本戦2対2決闘その4
新人育成キャンペーン。
新しくゲームにログインしてきたプレイヤーをパーティに入れ、一定のレベルを達成させることで報酬を得ることができる。
初心者がレベリングをしやすくするための師弟システムというやつだ。
他のゲームなんかでは「招待システム」なんて名称のものもあったりで、これまた被招待者が初心者ミッションなどを達成することで、招待した側・招待された側の双方に報酬を……といった具合だ。
TBで常設された、この師弟システム。
俺が利用したのは実装記念で報酬が上乗せされていた最初期――もう十ヶ月近く前の話になる。
そして師弟関係を結んだのもたった二人だけ。
……さて、なんでこんな話を振り返っているのかというと。
「育ててもらった恩を返すぜぇぇぇ! ハインドォォォ!」
金属バットを持ったヤンキー……ではなく、メイスを振り回すポル君が物騒。
そう、トーナメントを勝ち上がり、かつての弟子が目の前にきているのだ。
得物を片手に迫ってきている。
俺にとっては、TBで二人――家事の弟子であるワルターも含めるなら、三人しかいない弟子たちのうち二人が。
「っしゃおらあ!」
「危ない危ない。ポル君や。これ、恩を仇で返されていないかな? それともお礼参りってやつなのかな」
「師匠を乗り越えることこそが真の礼だぁぁぁ!」
「あ、そういう」
軽口を叩き、努めて平常心を保つ。
気合の声と共に力任せに振るわれる鉄塊を避ける。
おおう、すごい風圧が顔に来る、顔に。
この勢いと恐怖心に飲まれると、一気にペースもHPも持っていかれそうだ。
顔ばっかり狙ってくるのは――そういう効果も狙っているんだろうなぁ。
いちいちがなり声を上げるあたりも含めて、喧嘩殺法っていう感じ。
見た目も心もヤンキー、職は神官。そんなポル君である。
というか、そのノースリーブでビリビリになっている神官服はどういうことだ。世紀末なの?
「ハインド!」
「まだもちます!」
アルベルトさんの声がしたので、目を離さずに応じる。
プレイヤーネーム『ポルティエ』と『フォル』の兄妹。
ポル君は前衛型の神官、妹の――
「フォルさん……」
――フォルさんのほうは、騎士の攻撃型。
ユーミルと同じ職である彼女は、アルベルトさんに対し鬼気迫る攻めを見せている。
両の手にはそれぞれ短槍に盾という、どこかの騎士団が正式採用していそうな装備。
病弱な人だったと記憶しているが、あの我武者羅な動きはどういうことだろう。
長い黒髪で同年代くらいの美人さんである。
トビが好きそうな儚い系……だったはずなのだが。
「よそ見すんなよ!」
ポル君たちが国別対抗戦に顔を出すほど強くなったのは知っていた。
しかしこうして、いざ目の前で戦っているところを見ると……なんとも感慨深いものがある。
そしてこの試合は準決勝だ。
並み居る強豪を倒して、彼ら兄妹はこの場に立っている。
「こっちを向きやがれっ!」
「っ!?」
激しい衝撃。
星が散る、なんて表現もあるがまさにそれ。
やはり顔面狙いだったのか、メイスによって無理矢理顔の向きを変えられた。
現実だったらえらいことになっている打撃だが、ゲームなのでまだ大丈夫。
――それよりも、頬を張られるのってイラッとくるな。
かなり頭も揺らされたし、受けたダメージ以上の動揺を感じる。
「へっ」
「……!」
笑われた? 笑われたけど? 笑われたんですけど!?
これも狙いだとしたら大したものだが……。
本当、決闘というよりは喧嘩の作法を持ち込んでくるな、ポル君は。
――戦術無視で殴り返したろうか。
などと頭に血が上りそうになるけれど、ここは冷静に。冷静に。
「ハインドッ」
背後からのアルベルトさんの呼びかけに、俺は――
「俺は冷静です!」
――間髪入れずにそう返した。
「う、むっ……それは冷静でない者の言い様な気がするが……」
ポル君のニヤついた笑みが目に入る。
トビ並みのリアルヘイト取り能力……腹立つな。
「ハインド殿ー! がんば……ぶふっ! 頑張ってぇへへへへ……へはっはぁ!」
そして聞こえてくる、味方のはずのやつからの応援とも野次ともつかぬ笑い声。
と、ここで怒りゲージが沸点越え。
一周回って本当に冷静になる俺の頭。一気に思考がクリアに。
「ふん! 甘いなポル君! キミにトビほどの煽り力はないっ!」
胸をそらして指をさし、煽り返すような勢いで宣言してやった。
ポル君の笑みが引っ込み、驚きが顔に出る。
「なにぃっ!? トビってえと、ハインドのとこの忍者野郎だな!? 試合が終わったら会わせろ! 勝負する!」
「オッケィ!」
「やめてぇぇぇ!」
ヤンキー、ギャルなどの人種が苦手なトビの悲鳴が聞こえてくる。
その声からは耳を塞ぎ……集中。
俺は振り下ろされるメイスに合わせ、杖で受けて絡めとるように力を流す。
「おおっ!?」
体勢を崩したところへ、フォルさんの相手をしていたはずのアルベルトさんが鬼の形相で迫る。
近くで戦っていたのが奏功した。
「やべ――ぐはっ!?」
メイスでガードしつつも大ダメージを受けるポル君。
……うん?
「なにかおかしいな……」
通常攻撃を受けただけにしては、減りが多い――
「ハインド! 来ているぞ!」
「おわっちょ!?」
――フォルさん至近距離!?
