本戦1対1決闘 その7
フィリアちゃんの試合が行われる会場へ。
席は後方になったものの、なんとか全員で第1サーバーへ入場することができた。
出遅れ気味のタイミングだっただけに、フレンド権限の効果を感じる。
「そういやみんな、賭けの状況はどんなもん?」
試合の待ち時間を利用して、俺は気になっていた疑問を投げかけてみる。
同時に、周囲の状況を確認。
この席からだと、舞台が遠いから投影映像頼みだな……。
視力がいい人なら見えるかもだが。
前の席の誰かが立てば、更に視界は悪化するだろうし。
「拙者はトントンでござるな。当たったり外れたりで、結局初期資金と同じくらい」
「嘘つけ」
トビは明らかに試合観戦後、へこんでいる回数が多かった。
それでトントン?
そんなわけがないだろう。
「ぐっ、なんでわかって……ハインド殿の言う通り、ちょっと見栄張ったでござる。やや負け状態でござるな! 拙者、ギャンブル向いてない!」
「私も、微減しているかなぁ……」
先に答えてくれたのは、トビとセレーネさん。
どちらも各々のメニュー画面を開き、所持金を確認しながらの回答だ。
「もごもむむ!」
「まだ食べてんの、リコリスちゃん……? あ、いや、好きなだけ食べていいんだけど」
続いて、モゴモゴしながらリコリスちゃんが見せてくれたメニュー画面。
こちらは初期から微増という感じで……まあ、彼女の場合は自分の試合で手一杯だったせいだろう。
他人の試合を気にする暇がなかったのだ。
それでも、ユーミルの試合は全てユーミルが勝つほうに最大額まで賭けていたはず。
最後にユーミルが負けた試合で賭け金上限増加があったので、ややマイナスが増えて、全体では微増止まりと。
「私は……初期資金から五割増加ですね。今のところ」
「おっ、サイネリアちゃん優秀」
サイネリアちゃんは元金から大幅に増やしたようだ。
頭のいい子だから、勘でなく、しっかりと予想を立てた結果だと思う。
……しっかりした予想といえば。
「リィズは……」
「まだ三倍までしか増えていませんね」
「三倍!? まだ!?」
「あー、負けたー。私は二倍でした」
「シエスタちゃんもすごいな!?」
なんか横を見たら、桁違いの結果を叩きだす二人がいた。
すごすぎないか?
リィズは高度な分析と予測。
シエスタちゃんは勘半分に分析が半分という、ハイブリッドな能力による結果のようだ。
こんなところで、地頭の差を見せ付けられるとは思わなんだ。つらい。
「もう二人にギルドの資金を全部預けて、運用してもらった方がいい気がしてきた」
「常に増やせるとは限らないので、おすすめはしませんよ」
「冷静な返し……」
「先輩は? どんな感じですかー?」
と、ここでシエスタちゃんから痛い質問が。
……完全に言うタイミングを逃した。
最初に自己申告してから、みんなの結果を訊けばよかったな……。
そんな大戦果を聞かされた後に、堂々と自分の小戦果を口にできるわけもなく。
「……二割増加」
声も自然と小さくなった。
声ちっさ! とか言いながらトビがゲラゲラと笑っている。
うるさい、マイナスなくせに。
「あー。先輩、さては少額ずつしか賭けていない感じですね?」
「チキンですまん」
「や、そこまでは言っていないですけど。ただ、賭ける額だけ上げればもっと増えていた感じでしょ? もったいないなーって。予想は当たるんですから」
「ぐうの音も出ねえ」
シエスタちゃんの的確な言葉が俺の胸へと刺さりまくる。
まるで見てきたような言い方だが、全てがっつりと当たっている。やっぱつれえや。
とはいえ、連続で当たったからと調子に乗って――大金を賭けた、次の瞬間!
