二日目の趨勢 その2
「この国には、船頭多くして船山に登る――という言葉があるそうですね?」
いきなりご挨拶である。
そんな言葉を俺にぶつけてきたのは、先ほど合流したヘルシャ。
今日も元気に金の縦ロールがびよんびよんしている。
「築室道謀なんて四字熟語もあるな……けど、ここでそれを言うか? それも大グループの跡取りが」
「頭がみっつ……ケルベロス! ケルベロスでござるな! そして多頭の怪物といえば、頭同士で喧嘩をしたり、怪我した頭を切り捨てたりする描写があるでござる! つまり、ハインド殿はケルベロスの真ん中の頭で――」
「トビさん。今はいいですから、そういうの」
「スピーナさんと似たようなことを言うな。打ち合わせでもしてあんのか?」
場所は闘技場内の酒場。
闘技場内で落ち着いて話をできる場所は限られている。
メンバーが増えるということもあり、試合開始時間より少し早めのログインである。
そこでスピーナさんにも話した内容を披露したところ、ヘルシャからこの返し。
グループ企業なんて、それこそジャンルごとにトップがいるようなものじゃないか?
……頭を三つ、と表現した部分はそのまま伝えないほうがよかったかもしれない。
トビもうるさいし。
リィズがうんざりしたような顔で押し留めてくれている。
「冗談ですわ、地獄の番犬さん」
「誰が三つ首だ。どう見ても一個しかついてねえだろうが」
「つまりは、役割分担ということでしょう?」
わかっているなら、弄りは程々にしてほしい。妙に上機嫌だな、ヘルシャ。
こっちは自分のアイディアが受け入れられるかどうかでドキドキしているというのに。
他の面々の顔を見回しても、感触は悪くなさそうなので……話を続ける。
「これまでなんとなく俺が色々やってきたけど。別に一番頭がいいわけでも、機転が利くわけでもないからさ。せっかく自分より能力が高い人がいるんだし、配置を考え直したい。ヘルシャたちも合流したから、いい機会だ」
人選、作戦立案、現場指揮とやることが多すぎたからな。
それに頭脳ならリィズだし、機転ならシエスタちゃんのほうが利く。
人を見る目ならヘルシャで、教養ならカームさんがすごい。
俺は事前準備のよさでそれらの不足を補っている感じだ。
そして、そんな自分に最も近いタイプはサイネリアちゃんな気がしている。
「それ以外の部分で秀でているからこそ、任されていたのだと思いますけれど……」
能力の至らなさは認めつつも、ヘルシャはどこか不満そう。
これについては他の面々も同様で、自分を卑下するような言葉が気に入らないらしい。
とはいえ事実しか述べていないし、今は試合に向けて、先に詰めておきたい話が優先だ。
言いたいことはあるだろうが、いったん流して――。
「……」
「……フィリアちゃん?」
「……」
「……ふぃふぃあひゃん!?」
無言で目の前まできたフィリアちゃんに両頬を掴まれ、いい感じに伸ばされた。
それを機に、なにか言いたげだったメンバーたちが「うんうん」とうなずいて納得したような雰囲気を出す。
ど、どういうこと……!?
「ふふ。ま、いいでしょう。わたくしは皆の調子を見ながら、メンバーを選定すればよいのですね?」
「あ、ああ。ヘルシャ、人を見る目には自信あるんだろう?」
煽るような言い方なのは、そうしたほうがヘルシャのやる気が出るからだ。
このお嬢様は、常になにかに挑みかかる状況を求めている。
「承りましたわ。わたくしがこのグループを勝利に導きます!」
案の定、簡単に乗せられるヘルシャなのだった。
それ見たカームさんがなにか言いたそう。言わないけど。
さっきから発言していない人たちが、みんな似たような表情してんな。
「そして私が大枠の作戦立案ですか。ちなみに私は、ハインドさんとだったら体を共有してもいいですし、私がハインドさんの体にくっついてもOKです」
「り、リィズちゃん、なんか発言内容が猟奇的……」
「OK……なんですか?」
頭のひとつめが自分、ふたつめがヘルシャなら、みっつめはリィズだ。
このグループを主に三つの頭脳で機能させる。
リィズの発言にセレーネさんとサイネリアちゃんが引いているが、あくまで比喩表現である。
実際に誰かの頭を三つに増やすわけではない。ケルベロスではない。
上手く連動するかは未知数だが、現状よりも、きっとよくなると信じたい。
「……ハインドさん。分析班をそのままスライドさせても?」
「別に大丈夫だぞ」
「では、セッちゃん、サイネリアさん、私の三名による合議制で。責任は私が持ちますが」
でも、別に補助があってもいいよね! と。
そういう柔軟さが足りないから、気づかないうちに追い込まれるのだ。
やはりリィズは賢いな、俺よりもずっと。
そんなわけで、それぞれに最終決定権を付与しつつも柔軟に。
可能なら全員で考えたっていいのだ。
混乱さえ起きなければ。
「俺は戦闘指揮に集中する。ほかのメンバーは……」
「私はお昼寝担当ー」
「私は応援担当だな!」
「……いつも通りで」
そうそう、このくらいのマイペースさが必要だ。
謎の役職を自認するシエスタちゃんとユーミルを眺めつつ、ミニ木樽のカップを傾ける。
中身はオレンジジュース。爽やかな香りと酸味が喉を抜けていく。
無駄に集中していた権限を分割したので、なんだか身軽になった気がしたのだった。
そんな状態で、余った時間で観戦に臨むと、景色が違って見えてくる。
次の試合のメンバーはどうするか? 戦略は? などと考え続けていたせいだろう。
他のグループの様子――とりわけ、舞台脇にいる控え選手たちを観察する余裕が出てきた。
そして驚愕。
「座って見ているだけ……だと……!?」
まず、基本は談笑。
そして偶に味方に対し野次を飛ばす程度だろうか?
