初日の攻防 その10
「……長い試合だな」
そうユーミルがつぶやくのを背に聞きながら、まだ立っている敵を見据える。
確かに長い試合だ。
以前も触れた通り、予選の成績上位者同士は序盤で戦わないような振り分けになっている。
絶対ではないが。
基本は「予選上位者」対「予選下位者」になるので、トーナメント序盤は拮抗せずに終わる試合が多い。
そんな状況だからか、目立つこの試合には段々と観客が集まってきている。
開始時にあった空席も埋まり、いつの間にか満員に。
「まだ立つのか……?」
スピーナさんが倒れない。
正確には、二度ほど戦闘不能になっている。
しかしながら、どういうわけか立ち上がるのだ。
HPが尽きたはずなのに、起き上がってくる。
彼を二度ダウンさせたフィリアちゃんは、もう肩で息をしている。疲労困憊だ。
目つきからして闘志は衰えていないようだが、明らかにしんどそう。
「お、親分……いつもすまねえ……」
向こうは今、マツカナくんがリィズの攻撃によって倒れた。
撃破スキルは『シャドウブレイド』、暗色の剣が突き刺さっての戦闘不能。
つくづく女の子にやられる子である。
そして彼が、スピーナさんを除くカクタケアチーム最後のひとりだった。
「そいつぁ言わねえ約束じゃん、まっつぁん」
慣れている。
スピーナさんは最後にひとり残されてしまう状況に慣れている。
彼の後衛に対する守りが悪いわけではない。
俺がチーム組みをお願いした際に断った理由……。
徒手空拳によるリーチのなさと、耐久重視なスキル構成が悪さをしている。
それを埋める役がマツカナくんなのだろうが、まだ成長途上といったところか。
ウチのリコリスちゃんみたいな感じ。
「ハインド殿! ハインド殿! あれは一体どういう絡繰りで!? まさか七転び八起き、なんてことはないでござろうが!」
度重なるスピーナさんの復活に狼狽するトビ。
もちろん俺も似た心境ではあるのだが。
「さっきから攻撃・防御問わずスキルを使っていないからな。MPを大量に突っ込んで、自動で復活できるようになるスキル……だと思う」
スキルの全容はつかみようもないが、当たらずとも遠からずのはず。
そんな推測に対し、なんと当のスピーナさんが拍手を送ってくる。
「さっすがハインド。大体正解」
ひとりになったというのに、まだまだ余裕がありそうだ。
しかもなにやら語りだしそうな雰囲気。試合中なのに。
「こいつも継承スキルでな。ゲットするまでに色々……そらもう色々あったわけなんだが。聞くか?」
「聞かない」
ばっさり。
切り捨てる言葉と斬り捨てる動きで、フィリアちゃんが一刀……一斧? 両断する。
「まあまあ、聞きなよ」
「!!」
横薙ぎの一撃を足の甲で受けた。
すね当てというか足甲が入っているのはわかるが、無駄にテクニカルな防御法だ。
フィリアちゃんを止めるためにあえてそうしたのだと思われるが。
そうまでして話を聞いてほしいのか……? 繰り返すが、試合中なんだけど。
「あれは俺たちが、日課の女王様ウォッチングをしていたときのことよ」
「もう一言目からおかしいのでござるが……?」
ストーキングが日課の時点でおかしい。
おかしいが、ほぼ同じことを魔王ちゃんにしているトビが言うな。
同類だろうが。
「知っての通り、女王様は強く、気高く、美しく。清く、正しく、そして見下ろしてくる視線がたまらない、でも足元見えてるの? っていうレベルのバインバインなお方であらせられる」
「ちょっと!? 小さい子もいるんですよ!」
ついでに小さい子も観戦している可能性がある試合だ。
この声量の会話が観戦映像、それからリプレイに乗っているかは微妙なところだが。
品のない話は慎んだほうがいい。
「小さい子……?」
「ハインドさん……?」
「違う!」
なんでリィズもフィリアちゃんも自分の体型を気にしながら言うんだ!
