本戦5対5決闘 その2
「さあ、行こうか!」
「「「おー!」」」
5対5における自分の出番が来た。
号令をかけるのはリヒト。
隣にはもちろんローゼ、後ろにはお友だちのエルデさん。
それからもうひとり、ガーデンの新顔であるチタンさん。
そんな面々に囲まれ……。
「お、おう」
やや死んだ目で応え、渋々ながら歩を進める俺。
死んだ目のまま、このチームを組むに至った経緯、予選開始前のことを少し思い出す。
その日、俺はサーラを離れてルスト王国のとある酒場を訪れていた。
「チーム名を決めよう!」
なにを言い出すんだこのイケメンは。
半眼を向ける俺の前にいるのは、通称ハーレム男ことリヒトである。
……いや、元ハーレム男かな。
どうしてもと請われ、今日はギルド『ガーデン』の面々と五対五用のチームを組む相談をしにきたのだが。
「チーム名の申請しているやつなんて、俺の周りにいなかったけど」
トーナメントのチーム名登録は任意である。
このチーム名がどこで使われるかというと、主にトーナメント表とグラド皇帝によるコール時。
試合開始・終了のコール時にチーム名があればチーム名が、なければメンバー全員の名前が呼ばれるという形になる。
で、実際チーム名を付けている割合はどんなもん? というと。
――チーム名? そんなことより特訓だ! な脳筋思考。
それから、日本人的右習えの思考により無記名のチームが大多数を占めている。
例外としてギルドを代表して1チームだけ、というケースにギルド名をそのままチーム名にすることがあるとかないとか。
他は凝り性だったり、形から入るタイプだったりはチーム名をつけているようだが、少数派。
はてさて、目の前にいるイケメン野郎はというと。
「あんた、昔からそういうの好きよね」
隣に陣取るローゼの発言によって判明。
どうも後者のようだ。形から入るタイプ。
幼馴染から彼女にジョブチェンジしたらしいローゼが、リヒトの発言にやれやれと肩をすくめる。
ははっと笑い、後頭部に手を当てて照れるリヒト。
そのまま互いに寄り添うようにそっと距離を詰める二人。
うーーーん……なんだかもう苦痛なんだが。帰っていいだろうか?
「帰っていい?」
あ、声に出てた。
高校生活で何組ものカップルを誕生させてきた俺だが、目の前でイチャつくのを見せられるのは苦痛である。
結ばれたことを祝福はすれども、その後の様子を逐一知りたいかというと否だ。断じて否。
というよりも、呼び出した客を無視して自分たちの世界に入るのはどうなんだ?
「まっ、待った待った! わかるけど! なんか腹立つのはわかるけど!」
「ごめんねぇ、ハインドさん。でもせっかく来たんですから、もう少しだけお話聞いてくださいなぁ」
慌てて引き留めたのは、エルデさん――と、今日が初顔合わせのチタンさん。
金属的な名前のイメージ通り重戦士、ややぽっちゃり体型だがラグビーでもやっていそうな肩回り・首回りをしている大学生くらいの男性だ。
エルデさんの彼氏らしい。彼氏? はぁ?
……なにが悲しくて、カップル二組のチームにボッチでイン! せにゃならんのだ。
「……他のガーデンメンバーは?」
「参加不能か、いてもレベルが釣り合わなくってぇ……」
リィズ共々、ローゼやエルデさんとは現在もメッセージのやり取りがあるので、ガーデンというギルドの現状は知っている。
男女関係でいざこざがあった人たちの駆け込み寺――というTB内でも異質なギルドとして機能し続けているのは、俺たち以外のプレイヤーでも耳にしたことがあるはず。
その性質上、人の入れ替わりが激しいことは想像に難くない。
「まぁ、別にローゼとエルデさんとはフレンドなんで。頼ってくれるのは全然構わないんですけども」
「!?」
あれ、僕は!? という顔で愕然とするリヒト。
確かにお前ともメッセージのやり取りはしているけどさぁ……。
「でも、なんで俺なんです? 他にも交流のあるギルドとか、ええと……開花済み――でしたっけ?」
「そうそう」
ガーデンを駆け込み寺として利用した後、他に巣立っていった人たちをそう呼んでいるらしい。
なんだか独特な呼び方だ。
疑問形の俺の言葉を、チタンさんが肯定してくれる。
「……開花済みのプレイヤーとか、いますよね? まあ、俺も偶然5対5に関してはチームが決まっていない状況ですけど」
そうしたほうがスムーズに話が進行しそうだということで、俺は主にエルデさんとチタンさんカップルのほうを向いて話をしている。
が、そこにリヒトが横合いから顔をにゅっと出す。
