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大型蒸気魔力船、抜錨

 船を呼び出す手順としては、船を自動で呼び出す転送機に金貨をじゃらじゃら流し込むことで船を『召喚』することが可能となる。

 船が出現するたびに、港に住むNPC達はその異様さにギョッとしている。

 ミツヨシさんが先行させたギルメンの話によると、どうやらこの謎の機械は魔王軍の物のようで横に英語でメイドイン魔王軍、一緒に魔王ちゃんの顔イラストまで描かれているのだそうだ。

 「転送」、更に「レンタル」ということは現物がどこかにあるということで……これだけの海洋戦力が充実した魔王軍という存在に、とてつもない違和感が。


「普通の魔王軍って、魔物を大量に放って海を制圧する感じでござるよな?」


 というトビの意見ももっともである。

 クラーケンといい、彼等は魔物を完全にはコントロール出来ないのだろうか?

 ……まぁ、それはともかくとして。

 俺はインベントリを開くと現れる小さなメニュー画面に数字を打ち込み、金貨の詰まった袋を取り出す。


「ほい、ユーミル。ウチの分の300万」

「うむ! ミッチー、確かに渡したぞ!」

「はいはい。受け取ったよ」


 そしてユーミルが臨時同盟の盟主であるミツヨシさんにお金を預けた。

 港の停泊所傍に設置された転送機へと続く行列はまだまだ続いている。

 そこの同盟のメンバーがぞろぞろと並び、自分達の順番を待つ。

 レンタル代1,000万の内訳はウチが300万、凜が350万、シリウスが同じく350万だ。


「300万が簡単にポンと出てくる8人ギルドって、やっぱ変だよねユッキー?」

「ああ。少人数だと普通はみんなで馬の一頭二頭買うのにヒイヒイ言ってる段階だからな」


 正確には5人+3人の2ギルドだが。

 そして俺達の場合、闘技大会での賭けに勝ったのが大きい。

 あの資金を基礎にして、ギルドの生産力を高めたりでゲーム内の収入が安定した。

 特に薬草の需要は尽きることが無く、現実と違い連作障害も土地が痩せることもない農地はフル回転である。

 後はイベントの報酬で貯めた分が主か。


「それでも少しまけてもらったんで、張り切って貢献しますよ」

「うむ、任せろ! 八人で百人分働いてやる!」

「期待していますわ。もし動きが悪いようでしたら、クラーケンもろとも燃やして差し上げますけど」

「フンッ、ほざけ。私はいつでも絶好調だ! お前こそ、ヌルい炎を出していたら蹴飛ばしに行くからな!」


 ユーミルとヘルシャが不敵な笑みを交わし合う。

 周囲はそのやりとりに目を白黒させた。


「へー。勇者ちゃんとお嬢様がねえ……なんか意外」


 呟いたキツネさんのように、同盟のメンバーはどちらも我が強いのを知っているので、この二人が意気投合しているのを不思議に思うのかもしれない。

 俺とワルターは闘技大会の様子を見ていたので、曖昧な表情で互いの顔を窺った。

 そして唯一リィズだけが、鬱陶しいのが増えたと言わんばかりに大きな溜め息をついたのであった。




 

 長かった行列も終わり、1千万Gもの大金がミツヨシさんの手によって謎の機械に吸い込まれていく。

 後ろで待つプレイヤーの一団が、彼の手元から長時間鳴っている金属音にざわめいている。

 既にユーミル・ヘルシャ・そしてワルターといった目立つ容姿の奴らが行列の待ち時間中に注目を集め、ここにきて更に視線が集まってくる。

 途中から俺も袋を持って投入口に金を注ぎ――って、なんか精米機みたいだ……入れてるのは金貨で、戻ってくるのは船だけど。

 三袋分の金貨の投入を終え、ミツヨシさんが機械のコンソールの一番端のボタンを押す。

 すると海上の空間が歪み始め、稲妻を放ちながら歪みが膨張していく。


「……これ、不味くないかね? 嫌な予感がするぞ」

「さ、下がりましょうミツヨシさん! みんなも、念のため下がって!」


 直後、歪みが解き放たれた。

 巨大な黒い船体が中空から出現し、一瞬留まった後に豪快に着水!


「のぉぉぉう!?」

「きゃあああああ!」

「だあああああ!」


 波が大量の飛沫を上げて岸を、プレイヤーを、NPCを濡らしていく。

 うお、しょっぱ!

