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本戦1対1決闘 その6

 日付が変わり、1対1トーナメント最終日。

 セレーネさんの休養も明け、全員揃っての観戦となっている。

 同盟メンバーが全員敗退したので、適当なサーバーで適当な席に座って、色々な試合を冷やかして回る――といった流れだ。

 今日も今日とて闘技場観戦。

 賭けは変わらず、各自で自由に。


「はむっ、ほむっ」


 重戦士・攻撃型(アタックタイプ)同士の同職対決を観ていると、隣からハイペースで物を食べる音が聞こえてくる。

 なんなら、偶に食べかす(あずき)が飛んできたりもする。

 そんな妖怪あずき飛ばしの正体は、やけ食いに走るリコリスちゃんである。


「リコ、落ち着いて」

「むぐ、むぐぐ」


 俺から見て、リコリスちゃんを挟んだ一つ先の席に座るサイネリアちゃんが世話を焼いている。

 背中をさすった後には、水筒を差し出した。


「リコ、水飲んで」

「ふんっ、むふー」


 ……味、わかっているのかな? という感じもするが。

 喜んでくれているようなので、よしとしておく。


「……ハインド?」

「ああ、うん。今日はそっとしておいてあげよう……」

「ハインド? デコにあずきが付いているぞ?」


 リコリスちゃんの反対側、俺をはさむ形で座るユーミルがさっとあずきを回収。

 そのまま自分の口に運ぶのを見て、リィズが目を吊り上げる。

 ……それら一連の流れは、見なかったことにして。

 後方から服を引っ張られたので、そちらを向く。


「ところで、先輩。このおはぎ……」

「もちろん手袋はつけて作ったよ。安心して」

「は!? どうして素手で握らないんですか!」

「え?」


 常にない強い口調でシエスタちゃんがいきどおる。

 いつも半開きの目も全開だ。

 ……素手で握ったものが許されるのって、身内か、常に手を清潔にしている専門職の人だけでは?


「――って、違う違う。そうじゃなくてー。このおはぎ、リコんちの味にそっくりなんですけど」


 手にしたおはぎを一口(かじ)り、首をかしげるシエスタちゃん。

 その言葉からして、浅野(あさの)家のおはぎを食べたことがあるようだ。


「リコリスちゃんのお母さんに、レシピを教えてもらったからね。醤油が隠し味だとか」

「ええー……」


 あんにコクが出たので、我が家でも次からぜひ真似したい。

 しかし、なぜに不満顔?

 疑問に思いつつ、シエスタちゃんを見ていると……。


「やー、味の話ではなく。私たちの頭越しに親と連絡取られるの、やだなーって……」

「あー、それは確かに。ごめん」


 わからなくもない感覚。

 ただ、余暇の長時間をオンライン越しとはいえ一緒に過ごしている都合上、定期報告のようなものは必須なわけで。

 中学生くらいだと、まだまだ周囲の人間から受ける影響って大きいはずだからなぁ。

 親御さんたちから信用を得るために、必要な行為だ。


「そういや、VRドカ食い部ってあったでござるな」


 ふと、リコリスちゃんがおはぎを詰め込む様子を見ていたトビが、そんな言葉をらす。

 聞いたことがあるな。

「VR機器の発展と歴史」をゆるっと解説! みたいな動画で見たんだったかな。


「む? なんだそれは?」

「あー、あったね……」

「知っているのかセッちゃん!?」


 知らなかったユーミルと、知っているらしいセレーネさんの声が続けて聞こえてくる。

 優しいセレーネさんは、そのままユーミルに解説を開始。


「知っていると思うけど、今のVR機器は医療分野での発展が基礎になっていてね?」

「うむ」

「栄養学とか食事の方面だと、過食・拒食症の治療とか。点滴しか入らない状態の人に、食事の楽しみを疑似的に提供するとか。そういう使われ方をされていたんだけど」

「う、うむ」

「それで、時代が下って一般に流通した当初になると……ダイエットのストレス緩和に使える! っていう風潮が、一部で盛り上がってね」

「なるほど!」

「VRでスイーツを食べる集まりとか、ダイエット部みたいなのがあちこちで発足。続けて、高カロリーだったりあぶらの乗った料理だったりを、VR内でお腹一杯食べよう! って人たちが集まった――」

「ドカ食い部の誕生か!」


 うんうん、俺が得ていた知識でもそんな感じだった。

 神経・脳科学はもちろんのこと、スポーツ分野、他にも建築分野などでの寄与が大きいVR機器だったが……。

 エンタメや、言ってしまえばそういう「くだらない方面」にも使えるようになったのは、技術がそれだけ発展・安定したという証左である――と、俺が見た動画では締めくくられていた。