ダメージを受けたポル君に目もくれず、無言で短槍を何度も突き込んでくる!
いやいやいや、こんな性格の子だったっけ!?
フォローに入ろうとしたアルベルトさんは……。
「しまった!?」
「アルベルトさん!?」
盾に殴られ、大柄な体が嘘のように吹っ飛んでいく。
『プッシュアウト』という、この大会で多用されだした有名な継承スキルだ。
低ダメージだが、受けた相手を大きく押し出すことができる。
しかし、いよいよもっておかしいぞ……フォルさんが強すぎて、ポル君からは平時の強さが感じられず動きも鈍い。
ポル君が受けるダメージがやけに多い分には、単純にこちらに有利な気はするが。
この違和感を放置していいものかイタタタタ! フォルさんの槍をまるで避けきれない! 減る減る、HPが! 迷っている暇もないぞ!
一旦思考を放棄、距離を取ることに徹した後で……。
あちらはポル君、こちらはアルベルトさんが駆け戻って来たところで声を張る。
「アルベルトさん!」
「!」
「三十秒ください!」
「ああ! 任せろ!」
HPを大きく減らされ、戦闘不能寸前の俺が選択したのは、違和感の元を無視することだった。
あれこれ対応するよりも、こちらの強みを押しつけに行く。
走る勢いのまま、アルベルトさんは踊り込むようにフォルさんに斬撃を繰り出した後で、ポル君に体当たりを食らわせて同時に足を止めてくれる。
どちらももがくようにこちら目がけて突進してくるのが見えて恐ろしいが……ここはアルベルトさんを信じるところ。
というか、この状況で支援職にできることは詠唱を続けることだけ。
若干、詠唱に入った位置が近かったかもとか、この選択でよかったのかという迷いが頭の中を巡ったりもしたものの。
「ハインドの野郎、なにかする気だ! 決めにいくぞ、フォル!」
「うん、お兄ちゃん!」
お、この試合で初めてフォルさんがしゃべって――なにかしらの遠距離スキルが俺の真横を通過。それも二つ。
アルベルトさんが逸らしてくれなかったら直撃して、詠唱が止まっていた。
どちらもここが勝負の際と見たか、全力でのぶつかり合いとなっている。
まあ、俺は静止して詠唱しているだけなのだが……。
そのまま長ったらしい詠唱が少しずつ進み、足元に紫紺色の妖しい光を放つ巨大魔法陣が現出。
「見せてもいいスキル」の中では、最も強力で汎用性に優れたスキルだ。詠唱長いけど。
サマエルが「お前に合っている」「必ず役に立つ」と言って伝授してくれただけはある。
――なんか今、アルベルトさんがポル君の『シャイニング』を握りつぶさなかったか?
高速で一歩後退して、目の前に出た光を掴んだように見えたのだが……ともかく完成!
「アルベルトさん!」
『支援者の杖』から迸った光は、アルベルトさんが持つ大剣へ。
闇色の光が刀身を覆い、元から大きかった大剣が更に巨大化。
倍近いサイズへと変貌を遂げる。
「はあ!? なんだそのトンチキなスキル!」
もちろん重さは巨大化前のまま。
伸びた分が地面に刺さった場合は抵抗が起きない、味方に当たってもFFしないという親切設計だ。
魔界産継承スキル、その名も『強欲な剣』。
試技のときには、ユーミルが気に入って小一時間は振り回していたバフ系統魔法である。
「――暴れちゃってください!」
「ああ! 暴れさせてもらう!」
「こんだけ暴れて更に!? おかしいだろ、ハインドもアルベルトのオッサンも!」
「オッサン、だと……?」
「やべ」
ポル君が失言に気づくも、時すでに遅し。
フォルさん諸共、巨大化した剣が大きさに見合わぬ速度で横に払われた。
そのまま二撃、三撃。
数え切れないほどの嵐のような斬撃が舞台上に吹き荒れる。
アルベルトさんはその場から動いていないのに、対戦相手の両名はどんどん攻撃を受けて下がっていく。圧倒的なリーチの差になにもできない。
そしてやはり、職業的に耐久力が高いはずのポル君のHPが大きく減っていく。
フォルさん側の減りよりも圧倒的に多い。
「……オッサンだという自覚はあるが、他人に言われていい気はせんな。二十年もすれば自分に全て返ってくるぞ?」
「ご、ごもっともで……」
もう接近することもかなわず、もちろん回復魔法を詠唱することもできず、最後はフォルさんを庇うように抱えながらポル君が倒れる。
「お兄ちゃん!? あっ……」
そしてどういうわけかというか、それとも納得といえばいいのか。
ポル君が倒れたことで、なんらかの特殊なスキルが切れたのだろう。
フォルさんのHPが一気に目減りし、同時に全身の力まで抜けたようにへたり込む。
呼吸も乱れていて、少し苦しそうだ。
……『サクリファイス』と似た性質のスキルだと思うのだが、詳細まではわからない。
ポル君、弱体化しつつも普通に動いていたし。
へたり込んだフォルさんは視線を彷徨わせ、俺と目が合ったところで口を小さく開く。
「……ハインドさん」
「全力で戦えた?」
彼女のほうに歩みを進めつつも、その言葉は自然と出ていた。
なんとなくだが、フォルさんが全力で戦うための舞台をポル君が必死になって整えていた……そんなふうに俺には感じられたのだ。
愛だね、愛。麗しい兄妹愛。
「――はい。対戦ありがとうございました」
「うん」
満足そうに笑ったフォルさんの肩口を、俺は杖でポンと軽く叩く。
直後、グラド皇帝のでかい声で試合終了が宣言された。