純粋に年齢的な意味だよ!
「そんな女王様はよく地方視察に向かう。主には行政監察なわけだが、偶に魔物討伐もする」
動じないな、この人……。
自分の喋りたいこと最優先か。
もういい、攻撃! 攻撃だ!
倒して黙らせる!
「するんだが、びびった魔物が出てこないパターンも割とあってな?」
俺がさっと手を振ると、リィズが攻撃魔法の詠唱を。
トビが走り、フィリアちゃんが浅い呼吸を整えながら続いていく。
同時に俺も短い詠唱を開始。
「女王様が取りこぼした魔物を、俺らでこっそり倒したりしているわけだ。ここまではいいな?」
くらえっ『シャイニング』!
――って、首を振っただけで躱した!?
しかしながら、攻撃の呼び水としては充分。
その一瞬の動作でトビが至近距離まで迫っている。
「そんでよ。出ちゃったわけよ――いでででで!」
「なにが……で、ござるかぁ!」
どれだけ個の力が強くても、この人数差。
トビが低火力ながら鬱陶しく視界を遮りまくり、フィリアちゃんがその横から斬る、殴る、突っつく。
スピーナさんがトビから潰そうと反撃するも、『ホーリーウォール』と『空蝉の術』の二枚壁がダメージを許さない。
トビ自身も二回以上の攻撃を受けないよう注意を払い立ち回っている。
こうなるともう、状況的にこちら側は崩れようがない。
「継承スキルをくれる魔物――ぼふっ!?」
そしてリィズの詠唱が終わり、『ダークネスボール』で動きが鈍化。
更にフィリアちゃんの斧が腹部に突き刺さった。
三度目の戦闘不能。
さすがにこれは……。
「やった!?」
「やったか!?」
「おいそこ! 外からフラグを立てるな! でござるよ!」
騎士コンビの声は舞台外からでもよく通る。
そしてトビの声はシンプルにうるさい。
なんで俺の真横まで下がってきてから叫んでんだ。
……そんな周囲の声に応えるかのように、試合終了のブザーは鳴らない。
更には四度スピーナさんが立ち上がる。
「立ったぁ!?」
「しつっこいでござるよぉぉぉ! もおぉぉぉぉ!」
この人も蘇生直後からふらつかない。
それどころか「今なにかありました?」とでも言わんばかりの表情。
「それでっ! どんな魔物だったのでござるかっ!」
話を聞き終えれば倒せるようになる! かも! というトビのやけくそ気味な言葉。
実際にはそんなわけないのだが、あまりに多い復活回数だ。
そう思いたくなる気持ちもわかる。
それと、こんな状況でなければ普通に興味深い話だ。
継承スキルをくれる魔物の存在――なんて話題は。
「……その魔物はだな。高い知能を有し、人語を解し、絶対に勝てない女王様からは逃げる!」
「最後の一言で急にショボく感じるのでござるが」
「説得・戦闘・交渉を経て、俺にスキルをくれたそいつの姿は……これだぁ!」
叫んだ直後だった。
呼応するように地が赤く染まると、爆風と共にスピーナさんの背に炎を帯びた鳥が出現。
そして吸い込まれるように彼の身体の中へと消えていく。
「フェニックスだ! 鳥には鳥で対抗ってなぁ!」
他のゲームでいう召喚魔法みたいだ。
それとも憑依か? ともかく、不死鳥の力が身に宿るといった雰囲気のスキル。
こいつのせいで何度も復活していたのか……。
その間、MPを大量に吸われるなりして、他のスキルを使用不可という制約があるようだったが。
1対1などで使わなかったのは――最大MP、もしくはそれ以上を注ぎこむ必要がある。
そういうことなら納得がいく。
少数戦はMPが最大まで溜まる前に終わることが多い。
更にはレブチアさんが倒れる前に『エントラスト』でMPを譲渡していたので、俺の想像以上に発動が大変なスキルなのかもしれない。
「フェニックスなスピーナ殿……つまりは」
「フェニックスピーナさん」
「それだっ! ハインド殿!」
「繋げて呼ぶんじゃねえ!」
言うや否や、炎を飛ばしながらこちらを指差すスピーナさん。
また変な異名というか二つ名が付きそうな雰囲気だ。
全身から火が噴き上がり、元から逆立ち気味の短髪が炎と一体化しているかのよう。
「と、とにかくだ! こいつぁ使用者が四度の復活を遂げることで、ステータスが一気に……」
スピーナさんが駆けた。先程までより速い!
