本戦5対5決闘 その7
「おりゃおりゃおりゃおりゃあ!」
ぐりぐりぐりぐり、と剣先で脇腹の傷を抉るように動かすローゼ。
不意を突かれたこともあり、想像以上に深く剣先が入ってしまったようだ。
というか、剣自体が巨大化しているので、そんなに抉らなくても最初から大穴が開いている。
「うわぁ……」
可動域確保のために開けられた鎧の隙間に、でかくなった剣先ががっちりと侵入。
こちらとしては超幸運、敵からしたら大事故だ。
もちろん、シャムスとて振りほどこうと剣を叩いたり払おうとしたりと暴れている。
だがローゼは執念深く踏み込み、時には合わせて動きを緩め、埋めた剣先を引き抜かせようとはしない。
「ぐぅおおおおおおああああっ!!」
重戦士の防御力に対しての物理攻撃なので、見た目ほどのダメージは入っていないが。
巨大な剣で脇腹を抉られ続けるという精神ダメージは計り知れない。
「ジャッジメーント!」
と、ここでローゼが叫ぶ。
効果時間切れぴったり、『強欲な剣』の効果が消失してシャムスがたたらを踏む。
同時に、叫んだとおりにローゼが『ジャッジメントソード』で剣を光らせて一気に肉薄。
カバーに入ろうとする武闘家ソレイユにはリヒトが高速ですっ飛んで行き、俺は弓術士フエゴに『シャイニング』で牽制。
神官ルアが野放しだが、おそらく取るのはシャムスへの回復行動だろう。
しかし、軽い回復程度ではもう遅い。
「有罪! 騒音罪と彼氏侮辱罪で処刑!」
ローゼの剣が閃いた。
シャムスが倒れ伏し、ルアの回復が空撃ちとなる。
――一拍の後、この試合、初となる撃破に会場内が湧きたった。
「やったな、ローゼ!」
「ええ、リヒト! ハインド、ナイスアシスト!」
ナイスアシスト、か……。
支援職にとっては最高の褒め言葉だな。
こちらにサムズアップしてくるローゼに、同じように返そうとして――抜け目なく飛んでくる矢を避ける。
いや、避けきれなかった。スキル未使用としては中々のダメージ。
喜んでいる場合じゃないか、まだ試合は続いている。
「このまま勝つわよ!」
シャムスを倒して波に乗るローゼが、力強く宣言した。
「――とまあ、ここまではよかったんですよ」
準々決勝終了後、俺はホームの鍛冶場にいた。
鍛冶場で話を聞いているのは、もちろん……。
「ど、どうなったの?」
鍛冶を休憩中のセレーネさんである。
付近には完成した装備――は別にしてあるものの。
転がされた失敗作に、どう見ても傑作なのにセレーネさんが満足いかなかったもの、そして作りかけで放棄された装備が散乱と、中々にひどい有様だ。
セレーネさん自身も結構ボロボロだ。髪はぐしゃぐしゃ、煤汚れが至る所に付いている。
新装備の八割方は完成しているものの、残りの二割が難航しているとのこと。
……が、それらはひとまず置くとして。
途中になっていたトーナメントの話を続けることに。
「そのままフエゴを狙って三人で前進! ……したものの」
「うんうん」
「チタンさんとエルデさんが耐えきれなくてですね」
「あっ……」
シャムス撃破後、ルアの蘇生を妨害しつつ。
ソレイユの攻撃を凌ぎつつ。
もう少しで逃げながら矢を撃ってくるフエゴを倒せる、というタイミングのことだった。
――『チタン』 が戦闘不能になりました。
――『エルデ』 が戦闘不能になりました。
そんな血の気の引くようなログが連続で視界下部に表示されたわけである。
しかもここでソラールが巧みだった点として、チタン・エルデともにほぼ同時撃破だったことが挙げられる。
『バーストエッジ』の範囲調整をして吹き飛ばしたらしかった。
ハンマーなのにエッジとはこれいかに、ではあるのだが。
バーストブロウとかバーストストライクって感じだ、ハンマーなら。
「彼らのせいじゃないんですよ? むしろ想定以上に守って、回復して、耐えて堪えて我慢して頑張ってくれていたんですけど」
「うん」
前にも触れたが、チタンさんもエルデさんもランカーではない。
いかに1対2とはいえ、実力差は圧倒的。
チタンさんが一方的に攻撃を受け続け、それでもエルデさんを庇い、エルデさんも必死に逃げながら回復を続けた、そんな戦いだったであろうことは想像に難くない。
実際、リプレイを見返してもそうなっていた。
「結局、俺たち――リヒト分隊の撃破が間に合わなかったんですよね。で、後は……わかりますよね?」
「うん……その」
負け試合のリプレイを見返すのは精神的にキツかったが、まあ……そういうことだ。
フエゴは倒せず回復され。
合流したソラールもリヒト・ローゼでは止まらないと、粘ったが長くは持たなかったな……。
ソレイユも尻上がりに調子を上げていったし。
誰かを蘇生してもすぐに倒すんだもの。
そもそも、詠唱の長い蘇生魔法を通すこと自体が大変な苦労だった。
その苦労を秒で無に帰されるこちらの身にもなってほしい。
――もちろん賢いセレーネさんは、皆まで言わずとも察してくれる。
「残念……だったね」
本当に。
チタンさんたちが倒れる前にもうひとり倒せていれば、『花畑』に勝ちの目もあったはずなんだ。
「ですね。即席チームだし、リヒトなんかとはそこまで仲がよかったわけじゃないですけど。負けた瞬間は、思っていた以上に悔しかったです」
実は、まだ5対5トーナメント自体は開催中である。
セレーネさん見守り隊の交替人員がちょうどいなかったので、俺がここに来たという次第だ。
今ごろは決勝が始まっているのではないだろうか……?
