本戦2対2決闘 初日を終えて
「このっ、このっ!」
「いひゃいいひゃい」
TBでの試合を終えた、少し後。
ログアウトして自室からリビングに向かうと、待っていたのは未祐による頬つねりだった。
俺は椅子に座った体勢、未祐は立った状態でこちらに手を伸ばしている。
顔の脂、指についちゃうと思うけど。いいのか?
洗顔してから割と時間が経っているのだが?
「私たちを蹴散らして勝ち残ったからには、優勝しか認めんからな!」
1対1に続いて、早めの敗退となった未祐が悔しさを覗かせる。
とはいえ、引きずらないのが美点であるこの幼馴染は、頬を引っ張ったら満足したのだろう。
さっぱりした顔で檄を飛ばしてきた。
「おう。そのつもりだぞ」
「む?」
対する俺も、伸ばされた頬を撫でつつ応じる。
もちろん狙うは優勝だ。
宣言された未祐は意外そうな表情。
「いつになく強気だな! アルベルトか! アルベルトがいるからか!」
「そういうんじゃないよ」
強いて言うなら未祐の影響なのだが。
わかっていないようだし、調子に乗りそうなので黙っておくか。
「しかし、亘。お前たちが組んだというのは掲示板で話題になっていなかったと思うが……」
「予選の話か? アルベルトさんの都合で、参加したのが深夜寄りの時間だったからな……ストレートで10連勝して終了したから、短時間短期間だったし」
「くっ!」
睨まれても事実なのだから仕方ない。
もっと言うと短期間というのは一晩だな。
その上1試合当たりの時間が短いんだ、これがまた。
アルベルトさんが対戦相手を瞬殺していくから。
「ま、まあいい。本戦が始まった今は、さすがに話題になっていそうだな? ハインドとアルベルトのコンビ」
「うーん……」
「なんだ?」
2対2トーナメント全体で消化した試合は、ここまで既に3試合。
未祐の言う通り試合を観た人も増えてきただろうし、満員の観客席の様子から、俺たちが注目されていることもわかる。
しかしなぁ……。
「話題になっていないことはないと思うんだけど」
「歯切れが悪いな!」
「俺たちよりも、もっと話題になっているコンビがいるから」
「む?」
強さ、意外性、見た目や人気。
耳目を集める理由は種々あるが、このコンビの場合は……。
「試合のリプレイがあるから、見たほうが早いよ。一緒に見よう」
「!」
スマホを出して振って見せると、力強いうなずきが返ってきた。
次いで未祐は、いそいそと隣の席に腰を下ろす。
そのまま椅子と体を寄せてくる。顔も。
「そうだな! 一緒に見よう! 一緒に!」
「急に乗り気だな……」
そんで相変わらず近いな。
頬の脂が以下略。
そんなにせんでも見えるっての。
いくらスマホの画面が小さくても。
「ソラール! と……」
未祐がすぐに反応した通り、スマホの画面に映しだされたのは……。
すでに今大会、見飽きつつあるソラールの姿。
それだけ1対1トーナメントでは大活躍で、彼の試合のリプレイが上がらない日はなかった。
決勝では惜しくも敗れてしまったが……と、そのソラールの横で共闘しているのは。
「アノ?」
1対1でリコリスちゃんを下したアノ。
その二人が並ぶ姿に、未祐は微妙な表情で首を傾げる。
「ピンとこないか?」
「仲が悪いという噂なら知っている!」
おお、あんまり情報収集をしない未祐が知っていた!?