ズバリそのときに、はずれが来るんじゃないかという不安を拭いきれなかったのだ。
俺と同じような小心者なら、きっとわかってくれると思う。
連勝していても「次もいける! 流れがきている!」ではなく「ここまでうまく行きすぎでは……?」と弱気になるのが、俺たちのような人種である。
「あっはっはー。ところで、ユーミル先輩は……」
そんな俺を生暖かい目で眺めつつ。
シエスタちゃんは、唯一答えていないユーミルのほうを向いた。
「ユーミル先輩?」
「もご?」
「……」
俺たちの視線が集まる前から、ユーミルは全力で明後日のほうを向いていた。
全力で目を、どころか体ごと逸らしている。
ああ、これはもしかして……。
「……スッた」
「え?」
「全額スッた! もうない! ないのだ! 私の財布はもう空だ! バーカバーカ!」
「あらー……」
「あー……」
途中から開き直り、誰に対してかわからない罵倒をかますユーミル。
俺たち側も、居たたまれないというか気まずい雰囲気に。
「……ところで、次のフィリアちゃんの相手だけど」
「露骨に話題を変えたな!? チキン戦法で二割増しのくせに!」
ひどい。
ひどいけど、もっとひどい状態のやつに言われても傷つかない。
動揺はしたけれど。
「で、でも大事だろ! 次の試合、どっちに賭けるかだって!」
そう、そうなのだ。
結局のところ、俺はみんなの状態や意見を参考にしたかったのだ。
自分のちまちまとした賭け方も、どうにもよろしくない気がしたので。
ゲームなんだから思い切ってやろうという、踏ん切りをつけたかったのもある。
案の定、みんなは伸び伸びと好きなように賭けていたようだ。
縮こまるなよ! 現実のお金じゃないんだからさぁ! と、今の自分にも過去の自分にも言いたい。
言ったところで変わらなかったような気もするけれど。
「ふむむむむ!」
と、リコリスちゃんがなにか言いたげだ。
相変わらずおはぎを食べっぱなしなので、具体的な発言内容は曖昧模糊だが。
どうにか意図は汲める。
「ああ、わかっているよリコリスちゃん。もちろん、俺だって心情的にはフィリアちゃんの勝ち一択だよ。応援するし、賭けるならそっちだ」
「ふも!」
「なーんで、そんなやり取りで通じ合っているんですかね……?」
うなずき合う俺たちに、シエスタちゃんから呆れたような声が。
……まあ、それはそれとしてだ。
「でも、戦前の冷静な分析は大事って話だよ。リィズは――」
「フィリアさんに最大額を」
「だよなぁ……」
リィズから短い断定の言葉をもらう。
それを受けて、周囲の面々も各自のメニュー画面をいじいじ。
ここまで相談しておいてなんだが、次の試合に限っては、あまり悩む必要がないのも事実。
「次の相手、弱いんですか?」
と、試合のリプレイなどを見る暇がなかったのだろう。
事前に「この試合は賭けない」と宣言しているサイネリアちゃんが、俺に疑問の声を投げかける。
「弱くはない。ここまで勝ち上がってきたプレイヤーだもの。ただ、試合になればわかると思うけど……」
「ハインド。賭けの締め切り時間だぞ?」
「あっ」
手持ち無沙汰のユーミルに促され、慌ててメニュー画面をタップ。
緒戦に比べ桁が上がってきている賭け金に目眩を覚えつつも、フィリアちゃんの勝ちに最大額を投入する。
若干、決定ボタンを押す指が震えたのはご愛敬。
絶対に現実でギャンブルとかできないタイプだな、俺は……。
どうにか時間内に処理が完了し、所持金がごっそり持っていかれた。
同時に精神力もごっそり持っていかれている気分。
だ、大丈夫、きっと増えて戻ってくるから……。
「……フィリアちゃんは傭兵稼業をやっているだけあって、他のプレイヤーと比べて安定感が違う。だから他の試合よりも、ずっと予想が簡単。不確定要素に左右されにくく、ブレが少ない」
賭けを済ませてから、サイネリアちゃんに話の続きをする。
無論、サイネリアちゃんもフィリアちゃんの実力は知っている。
なので、再確認の意味を込めての質問だったようだ。
俺がフィリアちゃんの実力を肯定するようなことを言うたびに、リコリスちゃんがふんふんと鼻息荒くうなずいている。
「継承スキルが絡んでも、ですか?」
「絡んでも、だね。始まるよ」
舞台上に軽装で細身の青年が出現。
続けて、リコリスちゃんとどっこい小柄な少女が出現。
ただし、手にした得物は大きな戦斧(セレーネさん作)だ。
会場内から声援が上がった。