本戦4対4決闘 中編
決勝が近づくと、過去トーナメントと似た顔ばかり並ぶ。
プレイ人口が多い割に微妙に思えるが、これはランカーが強い証拠でもある。
また、PvPの実力者であっても目立つことを好まないプレイヤーもいる。
PvE特化――ダンジョン初踏破などでしか名前を見ない専門性の高い者もいれば、生産偏重、ペット(神獣)愛好家、インしておしゃべりばかりしている者など、プレイスタイルは多岐にわたる。
絶対に対人戦だけはやらない、という層もいるそうだ。
初心者狩りに遭ったり、過度に煽られて嫌な思いをした記憶があったり。気持ちはよくわかる。
だからPvPイベントという形式は、自由度が売りのMMORPGにおいて、想像以上に参加者が絞られることになる。
それ以外にも、単純にイベントとスケジュールが合わないといった事情を持つ者もおり……つまりだ。
「つまり、この出会いは必然! そういうこちょ……」
「噛んだ」
「噛みましたわね」
選手控室。
対戦前に相手とこうして話す時間があるのは、コミュニケーションを取ったりコミュニティを広げたりしてほしいという意図があってのものだろう。
今、その機能は十全に果たされている。
この場の全員が知り合い以上の関係なので、後者のコミュニティを広げる用途としては使えていないが。
「そ、そういうことなのでござるよ! って、スルーしてよ! そこは!」
噛み噛みで話したのはトビ。
それを呆れ顔で見ているのは俺とヘルシャである。
こちらの後ろにはカームさんとワルター。
トビの後ろには和風ギルドの幹部三人衆がいる。
「そうか。魔王ちゃんが好きすぎて真似を始めたのかと思ったぞ」
噛み噛みといえば魔王ちゃん。
魔王ちゃんといえば噛み噛み。
それがTBプレイヤー共通の認識。
「拙者、そういうイタイ系のファンは目指しておりませぬ故……」
まあ、そりゃそうだな。
噛み噛みしているのをかわいいと受け取ってもらえるのは選ばれし者だけだ。
トビがそうなっていて喜ぶ者は、少なくともこの場にはいない。
そんな話に、横からひょいと顔を出してくるのはキツネさん。
「いやー、トビ君。魔王ちゃんのファン数を考えたら、そうも言っていられないかもよ?」
「どういうことでござるか?」
現状でも、魔王ちゃんファンは一大派閥――というか、小さくてかわいい系が好きなら一択まである。
似た系統の二番手は確か、東のルスト王国の王女様だったかな?
姉妹の末姫がかわいいと掲示板で書き込まれているのを見た記憶がある。
「ほら、同一化っていうの? 憧れや好意だけじゃなくて、その人になりたい! っていうファン心理の子もいるみたいだからさ」
同一化……有名人の髪型やファッションを真似したりする、ああいう風潮のことだろうか?
どちらかというと女性側に多い心理のような気がするが。
真似する子は段々と増える! ……はず! とキツネさん。
「いやいやいや、キツネ殿! 魔王ちゃんは至高! 魔王ちゃんは唯一! つまり唯一神!」
それに対しトビは唾を飛ばしながらノー! とまくしたてる。
すごい拒絶反応だ。
「神じゃなくて魔王だけどね?」
「噛み噛みではありますが」
「ぶふっ!?」
ボソッと呟かれたカームさんの言葉に、キツネさんが小さく噴き出す。
それはそれとして、トビの勢いがまだ止まっていない。
「何人たりとも唯一神の真似をするなんてありえないしあってはならない! ダメ! 絶対!」
「厄介ファンじゃん」
「厄介ですわね」
「コスプレとかも否定している感じ?」
「魔王ちゃん以外のコスプレだったらご自由に!」
おい、親衛隊幹部。
そんなんじゃ魔王ちゃんファンの増加が止まっちゃうぞ?
