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マール共和国へ向けて・後ろに向かって前進

 こいつら、フィールドボスを倒して攻撃可能になるタイミングを狙ってやがったな!

 他プレイヤーからの攻撃判定を受けて、視界の中に青文字で『攻撃可』の文字が表示される。


「前衛組!」

「応!」

「承知!」

「は、はいっ!」


 ユーミルが剣を横薙ぎに、トビが二刀で、リコリスちゃんが盾を構えて前に出た。

 こうなった場合の反撃や防衛行動は、相手を戦闘不能に至らしめた場合でも当然ながらPK行為にカウントされない。

 俺が初期の頃にやったように、MPKで仕掛けてきた相手を戦闘不能にしたとしても大丈夫だ。

 PKの強みである不意打ちはどうにか凌いだが……襲ってきた周囲のプレイヤーの情報に目を配る。

 オレンジネームは名前を隠す設定を行うことが不可能だ。


「不味いな……リィズ、どう思う?」

「ええ。これは良くありませんね」

「何がだ!? 無論、全て倒して先に進むのだろう!?」

「馬鹿言え、人数差を考えろよ! しかもあちらさん、レベルがこっちとどっこいだぞ」

「む……」


 さすがにレベルキャップ開放直後とあってか、カンストこそしていないが。

 ざっと見たところ40前後が半分、残りも30代には乗っているようだ。

 相手はかなり本格的なPKギルドと見える。

 俺達は海を背にしないようにじりじりと一塊になって後退しながら、逃走の隙を窺う。

 幸い、まだ包囲には至っていない。


「ハインド先輩。最初の打ち合いを見た限り、こういう場合にPT制限は……」

「掛からない。だから5体5を複数回って形にはならず、今の状況は純粋に8対50ってことになる」


 サイネリアちゃんが牽制の矢を放ちながら早口でこちらに確認を取る。

 50という数字はPK達のギルド名が同じことから、1ギルドの定員一杯の数字を口にしただけだが。

 実際、ざっと見た感じその位の数は居るような気がする。

 ギルド名は『夜陰の刃』と表示されているように見えた。

 フィールドでPTを組むことで得られる恩恵は経験値分配、経験値ボーナス、味方情報の表示、それとフィールドボスに挑む際にそのメンバーで行えるという、ただそれだけのものだ。

 PKに攻撃されたからといって、フィールドボスのようにPKの1PTとだけ戦えるような状態にはならない。


「トビ! プランCだ!」

「おっ!? ……そうでござるな、仕方ない。直ぐに準備致す!」

「みんなも良いな!?」


 俺の言葉に全員が頷く。

 PKが出ることは予想していたので、事前にいくつか作戦を練っておいた。

 プランCは退却用の作戦で――と、俺は敵の弓術士の目を狙って『シャイニング』を放った。

 命中。目を抑えて、弓術士が射撃体勢を解く。

 そして包囲が完全になる前に、トビがインベントリからアイテムを取り出して投擲する。

 一個目は焙烙玉、敵の密集地帯に投下したそれはダメージこそ今一つだが強烈なノックバックで敵後衛の手を止めさせた。

 リィズは『ファイアーボール』、サイネリアちゃんは『ダブルショット』、セレーネさんは『ストロングショット』、シエスタちゃんは俺と同じ『シャイニング』を発動。

 この状況、詠唱の長い魔法や隙の大きいスキルを放っている隙は無い。

 トビが焙烙玉に続けて、新開発のアイテムを「自分の足元」に向かって叩きつけた。

 玉が弾け、大量の白っぽい煙が周囲に広がっていく。


「馬をっ!」


 この一言で通じるはずだ。

 俺は片手の指で輪を作ると、口に付けて強く息を吹いた。

 ピューッ! と高い音が鳴り、煙の中で馬蹄の音が近付いてくる。

 これはゲームの仕様で、指笛を鳴らすと自分が直前まで騎乗していた乗り物を呼べる機能なのだが……。


「フシュー!」

「ブーッ!」

「プフー」

「ピヒュッ!」

「鳴ってない!? 鳴ってないよ君達!? 誰でもできるように補正掛かるんだから、ちゃんと練習しとけって言っただろうがぁ!」

「ハインド君、大声出したら位置がバレちゃうよ!?」

「ハインドさんの気持ちも分かりますけどね。はぁ、しまりのない……」

「その、すみません。ウチの二人が……」

「ウチの馬鹿二人も一緒なので、気にしないでください」


 指笛をきちんと鳴らすことができたのは8分の4である。

 現実よりも簡単に鳴るようにゲーム側で設定してあるのだが、これは酷い……。

 事前に練習した時はどうにか全員が吹けたのに。

 それでも半分は呼べたので、二人ずつ相乗りして呼べなかった馬達の傍へ。


「いだっ!?」

「どうした、ハインド!?」

「肩口に痛みが――ってなんじゃこりゃあ!」

「刺さってる刺さってる! ナイフが肩に刺さってるぞ!」


 相乗りしているユーミルが前で身をよじりながら叫ぶ。

 こういうナイフってどうすればいいんだ!?

 矢の場合は放っておくと消えるんだけど――あっ、血と一緒に消えた。

 と思ったら毒状態!? 毒ナイフ!?