ちなみに、リヒトたちは観戦に行くそうだ。
一緒に観ないかと誘われたが、こちらを優先した形。
最後までいいやつらだったなぁ……。
と、そういやセレーネさんと話したいことがあったんだ。
「ところで準決勝、ソラールの武器がハンマーだったんですけど――」
「ハンマー!? って、ウォーハンマーのことだよね!?」
おお、予想以上の食いつき。
気晴らしになればと、この話題を選んだ甲斐があったか。
鍛冶の息抜きに武器の話題はどうなんだ? と思わなくもないが。
「ハンマーはもちろん工具として誕生したものなんだけどね? そう、古くは石器時代から! 石斧と並んでの石槌なんだよ、ハインド君! 石槌! それで、ヨーロッパで金属鍛冶が発展すると……防具の重装化が進んで、斬撃武器の有効性が下がって、代わりに打撃武器の見直しが始まったんだ! もちろんメイスなんかもあるわけだけど、遠心力を活かせば軽量化しても威力を出せるハンマーは最適な武器と言えるよね!」
「セレーネさん」
「ウォーハンマーは対騎兵で歩兵が持つのが主だったんだけど、騎兵が下りた時の補助武器……日本の戦国時代の、刀みたいな役目だね! 槍を失ってから抜く刀! 西洋では槍を失ってから取り出すハンマー! そんな副武器としての役割も任されるようになると、携行しやすいような小型のウォーハンマーも登場したんだよ! 蛇足になるけど、神話の武器なんかで有名なのは、やっぱり北欧神話の雷神トールが持っているミョルニルが一番で――」
「セレーネさん」
「――あっ」
怒涛の勢いに名を呼ぶことしかできないでいると、セレーネさんが気づいて止まってくれる。
……驚くなかれ、これでも短かったほうだ。
すごいときは今の何倍も武器うんちくを話し続けることがある。
しかもあんまり楽しそうに話すものだから、強い口調で止めるのも悪いというか難しいという始末だ。
鎮火したセレーネさんがもじもじと両手の指を合わせる。
「ご、ごめんね? こんな一方的に話しちゃって……」
「いやあ、面白いし知識もつくし、いいことばっかりなんですけどね。今、話したかったのはウォーハンマーの歴史と雑学についてじゃなくてですね」
「はい」
先程も触れた通り、俺は「セレーネさん見守り隊」としてここに来ている。
……「休め休め」攻撃はもうサイネリアちゃんとリィズがしてくれたと思うので、俺は別アプローチだ。
行き詰まっている際の処方箋は、もっとやる、休む、別アプローチを探る、のどれかだと思う。
「ウチって、杖なんかは別として。本格的な打撃武器の使い手が誰もいないなあと思いまして」
「……はっ!?」
故に、故にである。
俺はセレーネさんを唆すような言葉を放った。
「……作ろうか? ユーミルさん用のハンマー」
目論見通り、乗ってきましたねセレーネさん……。
上目遣いで訊いてくる彼女に対し、俺はにやりとした笑みを返す。
「作っちゃいましょう。こんな時ですけど」
まさかの鍛冶の息抜きに鍛冶である。だがこれでいい。セレーネさんと俺はこれでいい。
……一年近くも付き合いがあると、相手のツボというか、喜びそうなことがわかるものだ。
ついでに、作ったハンマーを喜んで使ってくれそうなのはユーミルなのである。
だからユーミルが使うことを想定しつつ……ね?
「ふふっ、ふふふ。ハンマーかぁ。ふふふ」
「へへへ」
お互いちょっと残念な感じの笑みを浮かべながら、俺たちは鍛冶道具を手に取った。
嗚呼、人はなぜ試験勉強前に部屋の掃除を始めてしまうのか。
そして部屋掃除で出てきた漫画を読みふけってしまうのか。
そんな世の不思議を考えながらも、グループ戦ではまず使わないであろう武器を作るため……。
ふたり並んで、炉に火を入れるのだった。




