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マール共和国へ向けて・準備編

「ぐー……むにゃ……」

「……」


 ログイン直後、ギルドホーム個室のベッドには毛玉……じゃない、ウェーブのかかったロングヘアの少女が横になって眠っていた。

 何でここで寝てんだ。

 ともかく、俺はシエスタちゃんを揺すって起こそうと試みたのだが。


「うぅーん……」


 軽く呻いて寝返りを打ったかと思うと、今度は仰向けになって幸せそうな寝顔で再び寝息を立て始めた。

 寝返りを打った拍子に一部分だけが凄い揺れた……相変わらず心臓に悪いよ、この子。


「おおい、起きてくれ。俺に何か用事があるんじゃないのか? おーい!」

「へあ……?」


 フラフラと上体を起こし、目を擦りながらようやく目覚めた。

 俺の姿を視界に捉えると、にへらと緩い顔で笑う。


「……おはよーございます、せんぱい」

「おはよう。何で俺の個室で寝てんの?」

「先輩を待ち伏せしようと部屋に入ったら、気持ちよさそうな寝具が揃っていたのでー。あと、この部屋いい香りがします」

「布団は羽毛を集めて作ってみたものだね。現実だと高級で手が出ない物って、つい作りたくなってさ。香りの元はこれかな? ハーブと配合させたアデニウム」

「すぴー……」

「訊いたのはそっちだろう!? 起きろぉ!」

「くんくん……うへへ……」

「やめてくれ!? そこで寝たことなんて数えるほどだけど、やめて!」


 布団に匂いなんて付いてないだろうけど、恥ずかしいことに変わりはない。

 明らかに俺にじゃれつくのが目的のシエスタちゃんをベッドから引き剝がすまで、そこから10分近い時間を要した。




 個室を出ると、いつもの集合場所である談話室へと向かう。

 シエスタちゃんは俺の服の裾を思い切り掴み、引き摺られるようにして歩いている。

 神官服が伸びる! いや、ゲームだから伸びないのか? どうなんだ?


「他の二人は?」

「もう来てますよ。というか、渡り鳥の中でも多分先輩が最後です。私は妹さんが来た直後にこっそり移動してきました」

「マジでか。キッチンの掃除を始めたら止まらなくなってな」

「ウチのお母さんみたいなこと言ってますね、先輩……」


 排水溝のヌメリに始まり、壁の油汚れ、換気扇のフィルター、魚焼きグリルの汚れ……。

 最初は排水溝だけのつもりだったのに、つい細かい部分まで全て掃除してしまった。

 重曹大活躍。


「それにしても、先輩の個室は快適でしたねー。実際のお部屋もあんな感じなので?」

「さすがに羽毛布団ではないけど。掃除はマメにしているし、物はそんなに無いから雰囲気はそれほど変わらないかな」


 もっとも片付けやすさに関しては段違いだけど。

 ゲーム内は汚れないし、アイテムボックスに物が大量に入るしな。

 ちなみに個室は機能的にはアイテムボックスがあるだけなので、役割的には住んでいる雰囲気を出すためだけの物と言っていい。

 RPGにはこういった、ゲームを進める上では特に意味を持っていない物も大事だと思う。


「はー、いいですね。私、先輩の家に住みたいです」

「……それは、何もしなくても世話をしてくれそうだから?」

「ですです。お料理上手だし、私の部屋も掃除してくれそうだしー。あと、朝もお母さんと違って優しく起こしてくれそうだし。妹さん、私と立場を変わってくれませんかね? チェーンジ」

「ひっでえ理由だなあ。試しにリィズに言ってみ? 怒ると思うよ」

「でしょうねぇ。やめておくことにします、今は」


 何その思わせぶりな発言。すっげえ不安……。




 談話室に入ると、シエスタちゃんの言葉通りに六人のメンバーが揃っていた。

 今夜は幸いにも、全員用事が無いとのことですんなりと集合。

 これなら一斉に移動を開始することが可能だ。

 ただし、明日以降はこう上手くいくとは限らないので今夜中に目的地に可能な限り近付いておくのが望ましい。


「来たか、ハインド! 時間が無い、早く出発しよう!」


 落ち着かない様子で足を揺すっているユーミルの隣の椅子に座ると、第一声がこれだった。

 砂漠に来た際の時間の掛かり方を考えると、焦る気持ちは良く分かる。

 リィズは俺とシエスタちゃんが一緒に入ってきたことに首を傾げたようだったが、シエスタちゃんは機先を制して「フラフラしていたら偶然そこで会いましてー」とリィズに向かって平然と言ってのけた。うん、ノーコメントで。


