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本戦3対3決闘 後編

「先輩。なんで私、ここにいるんですかね……?」

「俺にかれても」


 シエスタちゃんが疲れた顔で俺に向かって手を伸ばす。

 ――決勝開始前の選手控室。

 ヒナ鳥チームから同室申請があり、こちらとしては断る理由がない。

 なにか話があるのだろうということで、現在のような状況になっている。

 少し離れた位置でリコリスちゃんとフィリアちゃん、ホリィちゃんが楽しそうに話し込み。

 残った三人は空気を読んで距離を取る、といった感じだ。

 自分の目の前にはシエスタちゃん、そしてシエスタちゃんの隣にサイネリアちゃん。

 あの眠そうだった子が、決勝に進むにあたり別人のように逞しく……なんてことはなく、いつもどおりのシエスタちゃんだ。


「リコリスちゃんのために頑張ったんでしょ?」


 なんとなくだが、トーナメント開始前に起きたであろう情景は想像することができる。

 リコリスちゃんがフィリアちゃん・ホリィちゃんと戦いたいと打ち明け、サイネリアちゃんとシエスタちゃんが発奮はっぷんと。

 そんな感じの流れじゃないだろうか。

 高い知能に反して向上心はいまひとつなシエスタちゃんだ。

 その彼女が決勝まで進んだ上に、こんなに疲れているならそういうことだ。


「……」


 シエスタちゃんは応えず、俺の後ろに回ってもたれかかる。

 ちょっと青白い顔なのが心配になり、俺は抵抗せずにそのまま背負った。

 ぐったりと体重を預けてくるせいか、いつもより重たく感じる。

 ほどなく決勝が始まるわけだけど、大丈夫だろうかこれは……?


「事前の対戦相手の分析は、ほとんどシーがやってくれたんですよ」


 と、疲れたシエスタちゃんをいたわるように見つつサイネリアちゃん。

 意外――でもないな。

 この面倒くさがりさんは、なんだかんだ言いつつも友だち想いなのだ。

 そしてフォローするように立つサイネリアちゃんも、同等以上にお疲れ気味な顔をしているのは言うまでもない。


「見たよ、準決勝までのリプレイ。シエスタちゃんの作戦バッチリだったけど、サイネリアちゃんも大活躍だったね」


 俺たちとは離れて話すリコリスちゃんたちを横目に、ヒナ鳥の戦歴を振り返る。

 掲示板で3対3の参加者が少ないことや対戦運について揶揄やゆする者もいたが……。

 しっかり格上を倒して勝ち進んでいるし、一発勝負のトーナメントらしい奇襲もふんだんに使い成功させていた。

 俺としては身内の贔屓目ひいきめなしに手放しでたたえたい。褒めちぎりたい。


「いえいえ。リコがずっと安定していましたから」

「サイネリアちゃんは謙虚だなぁ」

「あと、弓がですね? ご本人の希望で名前は出せませんが……」

「あー、アレね……」


 控えめな発言をしているが、腕が千切れんばかりに矢を連射していた気がする。

 途中から滑車装置の付いた機械式弓になっていたのは――うん。

 セレーネさんの影を感じる。セレーネさんだろう、間違いない。

 セレーネさんも大概忙しい気がするんだけどなぁ。

 よく手を回せたものだと感心する。

 新しく作っているサイネリアちゃんの弓とは別物だったので、尚更。


「指揮ぶりも見事だったよ。シエスタちゃんもリコリスちゃんも動きやすかったんじゃないかな?」


 ダメージを稼いだ上で、サイネリアちゃんは指示出しと全体の位置調整でも貢献していた。

 その点を褒めるとサイネリアちゃんが頬を赤く染める。

 ……なんだろう? どういう反応?

 褒められて照れているという感じでもない。

 困っていると、背中でもぞもぞと動く気配が。


「あれー、先輩の模倣もほうですよー」

「模倣?」

「……」

「また黙っちゃった」


 シエスタちゃんは疲れがピークを越えると、口数が減るらしい。

 それか単純に眠いか。

 どちらにせよこれ以上語る気はなさそうなので、サイネリアちゃんに視線を向ける。


「し、シーの詠唱妨害や回復、攻撃タイミングなんかもハインド先輩の模倣ですよ。私たちふたり、その……」

「?」


 言いよどむ。

 そしてまだサイネリアちゃんの頬は赤い。

 なんだろう、この甘ったるい空気は。

 不思議に思っていると――


「対戦相手の研究以上に、ハインド先輩の戦闘映像を穴が開くほど、その……見まして……」


 ――次の言葉で疑問は氷解した。

 なるほどそれは言い難い。

 そしてサイネリアちゃんの感情が伝播でんぱしたように、俺の顔も少々熱くなる。


「て、照れますな」


 いやー、本当に照れるというか恥ずかしい。

 どの試合だろう? どの映像だろう?

