ルート分析と一本釣り
イベント二日目。
この日、俺達はまず時間を合わせて“凜”のギルドホームで方針会議を行っていた。
面子はミツヨシさんとヘルシャ、そしてユーミルの代理で俺。
というよりも、あいつ代表なのに全然こういうのに参加しやがらねえ……。
「昨夜の内に出揃ったデータを集めてマップに重ねると、こうなります」
俺はショップ売りの海域マップに書き込んだ回遊ルートを、二人に見えるように畳の上に広げた。
二人が唸りながら、回遊ルートを目で追って情報を確認していく。
このマップ通りに今日もマグロが泳ぐならば、一日掛けてデータを集めた甲斐があるというものだが。
それを俺が言うと、ミツヨシさんが手を挙げて発言する。
「心配性のやつが朝の内に偵察に出てくれたんだがね。一時間ほどルートを確認した結果……」
「「確認した結果?」」
「確認した結果……」
ミツヨシさんが長い溜めを作り、俺達を焦らす。
何故そこで……?
駄目なら数時間掛けた作業が無駄になってしまうという大惨事なので、早く教えて欲しいのだが。
畳に椅子を持ち込んで座っていたヘルシャがイライラしたように足を踏み鳴らし始めたところで、ようやくミツヨシさんが汗を一筋流して焦った様子で口を開いた。
「さ、昨夜と全く同じ回遊ルートだったそうだよ! めでたいね!」
「それならそうと勿体ぶらずにさっさと仰いなさい! このっ、このっ!」
「痛い痛い! 痛いってヘルシャちゃん! 引っ張らないで! ちょっとした茶目っ気じゃないか! もっとオジサンを労わって!」
ヘルシャがミツヨシさんの結ばれた後ろ髪を引っ張りまくる。
臨時とはいえ同盟中なので、もちろん扱いはフレンドリーファイアである。
そもそもホーム内も農業区の様に安全エリアだし……そんなことよりも、今は話を先に進めたい。
「コントはその辺にしてですね」
「ハインド君!? 助けてくれたまえよ!」
「このマップを見れば回遊ルートが重なるオイシイ地点というのがはっきり分かるはずです。東エリアはこことここ、南エリアはここと、そこと、ここ、西エリアが隅と中央のここ……」
「つまり、貴方はこう言いたいんですのね? この地点で撒き餌を行えば――」
「ああ。目論見通りに事が運べば、中々に愉快なことになると思うぜ?」
俺の言葉に、ミツヨシさんの髪を掴んだままのヘルシャがニヤリと笑った。
そして俺達は黒船に乗り込み、セーピア水域へと出た。
場所は最も他の船影が少ない西エリアの隅。
甲板には昨日と変わらない……むしろ若干増えたようにも見える同盟メンバーが集まっていた。
「昨日の退屈な作業で人が減るかと思ったけど、集まりいいな。この同盟」
待ちきれないといった様子で釣り竿を持ったユーミルが俺の呟きに応じる。
「皆、それだけ期待しているのだ。逆に今日の成果が微妙だと、明日以降の集まりは一気に悪くなるかもしれんな!」
「プレッシャー掛けんなよ。俺が同盟の方針を誘導したようなもんだし、駄目だったら罪悪感が――」
「お、目標ポイントに着いたぞハインド! 船が止まった!」
「聞けよ!」
「まあまあ、ハインド君。心配しなくても、きっと大丈夫だよ」
「セレーネさん……いつになく楽天的な意見ですね」
「え、そうかな?」
慰めるように肩を叩いてくれるセレーネさんはニコニコと上機嫌だ。
大型蒸気魔力船に装備されている大砲はしっかり機能するようで、しかも弾数は無限とのこと。
発射にWTはあるが左右に五門ずつ、合計十門存在する砲の管理はセレーネさんに任された。
どうも自動化されていて、撃つのは一人で充分らしい。
彼女が上機嫌な理由は、大砲を撃てるというだけでなく砲撃管制室で一人になれるからだろうな……。
バーベキューでは周囲の世話を頑張っていたが、やはり人間そうそう根っこの部分は変わらないらしい。
「おっしゃ、撒き餌投下だ! 野郎ども、準備しろ!」
ユキモリさんの号令が響き、凜のメンバーによってバケツ一杯に用意された撒き餌が豪快に海に撒き散らされていく。
既にマグロの魚影は見えており、このポイントで待ち構えたことが正解であることを教えてくれる。
撒き餌の中身はイカ、アジ、イワシ等を混ぜた物。
逸ったメンバーが釣り竿を垂らそうとしたところを、キツネさんが蹴りで吹っ飛ばしている。
