本戦5対5決闘 その3
5対5のリヒトチームは、俺がこれまで組んだチームの中で最も優勝から遠い。
ざっくり個別に戦力を評価すると、リヒトはランカー下位、ローゼはなんとか決闘Sランク維持はできるかなという感じ。
残るふたりはAランク上位相当だろうか。
このように、普通に考えればトーナメント優勝を狙えるメンバーではない。
だが……。
「ローゼ!」
「リヒトッ!」
これらはあくまで単体での評価だ。
このチームはコンビネーションが飛び抜けていい。特にリヒトとローゼ。
リヒトがローゼの背後にいる敵にダッシュからの刺突を、ローゼがリヒトの背後の敵に斬撃を浴びせている。
常に死角を補い合う騎士ふたり。
ただ、名前を呼び合うだけの意思疎通から、ラブコメの波動を感じる……。
戦闘中までイチャつくな。
「チタンちゃん、カバーお願いねぇ!」
「おうっ! ハインドも、俺の後ろに!」
「助かります」
と、回復魔法を詠唱中のエルデさんと俺をしっかりガードする重戦士・防御型のチタンさん。
両手に盾の防御特化に、横にも縦にも大柄な体格が頼もしい。
このように、リヒト・ローゼは組むとしっかりSランク上位の実力に変貌。
チタン・エルデもそれに追従できる力を発揮。
連携することで一気に戦力が跳ね上がるという、まるで俺たちみたいな――
「ハインドォォォ! チームの中で浮いているぞハインドォォォ! あっはっはっは!」
「なんの苦行でござるかハインド殿ぉ! マゾ!? マゾなの!?」
――うん、俺たちなんかとは比較にならないチームワークだな!
問題は、俺がこのメンバーに完璧には合わせられないということだ。
そもそも一緒に戦ったことがあるのはローゼとエルデさんのみ。
それも結構前のことで、ルスト王国に初めて行った際の一度きり。
習熟しきった輪に入り、短期間で同レベルの連携を取るのは不可能に近い。
「ローゼ!」
「リヒト!」
「チタンちゃーん!」
「エルデ!」
「……」
……あと疎外感がすごい。
なんだよこれ。
まんま仲良しグループに混ぜられたあぶれ者なんだが?
学校行事とかだったら地獄だぞ、これは……。
ダブルカップルのグループだから、更に倍率アップで苦行感マシマシだ。
まあ、しかし、しかしだ。
現実として今このチームにいるわけで、組むことを了承したのも自分だ。
この試合――五回戦に至るまでに、どうチームに貢献するかは練ってきてある。
「……」
まず、なるべく口は閉ざす。
余計なことは言わず黒子に徹する。
積極的に発言することで、完成したパーティにプラスの変化を狙ったシリウスチームの時とは逆である。
「え? ハインド、今なにか言ったかい!?」
「言ってねえよ! 集中しろ!」
そうしないとこのように、リヒトがいらん気を利かせてくる。
いっそ喋っていなくても気を利かせてくる。
あいつ、なぜか俺のことがお気に入りらしい。
……このチームの場合、元の連携力を活かすほうがいいと感じた。
だからやることは単純。
邪魔せず、目立たず、チーム力の底上げとミスのフォローに専念する。
具体的には……。
「エルデ!? エルデ!? 私、瀕死なんだけど!?」
「あっ」
同じ神官職で、俺とはタイプまで一致しているエルデさん。
彼女のミスを補いながら動くのが基本となる。
支援・回復の役割が被っていても、5対5なら複数いることは強みになる。
回復をローゼに向けて……ほいっと。
緑色のエフェクトが全身を包み、慌てて逃げ回っていたローゼがこちらを見る。
「ナイス、ハインド!」
「ありがとぉ、ハインドさぁん」
――と、このように。
ダブル神官で手厚く回復し、三前衛の厚みと防御力で相手を押していく。
アタッカーであるリヒト・ローゼは騎士の均等型なので、やや突破力・爆発力には欠けている。
いかに堅く戦えるかが勝利の鍵となる。
基本的には最もダメージを負うチタンさんを回復させておけば問題ない。
今のように、騎士ふたりが急に危険になった時だけ気をつければいい。
「むっ」
このまま盤石の体勢で勝利を、と考えていたところで。
敵チームのアイコンタクトのようなものが目に入る。
リヒトたちは……。
「もう少しだ! 頑張れ、みんな!」
「うん!」
「はぁい!」
「おうっ!」
気がついていないみたいだ。
現在の戦況は優勢。
相手はすでに回復役の神官が戦闘不能で、事故がないよう丁寧に詰めていけば勝てるという試合内容だ。
この状況で敵チームが採る作戦はおおよそふたつ。
一か八か突撃して乱戦に持ち込むか、なんらかの大技――特に継承スキルを使っての逆転勝利を狙うか。
前者なら対処は容易だ。ほとんど玉砕覚悟の特攻と変わらない。
だが後者なら……まだまだ未知の継承スキルが埋もれている現状、なにがくるかわからない。
――念のため、保険となる魔法の詠唱を開始しながら考える。
この敵はどっちだ?
