本戦4対4決闘 後編
試合開始から数分後。戦況はやや劣勢だ。
こうなっている明確な理由として――こちらが無理のある編成なのに対し、あちらはバランスが良い。
前線を重戦士のユキモリさんが支え、軽戦士のトビがかく乱。
後方からは弓術士のミツヨシさんの矢が飛び、神官のキツネさんが回復・バフで支援と、お手本のような前2後2の動きだ。
とはいえ、やや劣勢で済んでいるのは俺の対面がトビだからである。
以前もあったな、こんなことが。
「ちょ、人読みやめてってば!」
「うるさい。読まれるような動きをするほうが悪い」
接近、牽制、後退――はフェイントで、詰めてから右、左の順に斬撃。
最小の動きで全て回避。
途中、ミツヨシさんの矢が刺さりはしたが、ともかくトビの攻撃は回避。
……準決勝までの臨時前衛は地獄だったが、それに比べれば決勝のこの試合は天国である。
もちろん通常であれば、トビの動きは速くてウザくて的確で速い。
しかし長い付き合い故に、動きの癖も思考の癖も丸分かりである。
こうなると、相手チームがしてくることはひとつ。
「トビッ! 交代!」
「――! 応よ! ユキモリ殿!」
前衛同士で相手をスイッチ。
俺にユキモリさんを、ワルターにトビを当てようとしてくる。
当然の動きだ。
だが、こちらも黙ってそれを見ているわけではない。
トビが『縮地』でワルターの傍に、こちらを分断するようにユキモリさんが動き出すが……。
「ワルター」
「はいっ!」
ワルターがトビを振り切って反転。
ユキモリさんより軽い装備を活かし、走って逃げ回っていた俺の足の間を――スライディングでくぐる。
が、助走が少なかったためか勢いが足りていない。
すぐさま手をつかんで加勢。
「よっと」
つかみ上げて放り投げるようにすると、そのままワルターはユキモリさんへ跳びかかる。
ユキモリさんもワルターを十文字槍で軽くいなして吹っ飛ばすと、再度俺のほうへと攻めかかってくる。
これは体重の軽さ・装備の軽さがマイナスに働いた場面。
しかしワルターはワルターで、跳ね返されるのも織り込み済みの動きを見せた。
吹き飛ばされたものの転倒せずに、全速力でこちらに向けて走る。
――と、トビが再度『縮地』でワルターの前へ。今度はさっきよりも近い。
リスクを取って至近距離に出たトビが攻撃の手を伸ばすも、届かず。脇をすり抜けてワルターが駆ける。
「……」
ユキモリさんから距離を取り、今度は無言で小さく屈みこむ俺。
するとワルターは、馬跳びの要領で俺を跳び箱のように使い……。
「やぁっ!」
ひねりを加えてびっくりするほど高く跳び、その勢いを使ってユキモリさんに殴りかかる。
さすがに斜め上方から体重と運動エネルギーの乗った攻撃を受けたため、ユキモリさんがたたらを踏む。
なお、ワルターの妙に可愛らしい掛け声に対し、観衆からは大きな歓声が上がっている。
……うん、明らかに掛け声に対してだったよね。
ワルターがいい動きをしたんだけどな。
かなり高い身体能力を見せつけたよ? ねえ?
「くそっ! 連携めちゃいいな! 崩せねえ!」
「ハインド殿、拙者とよりも連携よくない!? どういうことでござるか!」
「期待通りの反応ありがとう、ご両人」
観衆にも、目の前のふたりのように驚きの声を上げてほしかったところ。
ともかく、不利な一対一に持ち込ませず二対二で戦い続ける。
分断されたとしても最初のように、俺対トビ、ワルター対ユキモリの状況なら問題なし。
とはいえ、連携が取れる距離を保つに越したことはない。
離れすぎないよう、しっかりワルターの動きを見定めながら移動する。
「ってか、ワンチャンユーミル殿とよりも息ピッタリなんじゃ――」
トビがそんなことを口にした直後。
観客席の最前列から、低く低く響き渡る声。
「とぉぉぉぉびぃぃぃぃぃぃ……!」
「ひえっ!?」
地の底から響くような声だ。
発しているのは当然、遠目でもちらっと見ただけでも目立つ銀髪褐色耳長のあいつ。
まあ、なんだ……トビが悪いな、うん。
しかし地獄耳だな、ユーミルのやつ。
そうしたやり取りに、照れて恥ずかしそうにしている人物が一名。
「ぼ、ボクと師匠の息がぴったり? そうですか? えへへ……」
ワルターである。
両手を頬に当ててくねくね。
その所作、普通の男だったらドン引きである。
だがワルターがそれをすると、かわいい以外の感想が出てこない。
性別を無視すれば、好みど真ん中――そう言っていたトビが思わず頬を染めている。
直後、振り払うように思いっ切り頭を振っているが。
それほどかわいい系に対して感受性が強くなさそうなユキモリさんまで、ついつい手を止め、頬を緩めている。
観客席は言わずもがな。
「とぉぉぉぉびぃぃぃぃぃぃ……!」
「なんで拙者!?」
そして再度、地の底からの声が。
早く戦え、連携崩せ――だろうか? 意訳すると。
そんな諸々の空気を裂くように、一本の矢が前衛グループのもとに飛来。
「こらこら。ほわほわしているんじゃないよ。試合中だぞ」
ヘルシャの炎弾を避けながら、ミツヨシさんが余裕のある笑みを向けてくる。
そのまま二射、三射とステップを踏みながら鋭く矢を放ってきた。
日本舞踊のような腰の入った動きだ。
敵ながら格好いいじゃないか……!
