本戦5対5決闘 その5
気合を入れて試合に臨んだ俺たちだったが……。
対するソール、というかソラールは妙に白けた表情をしていた。
「どうしたんだ、リーダー! いつものように号令をかけてくれ!」
「ソラ……?」
「ソラールさん?」
「……」
試合が始まっているというのに、動かないソラールを心配するソールの幹部たち。
ちなみに相手チームのメンバーは男性3、女性2となっていて、確かソールのギルドメンバーにおける男女比率と同じくらい。
女性のみで構成されるルーナと違い、ソールの入団に縛りはない。
実力を計る試験のようなものすらないそうだ。
だというのに、トップを走るギルドであるということは、偏にソラールの人望に拠るところが大きい――という寸評をどこかの掲示板で見た。
「あいでっ!?」
ソラールに無言で蹴りを入れる背の高い女性幹部。
……あれ、人望は?
人望がある割には、腰の入ったいい蹴りだったように見えたが。
「しゃっきりする。また優勝を逃したいの?」
「す、すまん」
ああいう遠慮のない関係を築けるのも、ある種の人望か。
実際蹴りには効果があったようで、ソラールが武器――柄の長い巨大なウォーハンマーを手に、ゆっくりと歩きだす。
試合は始まっているのだから、こうなる前に仕掛けてしまえばよかったのだが。
お行儀よく様子を見守っていたのが花畑の前衛たちである。
トビやユーミルだったらとっくに攻撃しているぞ。
「……てたい」
ソラールはリヒト、ローゼふたりの前で止まるとなにかをつぶやく。
この男にしては珍しく小さい声だ。
武器を構えつつも、なにを言っているのか気になって耳をすませる。
敵も味方も全員だ。なんだこの時間。
「モデだい! うおおおおっ! 俺も! モテたい! 彼女が欲しいっ!」
と、今度は叫びだした。
その声は心底からの――まさに魂の叫び、絞り出すようなものだった。
「ソラールさん……」
「……馬鹿」
それを受けて呆れ顔のソールチームの面々。
対するこちらは困惑しきりだ。
「覚悟しろ、花畑! 独り身代表として! 俺が……カップルまみれのお前たちを倒す!」
「「「うおおおおおー!!」」」
その宣言に呼応して揺れる会場内。
野太い声がソラールを後押しする。
いきなりアウェーな雰囲気になったな……。
そしてその論法だと、俺は敵じゃないということになってしまうが。
「ハインド殿ぉぉぉ! 自分はカップル出場じゃないから関係ない、みたいな顔をしてるんじゃないでござるよぉぉぉ! この新・ハーレム野郎がぁぁぁ!」
「!?」
観客席からはっきり聞こえるトビの大声に、そうだそうだと地鳴りのような声が追従する。
誰とも付き合っていないとはいえ、割と女性に囲まれているのは事実なので否定できない。
「やっぱりハインドは僕の仲間だったんだね!?」
「そんなわけあるか! 錯乱してんじゃねえよ、リヒト!」
場の空気に呑まれたのかなんなのか、旧ハーレム野郎のリヒトがこちらを妙に嬉しそうな顔で見てくる。
なぁにが「やっぱり」だ!
そんな不名誉な称号を継いだ覚えはねえ!
「やはり……やはり最優先ターゲットはハインド……!」
「おいリヒトふざけんなリヒト! 変なことを言うから矛先がこっちに――」
「ハァインドォォォ!!」
「――ちくしょうがぁぁぁっ!」
「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」
トビの大笑いが聞こえたのを最後に、俺は周囲の声を精細に拾う余裕がなくなった。
通常であれば、無理な突破や強引な追いは戦線の崩壊を招く。
単独での突出は包囲と各個撃破の状況を招きやすいからだ。
ただしそれは迎撃側が十全に防御・足止めできていた場合の話。
「待つんだ、ソラール!」
「どけっ! 俺はハインドに用がある!」
「――うわっ!?」
片手で振ったハンマーで、進路上に立ち塞がるリヒトを盾ごと吹き飛ばし。
「止まりなさいよ! このっ!」
「くっ、ツンツン肉食系彼女……羨ましくなんて……羨ましくなんて……羨ましいぞぉぉぉっ!」
「きゃっ!?」
ローゼの連撃を簡単に避け、同じように剛腕一閃で吹っ飛ばす。
やべえよ、あの人! 知っていたけど!
あと肉食系の用法がなんかおかしい!
