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VRMMOの支援職人 ~トッププレイヤーの仕掛人~  作者: 二階堂風都
大型アップデートと新コンテスト
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TBの筆記事情

 マール共和国を去る前日。

 この日の夜、俺はセレーネさんと時間を合わせて短時間だけTBにログインすることに。

 マサムネさんからの課題である日課の作刀は既に済ませた。

 今夜の目的は採掘で、和風ギルドの紹介で海沿いの洞窟に入ってきた帰りだ。

 成果は上々、サーラには無い鉱物もいくつか入手することができた。


「なんか、未だに腕と腰が重いような気がします。ゲームで疲れが残る仕様なんてありませんよね?」


 今の話題は昨日までのマサムネさんからの指導に関して。

 セレーネさんは刀の作製に興味があったようだが、様子を聞くにつれ「行かなくて良かった……」と呟いていたので、やはり呼ばなくて正解か。


「無い……はずだけど。それだけマサムネさんの教え方がハードだったんだね」

「やっぱり単なる気のせいですか。ツルハシが重い感じがしましたが」

「……マッサージしようか?」

「ありがたいですけど、遠慮しておきます」


 普通に恥ずかしいしな……ここの所、セレーネさんが積極的で対処に困る。

 話題を変えるために、俺はノトスのショップを一緒に回らないかと提案した。

 NPCが売るアイテムや食材は、場所によって種類も値段も違う。

 イベントに掛かり切りで手が離せなかったので、もちろんチェックは行き届いていない。


「うん、行こう。私も工具店なんかは気になっていたから」

「ブレませんねぇ、セレーネさんは」

「そう言うハインド君のお目当ては?」

「裁縫道具、地域色の強い糸や生地、それと海産物系の食材ですかね。インベントリ内は腐らないんで、食材を今の内に買い貯めしておこうかと」

「それ、ハインド君も人のことを言えないんじゃないかな?」


 言われてみれば、普段とあまり変わらないような。

 それどころか、現実の買い物で見て回る品物と大差ない気がしてきた。

 折角なので、俺も高い鍛冶用の工具を買おうかな……。

 今までは基本のセットしか使っていなかったわけだし。




 いくつかの店を回り、しばらく時間が経った頃。


「あっ! ハインド様、セレーネ様!」


 俺達がそんな声を掛けられたのは、裁縫用の生地を店で物色していた時のことだ。

 このはきはきとした通りの良い声は――と、声の主を確認する前にセレーネさんが俺の背にサッと隠れる。

 速っ! そして誰だ?

 手を振りながら「店の奥から」出てきたのは想像の埒外の人物だった。


「クラリスさん!? どうしてマールに?」

「大きな魔物が現れて、来訪者が討伐に集まっているとは聞きましたが……まさかこうしてお会いできるなんて! 嬉しい偶然です!」


 既知の人物ということで、セレーネさんが俺の背中からゆっくりと出てくる。

 栗色の髪に柔和な笑顔、商人のクラリスさんで間違いない。

 護衛らしき砂漠の女性戦士が彼女のやや後ろに付き従って居る。


「こ、こんにちは」

「こんにちは、セレーネ様。……あ、私ったらお邪魔でしたかしら?」

「い、いえ! そ、そんなことありません……よ?」


 二人でそんな会話をしながら、俺の方をちらり。

 何だろうか、このぎこちない空気は……セレーネさんの人見知りだけが原因ではない気がする。

 とにかく、まずは簡単な質問で場の流れを変えよう。


「クラリスさんは何をなさりにマールまで? やはり商談ですか?」

「半分正解……でしょうか? なにせ、商会の出店の根回しですから」


 そう言ってクラリスさんは俺に向かってパチリとウィンクした。

 ……あ、そうか! お婆さんと話が付いたのか。

 で、行商の代わりに各地に出店を始めることが決定したと……恐らくそういうことなのだろう。

 確かに、前に俺がそうしたらどうかとそそのかしたな。

 ゲーム時間の尺度はよく分からないけれど、こうして出店に向けて動いているということは、それだけクラリス商会の成長は順調のようだ。


「サーラの生地、特に希少なエイシカクロスとハインド様の鏡を中心に売り込みを掛けていますの。悪くない感触なのですけれど、何かもう一押しが足りないような……」

「なるほど」


 そこでセレーネさんが俺の服の袖を掴む。

 何か言いたいことがあるようなので、クラリスさんに断って背を向け、少しだけ距離を取る。


「何です?」

「ハインド君、これって好感度を稼ぐチャンスなんじゃ?」

「ああ……そういや、そんなものもありましたねー」

「……意識して稼いでいるわけじゃないんだ? 彼女、君に対して既にかなりの好印象を持っているようだけど」

「混同する気はありませんけれど、実際の人間と話しているのと余り変わりませんからね。システム的なものはすっかり意識の外ですよ。やっぱり、普通のゲームキャラに対する感覚とは違いますよね」

「もしかしたら、君のそういう部分が良い方に作用しているのかも。露骨に好感度上昇を狙おうとすると失敗するって、掲示板で話題になっているし」


 そうなのか?

