マール共和国へ向けて・出発編
「というわけで、頼んだぞハインド!」
「ハインドさんに預けておけば安心ですね」
「回避に関してハインド殿は忍者の拙者並でござるし、大丈夫大丈夫!」
「えーと……て、適任だと思うよ? 後衛だし、ハインド君の判断力は信頼してるから」
「「「よろしくお願いしまーす」」」
「重い……責任が重い……」
今回のイベントのために用意した渡り鳥+ヒナ鳥の軍資金1000万G。
どういうわけか、その全てが俺のインベントリに収まっていた。
内訳は900万が渡り鳥、100万がヒナ鳥からの出資となっている。
ヒナ鳥達はオークションで枕が高く売れ、農業区の俺達の隣に土地を買って栽培を始めた。
俺達の手助けこそあるものの、ヒナ鳥は少人数ギルドとしては収入も所持金も多い方だ。
王都ワーハの銀行でお金を引き出した俺達は、厩舎に向かってぞろぞろと移動中である。
他のプレイヤーも準備に忙しいのか、商店を中心に忙しく移動しているのが目に付く。
「せめてヒナ鳥ちゃん達の分は、サイネリアちゃんが持ってくれたら良いのに」
「すみません。でも、私も自分で持つよりハインド先輩に預けておいた方が安心で……」
「ウダウダぬかすな、ハインド! いざとなったらグラドタークで逃げれば済む話ではないか!」
「そうだけどよ……」
「はっやいですもんねー。先輩達のお馬さん!」
グラドタークに乗ってさえしまえば、現状追いつける乗り物を持っているプレイヤーは居ないと思われる。
なのでグラドターク二頭の内一頭は俺が乗ることに決定。
もう一頭はユーミルが、他のメンバーはレンタルの馬を借りて移動する予定だ。
「そういえば戦闘不能になった場合って、使っていた乗り物はどうなるんだ?」
「最寄りの町の厩舎に移動させられるそうです。プレイヤーのリスポーンと同じ形ですね」
「おお、リィズ殿がいつの間にかゲームに詳しく」
「攻略サイトをいくつか見ておきましたので。お役に立てましたか?」
「サンキュー、リィズ。つまりいざという時の乗り物の心配はなしと」
グラドタークを盗まれたりしたら堪ったものではないからな。
下手すると1000万Gよりも価値が上の可能性があるし……市場に名馬が無いので比較できないのだ。
そしてワーハの厩舎に着いた俺達は、レンタル馬五頭分の25万Gを払って準備完了。
手綱を引いて王都の出入り口へと歩いていく。
「こうして並べて比べると、やはりグラドタークのデカさは歴然でござるな」
「先輩、借りてきた馬が怯えているんですけど。どうしましょう?」
「少し時間を取って慣れさせるしかないかな。要らんところまで無駄にリアルに作りやがって、全く。いいぞ、もっとやれ!」
「は、ハインド君、大丈夫? もしかしてまだ少し混乱してる?」
俺の発言がおかしいのだとしたら、セレーネさんの言う通り大金を持ち歩いているストレスのせい。
そして件のグラドタークだが、倍まではいかなくとも一般馬と比べると軽く1.5倍はサイズがある。
まずはレンタル馬をグラドタークに慣れさせ……。
更に、馬に乗ったことがないというヒナ鳥ちゃん達の練習に少しだけ時間を使った後――
「では、出発だ!」
ユーミルの号令の元、俺達は王都ワーハを出発した。
目指すはマール共和国・セーピア水域である
八人で適当な隊列を組み、砂埃を巻き上げながら砂漠を東へ向かって進んでいく。
PT構成はユーミル・セレーネさん・俺の三人PTが一つ目。
レベルが若干劣るヒナ鳥達のフォローに、リィズとトビが回っての五人PTが二つ目。
ただ、しばらくの間はこのPTで戦闘することはないと思われる。
現在位置は、オアシスの町マイヤを出て荒野の町バスカを目指しているところである。
「退屈でござるー……」
「盗賊でも構わないから何か出ないのか? ハインド」
物騒なことを言いやがる。
マール共和国に入ったら忙しくなるのだから、今の内にゆっくりしておけばいいのに。
「いやいや、何のためにグラド帝国を経由するルートを通ってると思ってんだよ。一度通ったフィールドなら、エリアボスやら面倒な雑魚敵やらを無視できるからだろう?」
今回の移動ルートは帝国領中央の町ヒースローを経由して南へ……というものだ。
大陸外側を回る場合、途上に居るだろうエリアボスを倒しながら進まなければならない。
またエリアボスが現在のレベルで倒すのが難しい場合は迂回しなければならず、大きなタイムロスになってしまう。
「開催予定までの時間を考えると、他のプレイヤーも似たようなルートを使っていると思うんだが」
