突発デートイベント 前編
シュルツ家の運転手は、もちろんプロである。
道も街の構造も心得ているようで、車が侵入可能でありながらなるべく中心部に近く。
更には、人通りに揉まれないような絶妙な位置で俺たちを降車させた。
――が、問題はそんなことではない。
「放り出された……」
呆然と自身が置かれた状況を口に出す。
嵐のような三十分間だった。
先程までマリーの仕事部屋にいたのが夢のよう。
「どうする、マリー……!?」
同じく着替えさせられ、放り出されたマリーのほうを見た。
そして驚愕した。
「誰だお前!?」
「はい!?」
そこにはマリーに似て、しかしマリーではない。
陽の光を柔らかく反射する金の髪を真っ直ぐに降ろした、お清楚な美少女が立っていた。
金髪碧眼に天の配剤のような顔面のパーツ配置、均整の取れすぎた体格と見覚えのある要素は揃っているのだが。
大事な……もみあげが伸びた先にあった大事なドリルがない……まさか、そっくりさんか!?
「俺の知っているマリーはこんな正統派ブロンド美人じゃねえ! ドリル――巻き髪を、本物のマリーをどこへやった!」
「髪を伸ばしたわたくしですわよ!? どこで人を認識しているんですの!」
ともかく落ち着いて話をできる場所へ移動しようということで。
近くにあったイートインのあるコンビニへ入ることにした。
「どーぞ」
「あら、ありがとう」
注文は俺がコーヒー、マリーが紅茶。
どうでもいいけれど、こんなところから合わない俺たちである。
Mサイズのカップに入った紅茶を手渡し、マリーの隣に腰かける。
「そもそもあの髪型は、初見の方になるべくわたくしを憶えてもらうためのものです」
……なんの話かと思ったら、さっきの髪型のことか。
自分から話題を振ってきたということは、それほど怒っていないらしい。
そしてこの場合、初見の相手というのはゲーム内やら学校の生徒のことではないだろう。
「それって商談とかの?」
「ええ」
マリーは社長令嬢だが、グループ内の一部企業を任されている社長当人でもある。
公序良俗に反しない範囲で奇抜な髪型、服装などをしている営業マンの話――なんてものは聞いたことがあるが。
まさかマリーもその類のことを実践しているとは。
「そんなことをせんでも、西洋系の派手美人なんだから平気じゃないのか? 欧米圏以外の取引先なら目立つだろ」
「わたくしとて、お母さま譲りの美貌は自覚しておりますわ」
「すげえ言いっぷり」
マリーは本人曰く母親似のようだ。
前に温泉で会ったパパンもダンディーだったし、ちゃんとマリーはそちらにも似ていると思うが。
反抗期か?
さっき迂闊な発言をしたばかりだから、繊細そうな部分の質問は控えておこう。
気になるけれど。
「それに、使用人たちが磨きをかけてくれていますし」
「そ、そうだな」
その結果があのドリルなのは納得いかないが。
明らかにドリっていない今の状態のほうが普通に美人さんだ。
普通……そうか、普通じゃだめなんだな。
思い至ったその考えを裏付けるように、マリーの言葉が続く。
「ですが、見目がよいだけでは相手の記憶に残りませんの。だからあれは……そう。印象操作。印象操作というやつですわね」
「へえ、印象操作」
ドリル……あの巻き髪が相手に与える印象ねえ。
本来の狙いからすれば優雅に見えるアイテムなのだろうけれど。
漫画なんかではいかにもな「お嬢様の髪型」という感じで、今となってはステレオタイプの象徴。
少々浮かれた髪型と言わざるを得ない。
浮かれポンチである。
マリーなら、そこもわかった上でやっていそうな節があるので……。
「確かに一発で記憶には残るけど。それとは別に、誰か油断させたい相手でもいるのか?」
「あら。よくわかりましたわね」
少々穿った意見を口にすると、肯定の意が返ってきた。
その上で興味深そうに楽しそうに、碧い瞳でこちらをじっと見てくる。
吸い込まれそうに綺麗ではあるのだが、同時に高すぎる空や深すぎる水底なんかも想起させられる碧い瞳。
……今以上にマリーと距離を詰めるのには相応の覚悟が要りそうだ。
俺には静さんほどの覚悟はないんだよ。
「そうかい。怖いから詳細は訊かんけど」
一歩引く姿勢を見せるも、マリーに落胆の色はない。
また、無理に詳細を聞かせようという様子もなく――ただ口元に笑みが残っている。
最近は執事候補に、グループ社員にとしつこく誘ってこなくなったんだよな……かといって諦めた様子もないのが怖いが。
「そう大袈裟なものではありませんわ。誰でも無意識にしていることではなくて?」
「髪型……服装とかも?」
「メイクもそうですわね」
「ほー、なるほど。他には?」
