本戦2対2決闘 その1
2対2決闘の本戦が開始された。
弦月さん、そしてスピーナさんから助言を受けた俺は……。
異性を避け、それでいて強力な味方を得て出場することができていた。
「お前! それは卑怯だろう!!」
だというのに選手控室でユーミルが声を荒げてくる。詰ってくる。
へー、試合開始前の控室って対戦相手と話したりもできるのか……今回のトーナメント出場は初だから、知らなかったな。
控室は同室を拒否することもできたが、先にユーミル側から希望があったので、承諾して今のような状態になっている。
――と、それはそれとして。
トーナメント序盤、運悪く身内同士での対戦となってしまった。
ユーミルの隣には傷心から立ち直ったリコリスちゃん。
そして俺が組んだのは――1対1トーナメントの優勝者、傭兵アルベルトさんである。
盛んに会話を続ける俺たちを見つつも、腕を組んで壁に寄りかかるようにして立ち、無言で見守っている。
「仕方ないだろ。WAIだったんだから」
「だぶりゅーえーあい?」
「(W)枠が(A)空いて(I)いたので」
「馬鹿者ぉ!!」
叱られてしまった。
だがまぁ、言わんとしていることはわかる。
はっきり言って、アルベルトさんが強すぎて……。
予選は楽勝も楽勝な「超好成績」だった。10戦10勝。
翻って、トーナメントの組み合わせからして、目の前の二人はギリギリの成績だったと思われる。
俺たちと同じくらいの成績なら、もっと決勝に近いところで対戦になったはずだ。
「報酬は友人価格で引き受けた」
と、ここでアルベルトさんが控室に来てから初めて口を開く。
「本……え? 冗談? 本気? どっちですか!?」
あまり変わらない表情でそう言ったアルベルトさんに、リコリスちゃんが困惑をそのまま声にする。
うん、本当のことだね。
「最初、アルベルトさんに“タダで構わない”って言われてさぁ」
「ああ。しかし、傭兵として“筋を通すべき”とハインドに押しきられてしまってな……」
アルベルトさんによると、装備品関連で便宜を図ってもらっていること。
そしてなにより、フィリアちゃんと仲よくしてくれていること。
特に後者。後者を強調されて、交渉当初は無料で組むと強弁されたのであった。
最終的にはアルベルトさんが口にしたように「傭兵としての筋」、それから「親しき中にも礼儀あり」という言葉でこちらが押し切り、大幅割引という形に落ち着いた。
あってないような出費、そんな価格で引き受けてもらったわけである。
――と、転移の光が舞って景色が舞台上へと移る。
歩いて舞台に上がれるのは決勝だけだ。
俺は杖を持ち上げ、対面やや離れた位置に行った二人に突き付ける。
「さあ、覚悟を決めろ! ユーミル! リコリスちゃん!」
「ハインドの台詞が敵役風味!」
「実際ラスボスみたいな布陣です……まだ二回戦なのに……」
試合開始のブザーが鳴った。
まだ緒戦なので、皇帝陛下の開始コールはなしだ。
とはいえ試合は満員。
耳が痛くなるほどの歓声が舞台の上まで届く。
俺はアルベルトさんの後ろに回ると、早速MPチャージを開始。
「ふっ。ハインドを後ろに置いての戦い……負ける気がせんな」
アルベルトさんは悠然と大剣を抜くと、二人の進行を遮るように構える。
その言葉、そっくりそのまま返したい。
なんと頼もしい背中だろうか。負ける気がしない。
実際、面積的な意味でも広い広い背中である。
この試合も安心して援護に専念できそうだ。
「そうだろう、そうだろう! っていうかそれ、私が言ってみたかった台詞! むんっ!」
「むうう……なんか私、あっさり負けるのは嫌です! ユーミル先輩! ていっ!」
喋りつつもまずは一合、思い切りのいい一撃を加えるユーミル。
続けて、というよりほとんど同時にリコリスちゃんもアルベルトさんに斬りかかる。
少し前に比べると、かなり連携がよくなってきている騎士コンビ。
負ける気はしないが、身内ながら油断できない相手だ。
「やるな!」
アルベルトさんがユーミルの一撃を剣で、リコリスちゃんのサーベルをガントレットで払う。
言葉とは裏腹に彼にダメージはない。
後退もしていない。
おかげで俺は悠々とMPチャージを続けていられる。
「そうだな、リコリス! むしろ勝てばいい! 勝てばいいのだ、この二人に!」
「そうです! 負けると決まったわけではありません! 勝ちます!」
「いい気迫だ――来い!」
あっちは大盛り上がりだな……俺は淡々とチャージを続行。