「……!」
ヴァイキング風に統一された装備の軽戦士三人が、リヒトとローゼに向かっていく。
残った魔導士は詠唱。
こちらのタンク、ヒーラーを無視する大胆な配置だ。
やぶれかぶれではない、意志を感じさせる動き……明らかに特攻ではない。
「チタン! 前に来て魔導士を止めてくれっ!」
「わかった、リヒト!」
リヒトの指示を受け、チタンさんが重量級の装備と重量級の体で全力疾走。
ドスドスとでかい足音だが、意外なほどそのスピードは速い。
俺とエルデさん、後衛組が狙われていないと判断しての指示と行動だ。
――が、ここから戦況が一変。
「かかったな! 間抜けが!」
「なんだと!?」
人相の悪い魔導士が人相通りの口の悪さを発揮しつつ、詠唱を中断。
チタンさんが近づいてきたのに合わせるように、舞台に杖を思い切り突き立てる。
直後、空気が爆ぜた。
「チタンちゃん!」
エルデさんの悲鳴。
重いチタンさんが強風に攫われた木の葉のように吹っ飛んでいく。
舞台端にいた魔導士の位置から、反対側の舞台端まで強制移動。
……そう、強制移動だ。
技そのものによるHPの減少はない。
落下・衝突ダメージがいくらか入っただけで、戦闘継続にはまるで支障がない。
しかし、これでタンクのチタンさんが主戦場から大きく遠ざかってしまった。
「今だぁぁぁっ!」
と、リーダー格らしい敵チームの男が叫ぶ。
狙いは――視線の向きからして、こちらのようだ。
そしてそのリーダーの男……ではなく、リヒトとローゼの攻撃を避けて紅一点の女性プレイヤーが光るシミターを振りぬく。
お前がやるんじゃないんかい! 先程の魔導士といい、どうもフェイントや引っかけが好きなチームのようだ。
「……?」
「!!」
その場で武器を空ぶっただけに見えた行動。
だが嫌な予感がした俺は横に飛び退き、エルデさんはその場を動かなかった。
一拍の後、HPバーを真っ赤にしたエルデさんは力なく膝から崩れ落ちた。
「あ……」
「エルデェェェェェェ!!」
立ち上がろうともがきながらの、チタンさんの悲痛な叫び。
……飛ぶ斬撃というベタだが強力な一撃。
しかも剣が光った以外は不可視という厄介さ。
「おぅらぁ!」
と、リーダー格の男が同じように、剣を空ぶるような動作。
立ち上がった俺は身構えようとして、その行動を途中で中断。
引っかかりそうになったが、どうにか堪えた――あれはブラフだ。
代わりにリーダー格の後ろから飛び出した小柄な男が、リヒトとローゼに毒を纏った双剣で攻撃。
大技を放った後の女性プレイヤーを戦闘不能にしたリヒトとローゼは、慌ててそれを回避。
「――」
それに注意を惹かれた一瞬の間に、リーダー格の男が予備動作極小の動きで不可視の刃を飛ばしてくる。
そんな気がした。
見えてはいない。勘と予測だ。
残光を発する杖を両手でつかみなおし、体の正面に持ってきて縦に構える。
――激しい金属音と同時に手に、体に強い衝撃。
「がっ!」
防げた! とはいえ、エルデさんのHPを一撃で持っていった技だ。
防御の成功判定は得つつも、余波でかなりのダメージをもらってしまう。
「防いだだと!?」
「でも、詠唱は止まったはずだぜ頭ぁ! ギリギリだったっぽいけどよ!」
呼び方、カシラなんだな……なんてどうでもいい感想を抱きつつ。
体を起こし、追撃を警戒しつつ状況を確認。
横を見ると、チタンさんが駆け戻って来ていて……。
「エルデェェェ……え?」
「えっ?」
起き上がったエルデさんと疑問の声をぶつけ合っている。
「「「え?」」」
そして俺以外の残った面々からも間の抜けた声が。
次の魔法の詠唱に入っていた敵魔導士ですら、構えを解きそうになって慌てて戻している。
「ハインド、さっきの詠唱リヴァイブだったのかい!?」
「ああ。誰かしら戦闘不能になるような気がしてな」
白い光を放つデカめの魔法陣が俺の足元に出ていたはずだけど、誰も気にする余裕がなかったようだ。
舞台を構成する石畳が白いのもいい。
他属性よりも光属性は誤魔化しが利きやすい環境だ。
「俺の攻撃を受ける前に、完成させて飛ばしたのか!?」
「そ、そうですよ? ギリギリでしたね」
なんなんだ、リヒトはともかく敵のリーダーまで。
別に訊いてもいいけど、戦闘の後にしろよ。
「なんていうか……やべえな。お前の予測力? 人間性能? 極まってんじゃねえか。身体のキレがそこまでじゃないのも噂通りだけどよ、それでもやべえわ」
「か、頭?」
すっかり戦闘の構えを解いて、話を続ける敵リーダー。
また欺瞞やフェイントだと困るので、俺たちは構えを解けないが……この弛緩した空気を演技で出せるなら大したものである。
リーダーの男は残った二人の、ええと……部下? 手下? に順番に声をかける。
「ガゼル、ゲイズ、もういい。俺たちの負けだ」
「頭ぁ!」
魔導士の男が完全に詠唱を中断し、その妨害に走っていたローゼも止まる。
それでもまだ、俺たちは構えを解けずに様子を見守っていたのだが。
「降参する」
リーダー格の男が降参を宣言したところで、ようやく演技ではなかったことを確信できた。
同時にシステム上でも試合終了が宣告され、チームお……間違えた。
『花畑』は、辛うじて五回戦も勝利を収めたのだった。