少し歳の離れたゲーム仲間
出場者側に立ってみると決勝戦まであっという間だった。
もちろん体感時間以上に実際の試合時間が短かったというのもあるが。
「決勝はハインド。お前が立てた作戦通りに動こうと思う」
と、ここまで何度も短い試合を作り出してきた人がそんなことを言う。
場所は闘技場にある酒場風の休憩所である。
準決勝までは簡単な約束事だけで乗り切ってきたわけだが。
はて、今更作戦……?
「準決勝までと同じ戦法で勝てるのでは……?」
決して慢心からではなく、純粋な疑問としてそう思う。
流れがいいときになにかを変えるべきか否か、というのは万事において難しい問題だ。
「そう容易い相手ではなかろう。ソラールも、アノも」
しかしアルベルトさんは、今までと同じでは駄目だと断じる。
決勝戦の相手はソラール・アノコンビ。
ノンストップで連携力を高めつつ、堂々の勝ち上がりである。
緒戦から信じて賭けつづけた人たちはウハウハなんだとか。
決勝はそうはいかんぞ! と、声を大にして言いたいところ。
「それに、ここまでの試合でハインドには迷惑をかけっぱなしだからな」
「???」
アルベルトさんがなんか変なことを言い出したな。
この人はなにを言っているのだろう? 迷惑?
……もしかしてだけど、何度かあった後逸のことを言っているのだろうか?
「そんなの――」
「おー、ご両人! 決勝、期待してるぜー!」
「頑張れー」
否定の言葉はかき消されてしまった。
ここ、オープンスペースだからな……相談に向いていない。
準決勝までの試合を見て、応援してくれている人たちから頻繁に声をかけられる。
扉も両開きで大きく放たれており、つまり――まあ、仕方ないことだ。
アルベルトさんの時間の都合で、遠方まで移動している余裕がないんだよな。
ともあれ。
「ありがとうございます」
「全力を尽くそう」
しっかり応えて笑顔の交換。
満足そうに酒場から去っていく男女ペアのプレイヤー。
密談不可の不便さと引き換えに、雰囲気はとてもいい。
ガヤガヤ騒がしい闘技場内の音。
時折こうして知らない人からかけられる声。
売られている飲食物の匂いに、人が多いことで発生する少し淀んだ空気と熱気。
それらが混然一体となって「大会に出ているなー」という実感が強くなる。
「――で、先程の話ですけど」
改まった俺の表情を見て、少し苦い顔をするアルベルトさん。
それでも言わないわけにもいかないだろう。
残り1試合が終わるまでは、俺が彼のパートナーである。
「はっきり言って、どんな前衛でも後逸なしは無理です」
「だが――」
「無理なんです。過保護ですよ。失礼ですけど、気にしすぎです」
何度か危ない場面があったり、敵に迫られたりしたくらいで迷惑に思うわけがない。
……どれだけ普段、傭兵として完璧な戦いを求められているのだろう。
そういう依頼人が過去にいたのだろうか?
いたとしたら、ただのモンスタークレーマーだと思うのだが。
「過保護、か……」
出会いこそ「お前たちの剣がほしい!」とかいう突拍子のない感じだったが、その後のアルベルトさんは一貫して常識的な年長者である。
俺たちを見る目もゲーム仲間というより保護者のそれに近い。気がする。
だからそういう言葉を選んだ。
「トビなら“アルベルト殿が拙者を一人前と認めてくれない!”とか言っているところですね」
「ハハハ」
お、アルベルトさんが声を上げて笑ってくれた。
無愛想というわけではないが、割と渋めな表情をしていることが多いのでレアだ。
酒……ではなく、ミニ樽カップに注がれた水を互いに飲んで一息。
「もしかしてですけど、俺の側から出ちゃっていました? そういう父親恋しい感じの雰囲気」
「いや、お前の側からは……」
アルベルトさんには自分の家族構成について話したことがある。
それくらいには彼と親しいし、俺の目から見て信用できる大人だと思ったからだ。
……話題がなくて困ったから、というのもなくはない理由だけれど。
「……むしろ問題は俺のほうだな。そういう気持ち――共に過ごす時間だけでも父親代わりに、という考えがなかったといえば……嘘になる」
ともすれば、憐れみと取られかねない。
あるいは傲慢な考え方だとも。
そういう感情を向けられるのがたまらなく嫌だ、という者は同じ境遇であれば少なくないはず。
ただ、理屈っぽさの割に俺の精神構造は単純だ。
気遣われるのは嬉しいし、優しくされれば喜ぶので、お父さんムーヴ大歓迎である。
されたところで、別に実父と継父を裏切っていることにはならないからな。
ふたりとも、そんなに器の小さい人たちではなかった。
「無論、ハインドと俺は他人同士。男と男、対等な付き合いであるべきだとは思っているのだが」
別に構わないのに、アルベルトさんはとても申し訳なさそうな表情だ。
考えすぎ、気にしすぎである。
……こういうふうに考えすぎてしまうところ、個人的にとても共感できる。
アルベルトさん、色々な悩みを筋トレで振り払ってきたんだろうなぁ……なんて、鍛え上げられた大胸筋を見ながら思う。
俺が家事や未祐・理世の世話に没頭することで、つまらないことを考える時間を減らしてきたように。
そんなアルベルトさんに、これ以上暗い顔をさせてはおけない。
少し恥ずかしい気もするが、思ったままの言葉で訴えかけるとしよう。
「いいじゃないですか。人間、そんな純度の高い感情を持とうとしても、持てるもんじゃないです。できたとしても、それはそれで気持ち悪いかもしれないですよ?」
例えば純度100%の好意とか……そんなもの、存在するだろうか?