二人がアルベルトさんに連続攻撃を仕掛ける。
――2対2で片方だけに後衛がいる場合、取られる戦術はおおよそ三つ。
まずは後衛を放置して、敵前衛一人に対して二人で攻撃するというもの。
この場合、後衛からの回復・バフや支援攻撃が本格化する前に、迅速に前衛を倒す必要がある。
ユーミル・リコリスペアが採ったのは、一見この戦術のようにも思えたが……。
「――」
「お」
リコリスちゃんが小柄さを活かして、アルベルトさんの脇を突破。
……もう一つの戦術としては、前衛に一人が。
後衛にも一人送り込み、タイマンを二つ作るというものがある。
「足止めする前衛が敵前衛と互角以上」という条件はあるものの、詠唱・遠距離攻撃妨害ができて、接近戦に弱い後衛を堅実に追い詰めることが可能。
この組み合わせ上、最も有効で手堅い戦術といえるだろう。
三つ目の戦術、一斉に後衛に向かって突撃・巻き込んでの混戦という手は採用しなかったようだ。
一瞬とはいえアルベルトさんを放置するのはちょっと難しい。
「いいねいいね」
感覚派だった二人が最適解といえる動きをしっかりと実行に移してくる。
散々相談に乗った甲斐があるというものだ。
このコンビはワシが育てた……と言っても過言ではないので、今は敵でも誇らしい気持ちが湧いてくる。
「ハインド先輩、お覚悟ぉぉぉっ!」
しかし育てたということは、癖も知り尽くしているということ。
リコリスちゃんの剣閃と盾を使った攻撃はかなり速い部類ではあるものの、目が憶えている。
MPチャージを中断して回避&逃走。
……それにしても成長著しい。躱しきれない攻撃がいくつもある。
ヘアピンのついた丸っこい頭がギュンギュン迫ってくる。いいフットワークだ。
とはいえ可能な限り低いダメージで抑えつつ、救援が来るのを待つ。
否、「救援してもらいやすい位置」まで回避しながら移動していく。
「ハインド!」
「アルベルトさん」
同じように、ユーミルの攻撃を受けながら移動してきたアルベルトさんと――スイッチ。
リコリスちゃんの攻撃を肩代わりしてもらい……というよりも、押しつけつつ避難する。
この際、ユーミルに近づかないよう移動方向には気をつける。
――直後、重戦士特有の剛体能力を活かし、アルベルトさんがダメージを受けながらも一閃。
「甘い!」
「むうっ!?」
「ひゃっ!」
わずかに溜まったMPで汎用スキル『ヘビースラッシュ』を使い、まとめて一気に打ち払う。
大きく横に円を描くような斬撃だ。
そしてアルベルトさんが負った傷は俺が即座に『ヒーリング』で回復。
更にユーミル・リコリス両名が倒れている間に、詠唱の短い『ガードアップ』も使用。
安全な後方まで移動し、再びMPチャージへ。
「なんっっっだ、その連携は!」
「て、鉄壁……! 鉄壁です……!」
狙いを挫かれたユーミル、リコリスちゃんから驚愕の声が。
いやあ、アルベルトさん……マジで前衛二人分以上の能力だわー。
楽だわー。
RPGで中盤辺りに限定加入してくる、超強いお助けキャラがずっとそばにいる感じ。
「ほらほら。早く立たないと、どんどんアルベルトさんが強化されちゃうぞー。止まらなくなっちゃうぞー」
「お前ーっ!」
大きく飛ばされた上に転倒したせいで、復帰に時間がかかっている二人を煽る。
実際、俺はバフをもうひとつ――物理攻撃力が上昇する『アタックアップ』をアルベルトさんに使用した。
近づいている、完全体アルベルトさんに近づいているよ!
仕上げはバリア付与スキルの『ホーリーウォール』だ! 詠唱開始ぃ!
「鬼! 悪魔! ハインド! 鬼畜陰険神官!」
「はっはっはっは」
罵倒が耳に心地いい。
焦れば焦るほど俺の術中である。
最大のユーミル対策は、一にも二にも実力を発揮させてやらないことである。
「どうしておはぎで励ましてくれたのに、またへこませようとするんですかぁ! おはぎありがとうございました! 嬉しかったです!」
「はっはっはっは。どういたしまして、リコリスちゃん。しかしそれはそれ、これはこれ」
煽るし、笑ってやるが、油断だけはしてやらない。
二人が追い込まれた際に力を出すプレイヤーなのは、俺が一番よく知っている。
きっちり、しっかり、最後まで詰めきって勝つ。
底力を発揮できるような状況を与えてやる気はない。
相手が身内だからこそ丁寧に丁寧に。
癖や傾向を知っているのは、あっちだって一緒だからな。
メディウスに負かされたのもあって、俺は勝利に飢えているのだ。