充足感と嫉妬心 後編
「フラストレーション!」
「……」
未祐から飛び出したのは、答えになっていない言葉。
フラストレーションとは――直訳すると、欲求不満。
欲求不満というと性的な方面で使われることの多い単語に思えなくもないが、そちらに用途が限定されているわけではない。
やりたいこと、したいことができていない状態全般で使う語句である。
「フラストレーション!! フラ――」
「わかったわかった。で? 俺はなにをすればいいんだ?」
同じ言葉を連呼する未祐を止め、スマホを机の上に置いて立ち上がる。
未祐の場合、運動でもすれば大体のことは解決する性質だ。
幸い、メンテで予定がズレたこともあって今は昼間。
外で散歩なり、走るなりするのに付き合えば……。
「なんでもいいから、協力して遊べるゲームをやるぞ!」
「おっ」
そう思っていたら、一緒にゲームをしようという提案が。
どうも先だってのトビの発言が引っかかっていたようだ。
私たちの連携が日本一! とでも言いたそうな表情である。
「私たちの連携力は世界一ィィィ!」
「大きく出たなー」
おおよそ言いたいことの類推は当たっていたが、スケールが数段上だった。
世界一ね……。
まぁ、これからやることはスケールが小さめだが。
「じゃ、横スクロールのアクションゲームにしようぜ。ベルトスクロールのやつ」
「うむ! 私もちょうどレトロゲームの気分だった!」
「場所は……」
「決まっている!」
レトロゲームは居間でやりたい。居間だ。居間なんだ。
ということで居間――つまりはリビングのことだが、この場合は特に「和室」を強く推奨ということで、年季の入ったゲーム機を持って1階へ。
我が家の和室にはブラウン管テレビこそないが、アナログをデジタルに変換する機器とモニターがある。
更に炬燵はもうないが、座卓なら置いてある。
そこへ……。
「お茶です」
「緑茶!」
「お菓子です」
「饅頭と煎餅!」
「冬の残党、みかんもいるよ」
「いいな! 夏みかんじゃないところがいい!」
「ポテチはコントローラーが汚れるので避けました」
「至れり尽くせり!」
お茶請けとお茶を用意し、スタンバイ完了。
――俺たちは人質にされた市長の娘を取り返しに行くゲームと、熱血硬派な不良が他校の不良と戦うゲームの二本を実機でプレイした。どちらも名作。
他に横スクロールの名作、ピンクの悪魔やがんばる大泥棒にも手が伸びかけたが、時間の都合で2タイトルに留めた。
……で、プレイした際の連携がよかったのかという話だが。
「おま、俺に当たってる! マッハな拳で、落ちた武器が俺に当たりまくってる!」
「あっ、すまん」
すごい勢いで、俺が操るお供キャラの体力が未祐の主人公キャラに減らされた。
連撃音がエグイ……。
そんな一幕がありつつも、笑ったり騒いだり、互いのミスに文句を言いあったりしながらゲームをクリア。
休憩なしで数時間はコントローラーを握りっぱなしだったと思う。
「ふいー、満足満足。満ち足りたぞ、亘!」
「そりゃよかった」
未祐の機嫌はすっかり直ったようだ。
世界一の連携力だったかは疑問だが、とても楽しい時間だった。
「TBはTBでいいけど、やっぱこういうのもいいよなぁ」
「全面的に同意する!」
ネット越しに、地球の裏側の人とでも一緒にプレイできるのがネットゲームの良さであるならば。
こうして並んで座って、ひとつのモニターを一緒に覗き込むのもまた良しである。
ノスタルジー感じちゃうぜ。
俺たちは今日やったゲームの世代じゃないけど。
「ところで、次の5対5は大丈夫なのだろうな!? 私の心の平穏的な意味で!」
「あー……」
TBと俺が口にしたせいか、未祐が5対5トーナメントについて訊いてくる。
思えば、2対2は弦月さんのアドバイスで男同士のチームに。ここは問題なかった。
3対3では中学生女子に守ってもらう編成で、その弦月さんにお叱りを受けてしまった。
4対4は男が2、女2のパーティだったが未祐の不満が爆発と。
原因は色々あったのだろうが、そうだな……。
「5対5は大丈夫」
5対5は未祐の心をざわつかせる要素はないと断言できる。
問題ない。
非常に穏当なメンバーだ。
「本当か!?」
「本当だ。っていうか、トーナメントにメンバー表があるだろう? 見れば?」
「そうだった!」
出場者が多いので探すのが大変だが、本戦出場チームのメンバーは全て確認可能だ。
早速自分のスマホを取り出し、操作をはじめる未祐。
華美なデコレーションなどはない、こいつらしい赤一色のシンプルな外観のスマホである。
家が金持ちだから機種は最新だが。
「ふふふ……亘」
