初日の攻防 その2
俺たちは一応、TBというゲームにおいてランカーということになっている。
しかしランカーだからといって非ランカーのプレイヤーに一切負けないとか、ランク下相手の全てに常勝無敗だとか、そういうことはない。
また、好不調の波というのは不思議なもので、一戦ごとに別人のように変わる者もいる。
「朝は人間。昼はナメクジ。夜は鬼神で、最後は蟻んこ。これなーんだ?」
「はっはっは! そんな珍妙な生物、いるわけがないだろう!」
今、俺たちは闘技場内の酒場にいる。
長めの休憩時間で、ゲーム内に残っているのは三人だけ。
俺とユーミル、それから。
「ゆ、ユーミル……殿……」
「トビ、正解!」
「なん……だと……!?」
テーブルに突っ伏しているトビの三人だ。
鳥同盟の中では、同学年組にあたる三人。
今日のユーミルは四戦中三戦が並か、それ以下の出来だった。
「私は化け物だった……?」
「ある意味、化け物みてーな安定感のなさだな」
一戦だけ、動きがキレキレ。
初見の技を見切り、味方を助け、敵を圧倒。
全ての敵をひとりで撃破し、回復なしで制圧。
そういう試合があった。
3対3で、後衛は俺とシエスタちゃんという取り合わせだった。
バフを二、三度ユーミルに投げたら終わっていた――そんな試合。
「前はここまでひどくなかったじゃん。どうなってんの? これ」
「私にもわからん」
反面、他の試合はまるで褒めるところがなし。
それこそナメクジが地を這うような戦績を残し、蟻のように踏み潰されたという。
前者は攻撃を外しまくり、後者は重戦士のチャージ系スキルに轢かれまくったという試合だ。
合計で四度も戦闘不能にならないでほしい。
そして攻撃を外しまくったほうの試合は負けている。
完膚なきまでに負けている。
他の試合でカバーできたからいいが、もし高ランク帯の相手だったらと思うと……。
ユーミルはリーダーなので、負けはグループ全体の士気にも影響する。
「ほら見ろ。トビが泣いているぞ」
ユーミルがトビに視線を向ける。
トビは声を上げずに滂沱の涙を流していた。
すすっと距離を取るユーミル。
……こいつ、グループ戦が始まってからずっと情緒不安定なんだよな。
「お願いですから、強さを安定させてください……! そしたら拙者の精神も安定するんで……!」
さすがのユーミルも、あまりの狂態に黙ってうなずきを返す。
ちなみにトビの戦闘内容は――これが意外なことに、いつも通り。
こんな状態だが、いつも通り。
様々なゲームでオンライン・オフライン問わず対戦に参加し、一部ゲームでは優勝経験などもあるらしく……。
緊張や不安定さとは無縁のようだ。踏んだ場数が違うし、場慣れしている。
「……おかしい。ここは久々にみんなが揃って、快進撃! という感じではないのか?」
自分のことを省み、出てきたユーミルの言葉がこれだった。
気にするところがそこなのか……?
「快進撃を妨げているのは、主にお前なわけだが」
「これ、オンゲなんでね……もちろん停滞する人もいるでござるが、周囲も進化するので……」
「む」
少し元気が出てきたトビが、酒――ではなく、ミルクをあおって所見を述べる。
それについてはもっともなので否定せず、続けてユーミルが気にしたのは……。
「進化といえば、敵の継承スキル! 全然対応できないのだが!?」
「あー」
対戦相手が放ってくる継承スキルについてだ。
それについてはユーミルを責めることはできない。
一応、多くのプレイヤーが使用している人気の継承スキルについては押さえてあるが。
とにかく継承スキルは種類が、そして数が多い。
一体どれだけの量を一度に実装したのか、というレベルである。
全ての技を把握するのは現状、不可能だろう。
「そういや、やたらユーミル殿が的にされていたでござるな」
トビが対戦中の様子を思い出すような顔をする。
特にエンジョイ系・カジュアル系プレイヤーに顕著なのだが、勝敗度外視でユーミルに継承スキルを使ってきていた。
「単純に好かれているからな。それに反応も素直でオーバーなんで、披露し甲斐がある」
「待て! 前半はいいとして、後半はなんだ!」
その通りなのだから仕方ない。
それが嫌なら一々叫んだり、大袈裟に逃げ回ったり、驚いたりしないことだ。
……今、クールに敵を倒すユーミルを想像してみたのだが。
強気なところや格好をつけたがるところは変わらなかったとして、こんな感じか?
