トーナメントの中休み
仕事と無関係に、この場を訪れるのは久しぶりではないだろうか?
未祐たちは連れずに一人、バス経由の徒歩でシュルツ邸に向かう。
今日は仕事着である執事服なスーツは着ずに、でかい門を通りむやみに長い廊下を歩かされ、一際豪華な扉をノックしたのが数分前。
「特訓ですわ!」
そして今、マリーが机を叩いて宣言したのは邸内の執務室。
マリーの仕事部屋兼私室でもあるそうだが、ともかく。
「遊びにこいっていうから来たのに……」
思わずそんなぼやきも出る。
ゲームの特訓なのだから遊びだろうと返されればそれまでだが。
部屋の主であるお嬢様と机を挟んで向かい合っているのは、俺と司、静さんの四対四決闘メンバー。
そんなわけで言っている内容もTBの決闘に関するものである。
しかしながら、特訓を宣言されたメンバーの反応はというと。
「正気ですかお嬢様?」
いつもと同じメイド服な静さんは冷ややかに。
「たった二日の、残り一日しかないトーナメントで? 今から特訓?」
普段着私服な俺は困惑の混じった視線を返し。
「あの、貴重なお休みなんですから休んでは? お嬢様、トーナメントに合わせるために忙しかったですよね?」
執事服の司は心配そうに忠告した。
マリーがどこぞの弁護士のようにバンバンと机を叩く。
「なんなんですの、この口さがない使用人たち! 誰か一人くらい賛同しませんの!?」
うん、わかる。
勢いをくじかれて怒っているんだな。
でも仕方ないじゃないか、あまりに非効率な行動を見過ごすわけにもいかない。
静さんも俺と同意見なのだろう。
「主を諌めるのも私の仕事ですから」
「俺は使用人じゃないし。バイトだし。今は業務時間外だから、友だちとしての言葉だなぁ」
「友だち……」
そこ、なにげなく言った単語を噛みしめるんじゃない。
ほんわかじんわりしているんじゃない。
こっちが照れるじゃないか。
最近は増えただろ、学校でも友だちが。そろそろ慣れろ。
「あの、休養は……?」
諦めろ司。
どうもマリーは休むよりも遊んだほうが回復するタイプのようだ。
体力よりも気力を充実させておきたいらしい。
「ご、ごほん! ともかく! 幸い、トーナメントに中休みが発生しましたわ!」
「緊急サーバーメンテだってなぁ」
そう、そうなのだ。
マリーが言ったように本日TBはログイン不可。
そのため、本来なら四対四トーナメントの後半が開催されていたはずが翌日に延期。
「これぞ天祐!」
「小難しい表現をスッとお出ししてくるな、この外国人」
――現状維持なら遠からず負ける。
そんな決闘内容でなんとか勝ち続けていた俺たちにとっては、まさに天の助け。
確かにその通りではあるのだが……。
勢い込んでメンバーを集めた割に、マリーの言葉には具体性がない。
「……特訓って、具体的になにをするんですか?」
同じ疑問を持ったのだろう。
休養の提案を諦めた司が小さく手を上げて質問する。
「なにって。本戦再開まで、とにかくオフラインモードで一緒にプレイして連携の強化を……」
ここまで薄々とだが察知しつつあった嫌な予感が的中してしまった。
まあ、似たような提案をするときの未祐にそっくりだったもんな。
ちなみにオフラインモードというのは字の如く、TB公式が出している非接続状態でもプレイ可能なゲームモードである。
「別に悪いことではないと思うけど、1日しかないんだぞ? オフなら決闘相手もNPCになっちゃうし」
「非効率です」
みんなと遊びたいだけに聞こえなくもないが、おそらくマリーは勝つために真面目に提案している。
なので俺たちからの返答もやや辛めだ。
あまりに闇雲、我武者羅に過ぎるやり方だからな……。
「しかしマリー、どうした急に。前からそんな体育会系のノリだったっけ?」
「経営改善会議の場でしたら、即棄却されているレベルの案ですよ。お嬢様らしくもない」
「あなたたち……!」
マリーが震えている。
もちろん感動からではなく、怒りからくる震えである。
「こういったことは、友情! 努力! そして勝利が鉄板なのではなくて!?」
そんなことを言うマリーの背後の棚には、俺が少し前にオススメしたバトル漫画(特装版)がズラリと並んでいる。
薦めなかった過去の大作・良著も並んでいる辺り、もう自発的に探して買って読んでコレクションしている模様。
悪い影響を与えちゃったかな……。
「あのさ、マリー。方向性が合っている努力なら支持するけどもさぁ」
「私もそうです。特訓、つまり練習することを否定しているわけではありませんから」
「猶予はたったの一日ですもんね……もっと短期で効果を発揮するような、的を絞った練習が必要ってことですよね?」
「くっ!」
さすがに「努力していれば漫画のように突然不思議な力に目覚めるはず!」とまではマリーも言わなかった。
未祐なら言っている。
それに漫画だって、不思議な力やら覚醒状態に至る伏線は張られているものだ。
俺たちの間にそんな積み上げたものは――使用人二人とお嬢様の間にはあるかもしれないが、少なくとも俺には足りない。
にわか執事風アルバイト清掃員だからな。
……あれ、これって俺が連携の邪魔になっていないか?