「マジかよ、半端じゃない殺意だな!」

「無言で来るから滅茶苦茶怖いでござる! ――あだっ! 矢がぁ!」


 そういう意味ではトビよりもよっぽど忍者らしいとも言える。

 しかし、脳天に矢が刺さっても平気とは……さすがゲーム。

 奴ら、ここまでの動き的には山賊盗賊よりもギルド名が示す通り暗殺集団に近い。


「ハインドさんっ!」


 一早く俺の状態に気付いたリィズが解毒薬を投げつけてくれる。

 瓶が割れ、体の周囲に光のエフェクトが出て解毒成功。


「サンキュー! 着いたぞユーミル、急いで乗り移れ!」

「おお!」


 ユーミルが勢いよく跳躍し、もう一方のグラドタークの背に跳び移る。

 確かに急いでとは言ったが……さしものグラドタークも、突然の背への衝撃に大きくいななく。

 そして俺は『アタックアップ』をユーミルに使用。


「よし、暴れてこいっ! ただし――」

「HPが半分を切ったら撤退開始だな!? 分かっている!」

「それと、万が一に備えてサブ装備に切り替えておくのを忘れるな! 後で泣きたくなかったらな!」

「うむ、行ってくる! ……あ、そうだった。ここは私に任せて――」

「いいから早く行けっ! 言ってる場合か!」


 ユーミルがメニューから普段の物とは違う装備セットを選択。

 その結果、早着替えの様に一瞬で装備が切り替わる。

 見た目は今までの物と似ているが、成功作までの過程で出来た性能が劣る失敗作(セレーネさん談)なのだそうだ。

 ただし、ランク的には全て極上+1~2だが。失敗作?

 ユーミルがグラドタークと共に駆けだした直後、漂っていた煙が浜風に流されていく。


「あっ、あっちも馬に乗ってるよ!」

「ユーミルが時間を稼ぐ! みんなも早く自分の馬に乗ってくれ!」


 相手の馬は等級がバラバラなのか、移動速度にバラつきが大きいが……。

 これだけ馬を揃えているとは、やはり逃げを打って正解だったという思いが強くなる。

 ユーミルがロングソードを手に、グラドタークごと敵陣に突っ込んでいく。

 おっと、まともにぶつかった向こうの一般馬が簡単に吹っ飛んだ……やっぱグラドタークは最強だな!


「ハインド殿、よく考えたらこれってあの捨てがまりなのでは?」

「でも、こうなった場合に殿しんがりをやるって言い出したのはあいつだし。それに、囲まれた後でもグラドタークなら何とかできる……かもしれない。置き捨てじゃないから、断じて捨て奸ではない!」

「と、自分に言い聞かせる先輩なのであった」

「うっ……お、俺は悪くねえ! 俺は悪くねえ! あいつがやるって言ったんだ!」

「まあ、ゲームですし。あの人が失敗しても本当に死ぬわけじゃないんですから、ハインドさんが気にする必要は何もないかと」

「リィズちゃんクールだね。というより、ユーミルさんに対しては容赦がないね」

「ユーミル先輩、どうかご無事で……!」

「あ、ユーミル先輩のおかげで追手の足がかなり鈍りましたよ。これなら逃げ切れそうです」


 こうして俺達は『クレシェンテ海岸』から逃げ出すことに成功した。


 そして数分後、一つ前の町である『カナリスの町』に痺れ状態で瀕死になったユーミルが戻ってきた。

 ユーミルはほとんど動けない状態だったのだが、それを背に乗せているグラドタークはピンピンしている。


「ハインドー……治療してくれぇ……痺れと低体力で動けん……」

「待ってろ、直ぐにやる!」

「おおう、本当に生きて帰ってきた! ユーミル殿の癖に!」

「トビ、後で殴る……うぅ……」


 よく生きて帰ってきてくれたものだ。

 まずは痺れを治療し、続けてHPを回復させていく。

 治療を始めてしばらくすると、ユーミルはすっかり元気になった。

 しかし、このままでは先に進めないな……。


 ユーミルの治療を終えた俺達は、町の食事処で対策を相談しながら休むことにした。

 馬は厩舎に預け済みである。


「――もう一回行ってもまだ居るようなら、これは別ルートで行くしかないかもなぁ」


 俺の発言に、ユーミルが机を叩いて勢いよく立ち上がった。

 置かれたスープがこぼれそうになる。


「は? 嫌だぞ私は! あんな連中、粉砕して進まないと気が済まん!」

「気持ちは分かる。でもお前、さっきの戦いで何人倒せた?」

「ぐっ! …………だ」

「うん?」

「一人だ! 一人! ぐぬぬぬぬぬ……しかも直ぐにリヴァイブで蘇生された! バーストエッジで一人倒しただけだ! くそぅ!」

「だろ? あれだけの人の壁を越えて、後ろに居る神官を先に倒す……そこから殲滅できれば最高だろうが、八人じゃどうしたって難しい」

「他に手は無いのか!?」

「少数で勝ちたいなら普通は指揮官狙いになるんだろうが……あいつら声を出さないから誰が指揮官なのか分かんないし。しかも決闘なんかの正式なPvPと違って、神官じゃなくても聖水で戦闘不能を回復できるときたもんだ。勝ち筋がまるで見えん」

「ここに来てまた人数の壁でござるか……となると、やはり――」

「あっ!」


 対面のテーブルに座るセレーネさんが急に驚いたような声を上げる。

 俺の後ろの方を見ているようだが――と、そこで肩を叩かれる感触。

 何だ? と思いつつ振り返ると……総髪で和装をした男性が、こちらに向かって手を上げて笑っていた。


「――ミツヨシさん!?」

「よっ、久しぶり。迎えに来たぜ。渡り鳥に、ヒナ鳥ちゃん達」

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