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勇者な彼女と同盟の力

 場所はゲーム内の船上に移る。

 必要な人への諸々の事前連絡を終えた俺は、セレーネさんと一緒にユーミルに今後の作戦を伝えていた。


「まずはこのブーツを履けばいいのだな?」

「普通の場所は歩きにくいから、クラーケンを呼び出してからでいいぞ。セレーネさんと“匠”の工房を借りてちゃっと作った」

「作りました。急いだから少し作りが荒いかもしれないけど、我慢してね」


 セレーネさんと俺が見守る中、甲板に座ったユーミルがブーツを試着する。

 このブーツの底面には鋭利な金属の棘が付いており、スポーツで使うスパイクシューズのような構造になっている。

 これを使って、クラーケンの触手にしっかり足を食らいつかせようというわけだ。


「こういうものを渡すということは、クラーケンを直接斬り付けろというわけだな! 最初の一体で実行した時は、もうやるなと言った癖に」

「そりゃあ序盤の数体は支援隊の回復の手がカツカツだったもんよ。お前の独走を許してたら、回復量が足りなくなって同盟が半壊してたっての」

「今は良いのか?」

「みんなクラーケンの攻撃に慣れてきたからな。トビを始め軽戦士連中が触手の攻撃方向を誘導するのも安定してきたし、墨攻撃も騎士が前で防御を受け持つようになった。無茶をする余裕も出てきたってわけだ」


 無茶な自覚はあるんだ、とセレーネさんが苦笑混じりに呟く。

 触手の上を渡って本体を斬り付けるのだから、無茶としか言いようがない。

 しかし、ユーミルには既に一回成功しているという実績がある。

 故に十分に勝算はあるのだ。


「ただ、みんなにはお前のことを気にせず今まで通り遠距離攻撃をするように言ってある。俺達のせいで討伐時間が伸びたら本末転倒だからな。つまり――」

「私が首尾よく取り付いたとしても、背中から矢だの魔法だのがバンバン飛んでくるということだな?」

「正解。スコアを伸ばしたかったら、味方の攻撃もしっかり躱せ」

「うむ!」

「簡単に言っているけど、実際にやるのは凄く難しいと思うよ。ユーミルさん平気なの?」

「何とかする!」


 その自信に根拠がないのはいつも通り。

 ユーミルに言っておくことがあるとすれば、あと一つだけ。


「神官の人達、特に俺と同じ支援型の一人一人には具体的に話を通しておいた。ありがたいことにカームさん以外の全員が、お前を中心メインに支援してくれるそうだ。この言葉の意味は分かるな?」

「む……」


 ユーミルが俺の言葉を咀嚼するように黙り込む。

 カームさんは主であるヘルシャ以外の支援はしない主義だそうなので、仕方ない。

 そういうスタンスのプレイヤーが居てもいいと思うし。


「そういう訳で、お膳立ては整えたから後はお前次第。いつも通りと言えばいつも通りだな」

「――フフ、フフフフフフ……」

「ゆ、ユーミルさん?」


 下を向いて笑うユーミルを、心配そうにセレーネさんが覗き込む。

 そしてブーツを脱いで立ち上がると、俺の首に手を回し――って、何をしやがる!?