 ユーミルなんかと大騒ぎしているやつだと余計に恥ずかしい……と思ったけれど、俺の決闘試合の映像なんて大半がそれだ。

 恥不可避である。


「て、照れないでください! 本当は言う気なかったんですよ、こんなこと! それなのにシーったら……」

「んあー?」


 サイネリアちゃんが益々顔を赤くしてシエスタちゃんをにらむも、返ってくるのは寝ぼけたような声ばかり。

 もう半分くらい寝ているな、これは……。

 と、背中でまたもぞもぞと動く気配。


「……あれ? この先輩は映像のやつ? それとも本物?」

「し、しっかりシエスタちゃん! 本物だから! は、ハインドさんだぞぅ!」


 舌の回りきっていない発音、気が抜けきった声音、背中越しに感じるぽかぽかと温かい体温。

 それら全てから不穏な気配を感じ、やや錯乱した発言を返しつつも、あわてて覚醒をうながす。

 ――が。


「……まー、どっちでもいいかぁ。ぎゅー」


 夢現ゆめうつつな状態のまま、シエスタちゃんが全身を密着させてきた。

 年齢不相応に凶悪な、柔らかい部分が変形しながら押しつけられる。

 いつも努めて遮断しゃだんしてきた背中の神経が敏感にそれらを感じ取る。


「のわあああ!?」

「ああああ!?」


 同時に悲鳴を上げる俺とサイネリアちゃん。

 悲鳴を上げながら、俺はサイネリアちゃんに向けて背を向けながらかがみ。

 サイネリアちゃんはシエスタちゃんを俺の背から引き剥がす。

 この間およそ2秒。


「ああああ!」

「ああっ!」


 叫ぶ叫ぶ。

 しかし動揺の割に振り落としも叩きつけもしなかったのは自分たちを褒めたい。

 ――分離、成功。

 共同作業の達成に、俺とサイネリアちゃんはハイタッチを交わす。ぺちーん。

 俺はともかくサイネリアちゃんは相当疲れているな、これ……普段ならしないような奇怪な行動をしている。


「「あーっ!」」

「なんなの、もー」


 さすがに大騒ぎされたことで、シエスタちゃんが半目程度はまぶたを持ち上げる。

 そのままサイネリアちゃんが寝ぼけ眼のシエスタちゃんを連れて行き、控室にある椅子に座らせた。

 決勝開始寸前まで休ませるつもりのようだ。

 ゲーム内のそれでどこまで効果があるのか不明だが……ログアウトしている時間まではないので、仕方ないのだろう。

 ひとりになった俺は、離れたところで話しているリコリスちゃんたちの様子をうかがう。


「――」

「――、――」


 会話内容までは聞こえないが、そろそろあちらも一区切りといった感じ。

 互いに全力で戦うことを誓いあい、笑顔で背を向け合う。

 ……いい顔になったな、リコリスちゃん。

 結果がどうなるにせよ、決勝まで進んだ甲斐はあったようだ。

 ここまで支えてきたシエスタちゃん・サイネリアちゃんの苦労も報われただろう。


「ハインド」


 感慨にふけっていると、合流したフィリアちゃんが俺に声をかけてくる。

 そして表情をのぞきこむようにしてから、小首をかしげた。


「なんで、もう終わったような顔しているの……?」

「え? いやいや、これからというかここからが一番の楽しみですからね!? ハインドさんなら大丈夫だと思いますけど、しっかり気合入れていきましょうね! ね!」


 と、やる気が全身からみなぎっているホリィちゃんが発破をかけてくる。

 こっちが年上だから気を遣った表現にされているが、実質「てめえ気ぃ抜けてんじゃねえだろうな?」と言われているも同然だった。

 つくづく戦闘民族な少女たちである。好戦的だぁ。


「ああ、もちろん。彼女らが相手でも――相手だからこそ、なおのこと手を抜く気はないよ。勝ちに行こう」


 半分は促されてだが、もう半分は本音でそう告げると、ふたりから満足そうな表情が返ってくる。

 まぁフィリアちゃんは無表情なので、ただの推定になるけれど。

 今日も絶賛、表情筋が職務放棄中の模様。


「……それならいい。私は負けるのが嫌い」

「私もです!」

「俺も」


 最後に当たり前の共通認識を確認しあったところで、転移開始のカウントダウンが終了。

 静かな選手控室から満員の決闘ステージへ。

 満員の観衆が放つ歓声と熱気に包まれ、体温が一気に数度上がるような感覚。

 お疲れだった対面のシエスタちゃん、サイネリアちゃんも……。

 会場の興奮に当てられたのか、しゃっきりした顔になっている。

 これならいい試合になりそうだ。

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― 新着の感想 ―
弦月さん!もう一度オナシャス! でもこういうハインドたじたじもいいぞ、と。
そして始まる物理殴合いと高機動戦と もしやのシャイニング戦…とか?
ハインド、慕われてる(一部除く)年下の子たちだけの空間で何も起きないはずもなく・・・
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