実に和やかなものである。
そんなグループが、それも多数派だった。
まだまだトーナメント下部ということもあるのかもしれないが。
「ハインド殿みたいに、ゲームまできっちりしているほうが少数派でござるよ」
「いやいやいやいや」
と、トビの発言に激しく首を振ってはみたものの。
どんなゲームでも、最も人口比率が高いのはエンジョイ勢だ。
ガチガチに攻略する層は、どんなに多くても一割から二割程度と聞く。
「……なんか、今までの自分の行いが恥ずかしくなってきた」
「スポーツ系の熱血コーチもかくや、という指示を飛ばしていた試合もあったでござるなぁ……」
控えの時でも舞台ギリギリまで近づいて、声を張り上げていた自分の姿は……。
一体、他のプレイヤーの目にどう映っていたのか。
「一生懸命やることのなにが悪い! 恥じ入るな! 誇れ!」
「そうですわ! 外野にどう見られようと気にしたら負けですわ!」
息ぴったりに主張してくるユーミルとヘルシャ。
励ましというよりは、退路を塞がれているような気がしてくる。
これで声を張った指示出しをやめたら、それはそれで色々言われるんだろうな……。
「戦術もフリーダムだ……」
「無為無策でござるな。この試合、ランカー絡んでいないでござるし。普通のプレイヤーってあんなもんでござるよ?」
意図というか、意志というか。
動きに明確な思考が伴っていない感じだ。
なんとなく攻撃して、なんとなく防御して、あまり意味のない移動をして。
眼下の戦いは3対3なのだが、両チームとも連動して動けていない。
特に後衛の防御がひどく疎かだ。
後衛自体の位置取りも悪いので、エース格のアタッカーが機能すれば簡単に倒せそう。
もちろん、それでも試合は成立しているが。
両チームのレベルが近いのもあるかもしれない。低いレベルで拮抗している。
「しかし、TBで最大手の攻略サイトって、有志のやつだろう? ああいうしっかりした情報を編集している人たちだって大勢いるんだから、俺が少数派とは限らないんじゃ?」
自分がマイノリティに属するのがなんとなく嫌で、トビに続けて言葉を投げかける。
TBの攻略サイトは複数あるのだが、現在閲覧数最多のところは編集フリー。
つまり、誰でも――というと少々語弊はあるのだが、一般プレイヤーたちが作り上げているサイトに人気が集中している。
企業が営利目的で運営しているサイトは、あまり軌道に乗っていないという現状。
そういった攻略サイトに情報を上げている人たちはきっちりしている、とは言えないだろうか?
きっと、トーナメントにも少なくない人数が参加しているはずなのだが。
「もちろんデータ屋、解析屋みたいなのはどのゲームにもいるでござるが。不思議と、そういうプレイヤーってトップ帯にはいないのでござるよ」
……ちょっとわかるかも。
もし俺がソロでこのゲームを楽しんでいたとしたら、イベント参加率は今よりずっと少なくて。
新要素や新情報を個人的に検証、サイトに上げて反応を楽しむ――という遊び方をしていたかもしれない。
当然そういうプレイスタイルなら、今のようにトップ層の戦いについていけていないだろう。
攻略情報を上げた段階で、一種の達成感があるし。
開発に携わったわけでもない一般人が、ゲームのマスクデータなどを検証するというのは、時間がかかるものだ。
「よく知らんが、そいつら実践の時間が足りないのではないか?」
「おおっ!?」
横から入ってきたユーミルの言葉に、トビが驚きの声を上げる。
俺も内心、驚いている。
他の面々も同様だ。
「……なんなのだ、その失礼な反応は?」
固まった空気にユーミルは不満そう。
よく真逆な性質を持つ人たちの行動を、一言で当てたな?
……真逆だからこそか?
ユーミルだったら、まず行動。
それが及ぼした過程や結果は、経験則やら勘といった脳の曖昧な分野に収納されているはず。
「……」
「なんなのだ、本当に! 怒らないから言ってみろ!」
データ屋は言ってみれば、それらを数値化・言語化する人たちのことだ。
当然、手間の分だけ実働時間は減ることになる。
だから最も強くなるのは、データは見るが自分でデータの分析・解析まではしないプレイヤーということになるか。
もちろんデータが正しいものである、という前提がありはするが。
浮いた時間はゲームプレイに叩き込む。
そうすると、自然と強いプレイヤーができあがるといった具合だ。
「単細胞のユーミル殿らしくない芯を食った考察に、拙者驚き!」
「……お前。言葉をオブラートに包むということができんのか?」
怒らないと言った手前、トビの発言に青筋を立てながら耐えるユーミル。
隣に座っているから表情がよく見える。
そして食い込んでいる。なぜか掴まれている俺の太ももに爪がめっちゃ食い込んでくる。
……俺たちのグループは思考先行のメンバーが多いので、ユーミルのようなタイプは貴重である。
総合的に見るとバランスがいい――と、なっているといいなぁ。
ところでユーミルさん。
そろそろ手の力を緩めてくれませんかね……?