「どうしても……僕がどうしてもハインドと組みたかったんだ」
拳を固く握り締め、目を閉じての熱いラブコール。
ただ、斜めった体勢のせいでいまひとつ決まらない。
そしてローゼの「どうよ? グッとこない?」というドヤ顔がこちらに向いている。
こねえよ! と反射的に返したくなったが、まあ。
「悪い気はしない」
「さっすがハインド! よっ、お人よし! 損するタイプぅ!」
「黙れ干し肉」
「なんか今日のアンタ、当たり強いわね!?」
その後、全員でローゼ作のビーフジャーキーを齧りながらチーム名を決めた。
戦術に関しては軽い相談をしただけで実戦へ。
予選は前衛3・後衛2のオーソドックスな配置が上手くはまり、さして苦戦することなく突破となった。
そして今……。
「トーナメントの低い位置で負ければ、このチーム名もコールされずに済むと思っていたのに……」
俺は決まったチーム名に若干の不満があった。
もちろん、二組のカップルに挟まれているというのもしんどい状況ではあるのだが。
そこに関しては、4対4まででユーミルの心をざわつかせた罰として受け入れている部分だ。仕方ない。
「どうしたんだい? ハインド」
このメンバーの中で、一番こちらに対して頻繁に視線を向けてくるのはリヒトだ。
なんでか知らないが、やたらと慕ってくるんだよな……。
偉そうに説教をかました記憶はあれど、優しい態度を取った覚えなんてないのに。
戦闘開始前の控室で、冴えない表情の俺の姿を見つけると、わざわざ歩み寄ってくる。
「お腹痛いんですかぁ?」
続けてパーティの調和役、エルデさんがのんびりした口調で話しかけてきた。
口調はともかく、本心から心配しているのが伝わってくる真摯な表情である。
「薬飲むか? ポーションだけど」
そして類は友を呼ぶというべきか、気が合ったから恋人なのだろうというべきか。
チタンさんがすっとポーションを差し出してきて、安心させるように細い目を更に細くしながら笑いかけてくれる。
優しいな、キミたち……。
「それともお腹空いた? ジャーキー食べる?」
「……いや、大丈夫」
最後に自身がジャーキーを齧りながら、俺に向けてジャーキーの袋の口を向けてくるローゼ。
……うん、そりゃ、いい人たちではあるんだ。
だから最終的にはチーム組みを承諾したのだし。
でもなぁ……と考えたところで、全員の足元に魔法陣が発生。
もう少し猶予があると思っていたのか、俺を除く四人は焦って大慌てになった。
「やべ、転移の光!」
「チタン、ポーションしまって! ローゼも肉!」
「ちょ、リヒトったら変なところで言葉を切んないでよ! あたしのお腹の肉がはみ出しているみたいに聞こえるじゃない!」
「うぅーん……ローゼちゃん。二の腕のお肉なら、少し……」
「エルデ!?」
「お肉の食べすぎかもぉ」
わちゃわちゃしている間に、周囲の景色は控室から舞台上へ。
一応、リヒトによる試合前の号令は間に合い、気合を入れるメンバーたちだったが……俺にとって恐怖の時間が迫っている。
この試合からは試合開始時・終了時にコールがある。
俺は、グラド皇帝の魔法による合成音声が聞こえた瞬間……。
『トーナメント5回戦、第8試合! チーム・花畑対――』
「おらっしゃぁぁぁっ!!」
「「「!?」」」
コールを掻き消すような奇声を発してみた。
まあ、出遅れたせいで失敗したのだが! ばっちりチーム名が耳に届いてしまった。
己の反応の鈍さが憎い。
……なんでよりによってチーム名が花畑なんだよ。頭お花畑みたいじゃん。
どうしてガーデンっていう横文字から日本語にしちゃったんだよ……。
フラワーガーデンでよかったじゃん……。
俺が提案した『ガーデン+α』なんて、そっけないチーム名じゃ駄目だったのはわかるけど。
「すごい気合ね、ハインド!」
「頼もしいよ!」
このバカップルどもが!
ここまでの考えが俺の被害妄想なら、別にそれでよかった。
だが――
「あははは! 頑張れー! お花畑ー!」
「綺麗に咲けよー!」
「お前んちの庭、おっ花畑ー!」
――うーん、揶揄三割、皮肉三割、純粋な応援四割って感じの比率。予想通りの反応。
みんな必ず花畑の上に「お」をつけて呼んでくる。
そして、そんな声援とも野次ともつかない声に対して。
「頭お花畑で勝利を目指すわよーっ!」
「「おおっ!!」」
「おー!」
気にしていないどころか、全力で悪ノリしていくガーデン――花畑の面々。
この段に至っては、いつまでも気にしているやつが残るほうがマイナスだと理解できる。
だから俺は、
「うおおおお!」
もうやけくそで叫ぶしかないのだった。