウチのアホ忍者だけで間に合ってるんで。普通に呼んでくれる? 頼むから」
「そうか? よく分かんねえが……んじゃ改めて。何でも言ってくれ、ハインド! オレぁ、アンタの言うことなら素直に聞き入れる自信があるぜ!」
「この人も犬タイプですね……」
ボソッと呟いたリィズの一言に、俺は吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
一瞬ポル君に尻尾があって、千切れんばかりに激しく動いているのを幻視してしまったからだ。
結局キツネさんは獣耳と尻尾で大儲けしたらしいからなぁ……ヒースローの町にも、獣人装備をしているプレイヤーが何人か居たほどだ。
便乗して俺が久々に作ったエルフ耳の売れ行きも好調なので、こちらとしても美味しい思いをさせてもらっているが。
「あ? どうかしたか? 人のことをじっと見て」
「いやいや。さて、ポル君。いきなりだけど、相手をぶっ潰すのと――」
「おお! ぶっ潰してやんぜ!」
「あの、まずは最後まで話を聞こうか? ……相手をぶっ潰すのと、フォルさんを守るのだったら君はどっちを優先する?」
「相手をぶっ潰して妹を守る!」
「……」
こりゃ重症だわ。二択だって言ってんのに。
自分ならどんな相手でも倒せると思っているのがまずおかしい、とことんおかしい。
ええと……何かわかりやすい例えは……あー、微妙だが、そうだな。
「じゃあ、もし現実で歩道にダンプカーが突っ込んできたとしたらどうする? ポル君はぶっ潰せんの?」
「はぁ!? んなもん無理に決まってんだろ!」
「それ、モンスターでも一緒だから。高HPの相手なら、フォルさんが攻撃される前に潰すのはどうしたって無理がある。特に前衛神官の微妙な攻撃力だと、相手を倒すのには相当な時間が掛かるだろう。……そもそも、君はどうして前衛神官を選んだんだ? まずはそこから聞かせてくれると助かる」
「それは……この職業が妹を守ってやるのに、一番適していると思ったからだ。これでも、無い知恵を絞って必死に考えてから選んだつもりなんだが」
「お兄ちゃん……」
……なるほど。
確かに「守る」という一点においては、前衛型神官は他の追随を許さない。
高い物理防御と魔法抵抗、その上で自分と他者の回復までこなすことまで可能である。
引き換えに攻撃性能は余り高くないので、ポル君の今の戦い方には合っていない。
相手をぶっ潰すことでフォルさんを守りたいのなら、彼の場合は武闘家でも選ぶのが正解だっただろう。
「そういうことなら、ポル君に俺から言えることは一つ。今まで以上に、敵からフォルさんを守るのを徹底しよう! って感じかな」
「……どういうこった?」
ポカンとした表情のポル君に対し、俺は畳み掛けるように言葉を重ねていく。
「君は、ちょっと傷付いただけで戦闘中に動揺するほど妹さんが大事」
「ぐっ……そ、そうだぜ? 妹が傷付くと、頭が真っ白になって他に何も考えられなくなっちまう」
「ちょっと咳き込んだだけで、慌てふためくほど妹さんが大事!」
「そ、……そうだよっ!! ってか、何だ!? 何の意味があんだこの問答!?」
やべ、ポル君の反応が楽しくてつい調子に乗ってしまった。
フォルさんが羞恥で顔を赤くしている。
リィズは俺をたしなめるように首を軽く横に振った。うん、悪かった。
「そこまでの想いなら、却って中途半端にせずに突き詰めた方が良いかと思ってさ。要は――妹さんへの攻撃を、全部自分が引き受けるように動いてみろ! ってことを言いたかった」
「!!」
「フォルさんの戦闘中の被弾を0にするつもりで。ただし、これを実行するにはポル君が相手を攻撃したいって欲を徹底的に抑える必要がある。そしてひたすらフォルさんの動きをカバー、カバー、カバーだ。喧嘩っ早い君にできるかな? どうだい?」
「……」
盾特化というのが、神官前衛型の特徴を最大限活かせる戦法である。
その実現には、ひとえに彼のシスコンパワーがどれだけ高いかに掛かっている。
ポル君は俺の言葉を噛み締めるように、腕組みをして目を閉じた。
そして深呼吸……直後、カッと目を開いて犬歯を剥き出して獰猛に笑う。
「はっ、面白れぇ……やってやるぜ! フォルは俺が守る!」
「ん、OK。なら二人ともこっちへ。戦闘時の二人の基本的な位置取りと、簡単な約束事をいくつかするよ。それが終わったら、後は実戦あるのみだ」
「はい!」
「おう!」
二人に、取り分けポル君にも理解しできるように分かりやすく……。
時にはリィズの助言を取り入れながら、俺はポルフォル兄妹の頭に改善プランを叩き込んだ。
無論、話しただけでそれが即座に反映されるとは思っていない。
忘れない内に、そのまますぐに実戦へと雪崩れ込んでいく。
――敵の総数は三体、『ランドウルフ』二体にフィールドボスである『アースゴーレム』が一体。
ウルフは木立の中から山道を塞ぐように、ゴーレムは土の中から突然生えてきた。
揃うタイミングが良すぎるので、恐らく雑魚モンスターを引き連れて現れるタイプのフィールドボスだろう。
あの改善プランの提示からこの戦闘で十度目、ようやく兄妹は最低限まともなレベルに到達しつつある。
ランドウルフ二体が、一足程度の距離で並ぶ兄妹の前を跳ね回る。
「くのっ! 避けんなゴルァ!」
「ポル君、苦し紛れの攻撃を出さないっ! 受けてからのカウンターがメインだって何度言わせんだっ!? 守りに隙が出来るぞ!」
「あっ……す、すまねえ!」
フォルさんがここで『捨て身』を発動、狼二頭の攻撃をポル君がメイスでガードした。
更に大型モンスターの影が二人に迫る。
「右からゴーレム! 来てる!」
「フォルゥゥゥ!」
「――ひっ!?」
体でフォルさんへのゴーレムの攻撃を受け止めようとするポル君に、俺から『ガードアップ』が、リィズからアースゴーレムに『アタックダウン』が飛ぶ。
ゴーレムのダブル・スレッジ・ハンマーが炸裂し、風圧と共にポル君の膝が折れた。
HPの減少は五割、大技だけあって中々の大ダメージだ。
「お、お兄ちゃん! 大丈夫なの!?」
「……この程度、わけねえよ……! フォル、お前はお前の役目を果たせ! でないとハインドがまたキレんぞ!? 行けっ!」
「う、うん! そろそろ注意されないように頑張らないと……!」
バフ・デバフの使用により、狼が後衛のこちらに向かって駆けだしてくる。
その内の一体を、フォルさんがポル君の後ろから飛び出し……首筋にロングソードによる鋭い突きを放つ。
HPの低いランドウルフは、急所へのダメージを受けて消滅した。
そしてフォルさんは淀みなく離脱、残ったもう一体のランドウルフは……。
「テメエの相手はオレだ、犬っコロぉ!」
ポル君が短詠唱の『ヒーリング』を自分に使用し、更に詠唱要らずの防御上昇スキル『ホーリーシールド』でたっぷりとヘイトを稼ぐ。
攻撃対象が確定していなかったランドウルフは進路を変え、ポル君へとその牙を向けた。
――良い動きだ!
「よし、やっと戦えるようになってきた! このまま行くぞ!」
このゴーレムさえ倒せば、次の町はもう目の前だ。
俺はポル君に向けて『ヒーリングプラス』を、リィズはアースゴーレムに向けて『スロウ』の詠唱を開始した。