急に一般論にシフトしてくれたので、全力で乗っかっていく。
男だと美醜以上によく言われる「清潔感」だとか。
メイクまで範疇に入れられると、さすがに女性のほうが詳しい分野だろうな。
しばらくマリー先生による「外見が与える印象論」を聞いていると、ふとこちらの――着ている服だろうか? を見てくる。
「あなたの服装も、わたくしと釣り合うような格好にされたのではなくて?」
「文字通りされた、だがな……」
この場に放り出されるにあたって、俺は服の着替えをさせられている。
といってもほとんど着替える前と構成は変わらず、ジャケットにジーンズという男子高校生らしい普通の格好のままだ。
ただなぁ……。
「これブランドものだろう? 肌触りは非常にいいんだが、着慣れていないから落ち着かないぞ」
色身が違う、縫製の精度が違う、型がしっかりしていてパリッとしている、着た際のシルエットが綺麗と、同じジャケット&ジーンズでも月とスッポン。
見る人が見れば「高級品」とわかるレベルの服装だ。
確かにマリーと並んで歩くにはこれくらい必要だろうが、汚さないように緊張するせいか肩がこる。
「落ち着きませんか。ちなみにその服、お値段は――」
「やめろ! 聞きたくない!」
「ちなみにインナーのシャツも――」
「シャツも!? 肌着はさすがに返す感じじゃなくないか!?」
ちなみにマリーの側だが、ドレス風のワンピースだ。
多分シルク生地。高そう。
街歩きでも浮かないようなデザインになっていて、細いウェスト部分はリボンベルトで締められている。
スタイルの良さもしっかり引き立っており、周囲の目を惹いている。
というか街歩きで浮かなくても、コンビニのイートインという庶民的な場所からははっきりと異質だ。
そんなお洒落着のマリーは微笑み……。
「そうですの? 差し上げますのに」
続く発言に俺は眉をひそめることになった。
そりゃ、くれると言われて嬉しくないわけではないよ?
「……お前、それを手放しで喜ぶようなやつと付き合ったら駄目だからな? 気をつけろよ――って、前にも似たような忠告をしたっけ?」
「ふふ。重々承知しておりますわ。あなただから言ったのですわよ」
財力があるだけに――いや、あるからこそか。
マリーに対しては釈迦に説法な気もするけれど。
変なのが寄ってこないとも限らないからな……。
「その服は、来春向けに開発中の我が社の試作品ですから。本当はまだ値なんてついていませんの」
「いや、でも明らかに素材が……」
「先程言ったような着心地など、あとでシズカに伝えてくださいな。試供品のモニター、その報酬――ということなら受け取っていただけるでしょう?」
「物は言いようだな……ありがとう」
仕事の報酬と言われれば、じゃあいいかという考えになってしまう。
ちょっと前に秀平に外出着を馬鹿にされたばかりだし、一揃えくらいはちゃんとしたものを持っておくのもいいかもしれない。
……冬休みの旅行といい、返しきれない恩ばかりが重なっていくのは気がかりだが。
「ところで、こんないい服を着てどこに行けって話なんだ?」
もうここまでの会話で、相互理解を深めるという意味では充分に思えるが。
静さんはデートをしてこいと言っていたけれど……。
マリーもなにも聞いていないのか、首を傾げる。
「さあ?」
「さあって」
「エスコートしてくださいませんの?」
「俺が考えるのかよ!?」
お嬢様から「デートプランを考えよ」とのお言葉。
まだ湯気を立てているコーヒーの前で、俺は腕を組んで黙考を開始。
すぐに出てくるような定番のデートプランから、お嬢様に庶民の暮らしを学ばせるといった、こちらもある意味では定番のプランなどが頭を過ぎる。
でもなぁ。
マリーって普通に牛丼屋に入ったり、ラーメン屋に入ったりするタイプのお嬢様だし。
ゲームセンター……買える筐体は買って持っているか。
映画……どの言語で見るのが正解なんだ?
最近話題の屋台のクレープ……もうチェック済みな気がする。
あれ、異常に難しくないか?
「……、………………」
あまりの難易度に悶絶。
頭がショートしそうになり、俺は頭を振って両手を上げた。
降参。降参だってば。
「ダメだ、お手上げ。マリー、一緒に考えてくれよ」
「一緒に?」
大体、デートプランって一緒に考えるものじゃないのか?
少なくとも俺の価値観ではそうなのだが。
マリーは思いを巡らせるように視線も巡らせ、最後に手元を見てから紅茶を一口。
それから可憐な蕾のような唇を開く。
「……なるほど。面白いですわね」
「なにがだよ?」
個人的には至極普通のことを言ったつもりだったのだが。
しかしこちらに視線を向けたマリーの顔には……。
含みのない今日一番の笑みがあった。