サーラへの帰還と空白期間の過ごし方
「また会おうね! サーラに帰るまでは耳と尻尾、外さないでねー!」
人目をはばからず大声で叫ぶキツネさんの見送りを受け、俺達はサーラ王国への帰路についた。
彼女の要望通りに、全員が耳と尻尾を装備した状態で。
ユーミルはエルフ耳を外し、リィズは三角帽子を外してインベントリにしまっての移動だ。
果たして狙い通りか、ユーミルを中心に道中他のプレイヤーに何度何度も呼び止められる。
「しゃ、しゃ、しゃ、写真を! ゆゆ、勇者ちゃん!」
動揺し過ぎだろう。
ユーミルだけでなく、他の女子メンバーもスクリーンショットの許可を求められる。
「ぶっほおおおおお! ――……」
一目見ただけで失神とはいかがなものか。
人にもよるのだろうが、獣耳は一部の嗜好をお持ちの方々にクリティカルらしい。
このように過剰な反応を見せる男性がチラホラ。
「アオーン!」
お前が犬になってどうする。
とまあ、少々度が過ぎた気持ちの悪いプレイヤーも中には存在したものの……。
キツネさんの目論見は完璧に成功した。
元々高いユーミルへの注目度、そして集団で耳と尻尾を身に着けていることによる「組織性」のアピール。
特に後者が重要で、耳と尻尾が一点物のアクセサリーでないことを周囲に知らせる役目を果たしている。
キツネさんがユーミルだけでなく俺達にまで耳と尻尾を装備させたのは、恐らくこのためだろう。
考えていないようで、しっかり考えている人だからな……見事としか言いようがない。
しかし段々と町中やフィールドで、一々獣耳に関する質問に答えるのが面倒になった俺は――
『和風ギルド“凜”及び“匠”から獣耳&尻尾、取引掲示板にて発売中! 詳細は“キツネ”まで!』
と書いた木製のプラカードを、途中の町で作製してトビと共に掲げて歩いた。
可能な限りフィールドでグラドタークに乗っている時も、である。
効果は即効かつ絶大で、
『掲示板に出した在庫が一瞬で捌けたよ!? ワロス!』
という本文で始まるメールがキツネさんから届いた。
どうやら売り上げが一気に加速したらしい。
続けて自分への問い合わせのメールが止まらないこと、すぐにギルドを挙げての量産体制に移ったことにも触れてある。
最終的には俺達への感謝の言葉が綴られ、そこでメールは締められていた。
そんなこんなで質問対応・スクショ対応・無意味な悪戯への対応等で鈍行を強いられた俺達は、サーラの首都・ワーハに着くころには疲れ果ててしまった。
厩舎に馬を預けるなりレンタル馬を返すなりして、懐かしのギルドホームへ。
本当は、イベントで容量一杯に膨らんだインベントリを整理する予定だったのだが……。
「……今日はもう、ログアウトしよっか」
セレーネさんが呟いた言葉に、誰ともなく頷いて同意する。
ヒナ鳥達も自分達のホームに帰らず、渡り鳥の談話室でログアウトするようだ。
俺も道中の質問攻めで疲れていたが、メンバーの中で全く疲れを見せていないそいつに声を掛ける。
「ユーミル」
「む、何だ? 何かするのか? 私は一向に構わんぞっ!」
「あんなに色んな人に声を掛けられたのに元気だなぁ、お前は……実はさ」
「はいはい! 私もまだ元気ですよ、ハインド先輩!」
「お、手伝ってくれるの? やるのは農作業なんだけど」
「はい! もちろん大丈夫です!」
メニューのログアウトボタンから手を離し、リコリスちゃんが身を乗り出してくる。
今の内に農地に種蒔きをしておけば、明日には収穫可能な作物があるので今の内にやっておきたいのだ。
そして俺達は、まだ一人だけ残っていたシエスタちゃんに何となく視線を向けた。
「――あ、お疲れっしたー。おやすみなさーい」
その視線に対してシエスタちゃんは、彼女としては例を見ない機敏な速度でログアウトしていく。
まぁ、何とも彼女らしい行動なので俺達は互いに苦笑しただけであるが。
装備を外して軽装になり、ホームの外へと足を向ける。
「じゃ、三人で行くかぁ。頼むな、二人とも」
「植えるのは、いつもの薬草系とサボテン系で良いのか?」
「半分はな。折角だから、残りはマールで採取した物を植えてみようぜ」
「あ、お茶ですね、お茶! 私は緑茶が好きです!」
「お、そうなの? 収穫出来るようになったら、みんなで淹れて飲んでみよう」
「はい!」
ただ、砂漠でお茶の木が上手く育つのかと言うと……。
なので、収穫までには長い品種改良が必要になるかもしれない。
砂漠の最高気温は40度以上なので、お茶の許容量を余裕で超えているだろうから。
「で、一通り作業が終わったら農地の買い増しを検討したい」
「む? これ以上農地を増やして、何を植えると言うのだ?」
「ポプラだよ。植林を始めようと思って」
俺の言葉に、二人は仲良く犬耳と尻尾を動かしながら首を傾げた。
まずはクラリス商会の話から説明しないとな……。
ってか君達、いつまで犬耳付けてんの? もう外しても良いんだよ?