アルベルトさんの場合なら、ハインドたちと仲よくしておけばフィリアのことも頼みやすい――なんて思っているかもしれないし。
新しく自分の剣を作る際にも、便宜を図ってもらえる――なんてことを考えているかもしれない。
概ね好意的でも、俺の優柔不断だったり子どもらしくない部分は好きでなかったりするかもしれない。
それはそれで問題ないのだ。普通のことだ。
一色ではなくマーブル模様の感情、それでいいじゃないか。
「ありのままの気持ちで接してくださいよ。俺は父がいないことで過度に気遣われるほど心が弱っているわけでも、周囲の人間関係に恵まれていないわけでもありませんが――そういうアルベルトさんの気持ち、素直に嬉しいと思っています。あんまり過保護なのは困りますが」
こんな言葉で伝わったかどうかはわからないが……。
険しかったアルベルトさんの眉間の皺が緩む。
口元には小さな笑みが浮かんだ。
「なら過保護でなければ、今後も同じような態度で接していいのだな? 正直、息子もほしいとは前々から思っていたんだ。だから今回の決闘は、俺としても中々楽しませてもらっている」
「それはどんとこいっていうか、むしろありがたいですね。俺も、親父の背中ってこんな感じかな? でも、俺の父さんたちの背中はこんなに広くなかったなぁ、とか思いながら後ろで見ていますし」
父はそこそこの体格だったと思うが、悟さんはそれはもう細かった。
理世と通じる儚さ、そして男にしてはやけに色気のある美形なオジ様だったと記憶している。
残念ながらどちらもアルベルトさんとはあまり重ならない。
少し歳の離れたゲーム仲間、というのが俺のアルベルトさんに対する正直な認識。
しかし――
「ところで、どうだ? 義理の息子であれば、なる方法はあるのだが。具体的にはフィリアの――」
「またまた御冗談を。フィリアちゃんを嫁にやる気なんてないでしょう?」
「バレたか」
――父さんや悟さんと一緒にVRゲームをできたら、きっとこんなふうに楽しかっただろうな。
父たちよりは若いが、それでも俺から見るとしっかり大人なアルベルトさん。
彼とこうしてゲームの中で向かい合って座っていると、そういう不思議な感覚になる。
きっと、話をしているうちに父たちの顔を思い出したからだろう。
……そういう重なる感覚は否定せずに、そのまま自然体でいい。
そうすればほら、今みたいに冗談を言い合える気楽な雰囲気に。
「大体ですね、フィリアちゃんとは歳の差が……」
「そんなもの。十年もすれば気にならなくなるぞ。十代の二歳三歳差は大きく感じるだろうが、二十代三十代になれば誤差だ。誤差」
「いやいやいや、ははは」
「フフ」
気楽な雰囲気に――って、冗談ですよね?
軽い作戦会議兼雑談のはずが、妙に胸襟を開きあう形の話になってしまった。
こんなはずでは……なのだが。
決勝を前に連帯感が増したので、これはこれでよしとする。
「――では、決勝戦も。最後までよろしく頼む、ハインド」
「はい。勝ちに行きましょう、アルベルトさん」
言葉と共に軽く拳を突き合わせる。
その後はさっと作戦を立てて、話をしている間に試合の時間となった。
和やかな空気になりすぎて、上手く気持ちを切り替えられるかだけが心配だ。




