マール共和国へ向けて・PKKのススメ
空いている椅子を使って俺達と同じテーブルについたミツヨシさんは、最初にこう切り出した。
「状況はおおよそ把握している。PKに足止めを食っているんだろう?」
「ご存知だったんですか?」
ミツヨシさんはここ、マール共和国を拠点に活動しているプレイヤーだ。
闘技大会の際はトビと帝国で合流、そこから一緒に参加していたらしい。
そしてどうやら彼はPKの横行を把握しているようだ。
「おう。各地からPKが集まっていて、ここいらは過去最高に治安が悪くなっているよ。本当はクレシェンテ海岸で合流したかったんだけど、ギルメンの集まりが遅くてね。全くあいつらときたら」
そう言ってミツヨシさんは店の入り口の方を親指で示してみせる。
彼のギルメンだという何人かのプレイヤーが、そちらから顔を覗かせていた。
ん? 何だあの巫女服に狐面の人……こちらに手を振っているのだけど、異様な存在感だ。
「あの海岸を通ってきたのでござるか? よくご無事で」
「ああ、ちょっと誤解があるようだ。確かにPKは増えているんだけど、君らを襲った夜陰の牙は元からこの辺のPKギルドなんだ。俺らの顔は知られているから……」
「昼間に出たのに夜陰とはこれ如何に。別にいいでござるけど」
トビのツッコミは置いておくとして、奴らマールのPKギルドだったのか。
サーラではPK自体を滅多に見ないってのに……プレイヤー数の差を感じる。
しかし、そういうことなら納得だ。
「つまり大ギルドを相手にしないように、避けられていると?」
「ご名答。そこで物は相談だ。……ところで、この二ギルドの代表はハインド君でいいのかい?」
「いえ、代表はこいつです」
ミツヨシさんの言葉に否定の意を返しつつ、隣のユーミルを手で示す。
ユーミルは一瞬、ん? という顔をした後に慌てて頷いた。
「お、おお、私だぞ! 話なら聞こう!」
「なるほど、君達らしいチョイスだ。じゃあ、ユーミルちゃんに代表して提案を聞いてもらおう」
といっても、ミツヨシさんはユーミル以外を遠ざけて話をするわけでもなく。
単にきちんと代表者の方を向いて話をするのが礼儀と思ったのだろう。
こういうところ、非常に出来た大人って感じがする……見習いたいもんだ。
そんなミツヨシさんの提案を纏めると、以下の様になる。
要は俺達がもう一度クレシェンテ海岸に行って『夜陰の牙』を誘き出せないだろうか? ということのようだ。
周辺の仲の良いプレイヤー達もPKを迷惑に思っており、ミツヨシさん達は一度徹底的に叩いておきたいとのこと。
手順としては一、俺達だけでクレシェンテ海岸に行って『夜陰の牙』と再び交戦。
二、警戒されないように時間差で、ミツヨシさんのギルドメンバーの「半分」がこの町から出発。
三、速やかに合流して一気に叩く――という、要は俺達が餌になってPKを釣るというのが大雑把な流れだ。
俺達がミツヨシさん達の到着まで耐えることが前提になっているが、できるだろうか?