「通さん!」
だが、こちらには最後の砦……重量級のチタンさんがいる。
しかも両手に大盾、防御特化の要塞スタイルだ。
いくらゴリラ並の膂力を誇るソラールといえども、簡単に突破できる道理はない。
「やっぱ、おっとり系も……いいよなっ!!」
「!!」
こちらもリヒトと同じように、盾の上からの一撃。
違うのは、チタンさんの体格と盾の大きさもそうだが……ソラール側も、武器を両手に持って全力の大振りだったことだろう。
激しい金属音と衝撃がチタンさんの背後、俺のほうにまで突き抜けてくる。
――直後、チタンさんの分厚い背が傾いだ。
「まずい!」
打撃武器による攻撃を受けた際に一定確率で発生する、特殊スタンだ!
頭部を打たれなければそうそう発生しないはずだが……盾の上から頭部までヒット判定を出したのか!? 度し難いパワーだな!
それにしてもまずい! 本当にまずい!
チタンさんの後ろには、もう俺とエルデさんの後衛ふたりだけ。
あっという間にソラール単独で突破されてしまった。
「ハインドォォォ……!」
「ですよねぇぇぇ!!」
そして狙いは当然、こっちのようだ。
頼みのチタンさんは短時間とはいえ気絶中、リヒトとローゼは相手チームの後続に捉まっている。
試合前にああ言っただけに、精度の高い支援行動に集中したかったのだが――ここは。
「逃げるが勝ちだ!」
「逃がすかぁぁぁ!!」
逃げに専念することに。
が、金属鎧に戦槌という重めの装備とは思えない速度で追ってくるソラール。
ガシャガシャと金属が擦れ合う音、石畳を高速で踏み鳴らす軍靴の音が背後でどんどん大きくなっていく。
いや、怖すぎぃぃぃ!
「ふんっ! ふんっ!」
「ああああああ!!」
情けない悲鳴を上げながら逃げる俺を、誰が責められるだろう。
足元で何度もウォーハンマーと石畳が激しくぶつかる音と、伝わってくる衝撃が肌を粟立たせる。
背を向けているからこそ余計に、視覚以外で得られる情報が恐怖を煽ってくる。
「スタイル抜群な幼馴染に、小さくて可愛い妹に、眼鏡で優しい大学生のお姉さん! その上、先輩と慕ってくれる後輩な女子中学生トリオだとぉぉぉ!!」
「詳しい!? 妙に俺らに詳しいな、ソラールさん!」
「ギィィィィルティィィィィィィアアッ!!」
早口でまくし立ててくるソラールの声に応じながら逃げていると、段々と恐怖が薄れてきた。
多分、その発言内容があまりに俗っぽかったせいだろう。
武舞台の端まで進み、減速しないようターンを決めたところで、ようやく憤怒の表情で迫るソラールの姿を視界に収める。
「なんなんですか! あなたもっと暑苦しさと爽やかさが同居したキャラだったじゃないですか! これじゃあ初大会にいたリア充撲滅委員会みたいだな! 懐かしい!」
「撲滅委員会だとぉ!?」
ソラールの姿が最初の闘技大会で戦ったやつらと被り、思わずその名を口にした。
すると、ソラールは予想外に強い反応――追走をやめて立ち止まり、鋭い視線を投げかけてくる。
「あいつら今はウチのギルド員だ! もうPKはやめて更生したし、根はいいやつらだぞ! 全員!」
「えっ!? そうなの!?」
知らなかった。
イベントなんかでも、段々と構成員を見なくなっていたなぁ……と思っていたら。
ソールに吸収されていたのか。
「……でも、明らかに悪影響を受けていますって、それ」
「そんなわけがあるか! 俺がリア充に嫉妬するのは――……そう! 偶にだ! いつもじゃない!」
「「「嘘だっっっ!!」」」
味方のはずのチームメイト全員から、激しい否定の声を浴びせられるソラール。
あ、聞こえないふりを……しようとしたが、受け流しきれなかったようだ。
腕を組み、汗を浮かべて微妙な表情。
所作がウチのギルドマスターに似ていて親近感が湧く。
「と、とにかく! 戦術的なセオリーからいっても、お前から倒すのはおかしな話ではあるまい! 花畑のキーマン、ハインド!」
「誤魔化した……!?」
「今日は駄リーダーの日かぁ……」
「ほんと馬鹿」
「ソラールさん……」
言い訳に対する周囲の反応までなんだか似ていた。
とはいえ、今の俺は……。
「そんなこと、私たちが好き勝手に……」
「させると思うかい?」
「今度は簡単に抜かせん!」
「私を無視しないでくださいねぇ」
花畑のハインドだ。少なくとも、トーナメントが終わるまでは。
チームメイト全員がエルデさんを中心に体制を立て直し、俺を援護できる位置まで戻ってきてくれた。
現時点で既に、こちら側が体力を多く削られているが……。
「いいだろう……仕切り直しだ!」
まだまだ勝負はこれからである。
ソラールの声を皮切りに、再び両チームは一斉に動き出した。