本戦3対3決闘 中編
2対2で具体的な作戦を用いたのは決勝のみだったが……。
3対3では準決勝からとなった。
というのもフィリア&ホリィが、無策で決勝まで進んだアルベルトさんに劣るというわけではなく。
「斉射!」
単純に準決勝で当たった相手の癖が強く、特殊な対策が必要になったからである。
号令と同時に矢が乱れ飛んでくる。
3人パーティ同士の対戦というカテゴリ上、弓術士の存在は珍しくなくなってくるが……。
全員が弓術士、その上でトーナメントの上部まで来られるのは彼女らだけ。
弦月さん率いるアルテミスパーティだけである。
「弦月さんっ! 勝負っ!」
とても3人分とは思えない矢の雨をかいくぐり、ホリィちゃんが敵エースの弦月さんへ肉薄。
俺とフィリアちゃんは連携可能な近い距離で、残りの二名……。
アルテミス幹部フクダンチョー・アルクスのほうへと駆け寄った。
今回ばかりは俺も距離を詰める側である。
矢と『シャイニング』で撃ちあった場合、MP消費や詠唱の都合で絶対に負けてしまう。
ひとまずフィリアちゃんがアルクスさんに、俺はフクダンチョーさんへと――
「あ、あなたは料理上手の! フクダンチョー仲間さん!」
「今ごろ!?」
――攻撃しようとしたんだけどな。
フクダンチョーさんから気の抜けるような発言。
選手控室で済ませとけ、という類の会話内容だ。
まあ、両陣営とも同室待機は選ばなかったのだが。
「名前は……名前は……」
「ウッソだろお前フクダンチョー!? ハインドの名前忘れるとかないって!」
「そうでした! ハイドさん!」
「ハ・イ・ン・ド!」
「……」
本人よりも必死になって修正するアルクスの姿勢が、ありがたくも切ない。
そっかぁ。
憶えてもらえていなかったか、俺の名前。
仕方ないよな、通算三回か四回しか会っていないし。
「ごめんな、ハインド。時々、仲間の俺たちでも、本当にこいつと同じゲームをやっているのか? って、わからなくなるときがあるんだ……」
「ああ。だろうね……」
馬の品種改良に特異な才覚を発揮したり、食への欲求が過剰に強かったり。
およそ普通の人とは感性が違うのだろう。
ウチにも似たようなのが何人かいるので、アルクスの苦労は察することができる。
話しながらの戦いは自然と、俺対アルクス。
フィリアちゃん対フクダンチョーさんという構図に。
いつの間にか相手をスイッチした状態へと移行している。
「ハインド。ゆっくり話している暇はない」
こちらは無言でフクダンチョーさんを追いかけ回していたフィリアちゃんからの指摘。
フクダンチョーさんは発射間隔の長い単射型というのもあり、フィリアちゃんに矢傷はない。
「ホリィがもたない」
だが、時間をかけるほど――そう、弦月さんの相手をしているホリィちゃんが辛くなる。
しまった! まったり話している場合じゃなかった!
「謀ったな! アルクス!」
「そんなつもりなかったけどぉ!?」
波長が合うものだから、ついつい話し込んでしまった。
アルクスは連射型の弓術士。
TBでは最も人口の多い職種で、強さ・安定感の上に爆発力までが高次元でまとまっている。
多くの人に選ばれる強職である。
ウチだとサイネリアちゃんがこの職業。
で、目の前のアルクスだが。
「なかったけど――でも、チャンスなら活かしちゃうのが俺って男!」
取り回しのよさそうな中型の弓で、矢を束ね撃ちしてくる。
手が大きいのか指が長いのか、一度に四本ほどの矢が扇状に飛んでくる。
それもかなり早い間隔でだ。
当然、そんなものを俺が避けられるわけもないので。
「ふんぬぁぁぁ!」
「マジか!?」
ダメージを無視して突進! ――というと、少し語弊があるか。重戦士じゃあるまいし。
ヒットストップも考慮し、矢の間隔がわずかに広い場所を突っ切る作戦だ。
これをやるために、アルテミスが出ている決闘のリプレイを穴が開くほど何度も見てきた。
そして反射神経がいまひとつでも、俺の足はそれほど遅くないため……接近成功。
当たった矢は一本のみ。
「名付けて――こう近づかれては矢は撃てまい作戦!」
「だせえ! しかもなんか失敗しそう!」
「そうかな!」
アルクスが普段からサブウェポンの短剣その他を装備していないのは調査済み。
念には念を入れて、試合開始直後に舐め回すように観察して装備に変化がないかも確認済みである。
この一戦のみの装備・奇策がある可能性を排除するための行動だ。
そしてアルクスが敵に接近された際に高確率で採る択は――。
「接射ラピッドショット! からの回し蹴り! そして後ろにステップ!」
「すげえ! ついてくる! 全部攻撃当たってっけど!」
「わはははは!」
「勇者ちゃんが傍にいないと似たような笑い方すんのな!? お前な!」
問題ない。痛いしHPは減っているし長くはもたないが問題ない。
この間にフィリアちゃんがフクダンチョーさんを始末――もとい、撃破してくれればなにも問題ないのだ。
詠唱妨害が大得意な弓術士トリオに対しては、支援・回復行動は捨てる!