「あんなにつれない態度を取っておきながら、しっかり考えてくれているではないか! さすがハインドだ! フハハハハハ!」

「や、やめ……恥ずかしいだろうが! 放せ!」

「わぁ……」


 慌ててヘッドロックを解除して周囲を見ると、こちらに集まっていた視線がサッと散る。

 くそ、何でこういう時に限って鎧を装備していないんだ……。

 硬い鎧でゴリゴリされた方がまだマシだった。

 一瞬とはいえ受けた感触に、顔がカッと熱くなっているのが分かる。


「と、とにかくしっかりやれよ!? 効果の高いMPポーションも神官のみんなに配ったし、理論上はここからランキングトップに追いつくことも可能だ! いいな!?」

「ああ、やってやるさ!」


 ユーミルが気合を入れて直ぐに、キツネさんが俺達の元に駆け寄ってくる。

 足取りは軽やかで、面で分からないが実に嬉しそうだ。

 弄る気だ……絶対俺を弄って遊ぶ気だ……。




 そして、ユーミルに策――と呼んでいいのか微妙な物を授けての初戦。

 ユーミルは触手の攻撃間隔を読み違え、渡っている最中に攻撃が始まって戦闘不能。

 まさかのスコア1,000ちょっとに沈んだ。

 先行きが不安になる出だしだな……。


「ハインドぉー……」

「……分かったよ。出るタイミングは俺が指示するから」


 戦闘後、情けない顔でスパイクブーツを甲板でカツカツ鳴らすユーミルだった。

 触手の攻撃間隔だが、一定パターンの中にも多少のランダム性を含むのでややこしい面がある。

 ただ、敵に近い前衛よりも後衛の方がタイミングを計りやすいのは確かだ。

 結局、俺のユーミルへの『アタックアップ』使用を合図に前に出ることに決めた。

 そして今の戦いで久しぶりに攻撃スコアMVPのヘルシャがユーミルを嘲笑あざわらう。


「フフ、不格好な……先程のようなやられ方は格好悪いですわよ?」

「お前が言うな! 初戦のラストアタック未遂の話をするか? あ?」

「なっ……!」


 本当に仲いいな、こいつら。

 しかし、実際問題まずはクラーケンの頭部まで近付かなければお話にならない。


 続けての本日二戦目、ユーミルは触手を渡っている最中に足を滑らせて落下。

 攻撃スコアMVPはミツヨシさんが持って行った。


「おのれ!」


 三戦目、今度は頭部に辿り着く直前……味方の流れ矢を背中に受けて落下。

 矢を射た当人であるシリウスのメイドさんが平謝りしてくれたが、事前に言った通り避けられないユーミルに責任がある。

 逆に射線を塞いだユーミルに謝らせ、MVPは再びミツヨシさんが。


「ぐぬぬぬぬ……!」


 ユーミルのフラストレーションが溜まっていくのを感じる。

 しかし、徐々にクラーケンに近付けているのは確かだ。

 俺は一度後衛支援隊の一団から抜け出し、前衛攻撃隊のユーミルに声を掛けた。


「ユーミル」

「何だっ!?」

「カリカリすんなよ……深呼吸深呼吸」

「すー……はー……」

「そろそろ決めろよ? 支援型神官のみんなは、他へ回すはずのスキルをお前のために温存してるんだ。お前が失敗し続ければ、多少とはいえそれだけ全体の効率も落ちる」

「む……そうだな……」


 最近は15分を切る程度で安定していた一戦辺りの戦闘時間が、今日は17~18分も掛かっている。

 2、3分なら大したことはないように感じるだろうが、その差は連戦するほど大きく響くことになる。


「分かった。なら、次で駄目なら今回の勇者のオーラは諦めることにする!」

「良いのか? ……いや、そうだな。今回は個人戦じゃない。度を越えた個人の我儘は許されないだろうからな。要は次で――」

「次で決めればいい! そうだろう!?」


 相変わらずのユーミルの力強い言葉に、俺は笑みを返した。

 追い込まれた時のこいつの強さは本物だ。エンジンのかかりの悪さと一体の性質ではあるが。

 だから、きっと次は上手くやることだろう。


 そして四戦目、ユーミルの纏う空気が変わる。

 俺はトビとリィズ、手が足りないエリアの支援をしつつも振るわれる触手に注意を払う。

 振り下ろし、薙ぎ払い、薙ぎ払い、振り下ろし、薙ぎ払い……よし、ここだろう!

 『アタックアップ』が前衛に向かって飛んでいき、ユーミルが始動する。

 触手の上を、スパイクブーツによる血飛沫を上げながら走り出す。

 途中、勇者のオーラによるスパークに『捨て身』による赤いエフェクトが混ざった。

 これで攻撃力は最大、ユーミルの戦闘準備は万端だ。


「危ない!」


 近くの神官のプレイヤーから悲鳴が上がる。

 片足を滑らせたユーミルは、剣を触手に突き立てて必死に堪えた。

 そのまま体勢を立て直し、再び前へ駆け出す。


「もう少しだよ! 頑張って!」

「行けぇぇぇ! 勇者ちゃぁぁぁん!」


 背に受けた声援を力に変えるように、ユーミルがグンと加速する。

 そのまま触手の道を駆け抜けて跳躍し、両手で構えたロングソードを――


「喰らええええ!」


 体ごとぶつかるように、渾身の突きでクラーケンに刺し込んだ。


「き、決まった……?」

「いや、勇者ちゃんはこっからだ!」


 その発言を裏付けるように、剣から全ての魔力が注がれて爆ぜる。

 『バーストエッジ』の爆発の反動を利用し、ユーミルは味方からの攻撃魔法と矢を避けつつ更に上へ。


「まずは俺だ……受け取れユーミル!」

「私もだね。行くよ!」


 俺がWTを0にする『クイック』を発動し、隣に並ぶキツネさんがMP譲渡の『エントラスト』を発動。

 ユーミルが再度『バーストエッジ』を解き放ち、レイドボスの長大なHPゲージが目に見えて減ったのが分かる。

 個人の攻撃としては破格の連続ダメージに、同盟プレイヤーから歓声が上がった。


「あ、続けて行きます!」

「お、俺もか! よ、よし!」


 僅かの間を置いて再び同じコンボがユーミルを支援する。

 クラーケンに取り付いたユーミルの剣から、何度も何度も爆発が起きた。


「すっげえ迫力とダメージ。海が揺れてるぜ……!」

「あ、順番間違えた!? ごめんなさい!」

「やべっ、発動早かった!? すんません!」

「大丈夫大丈夫! 失敗したら順番を飛ばして!」


 支援型神官、総勢18名によるスキルリレー。

 いくつかミスはあったものの、合計15発の『バーストエッジ』がクラーケンの弱点である頭部に叩き込まれた。

 ユーミルに様子に気を取られ、棒立ちになってしまっている他の部隊のメンバーも何人か居る始末だ。

 だが、一連のコンボが終わった直後のクラーケンは虫の息で……。


「あはははははは! この爽快感、最高だぁ! 協力感謝!」


 矢と魔法を躱しつつ、ハイになったユーミルが通常攻撃できっちりと締め、最短記録でクラーケンの討伐が完了した。

 それも、まだタイムを詰める余地を残しながら。


 ‐BATTLE RESULT‐

 参加人数 101/250(同盟のみ・途中参加不可)

 撃破タイム 10:24

 総合スコアMVP 401,785Pt ユーミル

 攻撃スコアMVP 401,785Pt ユーミル

 防御スコアMVP  54,306Pt ユキモリ

 貢献スコアMVP  93,098Pt トビ

 妨害スコアMVP  72,494Pt リィズ

 支援スコアMVP  87,960Pt ハインド

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[一言] ユーミルがきつい…
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