本戦1対1決闘 その8
試合開始後、すぐに見られた光景は……。
フィリアちゃんによる怒涛の連続攻撃である。
「HPがモリモリ減っています!」
と、モリモリ食べる手を止めたリコリスちゃんが、ようやくまともな人語を発した。
視線は舞台上のフィリアちゃんに釘付けだ。
そのくらい、序盤の……MP消費が絡まない戦いとは思えないほど、激しい展開である。
「速さと小ささ、それから遠い距離が重なってほとんど見えん」
俺も肉眼で小さな姿を追ってみたが、最前列のようにはいかない。
相手の軽戦士は、背も高いしよく見えるんだけどな……というか、軽戦士より速い重戦士とは。
これいかに。
「さながら、格闘漫画の雑魚キャラ視点でござるな」
「投影画面でも、若干追えてない感じありますねー」
「TBの武器が軽くなるっていう仕様も悪さしているな」
でかい斧が轟音を上げてぶん回っている。
昔の――俺たちが初顔合わせして、戦った時に比べると……。
柄で払ったり突いたり、広い刃の腹で叩いたり。
綺麗に刃を立てた攻撃以外の攻め手が大量に増えていた。
フィリアちゃんが相手の反撃を潰しながら、ガンガン攻めていく。
「いいな! こう、なんというか……個の完成度というか!」
好みの展開だからか、ユーミルも大興奮だ。
それ自体はいいのだが、揺れたり拳を振り回したり、肩を組んだりしてくるのはやめてくれ。
色々当たっているから。
痛いのと柔らかいのが半々だから。
それはそれとして、俺からも感想を一言。
「フィリアちゃん、しっかりワンマンアーミーしているよな。さすが傭兵」
「そう! それだ!」
回復がなくても戦いきれる。
支援がなくても戦いきれる。
一人で全ての攻撃を捌き、迫り、一人で敵を仕留めきる。
そういう精神性を感じる背中というか、戦い方だ。
普段から弱点を補い合う俺たちとは、いささか毛色が違う。
「あー! 終わる終わる!」
「貴重な罠型の軽戦士が!」
「なんとかしろぉ!」
周囲のフィリアちゃんに賭けていない側の人々の声が聞こえる。
そう、フィリアちゃんと戦っている彼は、唯一トーナメントに残った軽戦士・罠型だ。
回避型よりはマシだが、中々に1対1適性は低い。
それを覆す程度に本人のスペックが高いということであり、フィリアちゃんに大きく押されつつも決定的な破綻には至っていない。
巧くラッシュを捌いている。
全ての攻撃を防げているわけではないが、回避・短剣による受け流しと、そつがない。
終わる負けると叫んでいる人もいるが、俺の目には虎視眈々(こしたんたん)と反撃を狙っているように見える。
やがて――
「爆ぜた!?」
「地雷踏んだか!?」
――不意に、フィリアちゃんの足元に小爆風が発生。
いつ仕掛けたのか、どこに仕掛けていたのか。
全くわからなかったが、そんな不意を突く攻撃にもフィリアちゃんは止まらなかった。
大きめのダメージを受けたにもかかわらず、爆風の中から回転しながらフィリアちゃんが飛び出してくる。
爆風を利用して加速した、そんなふうにも見えるスピードの乗り。
あるいはなにかしらの継承スキルによるものか。真偽は不明だが、ともかく。
「「「かっけえ!!」」」
罠攻撃によるノックバックを当てにしていたのか、刹那だが硬直する軽戦士。
最上位の戦いでなければ、隙にならないようなわずかな時間。
だが、すでにフィリアちゃんの大斧はスキルの光を纏って振りかぶられており……。
『そこまで! 試合終りょぉぉぉうっ!』
残ったHPを汎用スキル『ヘビースラッシュ』で削り飛ばし、互いに初級スキルまでの使用で早期決着。
なんという鮮やかな立ち回り……!