 確かに実際の人間相手でも、打算が見え見えの奴は鼻につくしな。

 TBのAIならそれを感知することも可能……なのだろうか?

 深く考えると俺も打算で動く側になりそうなので、程々にしておこう。

 セレーネさんの話は続く。


「それと、好感度の他にもう一つ。もしかしたら、彼女を経由してゲーム内の物の流通を活発に出来るんじゃないかな? って思うんだけど」

「サーラで一般家庭まで鏡が普及したようにですか?」

「そうそう。ここマールでも、誰かがNPCの商人に流した和紙が普及しているみたいだし」

「和紙に関しては俺も驚きました」


 TBの世界に普及している標準的な記録用紙は羊皮紙だ。

 しかしこいつがまた、嵩張るし書き辛いし高いし臭いしと、利点は丈夫なことくらいだ。

 レイドイベントは海での使用ということで耐久性の低い和紙は避けたが、そうだな……。


「なら、クラリスさんには洋紙でも提供・普及して貰いましょうか?」

「それ、私も考えてた。鍛冶の図面を引く時にも、普通の紙が欲しいなあってよく思うし」

「では、まずはクラリスさんに提案してみますか。いい商品ならジャンルを問わず何でも扱うと前に言っていたので、大丈夫だとは――」

「“ヨウシ”とは何でしょうか? とても興味を惹かれますねー」


 待ち切れなかったのか、ニコニコとクラリスさんが会話に割り込んでくる。

 それほど大きな声で話していたわけではないのだが、洋紙に的確に反応するとは……。

 丁度いいので、そのまま洋紙の性質に関して説明を行う。

 飽くまで、もしかしたら作れるかもしれないという仮定込みの話だが。


「まあ、羊皮紙よりも安く大量に? 薄くて綺麗で? しかも、あの獣臭からおさらばできるんですか? なんて素晴らしい……!」

「ああ、分かります。処理が丁寧なやつは臭いが薄くても、雑だとかなり来ますよねぇ」

「洋紙を作るのはサーラに戻ってからになると思います――だよね、ハインド君?」

「ですね。ただ、課題はサーラでの木材確保になりますが……そっちも追々、何か考えます」

「ありがとうございます、是非お願いします! 人手が必要な時は、私の商会にいつでもお声がけくださいね!」


 二つ返事で洋紙の流通を請け負ったクラリスさんは、今後しばらくの自分のスケジュールを俺達に話して聞かせてくれた。

 今後は出店作業で他国に行く機会も増えるそうだが、どうにか都合を付けて洋紙のサンプルを持って行こうと思う。


「ハインド様は、本当に私にとって商売の神様みたいな御方です……! セレーネ様も、ありがとうございます!」

「大袈裟過ぎやしませんかね? またエイシカクロスみたいな我儘を言うかもしれませんし、お互い様ですよ」


 クラリスさんは俺達と握手しつつ何度も手を上下させて感激すると、一礼して護衛の女戦士と一緒に去って行った。

 手を振って別れを告げると、セレーネさんがまた俺の服の袖を引っ張ってくる。

 ありゃ? ジト目とは、らしくない珍しい表情をしていらっしゃる。


「良かったね、ハインド君。神様だって」

「……何です、そのむくれ顔は? 頬を突けってことです?」

「ぷしゅー……ち、違うよ! もういいです! ……それはそれとして、洋紙を作るとなるとリグニンを分解する木材腐朽菌が必要になるけど」


 俺はセレーネさんの頬を押した人差し指を放すと、考えを巡らせる。

 リグニンというのは、木材から紙パルプを作る際に除去しなければならない木の分子のことだ。

 そして木材腐朽菌というのは、このリグニンを唯一分解可能な菌類を指す。

 一部のキノコがこれに分類されるはずだ。

 この中の白色腐朽菌というのを特に用いればOKだったはず。

 記憶が定かではないので、後で確認を取る必要があるが……。


「確かリィズがスギヒラタケを大量に持っていたので、協力を仰ぎましょう。どの道、分解用の薬剤の調合は必要になりますし。最終的には安全な食用キノコを使いたいですけれど、現状入手性が低いんで」

「それはラッキーだね。でもリィズちゃん、どうしてそんなものを持っているんだろう? 毒キノコだよね?」

「さあ? 何ででしょうね?」


 何故かは知らないが、リィズは毒物の収集にご執心である。

 毒物の中には組み合わせ次第でポーションの回復作用を劇的に上昇させるものがあるので、割と侮れない存在なのだが。

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気の所為か、セッちゃんのイベント賞品説明が見当たらぬ!
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