マール共和国へ向けて・和ギルドの実力
今回の基本方針としては、騎乗戦闘を中心に囲まれないように立ち回ることが重要になる。
そういう意味では、まず最初にトビの馬を狙って攻撃してきた相手の戦術は正しい。
「どぅらぁ!」
「!!」
グラドタークを体当たりさせて敵の馬を吹っ飛ばす。
これ、楽しいぞ……! まるで気分は重戦車だ。
それくらいグラドタークと普通の馬とでは性能差が大きい。
「も一つオマケでござる!」
そして吹っ飛ばした馬に、後ろに乗ったトビが投げ苦無を投擲。
これには一発で『猛毒』状態になる濃度の高い毒薬を塗り付けてある。
毒状態になった瀕死の馬は、相手が回復させる間も無く死亡して消え去った。
こうして次々と敵の機動力を奪っていく。
とにかく足を止めず、的を絞らせないように前へ前へ。
潜り込んでしまえば、フレンドリーファイアを恐れて大規模な遠距離攻撃は飛んでこない。
「はっはっは! この機動力の差ぁ! 捕まえられるものなら捕まえてみるがいい!」
ユーミルがロングソードで相手の馬をすれ違い様に斬り裂いていく。
今回の作戦を立てる上で最も注目したのが「乗り物はHPが尽きた直後に厩舎に移動させられる」という特性である。
乗り物のHP回復そのものは生きていれば可能だが、死体が残らないので蘇生は不可。
これを利用して、相手の馬を次々と厩舎送りにしていく。
一般馬のHPはユーミルの攻撃なら一撃で確殺できる低体力である。
そして数で劣る俺達が確実に勝っていると断言できるのが、このグラドタークである。
数本の矢を受けた程度では止まらない高HPに――おっと!
「!?」
「ひょー! グラドターク最高でござるな!」
「ああ! 野郎が二人乗っててこれとか、笑いが止まらんぜ!」
敵の魔法攻撃すら回避可能な、この速度。優勝報酬は伊達じゃない。
ユーミルと俺(結果的にトビも乗っているが)とで敵陣を引っ搔き回し、相手の馬を狙って攻撃。
レンタル一般馬のメンバーは防御・回避重視で無理をせず、相手の詠唱妨害等を優先。
序盤はこの戦法で上手くいっていたのだが、徐々に相手が混乱から復帰し……。
「――あだっ、だっ!? ハインド殿、グラドタークが遠距離攻撃に捕まり始め――ぶっ!」
「いてっ! ちっ、相手がこっちの速度に慣れてきたか……下がるぞ!」
「合点承知!」
ユーミルの方はまだ大丈夫そうだが、二人で乗っているこちらのグラドタークのHPが危険域だ。
自家製の中級ポーションをグラドタークに振りかけ、『ヒーリングプラス』を詠唱開始。
追り来る敵の馬に向かってトビが焙烙玉を投擲、更に短いWTを利用して苦無を次々と投じていく。
どうにか詠唱を最後まで終え、グラドタークのHPが全快。
相手の馬の残りは半数ほどまで減り、かなり戦いやすくなっているが――
「!」
「ぬお!?」
一瞬の思考の隙を突くように、自分の馬を踏み台にして短剣を持った男が飛び掛かって来る。
慌てて片手で杖を上げるが、間に合わない! ダメージを覚悟した直後、声が響く。
「ハインド君っ!」
唸りを上げて飛来した力強い矢が、敵の体を空中で攫っていく。
普段よりも小型のクロスボウを馬上で構えたセレーネさんが、離脱する俺達を迎えるように円を描いて並走に移る。
い……息が止まるかと思った……。
「セレーネ殿ぉ! マジ救世主!」
「ありがとうございますセレーネさん! タイミング最高! 愛してる!」
「あ、あい……!?」
セレーネさんの顔が朱に染まる。
彼女が戦闘中であるにも関わらずモジモジし出すと、俺も自分の発言に気が付いてオロオロし出した。
「――弾みですよね? ついですよね? そうですよね? 本心や真心から出たものではありませんよね? あ、そうですよねピンチでしたから吊り橋効果という考え方も――」
「ひいっ!? リィズ殿、どっから湧いたの!?」
突如、真後ろからブツブツと呟く声が耳に入ってくる。
俺は這い上がって来る寒気に背筋をぶるりと震わせると、暗い表情のリィズの方に顔を向けた。
「お、おう。つ、つい気持ちが高ぶってだな……ごめんなさい、セレーネさん」
「う、うん。気にしてない……よ? うん……」
そうは言いつつも、セレーネさんが少しがっかりしたような表情になる。
いや、ほんとすみません……一方のリィズの目には光が戻り、にっこりと笑う。
「気を付けて下さいね? ハインドさん」
「わ、悪かった……半端な気持ちで言っていい言葉じゃなかった……」
「ええ。それはそれとして、次は必ず私がハインドさんをお助けしますから」
命を救われた直後に、命が縮むような恐怖に襲われたぞ……完全に自分のせいだけど。