「となると、ヒースローにはまたプレイヤーが密集していますかね?」
リィズが片手で帽子を抑えながら手綱を巧みに操りつつ声を上げる。
掲示板情報によると現実の乗馬よりは簡単だそうだが、メンバーの中でも特にリィズは馬を操るのが上手い。
黒っぽい三角帽子は砂漠では暑そうだが、リィズはこれをあまり外したがらない。
「元々ヒースローを起点に四方に散ったからな。そうなっていても何ら不思議はないと思うぜ。あ、そうそう。ユーミルは町に入る前に闘技大会で使ったマントを着ろよ?」
「えー、面倒だな……堂々と歩きたいぞ、私は」
俺達がそんな話をしていると、馬の上で不安定にユラユラしているシエスタちゃんが馬を寄せてくる。
時折すんごい斜めっているのだけれど、よく落ちずに済んでいるな。
やや曲芸じみた乗り方である。
「なんか当然のように自分を除外してますけど、先輩もマントを着けないと駄目ですよ?」
「ん? 何で?」
「何でって……むー、説明が面倒くさい。サイ、後よろしくー」
そう言い残すと、あっという間に馬首を巡らせてリコリスちゃんの真横についた。
取り残されたサイネリアちゃんが呆気に取られた顔をしている。
「――へ!? あ、もう! ……ハインド先輩も、ご自分で考えていらっしゃるより他のプレイヤーは知っているので、きちんと顔とネームを隠した方が良いと思いますよ。多分、シーもそれが言いたかったのではないかと」
「そうなのか? ……あー、そうかも」
あの闘技大会から約二週間。
リプレイ動画を見ても前衛の方が映る割合は高かったし、掲示板で話題に上がる回数もユーミルの方が圧倒的に多い。
でも、一応俺にも専スレが在るらしいしな。
「町で他のプレイヤーに絡まれて、時間を取られると面倒だしな。そしたら一応、俺もマントを着けることにするよ」
「目立つとPKに後をつけられそうでござるし、用心するに越したことはないかと。イベント常連ならば尚更、金を多く持っていると思われてもおかしくないでござるよ?」
「実際持ってるしな。自意識過剰っぽくてアレだけど、分かった」
「そうだぞハインド! むしろお前は私と一緒にもっと目立て! 目立つのだ! この地味メンがっ!!」
「うるせえよ!?」
何だよ地味メンって!?
しかも目立たないようにって話をしてるのに、もっと目立てとか意味が分からん!
「兄さんは一見地味だから素敵なんじゃないですか! ユーミルさんは何も分かっていません!」
「リィズ、もうやめてくれ! ややこしくなるから……フォローかどうか疑わしいけど、ありがとう」
むしろ地味だと駄目押しされてダメージが更に加速したけど。
離れて一人で笑ってんじゃねえよ、トビ!
「あ、あはは……二人が浮かないように私達もフード付きマントを装備するから、町では静かに行こうね。後は、グラドタークを目立たないようにサッと厩舎に入れちゃえばきっと大丈夫だよ」
「そ、そうですね! それがいいです!」
さすがセレーネさん、目立たないようにする術に関しては一流だ。
それと、触れずに話題を変えてくれた彼女の優しさに涙を禁じ得ない。
馬の疲労を回復できるのは各町や村の厩舎だけなので、経由しないわけにもいかない。
厩舎は大抵入口付近にあるので、直行すればそれほど人目に触れずに済むだろう。
ヒースローを避けてアルトロワの村に行く手もあるが、あそこはゲームのスタート地点なので村であるにも関わらずプレイヤーの密度はどっこいである。
その先の町や村がどこに在るか分からないので、結局のところヒースローは避けて通れない。
「ただ、ヒースローさえ出ればマントは要らなくなるかもな。そこから先はみんな、自分のことで一杯一杯になるだろうから」
「他の有名プレイヤーも徐々に集まってくるだろうしな! アルベルト親子やヘルシャフト、リヒトとその取り巻きなんかは私達よりも目立つだろう!」
「お前よりも目立つアバターを使ってる人間は居ないと思うが……」
体の周りに稲妻のオーラが出るPCなんて、他に居ないし。
こう考えると『勇者のオーラ』がもう一度報酬で配布されない限り、このゲームにおいてユーミルというプレイヤーを見つけるのは誰よりも簡単だ。
「まあ、視線が分散するって意味では正しいと思うぞ。そしたら、ヒースローだけ気を付けて進むことにしようか」
「「「おー」」」
全体的に緩い返事が返って来る。
確かに、ゲームで移動するだけってちょっと退屈だよな……眠くなってくる。
余りに頻繁でなければ、流れる風景を楽しめて俺は嫌いじゃないんだけど。
やがて砂漠の景色が途切れ、周囲は荒野へと変わって行った。