突発デートイベント 後編
「ただいま帰りましたわっ!!」
扉をバーン! と開けて元気に。
それはもう元気に。
夕刻、マリーが屋敷へと帰還。
「あっ、おかえりなさいませ、お嬢様。師匠」
やや困惑気味に返事をしたのは、玄関近くを掃除していた司である。
実利主義・効率主義のシュルツ家では平常時、使用人が揃って出迎えたりはしない。
近くにいた者が一時的に手を止め、挨拶をする程度だ。
マリーも気にした様子を見せず、適当に声をかけながら奥へと進んでいく。
「師匠? どうしたんですか?」
そのマリーから遅れること数メートル程度。
足取りが重い俺の姿を見て、司が心配そうにしながら追従してくる。
手にはまとめた掃除道具……ちょうど仕事が終わったところだったようだ。
周囲の磨かれた金属類が光を綺麗に反射している。また腕を上げたな……。
と、それはそれとして。
「い、いや、なんでもない。なんでもないんだ」
「とてもお疲れに見えますが……」
疲れ……確かに疲れている。
ただまぁ、これは心地良い疲れというやつだ。
「確かに疲れたけども、すっげえ楽しかった。疲れたけど」
歩いていた時間が長かったのもあって、足がパンパンだ。
街歩きは街歩きで、普通のウォーキングと違った疲れがある。
ただ、マリーが終始笑顔で楽しそうだったので「別にいいか」という気にはなっている。
――人徳ってやつだな。
未祐なんかも似たようなところがあるが。
「どんなところに行ったんですか?」
小首を傾げてこちらを上目遣いで見る司の仕草は、美少女そのものだ。
相変わらず、都度指摘するべきか迷うところだ……。
とはいえ、まずは質問に答えておこう。
「映画館、ゲームセンター、カラオケ、ファミレスと学生らしいベタなデートコースを高速で回った感じだな」
映画は短編映画、カラオケは30分、ゲームセンターは小一時間。
ファミレスに一番長くいただろうか?
それらへの通り道でウィンドウショッピング的なこともしたか。
で、帰りは迎えの車を断って徒歩で帰宅と。
改めて確認すると、ものすごい強行軍だった。
「お嬢様……」
「な、なんですの!? いいじゃありませんか! ベタなデートに憧れを抱いても!」
司は困ったような顔でマリーを見ている。
対するマリーは照れを誤魔化すような怒り顔だ。
「あとひたすらずっと喋っていたな。特にマリーが」
「そ、それはあなたが聞き上手だから……じゃなくて! ワタルだって、割と勢いよく喋っていたではありませんの!」
「ああ、すまんすまん。そういう意味じゃなくてな」
はしゃいでいたことに皮肉を言いたいわけではなく。
マリーと話していて思ったことがあるんだ。
「想像以上に話題とか感性が合っていてだな。話す気がなかったことまで必要以上に喋った気がする」
「決闘のチームワークはあんなだったのに、ですか?」
「そうそう。あんなチームワークだったのに」
不思議だよなぁ、あははと司と笑い合う。
それを受けて羞恥か怒りかマリーが震え出す。
さっきから赤い顔で震えてばかりだ。
「あなたたち……!」
「すみません」
「も、申し訳ありません……」
あそこまで連携が合わなくなるのだから、根本的にリズムというか考え方がズレているのかと思いきや。
話せば話すほど楽しいし、互いに話題も尽きないときた。
静さんがさっさと仲を深めてこいと言った理由も今ならわかる。
「え、ええと……だからだな? 話し合いと微修正だけでいい線いけそうだ。思い返してみると、マリーの主な指示だって大きな間違いがあったわけじゃないし」
ただ、ちょっと踏み込んだ判断の許可が欲しかっただけで……。
必要なのは、どこまでなら許されるかという事前の確認と話しあい。
それがわかっただけでもデートに行ったのは無駄ではなかったと思う。
反面、男女の仲に発展とか、そういう感じはまったくなかったが。
そういう意味では、今日最大の功労者はデート(強制)を提案実行した静さんで――
「ええ。お嬢様の決定や方針に、間違いがあることは少ないです。見た目の割に、よく考えてから話す人ですからね。欠点は、有り余るエネルギーで周囲を振り回すところでしょうか」
「静さん!? いつの間に!」
――気配なく背後に立たれたせいで、喉がひゅっとなる。なった。
これは静さんにアサシンスキルがあるわけではなく、俺が疲れで鈍くなっていただけだと思う。
多分。きっと。
マリーも司も驚いていないし、気にしていないからそうに違いない。
「どうでしょうか? 亘さんには、私と一緒に暴走装甲車マリー号のブレーキ役をしてほしいと思っているのですが」
……?