『うろたえるな、ハインド。私がついている』
『甘いな。そんな技で動揺は誘えんぞ!』
誰だこいつ。
俺の認識力では、それを同一人物と捉えることはできなかった。
騒がしくないユーミルはユーミルではない。
特に意味のない想像を終えて、現実のユーミルへと向き直る。
「ま、まあ、色々な技を見られるのは悪いことではない! ないよな!? そうだな!?」
「そう自分に言い聞かせるしかないよな」
「くっ! ……それはそれとして、びっくり系と気持ち悪い系は勘弁なのだが!」
びっくり系と気持ち悪い系……。
どれのことだろうか? あれか?
「なんか指から粘液? 飛ばしていた人がいたよな」
爪の間ら辺から、ヘドロみたいなやつをバシュッと。
「毒&麻痺の液らしいでござるよ、あれ」
「そうなのか。強いし実用性抜群じゃないか。気持ち悪いけど」
「気持ち悪いのはダメだろう!!」
武闘家が使っていた技で、毒手という名前らしい。
それって毒に手を浸けて、殴る感じの技じゃなかったっけ?
毒の液を手から飛ばす技ではないような気がしたのだが。
効果はともかく、ビジュアル的に問題ありなのは確かだ。
「でも、使っていたのは美人なお姉さんプレイヤーでござったろう? 大学生だか新社会人くらいの」
「そうだったが、なんか私に向ける笑顔が粘着質だった! 怖かった!」
「変態淑女の類かー」
そういや、ユーミルの剣で殴られているときも笑顔だったような。
……うん、あんまり鮮明に記憶しておかなくていいやつだな、これは。
忘れよう。忘れてしまおう。
「あと、肩を遠隔でポンと叩かれるだけの技! あれ!」
「気持ち悪さの種類が違うけど、そうだな」
そっちはそっちで実用性抜群だ。
弱くないか? と思った人は、なにかに集中しているときに肩を叩かれることを想像してみてほしい。
勉強中、ゲーム中、家事、仕事中、なんでもいい。
背後や側面に気配がなかったはずなのに、肩を叩かれる感触だけが不意にくるわけだ。
気持ち悪いし、気を逸らされるしで、地味な割にかなり強力だ。
ユーミルが攻撃を外しまくり、負けてしまった試合で受けた技がコレ。
「それと臭いやつ、でかい音が出るやつ、そしてまぶしいやつ!」
「最後のは慣れているだろ。俺との模擬戦で」
「なによりも!」
まだあるのかよ……とうんざりしていると、ユーミルが机を叩く。
肘をついていたトビがテーブルと一緒に揺れて、迷惑そうな表情。
「格好いい技が……ひとつもなかった……!」
俺はトビと顔を見合わせる。
そして。
「……拙者は、可愛い系に変身する技がエグいなぁと思ったでござるよ。ゆるキャラみたいになるやつ」
「そうだな。お前が覚えた、対戦相手の姿に化けるやつよりも、ずっとよさそうだった」
系統としては一緒だけれども。
姿で幻惑する系。
ただ、以前も触れた通りアバターの周囲に映像が展開されるわけで、自分よりも小さい姿にはなれない。
やってもトビのように、無理に引き伸ばした形の不自然な姿になる。
そういった仕様を踏まえてか、可愛い動物の着ぐるみ姿になる技はエグかった。
使っている人がまた、普段からなんらかの着ぐるみアクター――通称「中の人」でもやっているのか? という巧さだったのが。
強い。あれは強い。
むしろ殴りたくなる、という人もいるかもしれないが。
大抵の人はやりにくいはずだ。俺はやりにくいと思った。
「そ、そ、そんなことないでござろう! あれ、こっそり習得するのに結構苦労したのでござるよ!?」
「苦労したのかよ。活かすの難しすぎるだろう、あの技」
「なあ! なんでスルーなのだ!? 大事だろう、技の見栄えというか格好よさは!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、休憩時間が過ぎていく。
オフラインで休んだ場合と、どちらがよかったかは不明だが……。
トビの平常心、そしてユーミルの落ち着きを取り戻すきっかけになれば幸いである。