「どした?」
よく落とすんだからカバーくらい付けたらいいのに……などと考えていると、未祐が笑う。
メンバー表を呼び出したにしては早いな。
「掲示板で、お前が一番褒められているゾーンを見つけておいてやったぞ!」
「どうしてそんな余計なことしたの?」
と思ったら、開きっぱなしにしていたらしきブラウザの画面を見せてくる。
早いわけだよ。
俺の部屋に来る前に見つけたそうだが、今の今まで忘れていたらしい。
そしてそれは、俺がなるべく意識して見ないようにしていた項目である。
「さあ、見ろ! 見るんだ!」
「やめろ! やめ――ああっ!」
ああ、悲しき身体能力の開きかな。
男女の体力差をあっさりと覆され、簡単にマウントを取られ、画面を眼前に突き付けられる。
なにが嬉しいのか未祐は満面の笑みである。
33:名無しの武闘家 ID:w72KpNA
しかしハインド三冠か……
どうなってんだ、どのチームも全部戦い方が違うんだけど
34:名無しの騎士 ID:a6m8XNP
チー……いや、ないな
すごく考えて、すごく苦労しながら戦っているのが伝わってくる
35:名無しの弓術士 ID:MbU4gVL
身体能力はそこそこなのか、
見ているこっちが苦しくなるときも多いぞ
36:名無しの神官 ID:Ctggh9R
背は割と高いし、手足もまあまあ長いのになぁ
37:名無しの神官 ID:5eXgL9c
こっちに動けよ! ……あ、動いたわ
ってなるのがハインド
38:名無しの神官 ID:TjE46Jh
ワンテンポおそぉい!
39:名無しの重戦士 ID:YyRjmLh
俯瞰で見られる目と判断力があるのに、一歩遅いという
40:名無しの魔導士 ID:A8pk7jc
ギリ致命的にならない速度で避けるよね
本当にギリギリ
わざとやってんの?
41:名無しの魔導士 ID:gbkeSny
ないない
42:名無しの騎士 ID:NJZwcxj
ないでしょ
43:名無しの重戦士 ID:UQYd5MC
ないなぁ
動きからして超必死だと思う
44:名無しの武闘家 ID:pXpJMD4
割と変なステップも踏むし
45:名無しの軽戦士 ID:xZnuxwp
タコ踊りみたいな……盆踊りみたいな……
46:名無しの軽戦士 ID:DPf4BVy
確かにふしぎな踊りは頻繁にしてる
47:名無しの魔導士 ID:jtEpXuT
相手のMPを減らす効果!
48:名無しの武闘家 ID:2jADugb
ない!
49:名無しの軽戦士 ID:TSVwd7K
相手を混乱させる効果!
50:名無しの弓術士 ID:UwE3suJ
ないっ!
51:名無しの魔導士 ID:jtEpXuT
よしっ!
52:名無しの重戦士 ID:fHyAkdU
よしじゃないが
53:名無しの神官 ID:JKLHFUm
後ろでどっしり構えているときは超かっこいいぞ
まず捉まりにくい位置取り!
一瞬の隙にしつこく捻じ込むMPチャージ!
完璧なタイミングでのバフ更新!
減るのがわかっていたんかっていうドンピシャな回復!
長い蘇生呪文を唱えきる胆力!
全体指揮でひとつの生き物みたいに動くPT!
稀に飛び出すビックリドッキリな奇策!
そして敵前衛に詰め寄られた時のふしぎな踊り!
54:名無しの弓術士 ID:Wwg99WQ
おい最後
55:名無しの弓術士 ID:UjuK4WN
台無しじゃないか
56:名無しの騎士 ID:S6QxHMY
ファンなのかアンチなのか……
57:名無しの神官 ID:JKLHFUm
うるちゃい!
全部完璧なやつだったら応援してねえ!
58:名無しの騎士 ID:S6QxHMY
あ、ファンのほうだったわ
59:名無しの重戦士 ID:fHyAkdU
それも大分重めのほうのね
中々書けないよ、それだけの長文
「………………」
どんな顔をすればいいのかわからない。
え? 一応俺、褒められて恥ずかしさで悶える気満々だったよ?
仮にも三冠だしさ。
……ふしぎな踊りがなんだって?
「これ、褒めと貶しが半々……どころか、貶しが大半では?」
「む? ……私には全て褒め言葉に見えるが?」
「マジかお前」
「全てのレスから亘――ハインドへの愛を感じるぞ!」
「マジかお前」
愛があればなにを言っても許されるわけじゃないんだぞ?
はぁー……泣きたい。
しかし、そんなにひどい足さばきだったかな? タコ踊り……タコ踊りかぁ。
恥を忍んで、秀平に回避のコツでも教わったほうがいいのだろうか?
もっともそれをしたところで、今更改善されるような気はしないのだが。
支援関連の行動を褒められたのは――まあ、嬉しかったけれども。




