本戦2対2決闘 その3
「やっぱり反則だと思う」
観客席に座ってすぐに、そんな声をかけてきたのはトビである。
なにを指しているのかといえば、やはりアルベルトさんのことであろう。
どうも先程の俺たちの試合を見ていたようだ。
しかし、反則ときたか。
それに対してどう答えるかといえば……。
「大丈夫だ。むしろ俺という枷のおかげで適正戦力」
「適正ぃ!? 寝言は寝て言え! でござるよぉ! 準ランカーをあれだけ一方的にボコしておいて!」
ちなみにアルベルトさんは決闘時以外、頻繁にログアウトしている。
今もゲームの外だ。
年度末ということで忙しいようだ。
絶対に試合時間に遅刻しないから安心してほしいとは、事前に何度も念を押されている。
まあ、仮に遅刻からの失格になってしまったとしても、俺がアルベルトさんを恨むことはないが。
「枷とかないわー。ハインド殿、自分の能力の高さを自覚して? なんなのあの回避力。前からあんなでござったっけ? 普通だったらさぁ」
偶然ではあるが、眼下の試合では魔導士が片方のチームに存在している。
トビは言葉を連ねつつ、それを指差し……。
必死の抵抗をするも、詠唱を完成できず捉まる様子を示してみせる。
「ああなるのでござるよ? 普通はね」
「回避っていうか、正確には逃げだけどな。自分でもびっくりするくらい冴えてはいるな、ここ数日」
接近される前に移動する。
仮に接近されても決して打ち合わず、手を出さず、別の場所に移動する。
これらも大枠では回避行動だが、前衛同士の接近戦における回避とは性質が違う。
逃げに徹した回避行動なら、ある程度まで運動神経の悪さを誤魔化せる。
俺の役割的に、積極的にカウンターを狙う必要も敵を引きつける必要もないからな。
どの道、回復やバフをしていれば、相手のほうから勝手に寄ってくるし。
大事なのは踏み出す一歩目のタイミング、そして逃走方向である。
魔導士の彼は出足こそいいが、逃走方向を間違えているから捉まるのだ。
「な、なるほど? 敵の攻撃を見切っているわけではないと」
「俺がやっているのは、あくまで大雑把な予測からの逃走だな。見てから避けられるわけないだろ、あんな速い攻撃」
Sランクトーナメントという時点で、どいつもこいつも攻撃が速いのだ。
だから逃走に失敗して連戦、混戦のどちらかになると俺のHPは溶ける。
もれなく溶ける。
逃げては一息、落ち着いて後方から様子見……と、そうやってリズムを保つ必要があるのだ。
連続した接近戦で攻撃を回避し続けられるなら、最初から俺は後衛なんてやっていない。
「そして逃げたハインド殿が詠唱をやり切り、バフ付きで無双するアルベルト殿……」
トビが試合から目を離し、遠い目をする。
先程の試合のアルベルトさんの勇姿を思い返しているのか、恍惚とした表情に少し引く。
「あ、ああ。正直、バフを投げるだけで勝てる感はあるぞ」
あんなに「1対2でも余裕」という感じの人は他にいないと思う。
例えるなら高級シェルター、要塞、巨大メカのコクピット。
そういう類の内にいるような安心感。
巨大ロボアルベルト――じゃない、傭兵アルベルトの後ろはTB世界屈指の安全地帯なのである。
「っていうか、なんで!? なんでなのハインド殿!」
「なにがだよ」
落ち着いて話していたかと思いきや、またもなにごとかを言い募ってくるトビ。
俺の肩に叩きつけるように手を置いたかと思えば、苦渋に満ちた表情。
「なんでハインド殿が……! 拙者が……拙者がアルベルト殿と組みたかった!」
「最終的にそれ言いたかっただけだよな?」
結局のところ、ここまでの話はトビが悔しがっている故のものという……。
仮にトビがアルベルトさんと組んでいたとしたら、軽戦士と重戦士。
職の相性は悪くない。
むしろ2対2なら強いほう。
というか、俺と組んだ今の状態よりは間違いなく強い。
トビがかく乱し、アルベルトさんがダメージを取るというシンプルで強力な戦法を採用できる。
「そこまで言うなら、組んでくださいって打診してみればよかったじゃん。俺が遅めに声をかけた段階で、まだ検討中だったみたいだぞ?」
アルベルトさんほど名が売れていれば、それは引く手数多だったことだろう。
ただ、そんな中でも俺の連絡に対するレスポンスはよかったので……。
もしかしたら俺たちを特別扱いしてくれているのかもしれない。
トビが名乗りを上げた場合でも決して悪い返事にはならなかったと思う。
しかしトビは首を左右に、両手も左右に振りまくる。
「そ、そんな恐れ多い! 恥ずかしいし! どんな顔して声をかけろと!?」
「お前の中でアルベルトさんの扱いはどうなっているんだ……?」
恋か? 恋なの?
