本戦1対1決闘 その4
予想通りトビ・ユーミルの試合を観ている間に、リコリスちゃんは二試合目に入るところだった。
ひとつ前の試合は無事に勝利したらしい。
そして入場の無制限化により、複数サーバーで同一の試合が観られる状態になっている。
持っている優先権を行使・指定したサーバー……戦闘中の舞台から見た観客の姿・声が同期している第1サーバーの闘技場に入場し、俺たち四人はシエスタちゃんとサイネリアちゃんの姿を探す。
リコリスちゃんが負ければ、俺たちの1対1トーナメントは終了である。彼女が最後の砦。
――そんな中で、迎えた対戦相手がよろしくない。
ああ、本当によろしくない。ユーミルに続き、またしても凶運である。
「来ちゃったか、ルーナのアノさん……」
「ですね……」
「む?」
「うっわぁ、やっぱり? しっかし、なんで二人とも同グループに怪物抱えているのでござる? くじ運終わってない?」
緊張して立っているリコリスちゃんの対面には……。
ソラールと同格、トップ帯のプレイヤーが立っていた。
彼女はグラド帝国所属ギルド・ルーナのギルドマスター。
ルーナは女性のみで構成されるギルドという特異性を持ち、ソールに次ぐ……と言うと怒られそうだが、グラドで二番目の強さを持っている。
その上で、アノさんは軽戦士・攻撃型という職の中で、最強との評価を受ける女傑である。
リコリスちゃんのグループにいるのはわかっていたが、実際に対戦となると、こう……なんで他のグループじゃないの? という気持ちになる。
「あ、ハインド先輩!」
観客席の通路を歩いていると、こちらに気がついたサイネリアちゃんが手を上げて位置を示す。
――と、付近のプレイヤーが詰めたり移動したりして四人分の席を空けてくれた。
マジか!? 優しいな! と思ったら、サーラのプレイヤーが固まっているのか。
よく見たらアイテム取引や協力クエスト、国別対抗戦などで会ったことのある面々が並んで手を振っている。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
「あ、どもどもー」
「……こっちです! 先輩方!」
サイネリアちゃんが丁寧に、シエスタちゃんが適当な礼を周囲に向けてしている。
俺たちもお礼を言いながら、空けてくれた席に腰を下ろした。
いやー、持つべきものは同郷? のプレイヤーたちだ。
分散して座ることも覚悟していたのだが、やはり一緒に応援したいしな。
このサーバーの席はほぼ埋まりつつあるので、とても助かる。
「ハインド、アレは?」
「……アレとは?」
座ってすぐに、同年代で顔見知りのプレイヤーに声をかけられた。
頻繁に完成品の料理を買っていってくれる、食いしん坊が俺に向かって手を出してくる。
こいつがこういう行動をするということは食べ物関係なのだろうな、というのはわかったが。
アレと言われても思い当たる節がない。
「最初の闘技大会で、周りの観客に配っていたって噂の……」
「あ、ああ、お菓子ね。よくそんな古い話を覚えて……というか、よく知っていたなぁ」
そういや、目の前の彼も古参プレイヤーだった。
特にランカーだったりはしないが、高いイン率で、ゲームを心から楽しんでいる様子が伝わってくる。
特にダンジョン攻略や一般クエストなどに熱心なタイプだ。
「俺の友だち、偶然ハインドの近くに座っていたらしいんだよねー」
「そうなんだ。世間は狭いな……ほら」
席を譲ってもらった礼もあるので、インベントリ内にある観戦用のお菓子を出していく。
ポップコーン、クッキー、金平糖、他は軽食のサンドイッチやらハンバーガー。
お茶セットに果物系ジュースの他は和菓子なんかが入っているので、どれがいいかと視線で示すと……急に腹を抱えて肩を揺らしだした。
「ぶはっ! あはははは!」
「……なにさ?」
「ダメもとで言ったのに、本当に出てくるの笑うしかないでしょ!」
「いらないならしまうけど」
「ああ、ごめんごめん! いるいる! ……おーい、みんなもー!」
空気の読める食いしん坊は、自分の分のポップコーン(塩)を確保しつつ周囲に呼びかける。
すると、席を移動してくれた付近のプレイヤーたちが群がってきた。
言葉だけでなく、なんらかの形でお礼をしたかったので渡りに船ではあるのだが……。
「ちょ、ピラニアの群れか!? ハインド、私たちの分!」
「大丈夫。別にしてある」
ユーミルが焦りを見せるものの、全ての菓子を放出したわけではない。
しかし、これだけ勢いよく食いついてもらえると嬉しい気持ちもある。
ただし勢いがありすぎて、若干引いたのは確かで――誰だ、つむじを突いたのは!?