行くところに行けば普通にいるはずだけどな、魔王ちゃんのコスプレしている人。
思い返せば――夏の漫画の祭典の画像で、見たような見なかったような。
去年TB公式もグッズストアを出展していたので、多分その辺の写真だったはず。
……コスプレ対象である魔王ちゃんが低身長かつ露出多めということで、難易度は非常に高そうではあったが。
あまり詳しくはないが、盛るのはできても縮めるのは難しそう。
「お前、それ間接的に冥王様も否定している気がするが」
魔王ちゃんのそっくりさん、と聞いて思い浮かぶのは冥王様である。
もっとも大人版と子ども版のどちらが本物なのか、更にはあの変身が幻影なのか実際に肉体が変化しているのか、すべて謎ではあるのだが。
それに対するトビの返答は……。
「あれはご親族なので別!」
「さいですか」
ひどく都合のいい自分ルールであった。
まぁ、トビの言うことに強制力なんてないし。
コスプレしたい人もトビの言うことなんて聞く必要はない。
好きに自分の道を突き進めばいいと思う。
そして今はそれよりも、目前に迫った次戦についてだ。
「ミツヨシさん、ユキモリさん。対戦よろしくお願いします」
先程から、静かに成り行きを見守っていた残りのメンバーにも挨拶。
トビ、キツネさんとくれば、残りは和風ギルドのマスターであるミツヨシさん。
それとキツネさんの双子の弟、ユキモリさん。順当な選出だ。
この和風ギルド凜+オマケのトビが次戦の相手となっている。
こちらはシリウス+オマケの俺なので、似たようなチーム状況。
「はいはい、よろしく。いやあ、随分なご活躍だね? ハインド」
皮肉でも嫌味でもなく、素直な称賛を浴びせてくるミツヨシさん。
相変わらず、肩の力の抜けた優しい感じのおじさんである。
「だよなぁ。二対二、三対三と二冠だよな? すげえよ、お前」
一方、こちらはにかっと明るく笑ってユキモリさん。
前に会ったときよりも身に着けた甲冑の作り込みがパワーアップしている。
肩回りも……少しがっしりしたような?
なんだか手強い雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「ふふん。このトーナメントでも勝ちますから、ハインドはすぐ三冠になりますわ!」
そんなふたりの声に、割って入ってのヘルシャの言葉。
このお嬢様は……。
こういう「とりあえずぶっこんどけ!」みたいなところがある。
やたらでっかい目標を立てたり、強く宣言してみたり。
普段からのリーダーとしての心構えがそうさせるのだろうか?
そして今の、人によっては挑発行為と取られかねない発言だったが……。
「もう勝利宣言かよ!」
「お嬢様は勇ましい……」
和風ギルド側は大人な対応。
あまり気にした風でも、かといって勝ちを譲ってやるという雰囲気でもない。
「あなたがたの装備や能力、戦い方の癖は知っておりますもの!」
「それってこっちも同じじゃないのか? 互角じゃん」
「継承スキルを除いた過去の話だから、お互いどこまで通用するのか疑問だけどなぁ」
火花を散らしながらも気安い雰囲気。
そういやそうか、シリウスと和風ギルドって同盟組んでいたものな……。
俺たちが知らないところで親交があるわけで。
ヘルシャの言動にも慣れているのだろう。
「とにかく、わたくしたちがハインドを勝たせます!」
「支援職を勝たせるってのも変な話だけどな……」
ありがたい発言ではあるのだが、ついつい口が出てしまう。
どちらかといえば、それは俺の役目だ。
現パーティの主役は、どこまでいってもヘルシャ――なのだが。
そっちのさっきからほぼ発言していない従者二人まで、ヘルシャに同調するような表情。
「ふふ。そうは問屋が卸さない、でござるよ」
こちらはぺらぺらと、口を閉ざす気が更々ないトビの発言。
そろそろ試合開始時間だが、直前まで話す気満々だ。
「おお、トビくん。なにかあるんだね?」
これまたおしゃべりなキツネさんが合いの手を入れる。
調子に乗るから、程々にしてやってほしい。
「モチのロン! 我に秘策アリ、でござるよ!」
「それ俺らの前でも言っていいのか? 舐めているのか?」
次の試合――トーナメント決勝戦で、トビはなにかしてくるつもりらしい。
なにかといっても継承スキルに決まっているが……。
仲間内のなかでは、最も長いログイン時間を誇るトビのことだ。
俺が知らないうちに、知らない継承スキルを習得していても不思議ではない。
どんなものが飛び出すのやら。
そしてその秘策とやら、キツネさんたちにも内容を話していないようだ。
彼ら彼女らが浮かべている表情に嘘がなければ、だが。
「おー、宣言した上で実行するんだ? 上げていくねえ、ハードル」
「はっはっは。上げに上げたハードルさえも越える拙者の妙技、とくとご――」
さすがにしゃべりすぎだったのだろう。
最後まで言い切ることなく、トビの半端な声と共に俺たちは試合会場へと転移していった。