フィリアちゃんを蹴り飛ばす。
トビを殴り飛ばす。
そしてリィズと俺にまで、その場から炎を飛ばして攻撃してくる。
「急上昇するっ!」
叫ぶと同時、今度は炎が舞台いっぱいに広がった。
全員がやけど状態になり、スリップダメージが入り始める。
強っ!? 強いな、このスキル! どんな性能だよ!
「さあさあ! 早く俺を倒さないと丸焼けになるぞ!」
それからおよそ一分。
まもなく試合が終わるというところまで時間が経過。
今、舞台上に立っているのは……。
「っ、ははは……」
散々大暴れをしたあとで、力なく笑うスピーナさん。
もう炎は収まり、身体中から煙が上がっている。
そんな彼を俺は、舞台上に伏した状態で見上げている。
「……ハインド……無事……?」
燃える拳と蹴りを受け続け、それでも耐え抜いたフィリアちゃん。
耐久値ギリギリになった大斧が赤熱化し、キンキンという音を鳴らしている。
「フィリアちゃんのおかげで大丈夫だ……ありがとう」
そして炎から逃げ回り、HPの低いふたり――トビとリィズをスリップダメージから助けられず、それでも生き残った自分。
幸いだったのは、あのスキルのエリア効果がスリップダメージだったこと。
やけど、毒といった状態異常系のスリップダメージは詠唱を阻害しない。
もしあれが『グラビティ』のような連続小ダメージだったら、回復できずに負けていた可能性が高い。
体中に付着した煤を払いながら、熱気の残る石畳を踏んで立ち上がる。
残ったフィリアちゃんとふたり、最後まで気を抜かずにスピーナさんと対峙を続けていると……。
「!」
ビーという無機質なブザー音。
試合終了が宣告され、残った人数とHPが多いこちらの勝ちがシステムメッセージで宣告される。
観衆は――長い試合だったが、スピーナさんのびっくりスキルのおかげだろうか。
大盛り上がりのまま、最後まで歓声を上げていた。
そして。
「さすが……さすがだよ、お前ら」
やりきった顔で笑いかけてくるスピーナさん。
「俺らは全トーナメントを通じて、あんまいい成績じゃなかったけどよ。最後にお前らとやれてよかったよ」
ボロボロになった体で握手を求めてきたので、もちろん応じる。
しかし差し出された手を握り返すと、その手は先程まで炎を帯びていたとは思えないほど冷たくて。
「またな」
儚げな笑みを浮かべると、スピーナさんの体がさらに変化。
サラサラと灰になって、そのまま風に乗って流れて行ってしまった。
その場に取り残される俺とフィリアちゃん。
静まり返る観客席。一部からでかい笑い声と忍び笑いも聞こえるが。
「いや……え? どういうオチ?」
困惑する俺の背というか腰あたりを、フィリアちゃんがポンポンと叩いた。
よくわからないけど、勝ったからいいじゃない――と。
そんな感じだろうか……?
その後。
「よう! こっからはサーラ軍団全員、観客席で応援すっからな!」
当たり前だが、普通にスピーナさんは無事な姿で元気に登場した。
なんだったんだよ、あの無駄にドラマチックな退場の仕方は!