というよりも、それくらいTBプレイヤーの間で有名な話ということかもしれない。
ソラールとアノが不仲で、互いにマスターを務めるギルド同士も敵対関係にある――そんな噂だ。
「ま、そうだよな。俺たち、実際にソラールとアノが激しく喧嘩しているところを見たわけでもないし」
俺とて未祐の言い分はよくわかる。
ソラールもアノも、イベントだの決闘だのと対戦相手としては関わっているが、それ以上の交流は持っていないのだから。
グラド所属のプレイヤーであれば、その喧嘩とやらを目にする機会があるのかもだが。
「でも、要は――仲の悪い二人が、勝つためにタッグを組んでいるわけだ。この状態、以前から二人の関係を知っている人からすると……」
「ドリームタッグ!」
「ということみたいだぞ」
事態を飲みこめたようなので、そこからしばらくは、話を止めて試合の経過を見守る。
未祐……ユーミルもソラールに1対1で負けているとあって、戦いぶりが気になるのだろう。
割と集中してリプレイ動画を見ている。
「……むぅ、やはりどちらも強いな。不仲という噂の割に、連携も悪くないのでは?」
やがて試合終盤辺りで未祐がスマホ画面から視線を外す。
基本は1対1を二つ作り、互いにタイマンに持ち込む戦法のようだが……。
戦闘場所が交差する際や、ポジションが被りそうなときでも、危なげなく位置調整をしている。
反目しつつも、最低限の約束事を決めて守っている様子。
両者のプレイヤースキルの高さを感じる。
「試合を経るごとに段々と、って感じらしいぞ。なんでも、予選ではかなりの頻度で衝突していたとか。物理的にも心理的にも」
「それって、喧嘩するほど――というやつではないのか?」
「そんな気するよな。この試合を見ていると」
このままこのペアが勝ち上がって行った場合、最終的にどうなるか予測がつかない。
連携力はこれで頭打ちなのか、それとも――。
「……亘! このまま掲示板も見よう!」
俺が考え込む前に、未祐がウキウキした様子で提案してくる。
……いい試合を見て気分がノッてきたな?
「この二人がどんな風に噂になっているのか、興味あるか?」
「ありありだ! 無論、アルベルトとお前のコンビもだが!」
「よし、それじゃあ見るか」
ついでに他の注目コンビもチェックできるかもしれない。
そんなわけで、いつもの掲示板へゴーだ。
……前回の反省を踏まえ、実況系はやめて流れがゆっくりめのところを選んでおく。
後は名前で検索して……話題に上っていそうな箇所を……お、この辺がよさそうか。
84:名無しの魔導士 ID:9YHAYQB
さすがにエグくない?
アノとソラールのコンビ
誰が倒せるの?
85:名無しの騎士 ID:Pg2SpDj
そうでもない
まだ連携が悪いから隙も多いよ
86:名無しの武闘家 ID:hZYQ32T
まだ、ねえ
87:名無しの騎士 ID:Pg2SpDj
お互いが好き勝手に戦っているだけよ
……今のところは
88:名無しの武闘家 ID:h6fwumP
それでも強いんですけどね、初見さん
89:名無しの神官 ID:tYfRE6h
このスレに初見の人はあんまいない気がする
90:名無しの神官 ID:KUsz7mM
二人とも、
ギルド内にいくらでもトップクラスの仲間を抱えているのに
わざわざどうして組んだの?
側近連中から選べばよくない?
91:名無しの軽戦士 ID:LGFmEUg
その辺の経緯は当事者たちにしかわからん
92:名無しの弓術士 ID:DKbMKUw
ルーナもソールもワンマンチームじゃないしね
93:名無しの重戦士 ID:t93xscc
トナメ終盤までに連携力が跳ねるのかで趨勢が決まる
これも一種の賭けだわな
どうして賭けに出たのかは、当事者(以下略)
94:名無しの重戦士 ID:E4WGLKD
罰ゲームとか、なんらかの密約とか……?
95:名無しの魔導士 ID:WwyEJdw
まあ、他にも注目コンビはいるし
わからないことはわからないままでいいよ
96:名無しの神官 ID:G7rh5Q5
自分はアルテミス軍団箱推しっすわ
97:名無しの重戦士 ID:ar6eGSB
あー
でも、大量に出てくるのは3対3からじゃない?