「まだだって言ってるでしょ! アンタ、ちゃんと説明聞いてた!?」
「す、すんません姐さん! 聞いてませんでしたっ!」
「素直だから許す!」
やはりどこかノリが体育会系な、ギルド凜のメンバーである。
「続けて散水、始め!」
今度はミツヨシさんが指示を下し、水魔法を使える魔導士達が杖から初級魔法であるアクアブレスを発射。
バシャバシャと小さな虹を作りながら海面に泡が立ち、暫くして杖からの放水が収まる。
これは小魚が暴れているとマグロに錯覚させたり、船があることを誤魔化すために行われるのだそうだ。
それらが終わり、一瞬海面が凪いだ直後……マグロの動きが目に見えて変わった。
餌を捉えに泳ぐ水深はやや浅くなり、撒き餌に食いつき始めて海面が一気に慌ただしくなる。
「「「オオー」」」
「おおー、じゃねえ! 感心してる場合か!? ほら、お前ら竿を構えろ! 今だ今! 一斉に釣れ釣れぇぇぇ!」
「――はっ!? せ、拙者達も行くでござるよ!」
ユキモリさんの声に、海面を眺めていて出遅れた俺達も慌てて釣り糸を垂らす。
ほどなくして、というか餌を降ろした瞬間に重い手応えが。
「ぬおおっ!? 来たぁ! 来たぞ!」
「こっちもだ!」
「どっせーい! おお、釣れたでござるぅ!」
俺達だけでなく、周囲ではそこかしこから次々と歓喜の声が上がる。
耳を澄ませると、シリウスの面々が居る後部甲板からも似たような歓声が聞こえてきた。
それほど苦労せずに一匹目を釣り上げ、甲板でマグロが跳ね回る。
おお、少し感動する……簡単に釣れるようになっているとはいえ、大物を釣った感触というのは悪くない。本物よりは重量もずっと軽いのだろうけど。
釣り上げた直後、記録更新の文字が踊り『全長152cm!』と表示された。
色が黄色っぽいし、これはキハダマグロに近い種類だろうか?
「うおおおおお! 入れ食い、まさに入れ食い!」
「やべえ、滅茶苦茶楽しい! 昨日我慢した甲斐があった!」
「よっしゃー、サイズ記録更新! それと三匹目!」
同盟内の空気も一気に上向きだ。
と、俺の顔面にピチピチと活きのいいマグロがべちっと叩きつけられた。
「ぶっ!?」
自分の竿を放してそれをキャッチすると、リィズがあっと声を上げた。
「す、すみませんハインドさん! あの、私、生きている魚に触れないんですけど……」
「ああ、待ってろ……よし、針が外れた。ついでに餌も付け直したから、この調子でどんどん釣ってくれ。釣れたらまた呼んでくれていいからな」
「ありがとうございます」
リィズがほっとした様子で、再び海に向かって糸を垂らす。
顔が微妙に生臭いんだが……。
「ハインド、引いてるぞ!」
「何っ!?」
船の縁に立てかけておいた釣り竿が海に引き摺り込まれそうになり、俺は間一髪それをキャッチした。
危ねえ……ユーミルが気付かなかったら竿と餌を無駄にするところだった。
一気に引き上げ、これで二匹目!
「せんぱーい、糸が絡まったー」
「へ!? ちょ、ちょっと待って!」
駆け付けて三人の釣り糸を解こうと竿を持つと、明らかにマグロが複数食いついている重さがのしかかってくる。
仕方なく絡まったまま四人で息を合わせて引き上げると、三匹のマグロが一斉に現れた。
絡まって巻き取れない分は、網でマグロをキャッチして甲板へ。
「おおー! トリプルですよ、ハインド先輩!」
「そ、そうだね……」
リィズにしたように屈みこんでマグロから針を外し、絡まった糸を解いていく。
切って新しい糸にした方が早いんじゃないか? これは。
「も、申し訳ありませんハインド先輩。お手数を……」
「いや、気にしないで。……OK、これで大丈夫だ。また何かあったら気軽に呼んでくれ」
「へーい。家族並みの気軽さで呼ばせてもらいますぜぃ」
「……君はサイネリアちゃんの十分の一で良いから、遠慮することを覚えようか? シエスタちゃん」
その後も生マグロに触りたくないリィズとヒナ鳥達のフォローに回り、ほとんど自分の釣りに集中している時間が無かった。
忙しい。釣ったマグロを集める回収班でも組織した方が良いだろうか?
一部の女性プレイヤー……だけでなく、男でも魚に触れないというメンバーが居ることだし。
群れが去るまでの約十分間、臨時同盟のメンバーは昨日の鬱憤を晴らすかのごとく釣って釣って釣りまくった。