刀匠への弟子入り(短期集中コース)
「拙いながらも丁寧な仕事だ。場数さえ踏めば、必ずものになると確信したぜ」
ありがたいことに、マサムネさんは苦無セットを見て俺達のことを「筋が良い」と評してくれた。
これは以前、彼がオークションで俺達から落札してくれたものだ。
そうして時間が無いので早速教えを受けながら、試しに刀を一振り作製することになったのだが。
俺と交代で鍛錬作業を行っていたトビが、槌を鉄塊が乗っている台座の部分に振り下ろす。
「あれっ? 何故に段々とズレてくるのでござるか?」
「またか。土台を叩くの何度目だよ?」
「……忍者坊主、お前さんは神官坊主の補佐な」
「あぃ……」
単純作業が苦手なトビは今一つ役に立たず、早々にマサムネさんは諦めの境地へ。
多分、勉強と同じで集中力が続かないんだよな……。
戦闘中の連続回避では見違えるような動きをする癖に。
そのせいで、マサムネさんの教えは俺に対して集中し――。
「おら、もっと腰を入れろぃ! そんなんじゃ出来上がるのはなまくらだけだぞ! てめえの足は棒っきれか、ああ!? しっかり膝曲げろぉ!」
「ひぃぃぃ!」
この爺さん、異常にスパルタ!
ちょっとでも手を抜いたり気を抜いたりすると即座に叱責が飛んでくる。
技術を盗ませるため、後でセレーネさんも連れてこようかと思ったけどこれは駄目だ!
気の弱いセレーネさんでは、マサムネさんの怒声の前にあっという間に委縮するか逃げ出してしまうだろう。
って、トビこの野郎! ホッとした顔してるんじゃねえよ!
「どこ見てやがる! お前が今見て良いのは目の前の鉄だけだ! 集中しねえかぃ、このスカタン!!」
「はいぃぃぃ!」
玉鋼を長方形に打ち延ばし、折り返してはまた打ち延ばす。
この作業で日本刀の三千を超える層が形作られて行く。
弾ける火花と熱気とで汗が止まらない。
日本刀は柔軟さと硬さを両立した武器である、というのは良く聞く話だと思う。
それを実現するための構造として、心鉄と呼ばれる日本刀の中心をくるむように、鍛えた皮鉄で覆うわけだが……その「造込み」と呼ばれる製法の種類がまた。
「何故に四方詰め!? いきなり難しすぎませんか!? せめて甲伏せ造りから――」
「知識だけは一丁前だな、神官坊主! この後は三枚鍛えもやるぞ! 甲伏せなんざぁ後だ、後!」
「え!? 作るの一本だけじゃないんですか!?」
「当ったりめえよ!」
何がどう当たり前なのかさっぱり分からない……。
基本的には、心鉄を覆う皮鉄・刃鉄・棟鉄などパーツが多いほど鍛えるのが難しくなる。
何故かマサムネさんの指示で難しい製法――心鉄に四つのパーツを組み合わせる四方詰めから進行した俺の作刀は、『粗雑な日本刀-3』からのスタートとなった。
それにしても、我ながら酷い出来である。マイナスって何だよ? 初めて見た。
「よし、次!」
「あの、休憩は?」
「んなもんねえ! 時間がねえんだろ? そうだな……“上質”以上を作れたら考えてやらあ!」
「えええええ……」
「……頑張れー、ハインド殿ぉー」
小声で声援を送ってくるトビを、俺は睨みつけた。
お前が早々に脱落するからこんな目に……!
が、そんな俺の尻をマサムネさんが思い切り叩く。
「おら、二本目を始めっぞ!」
「っ……――はい!」
くそっ、こうなったら絶対にものにしてサーラに帰ってやる!
トビは後で俺にコーヒーを奢れ! ちょっぴり高い奴!
続く二本目、四方詰めによる刀は『粗雑な日本刀+1』。
五本目、同じく四方詰めで作ったものは『粗雑な日本刀+7』まで到達。
八本目、遂に四方詰めで『日本刀+3』を作ることに成功。
しかし、休憩時間は未だ訪れず。
今度は造り込みが変わって本三枚、僅かに質が落ちて『日本刀+1』を作製。
再三再四の本三枚での作製、九本目に出来上がったのは『日本刀+5』。
「やっぱ筋が良いな。こりゃ教え甲斐があるってもんよ! ほぅれ、次、次!」
「ぜぇ、ぜぇ……そ、そりゃどうもっ! トビィ! 砂鉄と炭ぃ!」
「お、おう! また最初からでござるか……」
俺のマサムネさんに対する口調も、疲れから徐々に崩れ始める。
そして本三枚での十本目、今度は『粗雑な日本刀+9』……。
いかん、ハンマーの振り過ぎで手が震えてきた。
「何やってんだ坊主! 褒めた途端にこれじゃ、無駄になった鉄も浮かばれねえよこんちくしょうめ! 鉄の声をしゃんと聞かねえか! 今頃坊主に対して何しやがると罵声の嵐だろうよぉ!」
「ぬがあああっ!」
「は、ハインド殿、落ち着いて……」
嘲笑付きで発せられる言葉に、思わずこのクソジジイ! と口から暴言が飛び出しそうになる。
口元を歪めながら俺の作った『粗雑な日本刀』の峰で肩を叩いてくるおまけ付きだ。
周囲の“匠”のギルメンからも気の毒そうな視線が飛んでくる。
ぐぅぅぅぅぅ……次で上質を出して一旦休憩に入る! 入るったら入る!
