表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1100/1111

3対3プチ打ち上げ会

「3月……3月中旬といえば……」


 料理のメニューを考える際に、割と重視するのが旬の食材であるか否か。

 旬の食材は栄養価が高く、その効能も季節に合ったものが多い。

 春先の食材は解毒作用があり、新陳代謝を活発化させる。

 冬季に栄養を蓄えた山菜類なんかが代表的だが――青臭さやアクなどもまた特徴的で。

 調理の面では処理が面倒、食べても味の好みがわかれやすい。

 さて、我がギルドの面々はというと。


「タケノコ!」

「フキノトウ!」

「春キャベツ!」

「カブ!」

「な、菜の花っ」

「……好き嫌いなし、と」


 割とアクやエグみの強い食材の名がユーミル・トビからポンポンと挙がる。

 最後の控えめな声はセレーネさんのものだ。


「アスパラガス!」

「ウド!」

「わかったわかった。意外と旬を把握しているな、お前ら」


 言われた食材を取引掲示板のカートに放り込んでいく。

 実際に手に取って選べないのは残念だが、ゲームシステムによる品質判定を頼ってポチポチポチ。

 そしてドサドサと商品が即時インベントリへ。

 この時短っぷりが現実にはないよさだと思う。

 ゲームはスピード感も大事。

 ――と、今更だが、俺たちはグラド帝都の取引掲示板の前にいる。

 皇帝の像が建っている噴水広場の近くだ。

 午前中でイベント開催時間ではないのもあり、プレイヤーの数はまばらである。


「他は? なんかほしいもんあるか? 現実と同じ食材は大体あるみたいだけど」

「イチゴ!」

「おう。やや早いけど、まあ旬か」

「む?」

「ハウス栽培があるから、ちゃんと甘いのが早い時期から出回っているけど。本来の旬は今より少しだけあとなんだ」

「ほー!」


 取引掲示板は便利だ。

 たまに変な名前の食材が混ざっているのはご愛嬌あいきょうといったところだが。

 上にモンスター名が付いているのは……背中に作物がなっていたりするのだろうか?

 サーラ国内にもトウガラシ味のウロコを落とす大トカゲがいたっけな。

 あとこのエトコロトモンガってなんだ? 本当に食材で合ってる?


「む? なんかひとりだけ食材を挙げなかったやつがいるな? お勉強のしすぎで一般常識が欠落したか?」


 と、ここでユーミルが無言のリィズに絡んでいく。

 普段はさっぱりした性格のくせに、リィズ相手だと意地が悪くなる。

 皮肉を言われた側のリィズは、少しの間を置いてから口を開く。


「では……夏みかんなどはどうでしょう」

「夏! みかん! わははは! 今は春だが!?」

「合っているぞ」

「!?」


 横からの俺の声に、笑っていたユーミルが愕然がくぜんとした表情になる。

 トビも「そうなの?」という顔だ。

 セレーネさんは知っていたっぽい。


「夏みかんの食べごろは今の季節、春だな。一番おいしい時期だ」

「夏みかんなのに!?」

「夏ごろに実がなって、冬に収穫して追熟。で、春に出荷だな。昔の品種は初夏に収穫できたから“夏みかん”って名前の通りらしいんだけど。品種改良が進んで収穫が早まった今では、すっかり春の味覚ってわけだ」