そういうの、もうちょっと佐藤さんなりルミナスさんなりに向けてあげればいいのに……。
いや、まあ、違う種類の感情なのは重々承知しているけれど。
ほとほと難儀な男である。
微妙な顔でトビを見ていると、さすがに己の言動を省みたのだろう。
照れを隠すように咳払いを――
「……オホン、オホン! ウォッホン! ホォン! オォォォン!」
「おい」
――しつこく五回ほど行った。
最後のほうはもはや奇声だったので、周囲の観客たちからの視線が痛い。
ツボったのか、近くの席の赤毛のお姉さんが、声もなくお腹と口を押さえて肩を震わせているのも見えた。
そっちはそっちで怒られるよりマシだが、なんだか恥ずかしい。トビこの野郎。
「……こうなったからには、ハインド殿はサポート頑張って? 目指せ、2対2連覇! でござるよ!」
「連覇? ……ああ、前回大会と合わせてってことか。おう。最後まで全力でやるよ」
「で、その支援力でアルベルト殿も今大会の二冠にしてほしいでござるよ!」
「言われてみれば最大六冠までいけるのか。今回のイベントだけで」
1対1トーナメントが終わっている以上、もうアルベルトさんにしか権利がない話だけど。
グループ戦まで含めた全てのカテゴリで優勝すれば六冠となる。
陸上とか水泳とかで、稀に現れる超人がそういうのをやっているのを見たことはある。
これはゲームなので比べるようなものではないが。
「ところで、さっきから妙に他人事だけど。お前、2対2は? 自分の試合は?」
特に待ち合わせたわけでもないのに、トビはふらっと俺のところに来た。
確かこいつ、魔王ちゃん親衛隊の幹部――マタタビさんこと、プレイヤーネーム『マタタビダンス』と一緒に出場していた気がするのだが。
「……」
問いに返ってきたのは、沈黙。
その様子からすぐに察する。
「負けたのか……そういや、さっきの試合のお前の対戦相手――」
「ソラール・アノコンビでござった……」
「あー……」
ちなみに魔王ちゃん親衛隊だが、普通に決闘ランカーも多数混ざっている。
マタタビさんも例に漏れずというか、ソロ決闘ではトップ30に入る猛者だったはず。
トビは言うに及ばずなので、本来であればもっと上のほうまで勝ち進めただろう。
……なんでそんなトーナメントの浅い位置で、ヤバイのと当たってんだよ。
「あれはあれで、ずるいでござるよ。試合中に成長するとか」
「こいつ、戦いの中で成長している……!」
「それそれ。マタタビも面食らっていたけど、拙者も計算狂っちゃった」
割と定番な台詞の気はする。
言われる側じゃなくて、言う側なのが俺たちらしいとは思うけれども。
どうもソラール・アノコンビ、成績が悪い側での出場だったようだ。
トビたちもだが、これから二人と当たる面々と――あと、その試合で賭ける人たちは大変だと思う。
戦力予想も勝敗予想も難しい。
あっさり負けるような気もするし、このままコンビとしてどこまでも強くなる気もする。
可能性の塊みたいなコンビ。
「TBに限らず、対人ゲーのランカーたちって格闘漫画の主人公みたいだな」
「ハインド殿とは、やっているゲームのジャンルが違う感じでござるな? 同じTBプレイヤーでも」
「そうだな」
人が必死に組み立てた作戦をあっさり破綻させてくるからな、あの人ら。
一試合の中で大きく戦い方を変化させてくるタイプは一番キツイ。
戦いの中で成長しないで? ずっと同じ行動をして? と思わないでもないが、それだったらオフゲーでいいというジレンマ。
「拙者はTBのこと、普通にMMORPG+FPアクションゲーと捉えているでござるが」
「VRって時点で基本的にファーストパーソンだけどな。正しいと思うぞ」
「ちなみにハインド殿は、TBを――」
「戦略シミュレーションだと思ってプレイしている」
「やっぱり」
「あ?」
そうしないとユーミルやお前が迷走するんだから仕方ないじゃないか。
……まあいい。
今更、ゲームに対する見方が変わるものでもないからな。
戦略シミュレーション目線のまま、しっかり勝ち切ってみせようじゃないか。