本戦2対2決闘 決勝戦
そして決勝――試合開始前、グラド皇帝がちゃんと前回大会優勝者の俺を憶えていたり、1対1決勝にも出場したアルベルトさん・ソラールに一言ずつあったりもして。
決勝の相手は連携力を高めつつ勝ち上がってきたソラール・アノコンビだった。
……ただ、なんと言ったらいいのだろうか?
これまでの試合以上に一瞬で終わった感がある。
「もう終わっちゃったよ」
思わずそんな独り言を漏らす。
相手が弱かったわけでは決してない。
しかし気がつけば、倒れていたのはソラールとアノで。
立っていたのは自分とアルベルトさんだったという話。
……無心で戦った結果とはいえ、ほとんど内容が記憶に残っていないのだが?
試合内容はログアウトしたら、掲示板でも見つつ振り返るとしよう。
今の俺から言えることはただひとつ。
「アルベルト最強! アルベルト最強! アルベルト万歳!」
「ハインド……お前はなにを言っているんだ?」
「あ、すみません」
ついつい、アルベルトさんを大声で称えるという奇行に走ってしまった。
まだ表彰式だというのに。
それだけ決勝は完成された鮮烈な強さであった。
すぐ近くで見ていたせいか、脳に活躍が、アルベルトさんが躍動する姿が焼き付いている。
これはもう、俺と同じような人が出るのも納得で……。
「アールベールト! アールベールト!」
観客席でマッチョな兄貴たちがアルベルトコールをしている。
いつの間にか結成されていたアルベルト応援団? ファンクラブ? のようなものだ。
もちろん第一回闘技大会の時はいなかったし、それ以前に数日前、1対1トーナメントの時点でも存在していなかったはずだ。
つまり出来立てホヤホヤ。
この2対2トーナメントの間に結成されたということになる。
「うおーっ! アルベルト殿ー! アールベールト! アールベールト!」
その中に知っている忍者モドキが混ざっていたのは気のせいだろう。きっと。
さすがに設立には関わっていなさそうだったのは幸い? だろうか。
やつは魔王ちゃん親衛隊のほうでも忙しいからな。
会員にはなっちゃいそうだが。
「オホン」
「あっ」
よそ見をしていたら、いつの間にか皇帝陛下が目の前に立っておられる。
近習やら側近やらから鋭い視線が飛んでくるのを感じる。
ごめんて。表彰ね、表彰。
「よいか?」
対して、陛下は気を悪くしたような様子は見られない。
この鷹揚さというか些事に捉われないところ、器の大きさを感じる。
見習えよお前ら! ……いや、本当ごめんてば。睨まないで。
立場が違うのはわかったから。
さすがにここからは行儀よく背筋を伸ばしておく。
「申し訳ありません」
「とんだご無礼を」
まずは粗相したことの謝罪として、頭を下げておく。
アルベルトさんにまで一緒に謝らせてしまった。反省。
その後は、優勝賞品などが受け渡され――ちなみに、授賞式を最後まで観たプレイヤーには別途報酬がある。
みんな帰らずに盛り上げてくれているのは、そのせいもある。
現金なものだが、ゲームで大多数を占めるのはエンジョイ勢。
彼らからランカーに対しての興味関心なんてそんなものだ。
この辺り、TB運営はプレイヤー心理をよく理解していると思う。
「ところで……アルよ」
「はっ」
と、小声で皇帝陛下がアルベルトさんに語りかける。
親しげな様子と呼び方からして、以前から親交があるようだ。
首にメダルをかけながらの耳打ち。
「また余とシアってくれるな?」
仕合って? ……死合って? いやいや、まさかまさか。
どちらの意味でも物騒だし、どちらの意味でも合っているような気がしてしまう。
深く考えるのはやめておこう。
どうせ、アルベルトさんならレベル差を覆すような戦いを――
「陛下。まだ私の実力では」
「くれるな?」
「……恐縮です」
――したんですか。したんですね。
両者の視線には、互いの武に対する尊敬の色が感じられる。
こう、強者二人が並んでいるのを横から見ていると……。
なんか浮いていないか? 俺だけ。場違いなのでは?