「なんってまぎらわしい名前だ! 春みかんに改名しろ!」


 改名は暴論だが、確かに紛らわしい。

 あえてこれを選んだのは――言うまでもなくリィズの意趣返しだろう。


「他には一部のカレイですかね」

「む? カレイの旬は秋から冬では……?」


 こう話しているのを聞いていると、ユーミルの食材知識も中々ではないだろうか。

 俺と一緒に買い物をしているときに、そういう話をしているから――というのは自惚うぬぼれだろうか。

 それとも単に食い意地が張っているだけか。

 どちらにしてもすごいぞ、カレイの旬がスッと出てくる時点で。

 すごいのだが……。


「メイタ、クロガシラなどのカレイは春が旬ですね。まさかご存知なかったのですか? 旬の食材に詳しいユーミルさん」

「ぐっ!?」


 知識量でリィズと張り合うとどうなるか? というと――こうなる。

 小さいころは百科事典を抱えて読んでいたタイプであるからして。

 勉学以外の幅広い知識も豊富である。

 それらを活かした四方山(よもやま)話もやろうと思えばできちゃうわけだ。


「ユーミル殿、しっかり知識マウントを取られていくぅー!」

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬ!」


 いつもより多くユーミルがぐぬっております。

 下手にあおるからこうなってしまう。

 リィズからは煽り返されるし、無関係のトビまで煽ってくる。

 リィズに知識で勝つのは難しいよなぁ……最近はゲーム知識までついちゃって、どの分野なら勝てるのかわからない。

 ――と、ここで食材の買い出しは終了。

 ぞろぞろと帝都内を歩きながらの会話に移行する。

 少し時間が経過したこともあり、周囲にプレイヤーの数も増えてきた。


「そ、そもそも! ゲームで旬とか関係あるのか?」


 恥を誤魔化すように、歩を進めつつ、ぐりっと視線をこちらに巡らせるユーミル。

 確かにTBはゲームなので、現実の旬食材とはリンクしていない。

 そうでないと短時間で収穫まで行けず、プレイフィール的には微妙になってしまうからな。

 現実基準で収穫に半年~1年かかる生産作業なんて、ゲームでは誰もやらないだろう。


「関係ないけど、あの子たちのリクエストだからな……」

「そうか! じゃあ仕方ないな! 頑張ったからな、あいつら!」


 春らしいご馳走を食べたい! お願いします! というのが彼女ら――3対3決勝メンバーからの要望。

 そのメンバーに渡り鳥を加えた面々でプチ打ち上げ会をしたいらしい。

 他のトーナメントはまだ終わっていないので小規模で、とのこと。

 発起人はホリィちゃんで、他の面々も賛同といった流れ。

 ユーミルも「リコリスたちを祝いたい!」と口にしていたので、食事の準備は全面的に渡り鳥側で請け負い……。

 要望通り旬の食材を用い、こうして宴会メニュー系の料理をすることとなったわけだ。


「しかし、春……宴会……さては花見か!?」

「どうだろう。TBに桜って存在しているのか?」


 春のパーティといえば花見! と、ユーミル。

 そういや今年は花見の予定を立てていないな。


「……食べる場所はあの子たちが確保しておいてくれるんだっけ?」


 ユーミルの言葉で打ち上げ会の場所が気になったのか、セレーネさんが質問を投げかけてくる。

 そうこうしているうちに次の目的地に到着。

 ここが帝都の共同炊事場か。

 サーラの王都よりも規模が大きい気がする。

 インベントリ内から食材を取り出しつつ、俺はセレーネさんの言葉に応えた。


「らしいです。どこなのかは――来てからのお楽しみとか」

「なんだそれは?」


 キャベツを持ったユーミルが首を傾げる。

 まあ、花見なのかな? とは俺も思うが。

 わざわざサプライズ的に見せたいということで、期待していいだろう。




 さて、俺監修のもと、調理に五人全員で取りかかった結果。

 およそ十分も経たずに立派な重箱の五段重ねが七つほどできあがった。

 このスピード感がゲームの(以下略)。

 そうこうしているうちに集合時間になったので、転移ポータルがある神殿へと向かう。


「ところで、転移先を秘密になんてできるのか?」


 知らないことで恥をかいたばかりということで、いつもの質問魔へと回帰したユーミルがいてくる。

 うん、なんでも知ろうとすることは大事だよな。

 俺がわかることであれば答えよう。


「できるんだな、これが。使い捨ての座標コードなんてもんがあってな? 決闘、私闘の際に“人質の命が惜しくばここに来い!” 的な使い方をするのが主だったらしいんだけど」


 メニュー画面を開き、共有モードをオン。

 フィリアちゃんから送られたタイトルなし・本文なし、座標コードのみが記載されたメールの画面をユーミルに投げ渡す。

 もちろんこれは決闘の申し込みではない。愛想はないが。

 打ち上げ会場への招待状である。


「発行される数値がでたらめだから、TB地理学に詳しい人でも場所の類推は不可能」

「TB地理学とは?」

「で、これを転移ポータルに打ち込むわけだ」

「なあ、TB地理学ってなんだ?」

「……」


 そこはあんまり突っ込んでほしくなかった。

 なんとなく語感でわかるだろう? わからない? あ、そう……。

 要はTB世界の地図が頭に入っていて、座標コードを見ただけでどの位置かわかる変態プレイヤーさんもいるよ、というお話である。

 一瞬言葉に詰まったものの、ユーミルにはしっかりと説明して差し上げた。

 これに関しては知らなくても問題ない、素晴らしき無駄知識というやつである。




 座標を打ち込み、神殿からの転移完了。

 屋内・屋外の光量の違いを表現するためか、視界が少しの間だけホワイトアウトする。

 やっぱりこれ『シャイニング』を目に受けた時とちょっと似ているな――と、視界が徐々に回復。

 すると、目の前に現れたのは……。


「おお……」

「これは!」


 桃色の花吹雪が舞い、爽やかな風が吹き抜ける穏やかな場所だった。

 重箱を抱えた一同から感嘆の声が上がる。


「桜! ……か?」


 ユーミルの語尾が疑問形になったのは無理からぬことだ。

 確かに多数の花が咲き誇っている美しい場所だ。

 しかし、周囲に背の高い樹木は存在していない。

 ここは……。


「草原……いや、高原かな? この起伏は」

「すごいな!」


 ここは林や森ではなく高原だ。

 俺たちが転移した足元には桃色、少し離れた位置には黄色、遠くに青い色の小山が。

 鮮やかな花弁をつけた小さな花々が、同色同士で集まり、絨毯じゅうたんのようになだらかな丘を覆って広がっている。

 人――とはTB世界なので限らないが、誰かの手が入っていそうな美しい景色だ。

 あっちの青い丘は昔、家族で行ったネモフィラ畑に似ているなぁ……なんて感想を抱いていると。

 花々が咲き誇る美しい丘の向こうから、聞き慣れたホリィちゃんとリコリスちゃんの声が聞こえてきた。


「みなさーん!」

「こっちでーす!」


 リコリスちゃんの肩には「私たちが準優勝!」とリコリスちゃんの字で書かれた自作のタスキがかけられている。

 やけっぱちの行為に見えなくもないが、さにあらず。

 その表情は晴れやかで、とても満足そうなのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
いい試合とは?(前話ラストより) 唐突の打ち上げ&ハインド達の優勝? とりあえず、優勝おめでとうございます。 ハインドは2冠達成おめでとう! 決勝戦をハイライトでいいからお願いします。 桜は4月(…
意外と久しぶり?な振り返り形式ですね(ギルド戦振り?)。何視点で振り返ってくれるのか、楽しみです!! 1100話ありがとうございます!(1000話でやろうとして、うっかりしたのでここで……。) 釣…
えっと、野暮かもしれませんが、アスパラガスの旬は春先から初夏です。 一般的には4月下旬から6月頃になります。 実家でアスパラガス作ってるので……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