本戦1対1決闘 その5
TBにおける『物理カウンター』というスキルの説明文は、次のようになっている。
――装備中のシールド(バックラー類含)類に受けた
相手からの物理攻撃(スキル威力含)を、
己の武器に乗せて反撃する。連撃不可。
効果時間は1秒間。
……こんな形で、防具で減衰する前のダメージを反転させてぶつけることが可能だ。
魔法を盾でそのまま反射する『魔法カウンター』とは少々仕様が異なっている。
盾で防いでから、反撃を命中させるという動作が必須。
説明の最後にある効果時間1秒というのは「成功時のダメージ上昇時間」のことであり、スキルの受付時間・カウンター成功判定は1秒よりも短いフレーム単位になるのだが……ともあれ。
これを踏まえて考えると、高攻撃力・低耐久な軽戦士・攻撃型であるアノのHPであれば、戦闘不能ないし大ダメージを受けることになる。
「!?」
そのはずだった。
そのはずだったのだが、投影画面に映ったアノのHPが少ししか減っていない。
ラグや表示ミスを疑い、何度か視線をやるも……ゲージは動かず。
「おかしい。ちゃんと両方のMPは減っているのに」
「なにが起きたんだ……?」
困惑する観客席の面々に対し、交錯した舞台上の二人が向き直る。
アノさんは楽し気な微笑を浮かべ、リコリスちゃんは悔し気に口元を引き結ぶ。
「見えた……私は見てしまった……」
震える声と動きでアノを指差しているのは、ユーミルである。
失礼だからやめなさいと言いたいところだが……それよりも。
「なにを見たんだ?」
「あいつ……リコリスのシールドに剣が当たる直前に、わざと外したぞ!」
「なんだって!?」
カウンターが発動しないよう、攻撃を逸らしたっていうのか……!?
確かに理屈の上ではダメージを減らせるし、可能な行為ではあるのだろう。
ただ現実には、飛び込んだ際に体に勢いがついている。
更にカウンター発動のエフェクトが出るのは一瞬だ。
これらが意味するところは……。
「どういうボディコントロールと動体視力だよ!」
と、後ろから聞こえてきた声の通りである。
簡単にできることではない。
剣の軌道をずらすのも、通常攻撃なら受けてもいいという瞬間的な判断も。
「イカレてんな!」
「ランカー怖い……」
膨大な決闘経験のなせる業なのだろう。
それこそ、反射に近い無意識の動きだったに違いない。
リコリスちゃんの誘導は決して拙いものではなかった。
「で、でもまだ、リコリスちゃんのほうがMP残っているし……」
「しかしなぁ」
……今回、周囲の連中が勝手に解説まがいの話をしてくれるので、俺はほとんど喋ることがない。
いつも質問の連打を浴びせてくるユーミルは必死に応援中、もう一人の質問魔であるリコリスちゃんも試合中だ。
楽なような、少し寂しいような。
「なんだよ?」
「防御型って、能動的にMP使って攻めるのが苦手っていうか。名前通りなんだけど」
うん、騎士の防御型は攻撃スキルが少ないんだよな。
初期スキルのカウンター二種が「基本にして奥義」とまで言われる性能を持つせいかもしれない。
他は闇魔導士に少し負けるくらいの与デバフスキル各種、他よりちょっと優遇されている性能の挑発系スキル、シールドを用いた気絶系スキル、神官のものと重複可能な自己防御バフスキルなどが並ぶ形だ。
「継承スキルで補えてんの? そこんとこどうなのよ? ハインド」
「おっ? 俺に訊く? そうだなぁ……」
話さなくていいかと思っていたら、話を振られてしまった。
……リコリスちゃんが現在セットしている継承スキルに、秘匿するようなものはない。
故に、素直に答えてもよかったのだが。
「……ま、見ていれば分かるよ」
今すぐにでも使いそうな状況なので、そう答えることにした。
百聞は一見に如かず。
「あ、悪い顔」
「明らかにスキル構成に口出ししてるな」
「安心感と寒気が同時に!」
「ハインド怖い!」
「リ・コ・リス! ――お前らうるさいぞ!」
「「「はいすみません」」」
ユーミルに叱られてしまった。
闘技場内は騒々しいので、話そうとするとどうしても大声になってしまう。
……そうこうしているうちに、リコリスちゃんが継承スキルを発動。
手にしたサーベルが光を帯びる。
「おー、ライトニングソード!」
「なるほど!」
「さすが!」
『ライトニングソード』は持続型のスキルで、所持者数無制限のコモンランク継承スキルである。
しかしコモンの中では優秀な効果で、単純に通常攻撃力を倍加させてくれる。