 そんな中、ユーミルが濡れるのも気にせずに真っ先に船に近付いていく。

 続いてヘルシャも、顔をしかめながら前に進んで船の姿に目を凝らす。


「おおー! これが大型……大型……何だっけ? ハインド」

「大型蒸気魔力船。帆が無いってことは、その二つの動力だけで推進可能みたいだが」

「予想以上にデカいな! 強そうだ!」

「ええ。私達の船に相応しい威容ですわ!」


 強そう、というユーミルの形容もあながち間違いではない。

 全長50メートル近い船体の側面には、黒光りする砲台が複数設置されている。

 無人の船から降りてきたタラップを見て、ユーミルとヘルシャは二人でずんずんと乗り込んでいった。

 動きが速いなぁ。ってか、あれはもう周りが見えてないな。


「あの大砲、動くのかな? 動くのなら、遠距離職である弓術士としては是非とも使ってみたいんだけど」

「あ、セレーネさん。どうなんでしょう? 使えた方が楽しいことにはなるでしょうけど」

「弾がどうなってるのかも気になるよ。船に備え付け? それとも準備が必要? 早速乗ろうよ、ハインド君!」


 気が付くと傍まで来ていたセレーネさんが、いつになく目を輝かせている。

 武器だけじゃなく大砲も守備範囲内なのか……控えめな彼女にしては珍しく、率先して船に乗り込む勢いだ。

 

「黒船! 黒船じゃないか!」

「ユッキー、馬鹿なの? 死ぬの? ユッキーの中で黒い蒸気船は全部黒船なの?」


 あっちはあっちで……黒船?

 俺はこちらにゆっくりと戻ってくるミツヨシさんに「先に乗っても良いか」と目で訊ねた。

 すると笑って頷いてくれたので、俺は一礼してセレーネさん達を追いかけることに。




 それから数分後、その場に居た同盟のメンバー全員が乗り込んだ船は即座に発進秒読みとなった。

 というのも、このデカい船をこのまま浮かべておくと次のプレイヤーが船を呼べないからだ。

 全員が乗り込むか一定時間経過後に、最初は停泊所から自動で沖に移動させられるらしい。

 船に乗った瞬間に視界内に注意文章が表示された。


 そして今日集まった約100名の同盟プレイヤーが乗り込み、黒船(仮称)が汽笛を鳴らす。

 独特な低音の音が周囲に響き渡る。

 あ、何か後ろで行列に並んでいたプレイヤー達がこちらに向かって手を振っているな。

 やはり大型の、それも一番上のグレードの船を借りている団体は珍しいようだ。

 そりゃそうか……これで成果が上がらなかったら大赤字だしな。

 愛想の良いメンバーが手を振り返し、ちょっとした旅立ち気分である。


「進んだ! 進んだぞハインド!」

「そら進むだろう。はしゃぎすぎて酔うなよ? ラクダの時みたいになるぞ」

「……念のため、遠くの海の景色を見ておこう」


 岸に向かって手を振っていたユーミルは、あの時のことがよほど堪えていたようで……。

 素直に手を降ろすと、視線を遠い位置に移してらしくないほど静かになった。

 俺からユーミルを挟んだ位置に立つリコリスちゃんは、楽しそうに岸に向かって両手を振り回して笑顔である。

 その差をやや気の毒に思ったので、俺はインベントリを探ってあるものを取り出した。

 笹の葉にくるんであるそれを開き、ユーミルに見えるように差し出す。


「そしたらこれを。確か嫌いじゃなかったよな?」

「何だ? このやけに見覚えのある赤い物体は」

「梅干しだよ。ギルド“匠”の調理担当の人に頂いたんだけど」

「ふむ。酔いに効くのか?」

「大量に唾液が出ると、三半規管のバランスが整うそうだぞ。ゲームで同じ効果を得られるかは知らんが、試してみ?」

「なるほど。では早速!」

「……おばあちゃんの知恵袋? ――いひゃい、ふぇんぱい、いひゃい」


 人をおばあちゃん呼ばわりしてくるシエスタちゃんの両頬を伸ばしながら、自分もユーミルに倣って海の景色を眺めた。

 遠ざかっていく陸地、エメラルドグリーンから徐々に深い青色に染まっていく海。

 頬を撫でる潮風を心地よく感じながら、俺は今後のイベントの展望に思いを巡らせた。

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