「おう。ヒナ鳥ちゃん達は、俺達と一緒に行くってことで良いのかな?」

「はい! そのままレイド戦もお手伝いできたら良いなって思ってます!」

「うみゅ。寄生させていただきまーす」

「ちょっと、シー! あの、精一杯頑張りますので……」

「はいよ。一緒に頑張ろう」


 もう三人のやり取りにも慣れたものだ。

 ユーミルに農業地の収穫は済ませたかと聞くと、俺が遅れている間に既に済んでいるとのこと。

 薬草系の低レアリティ作物は現実時間で大体24時間あれば収穫することが可能だ。

 ただし、収穫可能状態で更に24時間放置すると作物は枯れる。

 しばらくここには戻ってこれないので、収穫を終えて何も植えていない状態にしておけばOKだ。

 更に回復薬を各自多めに持ち、他に準備として必要なものは一つ。


「で、行く前に一個相談」

「なんでござるか?」

「村や町なんかの場所を跨ぐと、銀行が別扱いで金を引き出せなくなるのはみんな知ってるよな?」

「……お、おお、そうだな! 何故かというと、ええと、その、あれだ……」

「ユーミルさん、知ったかぶりは止めてくださいよ……。馬鹿みたいですよ?」

「ぐはっ!?」

「確かこのゲームでは、銀行はそれぞれ別の店の営業なのでしたよね? 何故か横の繋がりが皆無だと」

「そうそう。で、釣竿代に船のレンタル代、回復薬の補充資金は最低限持っていかないとならない。だから今の内に持ち出す金額について相談が必要なんだが……」


 このゲーム、ホームを構えた地域で行われるイベントには若干のアドバンテージがある。

 前回は女王の性格を知りやすいという点で俺達が有利だったし、今回はマール共和国のプレイヤーに有利な点がいくつか。

 銀行に関してもその一つである。


「それとどの位の額の資金を持っていくかの他にも、分散させるか一元化するかも問題になる。今回のイベントを狙って、PKが横行すると俺は読んでいるんだけど」


 デスペナルティとして所持金の半減というものがあるが、モンスターに負けた場合に何処かに消え去るそれは、PKの場合は所持金の半額を倒した側がそのまま奪うことが可能なのだ。

 装備品の奪取こそ低確率だが、所持金はそうではなく確定だ。

 山賊・強盗行為をするには、大金を持ったままのプレイヤーが増えるだろう今回のイベントは狙い目であると言える。

 そういったロールプレイをしているプレイヤーも、多数派でこそないが確実に存在している。


「ああ、在りそうでござるな! ここの運営、PKをやるようなプレイヤーにも楽しむ機会を与えるつもりなのでござろうなぁ……その姿勢、嫌いではないが」

「先輩方の推論が正解なら、銀行が不便なのも元々そのためなのでしょうか? 以前から妙だとは思っていましたけど」


 この仕様だと、必然的にフィールド移動中のプレイヤーがお金を持っている率は上がるからな。

 ちなみにレベルキャップ開放の度にPK不可エリアは少しずつ広がっているから、初心者狩りの心配は少ないのだが。

 最近になってレベル20以下のプレイヤーは全て、PK不可の仕様になったばかりだし。

 他にも最近はPKへの懸賞金制度が適用されたり、それを狙ったPKKのギルドが発足したりと帝国領内は中々に楽しい状況になっているらしい。

 ほとんどが掲示板で得た情報だが。

 サイネリアちゃんの意見に、隣に座るリコリスちゃんが手を合わせて感嘆の声を上げた。


「おおー、サイちゃん賢い! 私は何でかなー、変だなーとしか思わなかったよ」

「リコはもうちょっと頭を使おっかー」

「シーちゃん酷いっ!」


 酷いと言いつつも、リコリスちゃんはそれほど気にした様子もなく元気である。

 ううむ、無垢な笑顔が眩しい……。

 セレーネさんは三人の様子にクスッと笑うと、少し考えるように視線を動かしながら言葉を紡ぐ。


「確かに、移動の際には全員がそれぞれ資金を持っていた方がリスクは分散できるね。蘇生が間に合わなくても、一人分の資金の損失なら少額で済むから。でも、いざ全滅間際となったらお金を管理している一人だけ逃がすという手もあるか……どっちがいいかな?」

「ならば私は、ハインドに全て預けておくことにしよう。いざとなったら、あの一度は言ってみたかったセリフも言えることだしな!」

「何だよ、言ってみたかったセリフって?」


 ユーミルはうむ、と一つ頷いて椅子から立ち上がった。

 俺達は嫌な予感しかしなかったが、ユーミルシンパであるリコリスちゃんだけは目をキラキラ輝かせて待ち構えている。


「ここは私に任せて先に行け! なに、すぐに片付けて追いつい――」

「死亡フラグだ!?」

「ユーミルさんはすぐに死ぬので、何も間違ってはいませんけどね」

「にしても、もうちょいマシなセリフは無かったのでござるか……? そのセリフだと大抵は相打ちか負けでござるよ?」

「ユーミル先輩、カッコイイ……!」

「「「え!?」」」


 そうだろう! と高らかに笑うユーミルとカッコイイです! を連呼するリコリスちゃん。

 確かに、状況を選べば格好良い台詞ではあるんだけど……今のは別に格好良くなかっただろ?

 二人のやり取りに、俺達はただただ首を捻るのみだった。

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