更に纏った光の分だけ、若干だが武器のリーチが伸びるというおまけ効果もある。
攻撃系の職では習得できないため、防御職が弱点を補うために持つ――という用途のスキルとなっている。
今、リコリスちゃんが置かれているような状況では、最適なスキルとなっており……。
「いいぞー!」
「押せ押せリコリス! 行け行けリコリス!」
MP消費がやや高いという点はあるものの、効果時間を上手く使ってプレッシャーをかけていくリコリスちゃん。
盾を前面に出して左右から攻める、攻める。
攻める度に、小柄な体を活かすよう低く、低くステップを踏んで斬りかかっていく。
「うおー、ありゃやりにくいわ。すげえ」
「お前、でかいもんなぁ。絶対嫌だろ? あんなことされたら」
「ああ。アノも背が高いほうだからな。きついと思うぜ、あの低姿勢」
低く、低く。
なんなら、脛であったり足先であったりを狙って斬りにいくような動きは、長い脚をしているアノ目線だと脅威だろう。
そして、アノからの攻撃は的が小さく当たりにくいという面倒さ。
更に言うならリコリスちゃんのスピードは、セレーネさんが徹底的に防具を軽量化した甲斐もあり、重武装ながらかなりの高水準が担保されている。
それでもアノの戦闘技術もあって戦いは一進一退、一時はリコリスちゃんがリードする場面も出てきたが……。
「……」
「…………地力の差が出てきたな」
「リ・コ・リス!」
試合時間が終盤になると、アノのHPが減らなくなる。
リコリスちゃんの攻撃が当たらない。
推定大学生くらいのアノとの体力差、戦闘経験の差、職性能の噛み合わせ、アノが中盤から使っている継承スキル『ミラージュステップ』による回避率の上昇……などなど、こうなった要因を挙げればキリがないものの。
リコリスちゃんに逆転の芽が薄いことは、誰の目にも明らかだった。
「リ・コ・リス! リ・コ・リス!」
「「「リ・コ・リス! リ・コ・リス!」」」
そんな中でも、俺たちは……特にユーミルは、途切れることなくずっと声を張り続けている。
それに応えるように、肩で息をするリコリスちゃんも動きを止めずに戦い続けている。
諦めていないという強い意志が伝わってくる。
「……よし」
「うん」
「「――リ・コ・リス! リ・コ・リス!」」
「「「リ・コ・リス! リ・コ・リス!」」」
ここに来て、周囲のリコリスちゃんを応援する声が増えた。
負けそうだから? リコリスちゃんのほうが小さいから? そういう理由でアノよりも、リコリスちゃんを応援してくれている人もいるのだろう。
もちろん上限いっぱいまで金を賭けている人も。
けれど、リコリスちゃんの力になるのならなんだっていい。
必死に足踏みし、手を叩き、声を張って応援する。
「「「あっ!」」」
不意に、アノが急加速。
不穏な昏いエフェクトを纏った直剣をリコリスちゃんの「シールド目がけて」叩きつけ――なにが起きたのか、しっかりと保持していたはずのシールドを取り落とすリコリスちゃん。
舞台上に落下し、想定以上の重く鋭い音を出して盾が――なんと、垂直に突き刺さる。
明らかに未知の継承スキル。
さすがに動揺を隠せないリコリスちゃんに続けざま、軽戦士の汎用スキル『ピアシングソード』が吸い込まれるように胸元に炸裂。
「「「ああー……」」」
リコリスちゃんは残っていたサーベルを取り落とすと、崩れるようにうつぶせに倒れた。
同時に『試合しゅうりょぉぉぉうっ!』というグラド皇帝の声をしたシステム音声が会場中に響く。
……少しの静寂の後、闘技場内は大きな拍手と歓声に包まれた。
ほとんどの観客が、立って思い思いの声を戦いきった両者にかけていく。
これも、声が決闘者に届く第1サーバーならではの光景だろう。
「――アノー!」
「格好いいー!」
「リコリスちゃーん!」
「よく頑張ったぁー!」
「サーラの誇り!」
アノがセットしてきたであろう二つの継承スキル、それを両方とも使わせる大健闘。
特に後から使用した、シールドを落としたほうはレアスキルと見て間違いない。
俺たちは言葉もなく、立って周囲の観客たちよりも強く強く手を叩いて拍手を送る。
「リコリスー! 可愛さでは優勝だぞー!」
「そうだぁー!」
やがて、アノがリコリスちゃんの健闘を称えるためか、声をかけに近づこうとしたものの……。
動けるようになったリコリスちゃんがうつむいたまま肩を震わせるのを見て、黙って引き返していった。
――その後、この試合はトーナメント二日目のベストバウトに選出された。