「……しかしそれって、健康的には大丈夫なのか?」

「一応、実際に食べたのに近い脳内物質が出たりするそうだが」


 と、今度は俺が解説を引き継いでユーミルに説明。

 もうトーナメントで身内が戦っていないので、安定の質問魔に逆戻りである。


「VRギアのほうで過剰になったり、依存したりしないよう検知してくれるし、現実でドカ食いするよりははるかに健康的だそうだぞ。実際にストレスもやわらぐらしいから」

「ほう! そうなのか……よかったな、リコリス!」

「ふんがー!」


 ユーミルの言葉に、リコリスちゃんがおはぎを持ったままの両手を上げて応じる。

 どれだけ食べる気なのだろうか、この子は。

 一応、みんなでも食べられるように重箱に五段積みで作ってきたのだが。

 リコリスちゃん、単独で二段目に突入中である。

 マジか、この子。


「というか、リコリスの食べる姿を見ていたら試合が終わっていたのだが!?」

「あ、本当だ……」


 グラド皇帝(システム音声)の試合終了コールが会場内に響き渡る。

 もうトーナメントも終盤が近づいてきたので、ハイレベルな試合だったはずなのだが。

 ほとんど印象に残らなかった……。

 仕方ないので、立って移動の準備を始める。


「次はどの試合を観にいきますか? ハインドさん」

「次はぁー……おっと?」


 リィズにうながされ、トーナメント表と、試合開始時間が近い順に表示される一覧を見ていると……。

 白色表示に混じって、フレンドの証である青色表示されている名前が目につく。

 それも、近い位置で二つもだ。


「フィリアちゃんとアルベルトさんが順当に勝ち上がっているから、どっちかの応援にいくのはどうだ? どっちも試合開始がすぐだぞ」

「!!」


 傭兵親子の名を口にすると、真っ先に反応したのはリコリスちゃん。

 相変わらずおはぎを口に詰め込んだまま、俺の前に立って顔を見上げてくる。


「り、リコリスちゃん?」

「ふんっ、ふんっ!」

「……フィリアちゃんの応援に行きたいの?」

「むふーっ!」

「……」


 二人の内、リコリスちゃんがどちらに反応しているのかは……。

 フィリアちゃんだろうということで、問いかけると強いうなずきが返ってきた。

 仲いいし、リコリスちゃんが急成長したきっかけはフィリアちゃんだものな。

 気になって仕方ないのだろう。


「――じゃあ、フィリアちゃんのほうにしようか。フレンド権限だけで、第1サーバーって入れんのかな?」

「傭兵稼業の顧客こきゃくを、フィリア殿がフレンドリストに入れているかどうか次第ではござらんか? 人数が多ければ先着順で弾かれるでござろうし」

「そうだな」


 トビはアルベルトさんの試合を観たそうだったが……。

 リコリスちゃんの様子を見てか、さすがに口にはしなかった。

 珍しく空気を読んだな。

 そしてどうせなら、声援が届く第1サーバーに入れるといいのだが。


「ところで、スピやんってどうなったのだ?」


 俺が出したままだったトーナメント表を覗きこみつつ、ユーミルが首を傾げる。

 見える範囲を探したようだが、スピーナさんの名前を見つけられなかった模様。

 それもそのはず。


「俺らが応援に行った、次の次の試合で負けちゃったな――アルベルトさんに当たって」

「「「あー」」」


 スピーナさんの試合を応援したのは、昨日のこと。

 ユーミルやトビ、リコリスちゃんの試合が連続であった時間の少し前のことである。

 スピーナさんはその試合、それなりに余裕を持って勝利したのだが……。

 その二つ先の試合で、アルベルトさんと対戦して負けてしまった。


「文字通り、当たって砕けたか……どんまいスピやん」

「見える、見えるでござるよ。回復したそばから破壊されるスピーナ殿のHPが!」

「……擁護ようごしてあげたいけど、ほとんど二人の言った通りだったんだよなぁ。俺がリプレイを見た限りだと」


 武闘家・気功型チーゴンタイプの自己回復は強い。

 強いのだが、あまりそちらにMPを回しすぎるとジリ貧になるというのもまた正解である。

 攻撃に使うMPがなくなってしまうからだ。

 ユーミルがトーナメントの最初のほうで戦った相手もそうだった。

 結果、スピーナさんも善戦――いや、試合時間を引き延ばすだけに近い抗戦の後に、負ける事態と相成ってしまった。

 ……まあ、アルベルトさん相手に守勢に回るな、というのも無茶な話ではあるのだが。

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― 新着の感想 ―
大食いしているリコリスちゃん可愛い///ハムスターみたいだ!フィリアちゃん応援しに行くことに決めた時の仕草までとにかく可愛かったです! そしてアルベルトの兄貴はやはり強し!あの不死身のスピーナさんです…
不死身故にサンドバッグにさせられたのかw
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