四対四はマリーの側から誘われたとはいえ、これはまずくないか?
「……私見を述べさせていただいても?」
「……許可しますわ」
っと、場が硬直したのを見て静さんが意見を出してくれるようだ。
恐々としながらも耳を傾ける。
「まずは問題点の抽出から」
「そ、そこは共有できていると思いますけれど……念のため聞きますわ」
そうだね、俺とマリーの連携だね。
……マリーもわかっているんだろうな。
自分から誘った手前、俺を邪魔とは言えないんだろうけれど。
「初日のトーナメントで最も安定して活躍していたのは、柳瀬さん……ワルターさんでしょう」
「ぼ、ボクですか!?」
お、静さんは上げてから落とす話の流れを採用するようだ。
実際、司がいたからトーナメント前半がどうにかなった面は強い。
「お嬢様の指示だけでなく、岸上さんの指示も的確に汲んで動けていました。素晴らしい働きだったと思います」
そうなんだよな。
司、二つの指示によく混乱せずに動いてくれたものだ。
一応、俺の指示は追加というかマリーの指示に大きく反するようなものは少なかった、というのはあるが。
それにしたって、指示役を増やすような俺の行動は普通にNGだ。
船頭多くして――というやつである。
静さんは照れる司に労うようなうなずきを送ると、話を続ける。
「私は良くも悪くも一定の動きでした。普通ですね」
「高水準で安定している人を普通とは言わないような……」
「師匠、静さんはいつもこうなんですよ……」
アドリブで指示にない足止めや回復を的確に送ったり。
俺のお株を奪うように『シャイニング』の目潰しをあっさりと使いこなしてみせたり。
普通……普通ってなんだ?
自分に厳しいのか単に自己評価がおかしいのか不明だ。
そしていよいよ静さんは、俺とマリーを交互に見遣って口を開く。
「問題はおふたりです」
「知ってた」
「わ、わかっていましてよ! モチロン!」
俺だけでなくマリーを対象に含めてくれたのは優しさだと思う。
せっかくだから乗っからせてもらおう。
さすがに「俺が邪魔なんじゃ?」と自分から言い出すのは卑屈が過ぎるし。
今更、メンバーの変更なんてできるものでもない。
「ですから」
そしてその後に続く静さんの言葉はなんとなく予想ができる。
昨日の反省会をしたり、話しあって約束事を決めたり、そういうのでいいはず。
特訓よりも絶対に効率的で体力的にも楽だ。
静さんなら、きっとそう言って――
「手っ取り早く相互理解を深めるために、ふたりでデートでもしてきてください」
「はい!?」
「へ?」
――くれると思っていた時期が俺にもありました。
静さんの謎の言葉を受け、あっという間に車に詰め込まれ。
「では、いってらっしゃいませ」
「……は?」
「……えぇ?」
数十分後には気がつけば、身だしなみを整えられた上でマリーとふたり、街に放り出されていた。
ここまで送って来たやたら前後に長い車が、爆速で屋敷に向かってUターンしていく。
……あれ? 静さん? ……静さん?