今後は急場だろうと軽はずみな発言はすまいと、固く心に誓いつつ。
俺達は話している間も足は止めずに、フィールドを広く使って連携しつつ後退を続けた。
「む、ユーミルが突出し過ぎているな……」
「私に任せて!」
言いつつ、次矢を装填してユーミルに後方から迫る敵の馬の目を的確に貫く。
「おっ!? セッちゃんか、助かる!」
セレーネさん、この集団戦で一番輝いているかもしれない。
彼女の放つ一射一射がことごとく有効に働いている。
ユーミルも今の後ろからの攻撃で位置取りの悪さに気が付いたのか、敵中を突破してこちらに駆け戻ってくる。
「せんぱーい、お助けー。へーるぷ」
「――ん!?」
弱々しい声がどこかから聞こえてくる。
キョロキョロと辺りを見回していると、トビがある場所を指差した。
「あっ! ハインド殿、ヒナ鳥ちゃんズがやばいでござる!」
三人とも馬を倒されたのか、声を上げたシエスタちゃんはリコリスちゃんの後ろで魔法を詠唱していた。
サイネリアちゃんが矢をばら撒いて牽制するものの、敵の馬を射るには至らず。
ヒナ鳥達の周囲をぐるぐると旋回しながら、騎乗したPK達による包囲が狭まっていく。
「二人とも、ユーミルのフォローを!」
「分かりました!」
「了解!」
「……トビ!」
「応さ!」
投擲アイテムのほとんどがWTに入っているトビが、俺の肩に手を掛けながらくるりと宙返り。
軽やかに前後が入れ替わり、トビが手綱を握ってヒナ鳥達の元に駆ける。
『グラドターク』で敵の妨害をしつつ、WT毎に投じる苦無が敵の馬の首筋に次々と突き刺さる。
攻撃の手が緩み、シエスタちゃんが魔法の詠唱を成功させて『ヘブンズレイ』の光線で敵を吹き飛ばした。
「おお! ハインド殿、投擲の命中率たけえ! やるう!」
「いつも動き回るお前らに回復薬を投げつけているんだ。これくらいはやれるって」
「おー、先輩かっくいい。惚れ直しちゃいますぜー、このこのぉ」
合流したシエスタちゃんが肘で俺をつつくような仕草を見せる。
こちらは馬に乗っているから全く届いていないけれど。
ホッとしたように息を吐いたリコリスちゃんとサイネリアちゃんは、こちらに向かって頭を下げた。
「「ありがとうございます!」」
「無理せずにちょい後ろで援護を。敵の馬が来たら必ず呼んで」
「「はい!」」
こうして互いをフォローしつつ、しかし人数差を覆すには至らず徐々に戦況は押されて始める。
もっともこちらが優勢になり過ぎても『夜陰の牙』が撤退を始めてしまうだろうから、これで良いとも言えるのだが……。
元気に動き回っていたユーミルも馬を失ったヒナ鳥達の護衛に回らざるを得ず、俺達は一度目の様に一塊でじりじりと下がり出す。
「ハインドさん、これ以上は……!」
「くっ、まだなのか!? ミツヨシさん達の援軍は!」
PTの限界が近付き、俺がたまらず叫んだ瞬間だった。
――矢、石、火、水、風、土、闇、光が空から殺到。
オレンジネームへの先制攻撃にペナルティは無い。
奴ら『夜陰の牙』とは質も量も上の、組織立った遠距離攻撃が敵の隊列に降り注いでいく。
「待たせたな! ……全員逃がすなっ! 進め!」
「「「オオーッ!!」」」
ミツヨシさんの号令の元、前衛の鎧武者達が一斉に襲い掛かる。
突然の援軍に『夜陰の牙』は大きくたじろぎ、その動きを止めた。
「……! 退け! 退けぇ!」
奴らの中の一人が、そこで初めて声を上げた。
その声でようやく金縛りが解けたかのように、俺達が来た方向『カナリスの町』の反対方向『港町ノトス』の側へ逃げ出し始める。
だが、直後に奴らは再び凍り付くことになった。
半分に分けて『港町ノトス』側に配置していた『和風ギルド“凜”』のメンバーが、PK軍団の退路を断つように出現。
「クククク……どこへ行こうというのかね?」
そんなセリフと共に先頭に立つのは、鹿の角と三日月が装飾された兜を着けた青年。
これは誰をモチーフにしているか分かりやすいな……七難八苦のあの武将だ。
槍を肩に担ぎ、和装部隊を率いて悠然とこちらに歩いてくる。
「さあ者共、仕上げと参らん! 無法者に天誅を!」
「「「天誅ーっ!!」」」
「ノリノリだなぁ、ミツヨシさん達……楽しそうだ」
「私達も行くぞ、ハインド!」
「拙者も! レンタル馬の恨みぃ! 天誅ー!」
「トビ君、うつってるうつってる」
ここに来て俺達が相手の馬を減らしておいたことも幸いした。
逃げ切れずに捕まるPKがほとんどで、結局は抗戦するしか道が残されていなかった。
更に人数的には双方五分だったはずだが、『和風ギルド“凜”』の集団戦能力は桁違いで……。
海に飛び込んで逃げ去った者も数人居たものの、包囲された『夜陰の牙』は数分後に壊滅した。