全身バネのようにしなやかに、膝を折って着地したフィリアちゃんがゆっくりと立ち上がる。
最初のラッシュと合わせて、軽戦士のHPではスキルによる一撃を耐えられなかったようだ。
「もう勝っちゃいました……すごい!」
罠型がMPを使った絡め手を本格的に使う前に終わらせるという、褒めるところしかない試合運びだった。
当然のことだが、試合をプラン通りに進めるには相応の実力が必要だ。
セオリー通りの戦法を実現させる手腕……見事と言うほかないだろう。
――と、不意に目が渇くような感覚。
距離があるのに、じっと舞台上を見すぎていたようだ。
目を瞬かせ、上を向いて眉間を揉み解す。
「双眼鏡がほしかったかな」
「オペラグラス!」
「うん。次の試合からは持ち込もうな」
どちらでもいいが、後列だと必要に感じた。
普段、スポーツ観戦とか観劇の習慣がないからなぁ……。
と、そんなことを話しつつ席を立つ俺たち。
「……リコリスちゃん?」
しかし、一番盛り上がって観ていたリコリスちゃんは座ったまま。
決闘者が去り、誰もいなくなった舞台をじっと見つめている。
……ユーミルが席に戻り、リコリスちゃんの肩をそっと抱き寄せる。
「そうだな。戦いたかったよな? フィリアと」
「……はい」
もう泣かなかったが、うなずくリコリスちゃんは少し寂しそうだった。
時間は進み、その日のうちに決勝戦。
俺たちは観戦を知り合いや注目カードのみに絞り、疲れすぎないよう配慮しつつ過ごした。
決勝はやや遅い時間になる見込みであり、せっかくなら全員揃って観たかったからだ。
「それで結局、決勝はこのカードか」
闘技場に移動し、指定された席を目指してぞろぞろと歩く。
――決勝は、ソラール(騎士・攻撃型)vs傭兵アルベルト(重戦士・攻撃型)という一戦。
いくつかあった番狂わせも、予想外の脱落も……。
「順当以外の言葉が出ないな」
「最終的には、実力通りって感じですよねー」
「ままま、1対1は不確定要素が少ないでござるし」
結局は、ソラール・アルベルト両名の力に飲まれていった。
誰も文句をつけられない対戦カードである。
「それよりも、この試合はアルベルト殿の筋肉が躍動する様を!」
俺たちの中で、この試合が決まって最も嬉しそうだったのはトビだ。
が、その言葉を聞いて一斉に距離をとる。
「ええ……」
「それはちょっと」
「キモい!」
「……」
別にみんな、マッチョが嫌いとかそんなことはない。
トビのにやけた口元、叫んだときにちょっと飛んだ唾、夢見る乙女のような瞳と、それら全てがドン引き案件だっただけである。
つまりトビが悪い。
アルベルトさんの筋肉は悪くない。悪くないよ。
集中攻撃を受けたトビは、居住まいを正して咳払いをした。
「ご、ごほんっ! あ、アルベルト殿の勇姿を! みんなで見届けるでござるよ!」
「最初からそう言え」
話しながら、ほとんど埋まった席の間を抜けて最前列へ。
……なんとこの試合、アルベルトさん側から観戦の権限を強化してくれた。
決勝ともなるとそんなことができるらしい。
第1サーバーの最前列は、実質招待席となっている。
俺たちはそこに全員で並んで座ることができた。
アルベルトさん、ありがとう。
「憧れているなら、筋トレとかしないんです? トビ先輩」
「シエスタ殿。拙者、あんまり筋肉つかないの。体質なの」
「あー。じゃー、仕方ないですねー」
そんな二人の雑談。
秀平は筋肉がつかないというか、太りもしないんだよな。
あれだけ中学時代からゲームに徹夜にと不摂生をしても、細いままだから。
菓子類も好きだから、普通の体質ならとっくに太っていると思う。
――と、舞台に誰か上がってくるな。あれは……。
「グラド皇帝?」
「本物か!?」
ユーミルと一緒に注目していると、横合いから『皇帝グラド・アルディ・サージェス陛下、ご入来ー!』という声が。
いつの間にか、その声がしたほう――舞台の横には、長机と積み上がる優勝景品が出現していた。
ま、まぶしい……パッと見てわかるような金銀財宝の山という感じだ。
皇帝の周囲には護衛だか警護っぽい兵士もいるし、本物で間違いないだろう。
……あの皇帝に護衛が必要か? というのは置くとしても。
『余は長話を好かん! よって手短に話す故に、少しの間だけ時をもらうぞ!』
威厳のある声が響き、騒がしかった会場内が一瞬で静まり返る。
まあ、単純に音量? 声量? がすごいという理由もあったが。
……ビリビリくるね、肌に鼓膜にと。
拡声器の類は使っていないようだが、もしかしたら魔法かもしれない。
わずかに生声とは違う響きを帯びているような気がする。
『そなたら来訪者がこの大陸に現出して、相応の時間が経過した。それにより、更に高まった武による競い合い! ぶつかり合い! 存分に余と、余の臣民たちの目を楽しませてくれるものと期待している!』
言葉と共に、皇帝の周囲に真っ赤なオーラが現出する。
蜃気楼のように空気が揺らぐ。
怖い怖い。
ちょっと、皇帝様? 前回大会のエキシビションを思い出すんですが?
今にも自分が戦い出しそうな勢いだ。
その闘気は出さずに引っ込めておいてほしい。
『――それでは、第二回闘技大会! 1対1トーナメント! 決勝!』
あ、本当に話が短かった、という周囲の空気。
偉い人の話は長い、というのを簡単に覆してきたな。
さすが皇帝陛下。
『傭兵アルベルト対ソラール! 試合……』
声を上げつつ、皇帝が舞台を後ろ歩きで下りていく。
交代するように、皇帝と同等の立派な体格をした二人が、それぞれ舞台の両端にある階段を登って現れる。
ソラール、そして……アルベルトさんだ。
観客の俺たちはよく見ようと、ついつい前のめり。
『はじめぇぇぇっ!!』
アルベルトさんは俺たちもよく知っている、セレーネさん――と、俺が少々手伝って作った大剣を。
頻繁に剣・槍・斧・槌と武器を持ち替えるソラールは、この試合は長槍を選択。
それぞれの武器を構え、両者は合図と同時に力強く一歩目を踏み出した。