「よぉし、やろう!」
「っと、ユーミルちゃん即答かぁ。本当に良いのかい?」
ユーミルの反応を見たミツヨシさんが俺の方に視線を送る。
あー……俺は頭を掻きながら、微妙な顔でその視線に首肯した。
「実は、さっき逃げ出したのが――」
「あれは逃げたのではない! 進路が後ろだっただけだ!」
「……この町に戻らざるを得なかったのが悔しかったらしくて。こいつにとってはまさに渡りに船ってわけです」
根本的に負けず嫌いなんだよな。
ミツヨシさんは俺の言葉にニッと笑い返し、他のメンバーにも目を向ける。
「私も悔しいです! だからユーミル先輩に賛成です!」
続けてリコリスちゃんが立ち上がり、
「ふむ。確かに私も、やられっぱなしというのは性に合いませんね……私が負けても腹が立たないのは、ハインドさん相手の時だけです」
「きゃーリィズ殿こわーい! ……ごめんなさい、謝るからガチ睨みやめて?」
リィズが苛立ちを込めた目で静かに宣言する。
どうやらメンバーの意志は、PKへのリベンジに傾いているようだった。
そして再度『クレシェンテ海岸』へと到着。
ミツヨシさんの話では、あちらが警戒して現れなかった場合はそのまま『港町ノトス』に行ってしまって構わないそうだ。
彼はギルドメンバーを急遽三十名も集めてくれたので、できれば空振りは勘弁願いたいところであるが。
『和風ギルド“凜”』というのが、ミツヨシさんがギルドマスターを務めるギルドの名前だ。
加入条件は必ず和装をすること、その一点のみ。メンバー数は定員一杯の五十人。
生産専門ギルド『匠』という、これまた和の生産物を取り扱うギルドと同盟を組む巨大ギルドである。
こちらのギルドマスターはあのマサムネ氏だ。
こう考えると、よく俺達のような少人数ギルドと臨時同盟を組んでくれる気になったと思う。
「これは力を示す好機だな! 我々が少数でも役に立つということを見せなければ!」
「おおー!」
「あんまり気張って敵が出なかったら悲しいから、ほどほどにな」
「気合に水を差すな! 出るったら出るのだ!」
「そうだそうだー!」
リコリスちゃんが完璧にユーミルの妹分と化している。
しかし、出るかなあ……一応二度目ということで、襲われないように急いで馬で駆け抜けるという体裁は取るが。
相手が十人以下の場合、『夜陰の牙』は間違いなく襲ってくるとミツヨシさんは話していた。
なので来るかどうかは、相手が異変に気付くかどうかに掛かっている。
「とにかく止まらずに駆け抜けよう。速度に任せて強行突破しているように見えれば、短期間でもう一回来たのを不審に思われ難いはず」
「ハインド殿は心配性でござるなあ。あちらもこちらを仕留め損ねて悔しがっているはずでござるし、問題ナイナイ! 無言で格好つけていても、中身はこちらとそう変わらんでござるよ」
「そういうもんか? 俺がPKだったら、同じ相手に二度も仕掛けたりはしないんだけどな」
それどころか、襲撃に失敗しても成功しても一回ごとに場所を変えると思う。
そういえばPK同士にも縄張りってあるのだろうか? 気にしたことはなかったが。
「ハインド殿がリーダーのPKギルド……? 絶対に相手したくねえ!」
「む? ハインドがPKになるのか?」
話を中途半端に聞きかじったユーミルが会話に割り込んでくる。
俺がPKねえ……そういう刺激は求めてないなぁ。
「ならんならん。例え話だよ」
「なーんだ、良かった。そうなったらボコボコにして更生させなければならないからな! 面倒だ!」
「ハインドさんがPKになったとしても、私はどこまでも付いて行きますからね?」
「あ、ありがとう……?」
と言っていいのか分からないが、対照的な二人の言葉に礼を返しておく。
そこで、先頭で周囲を警戒していたセレーネさんがサッと手を上げた。
「……!」
不審な気配を感じたら、手を上げたのを合図に全力疾走に移るように事前に相談してある。
ここからは話を止め、全員が姿勢をやや前傾にして手綱を引き絞る。
グラドタークの俺とユーミルが最後尾、一般馬のメンバーの最高速度に合わせて徐々に加速していく。
そうして『クレシェンテ海岸』の出口が近付いてきた時に、それは起こった。
「むおおっ!? 拙者の馬ぁ!」
先頭を走るトビの馬に、矢が複数命中して大きく体勢を崩す。
そのまま馬が横転し、トビは砂浜の上を転がった後でそのまま立ち上がった。
おお! 今のは忍者っぽいな、珍しく。
「トビ、こっちだ! 乗れ!」
「くぅ、レンタル馬の死亡ペナルティが……おのれ、許さん!」
レンタル馬を死亡させると、馬自体は最後に立ち寄った町か村にリスポーンするだけである。
ただ、死亡させた回数だけ返却時に追加料金が発生するという仕様になっている。
これはシステム側で所持金や銀行から強制徴収されるので、何度も死亡させていると結構痛い。
俺はトビの傍にグラドタークで駆けつけると、後ろに乗せて再び加速した。
しかし現れた『夜陰の牙』が進路を塞ぐように壁を作る。
「くそっ、失敗か! 応戦しろ!」
強行突破に失敗した、という体でみんなに声を掛ける。が、これは目論見通りだ。
この位置で止まったことをミツヨシさん達が察して、間もなく応援に駆け付けるだろう。
それまでは、俺達だけでこの大人数を相手にした耐久戦となる。