手を抜いていい工程など皆無だが、特に大事なのは心鉄と皮鉄を組み合わせた後の素延べ、それと小槌による成型だ。
トビから次々と渡される道具を持ち替えながら、無心で作業を行う。
適切な力・速さで叩いて延ばし、刀らしい形になったら焼刃土と呼ばれる耐火性の粘土を刀身に塗る。
そして約800度まで熱し、頃合いを見て油に刀身をつけて急冷……。
最後に荒砥ぎ、鑢仕立て、目釘孔を入れると――武器が薄く輝き、ゲームとして使用可能な状態になる。
このように、刀はゲーム的に省略される工程が少なく非常に難易度が高いことが分かる。
完成した今回の刀は……。
「ぃよっしゃああああ!」
「どれ……上質な刀、プラスは無しか。良くやった、神官坊主! さて、お次は――」
「あああぁぁぁぁ……」
「ま、待って下されマサムネ殿! ハインド殿を休ませてやって欲しいでござる! 死ぬほど疲れているでござる!」
無情にも「次」という言葉をマサムネさんが発した直後、俺は鍛冶場の床に両手を付いてうずくまった。
しかし見かねたトビの取り成しにより、どうにか休憩を取ることに。
日付が変わる時刻まで、マサムネさんの指導を受けながら数十本の刀を打った翌日。
俺の日本刀作りはどの造込みでもどうにか『上質』以上で安定するようになった。
今日までの最高記録は『上質な日本刀+2』である。
ここまで来れば修行の工程は八割方終わりだとマサムネさんは言うのだが……。
果たして上質武器程度でイベント上位を取れるのか? という疑問が残る。
しかし、その質問に対してマサムネさんが今までの修行を覆すような一言を発する。
「問題ねぇさ。神官坊主が今後作る刀は、全部心鉄を使わない丸鍛え……つまり無垢造りだからよ。製作難度は今までの物よりも大分落ちる」
「え!?」
「それからな。お前さんが使ってた材料だが、不純物の多い質の悪い砂鉄ばかりよ! 騙してすまんな!」
「ええ!?」
何だそりゃ……何だそりゃあ!
思わず詰め寄ろうとする俺に向けて、マサムネさんが手の平を向ける。
「しかし、こうして面倒な製法でばかり刀を作らせたのは時間が足りなかったからだ。お前さんの要領の良さって言うのかな……それをミツヨシが高く買ってたからよぉ。若さと吸収力に賭けてみたってわけだ」
「そう仰られますと、何も返す言葉が……はぁ」
「それでも、この短期間で間違いなく技術は付いた。違うか?」
「拙者の目から見ても、ハインド殿の鍛冶スキルは日進月歩と言って問題ないかと」
急な賛辞を含んだマサムネさんとトビの言葉に、怒りが沈下していくのが分かる。
大人達の手の平の上で転がされた感がやや悔しいが。
結局は、俺達のために色々してくれたことには違いないからな……。
怒りと入れ替わるように、じわじわと感謝の念が湧いてくる。
「そんでもって、神官坊主に自信が付いたらあのセレーネ嬢ちゃんの合金を使って刀を作りゃあ完璧よ。心鉄のねえ刀は刀じゃねえ、なんて言う奴ぁ放っとけ。ありゃあ日本の鉄事情が生んだ苦肉の策だぜ」
「ふむ、セレネアン合金でござるな?」
「何だそりゃ。セレーネさんは砂漠合金――デザートアロイって呼んでたぞ?」
「はっはっは! 確かにセレネアン合金の方が分かりやすいやな!」
トビの奇妙なネーミングに、マサムネさんが笑う。
セレーネさんの合金装備に関しては、製法こそ秘密のままだが既に掲示板にいくつか流れているので周知の事実なのだ。
が、そこで表情を引き締めて俺の顔を真っ直ぐに見る。
「ただし、人間ってなぁ覚えたことを直ぐに忘れちまう生き物だ。今回のような詰め込み教育なら言うに及ばず、って奴だ。暫くは刀を必ず日に数本は打つように。体で覚えるまで、何度も何度も繰り返せ。明日もこの鍛冶場を使って良いからよ」
その言葉を最後に、マサムネさんは「修行はこれで終わりだ」と宣言した。
俺とトビは、二日間多くの時間を割いてくれた彼に深く頭を下げて礼を言うのだった。
「「ありがとうございました!」」
「ああ。また協力できるイベントがあったら、和風ギルドをよろしくな」
「「はい!」」
その日、俺が最後にまともな砂鉄から無垢造りで作った刀は『上質な日本刀+7』だった。
どうやら、極上に到達するにはまだまだ練習が必要なようだ。