え? 美味しい? あ、そう……。
『試合開始ぃぃぃ!』
「お? どこからともなくグラド皇帝の声が」
と、近場の誰かがそうつぶやく。
この場に皇帝がいるはずもないので、システム音声なんだろうけど……一瞬で誰の声かわかるの、すごくないか?
俺なんて「なんか聞き覚えのある声だな?」程度の認識だったのに。
「くっ、私の試合ではこんなの流れなかったぞ!」
「拙者も」
「入場の無制限化といい、トーナメントの――今は五回戦か。五回戦から適用みたいだな」
ユーミルは悔しそうで、トビは複雑そうな表情をしている。
もしかしたら、トーナメントが進めば更に演出が豪華になっていくのかもしれない。
――さて、舞台上ではリコリスちゃんが緊張をそのままに、硬い動きで剣と盾を構える。
アノさんは飾り気のない細身の直剣を半身で持ち、ゆったりとした自然な体勢。
「リぃぃぃコぉぉぉリぃぃぃスゥゥゥッ!」
いつも通り、目一杯名前を叫んで応援するユーミル。
リコリスちゃんの緊張ごと吹き飛ばしてやろうという、気合の入った声である。
「……うーん」
と、ポップコーンをむしゃむしゃしながら食いしん坊が首を傾げる。
どうしたのかと、俺は気にして横目で見ていたのだが……。
「あ、そーれ! リ・コ・リス! リ・コ・リス!」
「む?」
「おっ」
リズムを取りながら、応援団のような動きをつけて声を出し始める食いしん坊。
――いやほんと、君は空気の読める奴だな。
こっちで目を点にしている忍者とは大違いだよ。
「……やるか?」
「うむ!」
俺とユーミルはうなずきあい、声を合わせて応援を始める。
顔を見合わせていたサイネリアちゃんとシエスタちゃんが追従し――まあ、シエスタちゃんはあんまり張りのある声は出していないが。
そうしていると、いつの間にか……。
「「「リ・コ・リス! リ・コ・リス!」」」
周囲のサーラプレイヤーを巻き込んで、大きな声援となった。
打楽器を鳴らしている者もいる。
それを受けて……かどうかは不明だが、リコリスちゃんの動きから不意に硬さが抜ける。
ややこちらを気にするような仕草も見られたが、アノさんからは目を離さない。否、離せない。
視線を逸らす余裕がないのだ。
剣と盾、弾き合う音が非常に短い間隔で耳に届いてくる。
「なんというか、やはり隙間に差し込んでくるような剣撃ですね……リコリス!」
「だなぁ……肩から肘から、可動域が広いというか。それでいて柔らかい……リーコリス!」
リィズは事前に、出場選手の試合を分析している。
アノさんほど有名なプレイヤーの試合であれば、参考資料には事欠かないであろう。
昨日の時点でリコリスちゃんにも、大体の戦法は伝えて……伝わって……
「危ない危ない! リコリス殿、危ないでござるよ!」
「「「パリィィィ!!」」」
……伝わって、理解していても、その上でなお強いのがトップランカーである。
蛇のように滑り込んでくる刺突に対し、防御をあきらめ辛うじて躱すリコリスちゃん。
「回避……?」
「あ、違う!」
肉眼と、そして宙に浮かぶ投影映像の両方を用い大慌てで確認する。
投影映像には両者のHP・MPも表示されており……。
アノのHP満タン、対するリコリスちゃん――満タンから残り九割に。
リコリス応援団の面々が、口々に心中を声にする。
「食らってる!」
「おいおい……速すぎて見えなかったぞ!」
受けたのが通常攻撃だったのは幸いだが、それにしても減りが大きい。
ガードだけじゃなく、鎧の隙間にでも通されたのか……?
底知れない戦闘技術だ。
レイピアならわかるけど、直剣だぞ? どうなってんだ。
「ああっ!? リコリスちゃんが武器も盾も滅茶苦茶に振り回しだしたぞ!」
「駄々っ子斬りか!? 無理だろ、それじゃ!」
「完全にパニクってる!」
周囲のそんな声が耳に入ってくる。
対戦相手のアノさんも、一瞬驚いた後でがっかりしたような動きと表情だ。
――だが。
リコリスちゃんのここ最近の急成長を、俺たちは知っている。
「誘い、か?」
「うむ!」
投影映像で、交互に映し出された表情を見る限り……。
リコリスちゃんの目から気力は失われていない。
俺のつぶやきにユーミルが力強くうなずいた直後――アノが中級スキルを発動して踏み込んでくる。
勝負を決めに行く動きだ。
対するリコリスちゃんは武器と盾の振り回しを止めると、小柄な体を更に低く沈み込ませた。
合わせるシールドに光のエフェクトが走る。
「物理カウンター! タイミング合ってる!」
「「「行けぇぇぇっ!!」」」
両者が交錯。
その結果は……。