弓専のアルテミスでも、そんなに前衛弓術士っていないでしょ?
98:名無しの魔導士 ID:wzzJREt
前衛弓術士=弦月ってくらいトップ帯にも少ないからねぇ……
99:名無しの弓術士 ID:kyuSjwa
弓2は中々に厳しい組み合わせだから
魔法職入りよりはマシだけど
100:名無しの騎士 ID:LMLbgcE
そいや、魔法職といえばびっくりしたのがあったな
101:名無しの魔導士 ID:CUNMWHw
魔法職……傭兵&本体?
102:名無しの騎士 ID:LMLbgcE
それそれ
しかも横綱相撲的な試合運び
103:名無しの重戦士 ID:xRD8fky
うん
安定感で言うならアル・ハイペアでいいべ
とりあえず賭けとけ
104:名無しの武闘家 ID:LQ2pYce
バドミントンのダブルスみたいな呼び方
105:名無しの弓術士 ID:JTLVRwf
つーか、普通は神官入りでは安定しないんだけども
2対2なんだからさぁ
106:名無しの魔導士 ID:6DfmcM8
なんで詠唱妨害0で勝ち切る試合ばっかなんだよ……
おかしいだろ
107:名無しの神官 ID:fgRgeNc
アルベルトの護衛能力が異常
ハインドの先読み逃げ能力が異常
異常×異常=安定って寸法よぉ
108:名無しの弓術士 ID:JTLVRwf
その方程式はおかしい
109:名無しの騎士 ID:Ec6nWzS
勇者ちゃんが裏切りにあってて笑った
110:名無しの騎士 ID:z8XjWfP
また決勝付近まで行けないんすか……
勇者なのに、勇者なのに、勇者なのに……
111:名無しの魔導士 ID:AjUSUB8
やっぱり本体がいないとダメなんすねえ
どう見ても勇者ちゃん本人の運動神経は抜群なんだけど
112:名無しの騎士 ID:EsB56W6
勇者のオーラもショボショボですわ
113:名無しの弓術士 ID:cN2btpe
もうちょっと勝ち残ってほしかったぜ、
ユミ・リコペア
目の保養には最強だった
114:名無しの弓術士 ID:Siyw6aT
リコリスちゃんも、1対1でアノ相手に善戦してたもんなぁ
どっちももったいない
115:名無しの弓術士 ID:rDJKscU
そのふたりには優秀な参謀が必要ということで……
3対3以降に期待!
「……」
「不機嫌になるなよ。あの試合に触れる人がいても、別段おかしくないだろ?」
「不機嫌になどなっていない!」
「なってる。めっちゃ唇尖らせてる」
「……」
未祐は非常に不満そうだ。
特にとあるレスのところでは「ショボショボのオーラってなんだ!?」「裏切られていない!」などと全力で叫んでいた。
しかし今は、どうも怒りが飽和しきったのか無言。
無言のまま唇を尖らせている。
そしてその顔のまま、こちらをじっと見たかと思うと……。
「むちゅー」
「なにしてんだ!?」
目を閉じて、尖らせた唇をそのまま近づけてきた。
あわてて身を引き――あわてすぎたせいで、俺は強かに足をテーブルの脚にぶつけた。
痛い。脛がとても痛い。泣きそう。
「自然な流れでキス顔に移行してみた」
尖らせた唇のままで器用に喋る未祐。
そんな変顔をしていても、まるで不細工にならないのはすごいと思う。
艶のある唇、通った鼻筋に長い睫毛が目を惹く。
……が、それはそれとしてだ。
「不自然だよ! そんなムードじゃなかっただろ! 出直してこい!」
「ちぇ」
その言葉を受けて、ようやく表情を戻す未祐。
危なかった。
こんなところ理世に見られていたらと思うと気が気でない。
ついつい周囲を確認するように見回していると――
「……」
「あ」
「む?」
――扉の隙間からこちらを覗く双眸と目が合った。