「し、失敬、ミツヨシ殿」
「わりい、団長」
一発で士気を立て直したな。
老練なリーダーシップを感じる。
「……師匠、大丈夫ですか?」
「痛い」
ちなみにミツヨシさんが放った矢の行方だが、今は俺の両肩に一本ずつ刺さっている。
肩幅が倍になっちゃったよ。
あんなの避けられるわけがないだろう?
というか、上位ランカーの前衛たちは平気で魔法も矢も避けるんだけど。
一体どうやっているんだ? あれ。
――と、ここでカームさんの回復魔法が届いて肩の矢がポロリ。
ありがてえ。
「立て直しますわよ!」
「はい」
「はいっ!」
「……おう」
ヘルシャの声に、こちらも気を引き締め直し――そこから戦場の様相が変わる。
前後分断気味の戦いから、しっかり前衛後衛入り乱れた4対4の戦いへ。
その後は互いの回復役……キツネさん、カームさんが十全に機能したせいもあって膠着状態に突入。
少人数戦ならあまりないが、フルパーティに近い4対4の戦いからは頻発する展開だ。
この試合、両チームの前衛に攻撃特化の職がいないのも、今のような展開を招く要因になっている。
相手だと後衛のミツヨシさん、こちらだとヘルシャにしか突破力・爆発力がないのだ。
攻撃力よりも守備・回復が両チームとも上回っている。
「……これは、奥の手を出す必要があるでござるな!」
「おっ」
そんな展開を嫌ってか、トビがなにかしようと動きだす。
まあ、このまま戦えば真っ先に事故って戦闘不能になる確率が高いのは、両チームで最も耐久力の低いトビだ。
今もヘルシャの炎がトビの頬を掠め「ひぃ! コワイ!」……いちいちうるさいな、あいつ。
「やる気か、トビ! なにをすんのか知らねえけど!」
「やるでござるよ、ユキモリ殿! やらないとこんがり焼けちゃうし!」
なんだか知らないが、黙って見ている俺たちではない。
ワルターと目配せをし、一気にトビに迫るが――ユキモリさんが十文字槍を大きく振り回す。
ヘルシャの魔法も次弾が間に合わず……。
「いざ――変……身っ!」
特撮ヒーローのようなポーズを決めたトビが光に包まれる。
すわ自己バフか? それとも言葉通りに見た目が変化するのか?
警戒し、俺とワルターは後衛二人の盾になるよう立ち位置を変える。
光が収まると、そこにいたのは……。
「なにぃ!? へ、ヘルシャが二人に!?」
「なんですって!?」
ヘルシャだ。間違いなくヘルシャだ。
トビの姿がヘルシャへと変わっている。
あの姿で乱戦に持ち込まれたら、混乱は必至だ。
非常に厄介な継承スキル――かに思われたが。
「いや、でもよく見たら……」
「どえれー低クオリティですわ!?」
ついついヘルシャの言葉が乱れるほどの出来栄えである。
どういうわけか、着ぶくれしたような……なんだかサイズが変なのである。
おそらくだが、実際に身体が変化しているわけではなく、トビの周囲にヘルシャそっくりの幻影が浮かんでいる――そんな構造だと推測できるのだが。
「ヘルシャ嬢ちゃんにしては、なんかでかいしなぁ……」
「着ぐるみみたいだな……」
「あっはっはっは! トビ君、さいこー! コスプレを散々否定しておいてそれって!」
だからなんだか横にも縦にもでかいヘルシャというか。
特に本物ならくびれている腰辺りの違和感が顕著で……基準となっているトビの骨格はまんま男であるからして、その上にヘルシャそっくりのテクスチャを貼ったところで、歪んでおかしくなるのは当然というか。
味方側の和風ギルドの面々からもツッコミの嵐。
特にユキモリさんが口にした「着ぐるみみたい」という言葉が最も的を射ているだろうか。
「ふはははは! どうでござるか! どうでござるかワルター殿! 忠誠心の厚いワルター殿なら、この顔は殴れまい――」
「えいっ」
「――なんでぇ!?」
特にためらいもなく、ヘルシャ風トビの顔面に拳をめり込ませるワルター。
この瞬間、舞台上の面々も観客席の観衆も、当事者の二人を除いた会場内の気持ちはひとつになった。
――そりゃそうだろう、と。