一瞬、なにを言われているのかわからなかったが。
静さんは真顔だった。
いつもの涼し気で切れ長の目がこちらを見据えている。
ははぁ、さては静さん、俺とは違う意味で疲れているな?
「でも俺、もう暴走特急未祐号のメインブレーキやっているんで……」
「そうですか。ではサイドブレーキなら……」
「これなんの話なんです?」
思わず、といった様子で司がツッコミを入れる。
どうも静さん、マリーを半日自由にさせるために無理をした模様。
マリーに次ぐ裁量権を与えられているのは屋敷内で静さんだけだと、前に聞いたことがある。
つまるところ業務疲れである。
「しかし、腰部四連装ドリルも、肩部二連装ドリルもパージしたお嬢様は魅力的だったでしょう?」
「軽量化されて大層身軽だったとは思いますが。おかげであちこち連れ回されましたし」
「ちょっと! 人をメカだかロボのように言わないでくださいます!?」
腰部は後ろ髪の。
肩部はもみあげの先にあった巻き髪のことを指していると思われる。
やはり静さん、少々お疲れの模様。言動が普段と違い大分怪しい。
いつもシャキッとしているので非常にレアな姿である。
「まったく……ところで、サイドブレーキさん」
「誰がサイドブレーキじゃい。勝手に組み込むな」
当の暴走装甲車さんからサイドブレーキ呼ばわり。
結局勧誘してくるんかい。
本当、めげないよな……俺なんてそんな大層な人材じゃないだろうに。
大グループからの勧誘ということで非常にありがたいのだが、まだ進路を固定してしまうのは怖い。
もっとも、進路を決定する時まで答えを待ってくれているとは限らないというのもあるのだが。
「失礼、ワタル。ディナーも召し上がっていくでしょう?」
マリーからの柔らかな好意と厚意がむず痒い。
シュルツ家のディナー……!
是非とも味わいたい&自分の料理の参考にしたい。魅力的だ。
とても魅力的なお誘いではあるのだが……!
「や、帰るよ。我が家にお腹を空かせているのが二匹いるんで」
脳裏をよぎるのは、家で待っている二人の顔で。
帰りがけにスーパーに寄ろうとか、食材を見ながらメニューを決めようとか、そういう思考ですぐに埋め尽くされてしまう。
「そうですか。残念ですわ」
そんな俺の表情を読み取った上で、マリーは苦さを感じさせない笑みを浮かべる。
断っておいてなんだが「勿体ないことをした」と思わずにはいられない、後ろ髪を引かれる感覚。
それだけ今日は楽しく充実した一日にしてもらった。
「そこで無理に引き留めないのがいいよな、マリーは」
例えば、未祐と理世を迎えに行かせてディナーに巻き込む。
家に食事を配達させて俺が帰らなくてもよくする。
財力も人を動かす力もあるマリーが我を通そうとすれば、簡単にできることばかりだ。
だが、マリーはそれをしようとはしない。
「な、なんですの? 急に褒めて」
いつもなら巻き髪があるもみあげあたりの髪を、自分の指でくるくるするマリー。
ディナー以上に、俺が魅力的に感じているのはマリーの人柄だったみたいだ。
だからといって「使用人にしてください!」とはならないところが、俺がこの家の人々やシリウスのメンバーとは分かり合えない部分である。
傅いちゃうと、仰ぎ見るしかできなくなるしなぁ。
マリーの顔は正面から見たいよ、俺は。
「まあ、なんだ。今後もよろしくな……ゲームのほうが上手くいかなかったとしても」
「上手くいかせるのでしょうが! わたくしたちの手で!」
「はは」
どこまでもエネルギッシュな答えに、俺は笑いながら屋敷を後にした。
早く帰って晩ご飯の準備をしないとな。