その日から暫くは、生産作業をメインにゲームをプレイすることになった。
次のアップデートまではイベントも無いので、今はイベントに備えて力を蓄える準備期間のようなものだ。
洋紙作りはみんなにも話を通して協力を仰いで土地を買い、また農地改良から始めることに。
ポプラを選んだのは、単純に砂漠で生育可能なほどに生命力が強いからだ。
上手く成長すれば、目の細かい木材パルプを得ることができるはず。
「固まった! 体が固まってきたぞ、ハインド! 何か違うことをしないと駄目だ!」
畑でしゃがみ込んだ状態のままで、ユーミルがこちらに向かって叫ぶ。
その状態を見て俺が軽く肩を押すと、しゃがんだ体勢のままユーミルはコロンと土の上に転がった。
……うん、確かに固まってるな。
俺の刀鍛冶の時もそうだったが、ゲームなので気持ちの問題だとは思うのだが。
「じゃあ、一旦切り上げてレベリングにでも行くか。場所はどこがいいかな?」
「昨日お前が居ない時に戦闘したら、死に過ぎてみんなに怒られたのだが!」
「いや、いくら何でも雑魚モンスター相手にポンポン戦闘不能になるなよ……」
「そもそもハインドが居ない時は、みんな連携がグダグダだぞ? 昨日も危うく全滅しそうになった!」
「指揮しろや、ギルマス」
現実だろうとゲームだろうと同じ作業ばかりが続けば、やはり飽きがくるし精神的にも疲労を感じる。
セレーネさんによると「単調な作業を如何に上手に処理するか」がMMORPGと長く付き合うコツだそうで。
こういったイベントの無い空白期間はやることが地味である。
そんな気分を変えるべく、生産作業の合間に未カンストのレベルを上げるためにモンスター狩りへ行くことにしている。
メンバーは日によってバラバラで、昨日は俺が居なかったように今日は大半のメンバーがTBにインしていない。
俺はユーミルに手を貸して立たせると、植えている途中だった薬草の種をインベントリにしまった。
「今夜は今のところ、俺達の他にはセレーネさんだけだったな。トビがもうちょい経ったらログインしてくるから、それを待って四人PTで狩りに行くとするか」
「セッちゃんは今、鍛冶場にこもって何を作っているのだ?」
「新しい合金作りらしいけど、苦戦しているそうだ。鍛冶場を覗いて集中しているようなら遠慮するけど、そうでなければ連れ出そう。気分転換にもなるし」
「ほう、セレネアン合金の新作か! 楽しみだな!」
「その呼び名、いつの間にか掲示板でも浸透してんだよな……誰のせいなんだ? トビか? それとも横で聞いてた“匠”のギルメンか?」
それを初めて耳にした時、セレーネさんが恥ずかしさから身悶えしたのは言うまでもない。
その後、保護色の布を使って壁との一体化を試みていたトビをホームで捕獲。
更に鍛冶場で炉に火も入れずにうんうん唸っていたセレーネさんを連れ、町の外へと繰り出した。
次のメンテナンスとアップデートは、いよいよ明日である。