完璧……! 俺の今回の作戦は珍しく完璧……! 穴がない!
矢で体は穴だらけになっているけれども! これでいい!
「あ……ごめんハインド」
「えっ!?」
フィリアちゃんの声は大きくない。
しかし澄んだ声音で通りがよいので聞き取りやすい。
省エネできて大層お得な声質なのだが……今はそれが、ある種の宣告のように耳に届く。
「一本、そっちに矢が行った」
その言葉を受けて、俺はアルクスの攻撃を受けつつどうにか右を見た。
左も見た。
だが矢は見つからない。
そして――
「のぉぉぉう!?」
――ズドッと脳天に衝撃、そこでようやく「上から降ってきた」ことがわかる。
フクダンチョーさんのあらぬ方向に飛ぶミラクルな矢は有名だが、これはない。
もう一度言う、これはない。
ゲームじゃなかったらひどい状態だよ、俺。
「ぶはっ!? それはないって、ハインド! あっはっはっはっはっはっは!」
攻撃の手を止めてまで笑うアルクスの様子からして、ゲームだからこそのひどい状況にもなっているようだ。
ちなみにTBの矢だが、体に刺さった場合はしばらくそのままになる。
時間経過・回復時などに抜けるという仕様。
「あっはっはっはっはっはっはっはっは――ぐえっ!?」
頭に矢が刺さったまま、悲しい顔でアルクスを見ていると……。
フクダンチョーさんを片付けたフィリアちゃんが、笑う横っ面に思いっ切り斧を叩きつけた。
アルクスは激しく転倒。
「一生懸命戦っている人を笑うのはよくない」
「ご、ごもっとも……」
そのまま追撃して戦闘不能に追い込むと、俺に向かって親指を立てる。
ナイス囮、と読み取れたが……うん、まあ、そうね……。
と、それはそれとして。
「お、お待たせ、ホリィちゃん……」
「ホリィ。よくもたせた」
急いでホリィちゃんのところへと向かう。
もう俺だけ遠くから援護の魔法と回復を飛ばしてもよかったのだが、弦月さんに姿を見せることで優位を示す。
「はぁ、はぁ……信じていましたよ、ふたりと――ぶっ!?」
危険域のHP、そして息も絶え絶えなホリィちゃん。
かなり苦戦した様子が窺えたが、俺のほうを見て噴き出した。
その視線はこちらの頭頂部あたりに向いている。
「は、ハインドさん! その姿でこっち見ないでくだ――ぶふーっ!」
「……うん。ごめんね?」
落ち武者みたいで。
回復できないとこんなに長く残るんだな、TBの矢って。
ホリィちゃんもボロボロだが、俺は俺でアルクスに受けた多数の矢、そして頭にぶっ刺さった矢のせいで中々の惨状である。
この場で綺麗な姿を保っているのはフィリアちゃんと――ホリィちゃんを終始圧倒していた弦月さんのみである。
「3対1か……ホリィを手早く突破できなかった私の落ち度だね」
「降参、する?」
一応、決闘共通の機能として降参というものは存在する。
フィリアちゃんの呼びかけに対し、しかし弦月さんは静かに首を横に振った。
クールな所作である。格好いい。
「いや。最後まで抗わせてもらうよ――なんだけど、ハインド!」
「な、なんですか?」
クールな所作が崩れた!?
俺に対しビシッと指を突き付ける様は幼馴染の誰かさんを連想させる。
色違いだけど、同じエルフだし。
「確かに2対2は同性同士で――という助言を私がして、キミはそれを守ったわけだけど……」
「そ、そうですね」
「3対3になった瞬間、即女の子に囲まれているのはどうなんだい!?」
「え? えーと……」
「……」
どうなんだいと言われても……どうなんだろう?
交友関係上、女性プレイヤーが多いので仕方ない気もするが。
「……決めたよ。この戦いで、キミだけは倒すことを誓おう」
「!?」
「私はハインドの人間関係をとやかく言う気はないのだけれど。なぜだか気に食わないのでね。あくまでキミを慕う子たちのためにね? うん、そう、そうなんだ。かわいそうだろう? 特にユーミルが」
「あ、あの、弦月さん?」
ひとりで納得した様子だけど、俺たち側は困惑しきりである。
……いや、よく見たら困惑しているのは俺だけだった。
残りふたりの年下チームメイトちゃんたちは弦月さんに理解の色を示している。
なんで?
「覚悟するといい! 女の敵め!」
「弦月さぁぁぁん!?」
宣誓通り、弦月さんが俺の命を刈り取りに突進してくる。
やや遠く、戦闘不能で倒れているはずのアルクスが盛大に笑っているような気がした。