そんな武の化身と武の化身に挟まれ、肩身の狭い思いをしていると。
「ハインド。お前は今回、あまり目立っていなかったな?」
「――」
皇帝様からそんな言葉をもらう。
馬鹿にしてんのか? と思わないこともないが。
嫌味でないのは笑みを浮かべた表情から察せられた。
自分で言うのもなんだが、俺はさして自己顕示欲が強くない。
主張したい! 認めてくれ! と思うのは、料理なんかの別分野である。
「まあ、そうですね」
だから素直にそう答えた。
この2対2トーナメントは、1対1の延長戦上。
アルベルト劇場に添え物がいた――という程度のお話。
少なくとも俺はそう認識しているし、周囲もそうだと思う。
そんな答えに、皇帝陛下は……。
「ククク……」
実に愉快そうに笑うのだった。
そんなに変なことを言ったか?
「真に優れた支援者というのは、目立たぬものだ。見事だったぞ」
言葉を投げつつ、アルベルトさんと同じように俺にメダルをかけてくれながら、ちらりと己の家臣たちに目をやる皇帝陛下。
それに心なしか胸を張る家臣たち。
TB世界の国政担当者たちって、みんな人格者だよな……。
魔界・天界のほうが問題山積していないか?
魔界は言うまでもないし、天界もこの前の「カイム事件」から一枚岩ではなさそう。
「次のトーナメントにも多大な――それはもう、多大な期待をしているのでな。前回よりも長丁場の大会だ。たっぷりと盛り上げてくれよ? 頼むぞ」
「うぇ……」
と、これも皇帝陛下から俺に対する言葉。
アルベルトさんはスケジュールの都合で3対3には出ず、反して俺は3対3でも本戦出場が決まっている。
期待されても活躍できるとは限らないが。
「が、ガンバリマス……」
「ハハハハハハ!」
そう答える以外にどうしろと?
いやいや旦那、俺なんかに期待しても仕方ないですぜ!
……みたいな軽口を叩けば、また後ろの家臣団に睨まれるだろう。
すごい圧を感じる。
「では、改めて宣言しよう! 2対2トーナメント、優勝者は――」
とまあ、色々あったが。
とにかく無事に、2対2トーナメントは終了となったのである。
皇帝陛下が勝者の名を宣言する。
「傭兵アルベルト、並びにハインドの両名である!」
歓声が上がった。
アルベルトさんは本大会二冠、俺は前回大会からなら二冠。
そしてなんだかんだで、久しぶりの完全勝利である。喜ばしい。
……まあ、リベンジすべきメディウスたちはグループ戦以外に出場していないわけだが。
「ハインド!」
しかし、今日のところはこれで満足。
大満足である。
いつになくはしゃいだ様子のアルベルトさんが肩を組んでくる。
続けて――気がつくと、俺の目線は遥か上方へ。
アルベルトさんによって、高さ三メートル以上の位置に担ぎあげられた。
「ま、マッスル肩車……」
高っ! 高いなーっ! さっきまで足をつけていた舞台の床板が遠く見える。
重くないんですか? という質問は愚かかもしれない。
だって体幹が全くブレていない、担がれている俺の側もぐらぐらしない。
ほとんど成人と変わらない体格の俺を乗せているとは思えない、すごい安定感だ。
俺を軽々と肩車したまま、アルベルトさんは観客席の近くを練り歩いていく。
歓声の比率は――大半がアルベルトさんに向けてなのは仕方ないとして。
「アルベルトォー!」
「アルベルトさーん!」
「アルベルトー」
「ハインドォォォォォォ! 私はちゃんとお前を見ていたからなぁぁぁぁぁぁ!」
なんか、すごい大きな声で俺の名を呼んでいる子がひとりいますね……。
遠目でも目立つな、あの銀髪ダークエルフ。
声援ありがとうな。今も、試合中も。
そのままぐるりと一周したところで、アルベルトさんが俺を降ろしてくれる。
「すまん。迷惑だったか?」
「迷惑なんてとんでもない。楽しかったですよ。俺と組んで出場してくれて、ありがとうございました」
お礼の言葉にアルベルトさんは白い歯を見せて笑った。
……肩車なんて何年ぶりだったんだろうな?
恥ずかしいような童心に帰ったような、不思議な体験だった。